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*炎の影 #amazon(4758432317,left,image) #amazon(4758420238,image) #amazon(4894569035,image) 題名:炎の影 作者:香納諒一 発行:角川春樹事務所 2000.9.28 初版 価格:\1,900  ここのところ印象に残る長編が少なくなってきている香納諒一だが、かつて『梟の拳』や『幻の女』で見せてくれた作品レベルの高さを、いや、何よりも作家としてのスタンスの確かさを、今も期待しない手はないわけで、ここのところ短編の名手というだけでは物足りないという思いを抱いていた香納ファンには、久々に力の入ったこの作品は、相当に納得ゆく手応えを与えてくれるものではないかと思う。  いつも繰り返しているかもしれないが、キャラクター造形がこの人の真骨頂。本作では、まるで『さらば愛しき女よ』の大鹿マロイのような心優しき大男が主人公。ふとしたことから人生の道を踏み外し、背中に墨を入れ(勿論知る人ぞ知るヨコハマの彫安の手になるもの)、ヤクザとしての自分に忸怩たる思いを噛み締めている。ちなみにヒロインの飼犬はマーロウ。主人公はチャンドラーと聞いても、俺は外人には知り合いがいないからわからねえとほざくばかり。この辺、作者の遊び心かもしれない。  物語の発端は父親の轢死。日航機事故の遺体確認作業を最後に退職した元刑事。舞台は群馬県・高崎、そして伊香保温泉。少し足を伸ばしたところで陶芸の有名な益子。赤城山と榛名山の間の斜面多き土地に展開する15年前からの謀略。体力にモノを言わせるしかないような主人公の過去に絡む多くの人間たち。ヤクザたちのしのぎ。殺人。  死んだ親父の足音を追っているうちに深みに嵌まってゆく主人公は、謎を追い、父の人生の航跡を追い、自分自身の明日を追っているようにも見える。主人公に絡む兄妹が出色である。そして香納作品には欠かせない「忘れがたい悪役」としては、元プロ空手家が登場。彼がまた素晴らしく存在感を醸している。いつも香納ワールドに響きを持たせる彼ら個性的な悪役の存在。組織に属しながらいつも個人であり続ける不敵なやつら。なんていう人物造形なのだろう。  後になって数えてみれば三ヶ所。ぼくがつい涙腺を緩めた、あるいは緩めそうになった場所。ラストシーンでは、それこそずきずきと胸が痛くなるほどに心臓が鳴り響いた。錦秋の榛名山腹。どこまでも続く山並み。あくまで美しく、痛いところを突いてくる作品。メロドラマではなく、だれもが持っている父親感。葛藤、不在感覚、そして後悔。あくまでミステリーであり娯楽性を追求していながら、こんなにも見事に深々と読者の側の傷の痛みを突いてくる。これが香納諒一なのである。和製ハードボイルドの旗手という称号を今回だけは文句なしに与えたくなった。それだけ感動的な一冊である。 (2000.09.28)
*炎の影 #amazon(4758432317,left,image) #amazon(4758420238,left,image) #amazon(4894569035,image) 題名:炎の影 作者:香納諒一 発行:角川春樹事務所 2000.9.28 初版 価格:\1,900  ここのところ印象に残る長編が少なくなってきている香納諒一だが、かつて『梟の拳』や『幻の女』で見せてくれた作品レベルの高さを、いや、何よりも作家としてのスタンスの確かさを、今も期待しない手はないわけで、ここのところ短編の名手というだけでは物足りないという思いを抱いていた香納ファンには、久々に力の入ったこの作品は、相当に納得ゆく手応えを与えてくれるものではないかと思う。  いつも繰り返しているかもしれないが、キャラクター造形がこの人の真骨頂。本作では、まるで『さらば愛しき女よ』の大鹿マロイのような心優しき大男が主人公。ふとしたことから人生の道を踏み外し、背中に墨を入れ(勿論知る人ぞ知るヨコハマの彫安の手になるもの)、ヤクザとしての自分に忸怩たる思いを噛み締めている。ちなみにヒロインの飼犬はマーロウ。主人公はチャンドラーと聞いても、俺は外人には知り合いがいないからわからねえとほざくばかり。この辺、作者の遊び心かもしれない。  物語の発端は父親の轢死。日航機事故の遺体確認作業を最後に退職した元刑事。舞台は群馬県・高崎、そして伊香保温泉。少し足を伸ばしたところで陶芸の有名な益子。赤城山と榛名山の間の斜面多き土地に展開する15年前からの謀略。体力にモノを言わせるしかないような主人公の過去に絡む多くの人間たち。ヤクザたちのしのぎ。殺人。  死んだ親父の足音を追っているうちに深みに嵌まってゆく主人公は、謎を追い、父の人生の航跡を追い、自分自身の明日を追っているようにも見える。主人公に絡む兄妹が出色である。そして香納作品には欠かせない「忘れがたい悪役」としては、元プロ空手家が登場。彼がまた素晴らしく存在感を醸している。いつも香納ワールドに響きを持たせる彼ら個性的な悪役の存在。組織に属しながらいつも個人であり続ける不敵なやつら。なんていう人物造形なのだろう。  後になって数えてみれば三ヶ所。ぼくがつい涙腺を緩めた、あるいは緩めそうになった場所。ラストシーンでは、それこそずきずきと胸が痛くなるほどに心臓が鳴り響いた。錦秋の榛名山腹。どこまでも続く山並み。あくまで美しく、痛いところを突いてくる作品。メロドラマではなく、だれもが持っている父親感。葛藤、不在感覚、そして後悔。あくまでミステリーであり娯楽性を追求していながら、こんなにも見事に深々と読者の側の傷の痛みを突いてくる。これが香納諒一なのである。和製ハードボイルドの旗手という称号を今回だけは文句なしに与えたくなった。それだけ感動的な一冊である。 (2000.09.28)

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