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*変死体 #amazon(4062771411,left,image) #amazon(406277142X,image) 題名:変死体 上/下 原題:Port Mortuary (2010) 作者:パトリシア・コーンウェル Patricia Cornwell 訳者:池田真紀子 発行:講談社文庫 2011.12.15 初版 価格:各\857  前作で、とりあえずシャンドン・ファミリーという犯罪一族の最後の一人に片をつけ、壮大なスカーペッタ・サーガの第一部が終了した感があったのだが、それを裏付けるように、本書では、このシリーズが、また一人称視点に戻っている。時代や環境は変わったとしても、第一作『検屍官』のあの頃のように、スカーペッタをより強い軸にして物語を回転させるリズムとテンポに戻ったわけである。  そして驚いたことに、前作で舞台となっていた冬のニューヨークから一転して、ケイ・スカーペッタはマサチューセッツ州ケンブリッジの法医学センターの所長に就任していたらしい。しかも小説の冒頭では彼女はドーヴァー空軍基地で研修中の身となっている。まるで前作までのシリーズを一気に断ち切って、新しい世界からすべてをやりなおしているかのように。  そこに留守中の法医学センターに運び込まれた変死体と、失踪した副責任者の一報があり、ケイはルーシーとマリーノのヘリでの迎えを受け、ケンブリッジに飛ぶ。上巻が移動するまでの半日だけの描写。下巻が翌朝から一日くらいの時間しか経過していないという、時間密度の大変に高いストーリー展開にも関わらず、スピード感がまったくなく、重厚な時間の濃縮液のような心理描写と事件に関連する人々の説明に費やされる。もちろんただの説明ではなく、懐疑、懸念、不安、強迫観念などなどに絡められたケイ一流の細密に過ぎるくらいの関連付けが長々と行われてゆく。  ぼくは、このシリーズが『黒蠅』以降、三人称で語られるようになり、猫の目のように視点を移すようになったとき、それはそれで悪くないと思ったことを覚えている。停滞した感のあるシリーズの活性化に繋がると良いかな、と期待感を抱いたものだった。話を巨大にしてしまい過ぎて収束できなくなった作者が、閉塞したストーリーを何とか打開しようとしてやむにやまれず採用した手法であったかもしれないが、それで何とか前作まで漕ぎ着けてきたのは確かである。  しかしルーシーやマリーノやベントンの視点ですら語られてしまう三人称視点というものに最後までついぞ馴染むことのできなかったのも事実だ。これまでスカーペッタの視点から語られてきた彼らの側からの描写は、ただでさえややこしい人間関係の情念の部分にやたらに踏み込んでしまい、収拾がつかなくなったきらいすら感じられたからだ。ストーリーを淡々と語ることのできるタイプの作家ではないだけに、多視点での疾走感を完全に生かし切れたとは言い難く、むしろブレーキの種類を増やしたように感じられてしまうのが、前作までの欠点であったような気がする。  いつか読者であるぼくにもブレーキがかかり、最近になってシリーズ読書を再開してみたという経緯もそんな印象を強くしているのかもしれないけれども。しかし、本書に至って、再開して良かったなという確信が戻ったのは嬉しいことだ。  相変わらず過去のキャラクターを捻り回して事件の重要関係者に仕立てあげてしまうところは変わらないけれども、そのキャラクターをまるでこれまで知らなかった新しい特異な人物のようにして再登場させ、事件や物語を組み立ててゆくアイディアは並みでないし、そこに絡むいくつもの無関係としか思えない殺人事件がどれもこれも、いつもながら狭い世界に関連付けられてそれぞれのピースが巨大な地獄絵のようなパズルを完成させてしまうという、あまりに唐突ながら理詰めの展開には唖然とする。  それらを今回はしっかりとケイの眼線だけで捉え語らせる、という手法の選択が、本来あるべき場所に戻ったかのような居心地の良さを感じさせた。今後も一人称視点での落ち着いたミステリーのシリーズとしてこのレベルでの謎と捜査手法の面白さを提供してくれるなら、ただでさえ低くないであろう人気の度合いは補償されそうである。少しほっとした、言い換えれば、個人的には大変回帰感に満ちた力作であった。 (2015.03.02)

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