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**砂のクロニクル 題名:砂のクロニクル 著者:船戸与一 発行:毎日新聞社 1991.11.30 初版 価格:\1,750(本体\1,699)  さて気合の入った一冊を気合を入れて読んできたけど、とても時間がかかった。何せ13ヶ月も週刊誌に連載されたばかりか、その上に400枚の加筆を加えたという作者入魂の作品だ。さっと読むのは惜しまれたし、さっと読めるほど軽い本では到底なかった。しかしぼくにとっては案の定文句なしに1991年のベスト1作品になった。  最初200ページまではそれぞれの章があまりにかけ離れた話で、全体の像を結ぶことができない。これはこの作品の唯一最大の欠点だと思った。のっけから読者を食ったような緊迫した話で始まるのはいつものことだが、序章を終えるといきなり時代が推移し、関連のつけにくい物語がほとんど同時に進行を開始する。まあ、しかしそれが手と言えば手なのだった。すべては、とあるクルドの町に向かってただただ収斂してゆくだけなのだから。またその手腕はまさに神がかり的なのだから。  ムードとしては『伝説なき地』に似ているかもしれない。船戸作品に頻出する土着民たち(ゲリラたち)の役は今回クルド人に当てられている。そして多くの激情のシーンが生み出す多くの殺し。『伝説なき地』では話がすぐに殺人に発展してゆこうとする臭さがいやにしつこく感じられたのだが、本作では状況が歴史と深く噛み合っていることがよく伝わっているせいか、それほどでもない。無論、強引などんでん返しやそれと予想のつくトリック(裏切りと言ったほうがいいかな)も仕掛けられているのだけど、この畳みかけるような船戸のプロットというのは今に始まったことじゃない。また、それら錯綜した複数の物語が一気に解かれてゆくひとときは、まさに読書のエクスタシィと言っていい。  ハジ(巡礼者)と呼ばれる日本人が二人物語の進行に深く関わる。一人は紛争の仕掛け人なのだが、もう一人は狂言回しというべきだろうか。なかなかの設定に感心させられる。そして、錯綜していたかに見えるプロットが多くの登場人物を屍に変えながら徐々に野太い一本の流れを形成してゆくところは、本当に船戸作品の醍醐味といったところである。一人一人のキャラクターはいつもの如く灰汁が強くて、イラン・クルド、イラク・クルド、革命防衛隊員、フェダイン・ハルクの復讐者、元サバックの工作員、私利私欲に走る防衛隊の上級職、密告を生業とする富豪、ホメイニ打倒に燃えるゾロアスター教徒やアゼルバイジャン人……とそれぞれの極端な立場と極端な性格とが、はじけるようなストーリーを紡いでゆく。  作者が最もやさしい視線を注いでいるのがクルド・ゲリラであろう。悩める若き隊員の運命には思わず涙がにじむほどだった。だれが生き残りだれが死ぬのか? そんな疑問を繰り返しながらぼくは読んだ。生き残ってほしい人間と、生き残りはしないであろう人間が、なんとなく想像できた。その意味では時には作者は鬼にもなったし、唯一神アッラーの慈悲のすべてにもなった。とにかくぼくは感情を振り子のように揺すられた。  そして無常感の溢れる美しい終章はほんとうに胸に響いた。世界とか歴史とかいったものを、こうした物語として伝える力は、生半可な作家には与えられていないと思う。必要最低限の文体でありながら、しかも語り部としての天性の才能、溢れ出る言霊とでもいうべきものを最後の最後まで感じさせられる。読み終えてみてとても充実感を覚えた優れた作品である。船戸の代表作がまた一つ増えた。 (1991/12/23)
**砂のクロニクル #amazon(410134311X,text) #amazon(4101343128,text) (↑アマゾンにて購入) 題名:砂のクロニクル 著者:船戸与一 発行:毎日新聞社 1991.11.30 初版 価格:\1,750(本体\1,699)  さて気合の入った一冊を気合を入れて読んできたけど、とても時間がかかった。何せ13ヶ月も週刊誌に連載されたばかりか、その上に400枚の加筆を加えたという作者入魂の作品だ。さっと読むのは惜しまれたし、さっと読めるほど軽い本では到底なかった。しかしぼくにとっては案の定文句なしに1991年のベスト1作品になった。  最初200ページまではそれぞれの章があまりにかけ離れた話で、全体の像を結ぶことができない。これはこの作品の唯一最大の欠点だと思った。のっけから読者を食ったような緊迫した話で始まるのはいつものことだが、序章を終えるといきなり時代が推移し、関連のつけにくい物語がほとんど同時に進行を開始する。まあ、しかしそれが手と言えば手なのだった。すべては、とあるクルドの町に向かってただただ収斂してゆくだけなのだから。またその手腕はまさに神がかり的なのだから。  ムードとしては『伝説なき地』に似ているかもしれない。船戸作品に頻出する土着民たち(ゲリラたち)の役は今回クルド人に当てられている。そして多くの激情のシーンが生み出す多くの殺し。『伝説なき地』では話がすぐに殺人に発展してゆこうとする臭さがいやにしつこく感じられたのだが、本作では状況が歴史と深く噛み合っていることがよく伝わっているせいか、それほどでもない。無論、強引などんでん返しやそれと予想のつくトリック(裏切りと言ったほうがいいかな)も仕掛けられているのだけど、この畳みかけるような船戸のプロットというのは今に始まったことじゃない。また、それら錯綜した複数の物語が一気に解かれてゆくひとときは、まさに読書のエクスタシィと言っていい。  ハジ(巡礼者)と呼ばれる日本人が二人物語の進行に深く関わる。一人は紛争の仕掛け人なのだが、もう一人は狂言回しというべきだろうか。なかなかの設定に感心させられる。そして、錯綜していたかに見えるプロットが多くの登場人物を屍に変えながら徐々に野太い一本の流れを形成してゆくところは、本当に船戸作品の醍醐味といったところである。一人一人のキャラクターはいつもの如く灰汁が強くて、イラン・クルド、イラク・クルド、革命防衛隊員、フェダイン・ハルクの復讐者、元サバックの工作員、私利私欲に走る防衛隊の上級職、密告を生業とする富豪、ホメイニ打倒に燃えるゾロアスター教徒やアゼルバイジャン人……とそれぞれの極端な立場と極端な性格とが、はじけるようなストーリーを紡いでゆく。  作者が最もやさしい視線を注いでいるのがクルド・ゲリラであろう。悩める若き隊員の運命には思わず涙がにじむほどだった。だれが生き残りだれが死ぬのか? そんな疑問を繰り返しながらぼくは読んだ。生き残ってほしい人間と、生き残りはしないであろう人間が、なんとなく想像できた。その意味では時には作者は鬼にもなったし、唯一神アッラーの慈悲のすべてにもなった。とにかくぼくは感情を振り子のように揺すられた。  そして無常感の溢れる美しい終章はほんとうに胸に響いた。世界とか歴史とかいったものを、こうした物語として伝える力は、生半可な作家には与えられていないと思う。必要最低限の文体でありながら、しかも語り部としての天性の才能、溢れ出る言霊とでもいうべきものを最後の最後まで感じさせられる。読み終えてみてとても充実感を覚えた優れた作品である。船戸の代表作がまた一つ増えた。 (1991/12/23)

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