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*まほろ駅前狂騒曲 #amazon(right,4163825800) 題名:まほろ駅前狂騒曲 作者:三浦しをん 発行:文藝春秋 2013.10.30 初版 価格:\1,700  まほろ市の面々は元気だ。一見何事もないような平和な街であるまほろであれ、内部にドラマを抱え込む人間がいる限り、いくらでも新しい出来事は起こり、人と人の利害はぶつかり合い、出会いと別れは繰り返される。そんな風に世界が滾り続ける限り、小説家はそこに起こり得る物語を掬い上げ語らねばならないとでも言うように、三浦しをんのペンはまたも語る。これまで書いたことのある人間たちのその後の物語を、しかも一人二人ではなく『まほろ駅前多田便利軒』と『まほろ駅前番外地』に登場したすべての魅力あるキャラクターらの新しい物語を。  否、新しい物語は、古い物語でもある。過去のできごとからタイムスリップしてきた物語であり、心の奥の方に巣食っておりながら未だ日の目をみることのなかった情念の物語であり、さらには、これまで出逢うことがなかったのに、ここに来ていやがおうでも向かい合わざるを得ない運命の交叉する物語であったりもする。かくしてまほろ駅前シリーズとしては最大スケールで描かれる長編小説がここに登場したのである。  映像と小説と合わせるだけでも、十分に仮想まほろ市の住民を沢山獲得したであろう本シリーズであるが、それらの期待に答えてサービス満点の作品を作ってくれた三浦しをんのプロフェッショナリズム精神に脱帽である。さほどに本書は、エンターテインメント性に溢れ、面白さ抜群の一気読み小説となっている。  これまでの作中で何だか怪しげだなあと思われていた無農薬販売の駅前宣伝の一団や、いつまでも収まらない岡老人の横中バスへの疑念や、少年・由良のその後の物語や、仰天の血の父子関係のその後の物語などなど、極めて好奇心をそそられる題材がまだまだ豊富に残されていたのが、まほろ駅前サーガとでも言うべきこの一冊なのだ。それぞれを短編作品にしても良かったようなそれぞれの物語なのだが、これらを同時並行して走らせた上、大団円とでも言うべきクライマックスに収斂させてゆく小説ならではの醍醐味を、とうとうやってくれたとの喝采の思いがぼくには強く残るのだ。  今でもこんなに面白く、愉快で、しかも手に汗握る、オフビートな作品が書ける作家が日本にもいるのだな、とほっとする。このシリーズ、今後どうなってゆくのか? これが最後なのか、さらに物語は、多田・仰天ともに成長を遂げてゆくのかはわからないが、まほろの街のことはぼくは忘れることはできないだろう。魅力的なキャラクターたちでいっぱいの、穏やかな皮相の内側にひしめくエネルギーの豊穣さにこそ、もっともっと期待してよいような気がしてならないのだが。 (2014.2.5)
*まほろ駅前狂騒曲 #amazon(right,4163825800) 題名:まほろ駅前狂騒曲 作者:三浦しをん 発行:文藝春秋 2013.10.30 初版 価格:\1,700  まほろ市の面々は元気だ。一見何事もないような平和な街であるまほろであれ、内部にドラマを抱え込む人間がいる限り、いくらでも新しい出来事は起こり、人と人の利害はぶつかり合い、出会いと別れは繰り返される。そんな風に世界が滾り続ける限り、小説家はそこに起こり得る物語を掬い上げ語らねばならないとでも言うように、三浦しをんのペンはまたも語る。これまで書いたことのある人間たちのその後の物語を、しかも一人二人ではなく『まほろ駅前多田便利軒』と『まほろ駅前番外地』に登場したすべての魅力あるキャラクターらの新しい物語を。  否、新しい物語は、古い物語でもある。過去のできごとからタイムスリップしてきた物語であり、心の奥の方に巣食っておりながら未だ日の目をみることのなかった情念の物語であり、さらには、これまで出逢うことがなかったのに、ここに来ていやがおうでも向かい合わざるを得ない運命の交叉する物語であったりもする。かくしてまほろ駅前シリーズとしては最大スケールで描かれる長編小説がここに登場したのである。  映像と小説と合わせるだけでも、十分に仮想まほろ市の住民を沢山獲得したであろう本シリーズであるが、それらの期待に答えてサービス満点の作品を作ってくれた三浦しをんのプロフェッショナリズム精神に脱帽である。さほどに本書は、エンターテインメント性に溢れ、面白さ抜群の一気読み小説となっている。  これまでの作中で何だか怪しげだなあと思われていた無農薬販売の駅前宣伝の一団や、いつまでも収まらない岡老人の横中バスへの疑念や、少年・由良のその後の物語や、仰天の血の父子関係のその後の物語などなど、極めて好奇心をそそられる題材がまだまだ豊富に残されていたのが、まほろ駅前サーガとでも言うべきこの一冊なのだ。それぞれを短編作品にしても良かったようなそれぞれの物語なのだが、これらを同時並行して走らせた上、大団円とでも言うべきクライマックスに収斂させてゆく小説ならではの醍醐味を、とうとうやってくれたとの喝采の思いがぼくには強く残るのだ。  今でもこんなに面白く、愉快で、しかも手に汗握る、オフビートな作品が書ける作家が日本にもいるのだな、とほっとする。このシリーズ、今後どうなってゆくのか? これが最後なのか、さらに物語は、多田・仰天ともに成長を遂げてゆくのかはわからないが、まほろの街のことはぼくは忘れることはできないだろう。魅力的なキャラクターたちでいっぱいの、穏やかな皮相の内側にひしめくエネルギーの豊穣さにこそ、もっともっと期待してよいような気がしてならないのだが。 (2014.2.5)

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