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*血の記憶 #amazon(left,4062761181) #amazon(406276119X) 題名:血の記憶 上/下 原題:Blood Memory(2005) 作者:グレッグ・アイルズ Greg Iles 訳者:雨沢 泰 発行:講談社文庫 2008.10.15 初刷 価格:各\971  アイルズの小説は大きく二種類に切り分けることができる。一つは『ブラッククロス』のような壮大な冒険小説、もう一つは『神の狩人』に代表されるような精神の深層に迫るサイコ・サスペンス。  スケールに大小はあるものの、もちろん物語密度では両者間に格差はない。ただ、サイコ・サスペンスの側は、ニューオーリンズやナチェズといったアメリカ南部の湿度を感じるという意味で、大抵は舞台が狭い範囲に限られている。  一方で国際的な謀略ものを描き、世界を股にかける作品を描きながら、アイルズの地元であるニューオーリンズ一帯の雨や湿度を感じさせる南部的要素は、精神の底を辿る旅を行う場所として、これはこれで魅力である。  本書はその湿度の側を舞台にした物語である。ヒロインは、死んだ人間の歯を分析する職業。死体に残された噛み痕を分析する作業が確率的にどのくらいあるのだろうと商売としての成立について疑問には感じるのだが、科学捜査が進歩してより専門性が重要となる現代の捜査組織のなかでは(少なくともこの物語においては)立派に成り立っているらしい。  彼女は、失われ、損壊された記憶を求めて、育った土地を訪ねるが、死体に噛み痕を残す連続殺人事件の解決と、彼女自らが過去に抱えたらしい事件の掘り起こしと、そして家族の記憶をなぞる精神の旅、などなどが同時に同じ場所で進行してゆくことになる。  プールの底で低酸素状態に耐えることで頭をすっきりさせるという奇妙な習癖のあるヒロインは、大きな川に挟まれた島で生活する時間に取り残されたような人々との再会を通して、過去にあったできことや恐怖を、徐々に思い出してゆく。  そうしながら同時にまたよくあることながら、命を狙われ始める。水の底で息を止めていられる彼女の特技はもちろん後の活劇シーンの伏線として使われることになるだろう。  それぞれの人物造形も強烈なのだが、時代に取り残された島の風景が、物語の原風景として、人間たち以上に印象に残る。ああ、ここは南部なのだ、湿度が多いのだ、と感じさせる、解明されない謎に満ちた極辺の場所である。  アイルズの先鋭的な大スケール冒険小説もよいのだが、それ以上に内面に迫る心の描写も圧巻であり、それらを道具として組み立ててゆくストーリーテリング、それを支えるプロットの精緻さ、あらゆる意味で娯楽小説の手錬れであることを改めて認識させる大作である。  訳者がこの作家のベストではないかと言うくらいで、本書はある意味アイルズ文学の集大成的な作品と言えるかもしれない。 (2010/05/07)
*血の記憶 #amazon(left,4062761181) #amazon(406276119X) 題名:血の記憶 上/下 原題:Blood Memory(2005) 作者:グレッグ・アイルズ Greg Iles 訳者:雨沢 泰 発行:講談社文庫 2008.10.15 初刷 価格:各\971  アイルズの小説は大きく二種類に切り分けることができる。一つは『ブラッククロス』のような壮大な冒険小説、もう一つは『神の狩人』に代表されるような精神の深層に迫るサイコ・サスペンス。  スケールに大小はあるものの、もちろん物語密度では両者間に格差はない。ただ、サイコ・サスペンスの側は、ニューオーリンズやナチェズといったアメリカ南部の湿度を感じるという意味で、大抵は舞台が狭い範囲に限られている。  一方で国際的な謀略ものを描き、世界を股にかける作品を描きながら、アイルズの地元であるニューオーリンズ一帯の雨や湿度を感じさせる南部的要素は、精神の底を辿る旅を行う場所として、これはこれで魅力である。  本書はその湿度の側を舞台にした物語である。ヒロインは、死んだ人間の歯を分析する職業。死体に残された噛み痕を分析する作業が確率的にどのくらいあるのだろうと商売としての成立について疑問には感じるのだが、科学捜査が進歩してより専門性が重要となる現代の捜査組織のなかでは(少なくともこの物語においては)立派に成り立っているらしい。  彼女は、失われ、損壊された記憶を求めて、育った土地を訪ねるが、死体に噛み痕を残す連続殺人事件の解決と、彼女自らが過去に抱えたらしい事件の掘り起こしと、そして家族の記憶をなぞる精神の旅、などなどが同時に同じ場所で進行してゆくことになる。  プールの底で低酸素状態に耐えることで頭をすっきりさせるという奇妙な習癖のあるヒロインは、大きな川に挟まれた島で生活する時間に取り残されたような人々との再会を通して、過去にあったできことや恐怖を、徐々に思い出してゆく。  そうしながら同時にまたよくあることながら、命を狙われ始める。水の底で息を止めていられる彼女の特技はもちろん後の活劇シーンの伏線として使われることになるだろう。  それぞれの人物造形も強烈なのだが、時代に取り残された島の風景が、物語の原風景として、人間たち以上に印象に残る。ああ、ここは南部なのだ、湿度が多いのだ、と感じさせる、解明されない謎に満ちた極辺の場所である。  アイルズの先鋭的な大スケール冒険小説もよいのだが、それ以上に内面に迫る心の描写も圧巻であり、それらを道具として組み立ててゆくストーリーテリング、それを支えるプロットの精緻さ、あらゆる意味で娯楽小説の手錬れであることを改めて認識させる大作である。  訳者がこの作家のベストではないかと言うくらいで、本書はある意味アイルズ文学の集大成的な作品と言えるかもしれない。 (2010/05/07)

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