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*百万遍 古都恋情 #amazon(4104467049,text,image) #amazon(4104467057,text,image) 題名:百万遍 古都恋情 上/下 作者:花村萬月 発行:新潮社 2006.10.20 初版 価格:各\1,800  正月早々、京都を舞台にした本書を読む。全編、京都という街を一つも離れることなく、根無し草の旅情を纏わせて描いてみせた大作第二部である。  「百万遍」シリーズの第一部に当たる[[『百万遍 青の時代』>http://www21.atwiki.jp/fadv/pages/59.html]]では、高校を三日で中退したその同じ日に、三島が死んだ、という主人公維朔(いさく)のユング的象徴に始まり、劇的な暴力シーンで完結する。若き東京生活に終わりを告げ、京都に向けて維朔は旅立つ。  これを受けて舞台を西に移したのが本書である。第二部もまた、極めて私小説的リアリズムの漲る自叙伝的作品となっている。東京に比べ、読者である私も、主人公・維朔と共に、京都という場所への新鮮な旅情を感じつつページを繰ってゆくのだが、この点が、個人的には慣れ親しんだ地である第一部の東京とは違って、深い味わいがもたらされる。その京都と全く離れず密着したままに、その土地で過ごす維朔の日々は、まるで『たびを』に通底する旅情をテーマにした小説であるかに思われる。  そう感じられるほどに、維朔の京都は安住の地とは言えず、変動に満ちている。旅愁に彩られた如き不安定な日々であり、何よりも非日常であるゆえに、強烈な青春小説たり得ている。  萬月氏は、他の作品雑文などでも、京都での青春時代についてまま触れるが、その実態をここまで丹念に描いたものというのは、初めてではないかと思う。必ずしも全編実話でないとは想像もつくのだが、実態という意味においては、その真実に近い部分はこの小説にきっと込められているのだと思う。特に若い二十歳前の維朔が、東京を捨て、新しい場所に、さしたる理由もなく住み着こうとしているその情趣、メンタリティは如何なるものだったのかという点が、今こうして読んでも稀有な行動に見えるだけに興味深く読めてしまう。  生半可な人生の自叙伝であれば、それが他人のものというだけで面白くも何ともないのが普通だと思うが、萬月氏を萬月氏たらしめているのは、彼の稀有な人生、中でもとりわけ稀有な青春を育ってきた点ではないかと思う。そういう人だけに、彼が中年以降の物語よりも、この年齢にこだわった主人公設定を多くものしていることも、何となく理解しやすい気がする。  さらに前の時代に関しては『王国記』に預け、本書で少年から大人への脱皮の時代、彼の得ていた噎せ返るほどに濃密で切ない自由の経験を、いま改めて抉っているのだと思う。強がり、こだわらず、物欲と無縁で、人肌に執着する年齢と環境と、それらの舞台となる冬の古都。その絵が浮かぶほどに鮮やかな京都の寒さも温かさも、ため息も笑いも、総括りにした、読み応えでは他に類を見ないほどの確かな作品である。  ちなみに『たびを』で京都に吸い寄せられる主人公と一時的なヒモ時代に関しても、本作と重なり合う部分があると思う。同音異曲とも言うべき実体験の芸術昇華であろう。  『百万遍』は四部作であるという。『百万遍 第三部 流転旋転』は、雑誌『波』一月号より連載開始したばかりだ。末永くおつきあいしたい、萬月作品最大のシリーズである。 (2007/01/08)
*百万遍 古都恋情 #amazon(4104467049,text,image) #amazon(4104467057,text,image) 題名:百万遍 古都恋情 上/下 作者:花村萬月 発行:新潮社 2006.10.20 初版 価格:各\1,800  正月早々、京都を舞台にした本書を読む。全編、京都という街を一つも離れることなく、根無し草の旅情を纏わせて描いてみせた大作第二部である。  「百万遍」シリーズの第一部に当たる[[『百万遍 青の時代』>http://www21.atwiki.jp/fadv/pages/59.html]]では、高校を三日で中退したその同じ日に、三島が死んだ、という主人公維朔(いさく)のユング的象徴に始まり、劇的な暴力シーンで完結する。若き東京生活に終わりを告げ、京都に向けて維朔は旅立つ。  これを受けて舞台を西に移したのが本書である。第二部もまた、極めて私小説的リアリズムの漲る自叙伝的作品となっている。東京に比べ、読者である私も、主人公・維朔と共に、京都という場所への新鮮な旅情を感じつつページを繰ってゆくのだが、この点が、個人的には慣れ親しんだ地である第一部の東京とは違って、深い味わいがもたらされる。その京都と全く離れず密着したままに、その土地で過ごす維朔の日々は、まるで『たびを』に通底する旅情をテーマにした小説であるかに思われる。  そう感じられるほどに、維朔の京都は安住の地とは言えず、変動に満ちている。旅愁に彩られた如き不安定な日々であり、何よりも非日常であるゆえに、強烈な青春小説たり得ている。  萬月氏は、他の作品雑文などでも、京都での青春時代についてまま触れるが、その実態をここまで丹念に描いたものというのは、初めてではないかと思う。必ずしも全編実話でないとは想像もつくのだが、実態という意味においては、その真実に近い部分はこの小説にきっと込められているのだと思う。特に若い二十歳前の維朔が、東京を捨て、新しい場所に、さしたる理由もなく住み着こうとしているその情趣、メンタリティは如何なるものだったのかという点が、今こうして読んでも稀有な行動に見えるだけに興味深く読めてしまう。  生半可な人生の自叙伝であれば、それが他人のものというだけで面白くも何ともないのが普通だと思うが、萬月氏を萬月氏たらしめているのは、彼の稀有な人生、中でもとりわけ稀有な青春を育ってきた点ではないかと思う。そういう人だけに、彼が中年以降の物語よりも、この年齢にこだわった主人公設定を多くものしていることも、何となく理解しやすい気がする。  さらに前の時代に関しては『王国記』に預け、本書で少年から大人への脱皮の時代、彼の得ていた噎せ返るほどに濃密で切ない自由の経験を、いま改めて抉っているのだと思う。強がり、こだわらず、物欲と無縁で、人肌に執着する年齢と環境と、それらの舞台となる冬の古都。その絵が浮かぶほどに鮮やかな京都の寒さも温かさも、ため息も笑いも、総括りにした、読み応えでは他に類を見ないほどの確かな作品である。  ちなみに[[『たびを』>http://www21.atwiki.jp/fadv/pages/82.html]]で京都に吸い寄せられる主人公と一時的なヒモ時代に関しても、本作と重なり合う部分があると思う。同音異曲とも言うべき実体験の芸術昇華であろう。  『百万遍』は四部作であるという。『百万遍 第三部 流転旋転』は、雑誌『波』一月号より連載開始したばかりだ。末永くおつきあいしたい、萬月作品最大のシリーズである。 (2007/01/08)

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