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*倒錯の罠 女精神科医ヴェラ 題名:倒錯の罠 女精神科医ヴェラ 原題:Tropique Du Pervers (2000) 作者:ヴィルジニ・ブラック Virginie Brac 訳者:中川潤一郎 発行:文春文庫 2006.09.10 初版 価格:\781  いやはや、最近の小説は屈折した犯罪を描くものが多いが、ここまでストレートに屈折した世界を抉り出すようなクライム・ノヴェルは少ないのじゃないか。グロテスクということであれば最近はとんと麻痺してしまうほど、大量生産されている犯罪の重度化傾向にあるのだが、今さらこの王道を進んでなお印象的な作品を生み出す作家というのはやはり相当の力量を感じさせれくれる人が多い。  単純な捜査サイド・ヴァーサス・犯罪者サイドという図式を破壊しての、正邪入り乱れるサバイバル・ゲームと言えば、自ずとエルロイの名が浮かんでくるのだが、かのエルロイとは全く別な国で改めて本書のような作品が潜んでいようとは、誰が予想したろうか。本書が、なぜ現代という時代に翻訳紹介されたのか、何となく理解できるような気がする作品である。  著者ヴィルジニ・ブラックは、フランス、セリ・ノワールの常連作家だそうである。それだけでも、初翻訳となれば私などは真っ先に飛びついてしまうのだが、その内容までもが、ここまで予想にたがわず真っ黒であるとなると、これはもうひたすら唸らざるを得ない。  まず精神医派遣センター(CIP=架空)所属の精神科医であるというキワモノ的ヒロイン設定が本書の掴みとなる。焼身自殺を図り周囲に被害を出しかねない男のいる現場にヒロイン、ヴェラは飛び込んでゆき、狂人との対話を唯一の武器としてこれを解決に導く。  現場の警察官らに訝しげな眼差しで迎えられながらも、ぎりぎりの生き死にと対決してゆく彼女らの組織は、いわゆる勤務医ではなく登録制の医師派遣組織である。一種の有事出動を任務とする救急隊精神科班とでも言えばわかっていただけるだろうか。  彼女は何とハイ・ジャックされたジェット機への突入だって引き受ける。テロリストたちとのやり取りおよびその結末に関しては、映画『ミュンヘン』のテロシーンさえも霞むほどだったとだけ言っておこう。  一方で、パトリシア・コーンウェルばりの人間描写も楽しめる。家族や姉妹とのやりとりを行う日常生活描写の中では、ケイ・スカーペッタどころではないヴェラの苦悩があってこれこれだけでも一冊の別の本が書けるくらいだ。  あるいは捜査官スダンとの屈折した恋愛に関して。一冊丸ごとが彼との恋愛小説であると言える、そんな本はいくらでもあるだろうが、本書ほど恋の成就への道が遠く思われ宿命感に立ちくらみそうになる設定はそうあるまい。ヴェラには体に抱え込んだ暗い秘密があり、スダンはスダンで、善悪の彼岸に立つ一種暗い面があるらしく、全く一筋縄では行かない。ましてや本書の謎の核心部に彼が関わっているとなれば……。  闇に見え隠れする政治の影。緊迫した駆け引きの渦中で、ヒロインの一人称描写が次第に張りつめてゆく。徐々に核心部へと手繰り寄せられてゆく彼女と運命をともにすることで、混沌はさらに深まってゆく。重厚なエンターテインメントとして、久々にお目見えしたフレンチ・ノワールの快作である。 (2006/12/17)
*倒錯の罠 女精神科医ヴェラ #amazon(4167705346,text,image) 題名:倒錯の罠 女精神科医ヴェラ 原題:Tropique Du Pervers (2000) 作者:ヴィルジニ・ブラック Virginie Brac 訳者:中川潤一郎 発行:文春文庫 2006.09.10 初版 価格:\781  いやはや、最近の小説は屈折した犯罪を描くものが多いが、ここまでストレートに屈折した世界を抉り出すようなクライム・ノヴェルは少ないのじゃないか。グロテスクということであれば最近はとんと麻痺してしまうほど、大量生産されている犯罪の重度化傾向にあるのだが、今さらこの王道を進んでなお印象的な作品を生み出す作家というのはやはり相当の力量を感じさせれくれる人が多い。  単純な捜査サイド・ヴァーサス・犯罪者サイドという図式を破壊しての、正邪入り乱れるサバイバル・ゲームと言えば、自ずとエルロイの名が浮かんでくるのだが、かのエルロイとは全く別な国で改めて本書のような作品が潜んでいようとは、誰が予想したろうか。本書が、なぜ現代という時代に翻訳紹介されたのか、何となく理解できるような気がする作品である。  著者ヴィルジニ・ブラックは、フランス、セリ・ノワールの常連作家だそうである。それだけでも、初翻訳となれば私などは真っ先に飛びついてしまうのだが、その内容までもが、ここまで予想にたがわず真っ黒であるとなると、これはもうひたすら唸らざるを得ない。  まず精神医派遣センター(CIP=架空)所属の精神科医であるというキワモノ的ヒロイン設定が本書の掴みとなる。焼身自殺を図り周囲に被害を出しかねない男のいる現場にヒロイン、ヴェラは飛び込んでゆき、狂人との対話を唯一の武器としてこれを解決に導く。  現場の警察官らに訝しげな眼差しで迎えられながらも、ぎりぎりの生き死にと対決してゆく彼女らの組織は、いわゆる勤務医ではなく登録制の医師派遣組織である。一種の有事出動を任務とする救急隊精神科班とでも言えばわかっていただけるだろうか。  彼女は何とハイ・ジャックされたジェット機への突入だって引き受ける。テロリストたちとのやり取りおよびその結末に関しては、映画『ミュンヘン』のテロシーンさえも霞むほどだったとだけ言っておこう。  一方で、パトリシア・コーンウェルばりの人間描写も楽しめる。家族や姉妹とのやりとりを行う日常生活描写の中では、ケイ・スカーペッタどころではないヴェラの苦悩があってこれこれだけでも一冊の別の本が書けるくらいだ。  あるいは捜査官スダンとの屈折した恋愛に関して。一冊丸ごとが彼との恋愛小説であると言える、そんな本はいくらでもあるだろうが、本書ほど恋の成就への道が遠く思われ宿命感に立ちくらみそうになる設定はそうあるまい。ヴェラには体に抱え込んだ暗い秘密があり、スダンはスダンで、善悪の彼岸に立つ一種暗い面があるらしく、全く一筋縄では行かない。ましてや本書の謎の核心部に彼が関わっているとなれば……。  闇に見え隠れする政治の影。緊迫した駆け引きの渦中で、ヒロインの一人称描写が次第に張りつめてゆく。徐々に核心部へと手繰り寄せられてゆく彼女と運命をともにすることで、混沌はさらに深まってゆく。重厚なエンターテインメントとして、久々にお目見えしたフレンチ・ノワールの快作である。 (2006/12/17)

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