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*遮断地区 #amazon(4488187101,right,image) 題名:遮断地区 原題:Acid Row (2001) 作者:ミネット・ウォルターズ Minette Walters 訳者:成川裕子 発行:創元推理文庫 2013.02.28 初版 価格:\1,260  <新ミステリーの女王>としては、何ともミステリーらしからぬ作品を書いたものだ。それもいい意味で。  タイトルのとおり、本書は暴徒に遮断された地区とそこで起きた真実について描かれた作品である。舞台は、最下層の人々の住むバシンデール団地、通称アシッド・ロウ。道路は扇形の外周を回るが、隣地とは壁によって隔てられ、一旦中に入り込むと、外界との交点は非常に少なく、そこが暴徒に制圧されると警察さえも踏み込むことができなくなる厄介な地形である。  暴動が主題となるのだが、暴動の原因は、小児性愛者の父子が他の団地で犯罪を犯し転入してきたという風評。そう、あくまで風評である。風評の原因となった機密事項の暴露者は福祉系の巡回保健師。件の父子の転出元の団地では、あろうことに少女失踪事件が判明しニュース報道でも大きく報じられていた。風評はさらに事実を超えて肥大していった。  暴徒の構成は、残念ながら最下層に住む不良がかった少年たち。幼年たちを含む。そして扇動者は、ヤクでいかれたおよそ一名のサディスト青年。それでも暴徒と化した群衆の圧力は凄まじい。死者11名を出した明石の花火大会歩道橋事故を思い出すといいだろう。その圧力を逃すために家の中を通り抜けて外側に出てゆける人々の流れを作らねばならない。  この種の物語は言わば群衆小説となるのだが、主人公らしき存在がいる。小児性愛者父子の家に知らず踏み入れ監禁されてしまった女性医師ソフィー。小児性愛者の情報をもたらされ、デモを行うことを呼びかけ、暴動のきっかけを作ってしまったことを悔やむゲイナとメラニーの母娘。メラニーの恋人でムショ帰り、更生を誓って八面六臂の活躍を見せるジミー。彼らが思い通りに動けず、暴徒に囲まれ、警察は役に立たず、コントロールを失った現場で動き戦う様子を活写しているのが、本書、なのである。  それと同時に、別の場所、別の団地で、風評の原因となった少女失踪事件についてが、主たるテーマとほぼ同量の扱いで描かれる。複雑に絡み合った事件の真相を執念で追い続ける刑事タイラーの容赦ない捜査が心地よいが、隠蔽しようとする離婚した弁護士の父、そのクライアントで小児性愛者の疑いのある企業家、自立し切れずに混乱する母親と、失踪少女を取り巻く環境は、まるで情念と欲望の坩堝である。こうした環境のもたらす悪徳、といったところを両方の事件を通して、作者は描きたかったのかもしれない。  例によって翻訳の遅い出版社なので、不幸にもこの作者の作品が日本にお目見えするのが相前後するばかりか、非常に年数がかかっている。当時の英国が抱えた真実なのか、今も解決されぬ普遍的な環境悪であるのか、そのあたりの判断がし難いあたり、海外ミステリに手を伸ばそうとせず、こうした重厚な物語の紹介時期を逸してきた出版各社の、まさにこのことこそが環境悪と言いたくなる部分であるのだが……。 (2013/06/17)
*遮断地区 #amazon(4488187102,right,image) 題名:遮断地区 原題:Acid Row (2001) 作者:ミネット・ウォルターズ Minette Walters 訳者:成川裕子 発行:創元推理文庫 2013.02.28 初版 価格:\1,260  <新ミステリーの女王>としては、何ともミステリーらしからぬ作品を書いたものだ。それもいい意味で。  タイトルのとおり、本書は暴徒に遮断された地区とそこで起きた真実について描かれた作品である。舞台は、最下層の人々の住むバシンデール団地、通称アシッド・ロウ。道路は扇形の外周を回るが、隣地とは壁によって隔てられ、一旦中に入り込むと、外界との交点は非常に少なく、そこが暴徒に制圧されると警察さえも踏み込むことができなくなる厄介な地形である。  暴動が主題となるのだが、暴動の原因は、小児性愛者の父子が他の団地で犯罪を犯し転入してきたという風評。そう、あくまで風評である。風評の原因となった機密事項の暴露者は福祉系の巡回保健師。件の父子の転出元の団地では、あろうことに少女失踪事件が判明しニュース報道でも大きく報じられていた。風評はさらに事実を超えて肥大していった。  暴徒の構成は、残念ながら最下層に住む不良がかった少年たち。幼年たちを含む。そして扇動者は、ヤクでいかれたおよそ一名のサディスト青年。それでも暴徒と化した群衆の圧力は凄まじい。死者11名を出した明石の花火大会歩道橋事故を思い出すといいだろう。その圧力を逃すために家の中を通り抜けて外側に出てゆける人々の流れを作らねばならない。  この種の物語は言わば群衆小説となるのだが、主人公らしき存在がいる。小児性愛者父子の家に知らず踏み入れ監禁されてしまった女性医師ソフィー。小児性愛者の情報をもたらされ、デモを行うことを呼びかけ、暴動のきっかけを作ってしまったことを悔やむゲイナとメラニーの母娘。メラニーの恋人でムショ帰り、更生を誓って八面六臂の活躍を見せるジミー。彼らが思い通りに動けず、暴徒に囲まれ、警察は役に立たず、コントロールを失った現場で動き戦う様子を活写しているのが、本書、なのである。  それと同時に、別の場所、別の団地で、風評の原因となった少女失踪事件についてが、主たるテーマとほぼ同量の扱いで描かれる。複雑に絡み合った事件の真相を執念で追い続ける刑事タイラーの容赦ない捜査が心地よいが、隠蔽しようとする離婚した弁護士の父、そのクライアントで小児性愛者の疑いのある企業家、自立し切れずに混乱する母親と、失踪少女を取り巻く環境は、まるで情念と欲望の坩堝である。こうした環境のもたらす悪徳、といったところを両方の事件を通して、作者は描きたかったのかもしれない。  例によって翻訳の遅い出版社なので、不幸にもこの作者の作品が日本にお目見えするのが相前後するばかりか、非常に年数がかかっている。当時の英国が抱えた真実なのか、今も解決されぬ普遍的な環境悪であるのか、そのあたりの判断がし難いあたり、海外ミステリに手を伸ばそうとせず、こうした重厚な物語の紹介時期を逸してきた出版各社の、まさにこのことこそが環境悪と言いたくなる部分であるのだが……。 (2013/06/17)

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