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*イヴの夜 #amazon(4334925200,right,image) 題名:イヴの夜 作者:小川勝己 発行:光文社 2006.10.25 初版 価格:\1,600  小川勝己は寡作家である。長編作品も、ここのところ数年に一編というペースだ。しかし一つ一つの長編作品は、凝りに凝っており、大衆性よりも、よりマニアックな趣向を大事にした作風で、その個性と奇才ぶりを発揮し続けてくれている。若手作家という年齢から次第に抜け出ようとしている時期でもあり、私は彼のこれからの創作方向にはとても希望を持っており、本書もまたその願いにしっかりと応えてくれている。  そもそも日本でノワールを書き込むのは難しい。下手をするとただのウェットでじくじくした垂れ流し的破滅小説になり兼ねないし、そうした作風の作家たちが多いことにも正直食傷気味である。小川勝己がノワールの書き手として素晴らしいところは、どろどろした情念に流される作風ではなく、どこか切れてしまうような攻撃性と、破滅を気遣わずドライに怒りのハンマーを振り上げる主人公たちの元気っぷりだと思う。  本書でも、その辺りは健在で、二人の男女がそれぞれに地を這うような日々を鬱屈の日々を送っているところから始まりながら、二人の運命の交錯点において、すべてが変わり始める、という劇的な展開でが待っている。  男は、何となく冴えぬままに、青春時代を終える年齢に差しかかろうとしていたが、それでも何とか身の丈に合った恋人がいたらしい。そしてその恋人は刺殺されたらしい。そこまでは悲劇に嘆く主人公なのだが、彼はマスコミによって、ストーカー殺人の容疑者として扱われ、今の生活圏からも徐々に追い詰められてゆく。  女は、根っからの放浪好きで、アルバイトと移転を繰り返しているうちに、デリヘル嬢にまで身を持ち崩していた。過去にSM趣味の客から絞殺されかかったトラウマを持ち、今では、スタンガンと刃物を携帯している、攻撃性の持ち主である。  二人の鬱屈には追い詰められ落とされてゆく不安や絶望こそあれ、希望も愛情もどこにもなかった。孤独を抱きかかえる彼らの日常生活が過激に歪んでゆき、そしてある年のイヴの夜、ホテルの一室で、二人は互いに誤解から殺意をぶつけ合うことになる。小川バイオレンスの白眉となるシーンである。  秀逸なのは、その後の二人の葛藤だろう。過去からの訣別を求め、再生を誓い、ともに罪悪感や自省のなかで、虜囚のように地道に働き、そして孤独であり続けている。彼らの二度目の運命の交錯点が、すべての構図をまた変えてゆく。  過去からの亡霊が彼らを闇から見つめ、彼ら二人も、互いへの疑惑、労わり、償い、など複雑な感情の間で揺れ動く。暗い世相を背景に、時代や社会の犠牲者ともなった弱い男と女の切ないほどの孤独とその行方を、サスペンスフルに描いて、物語は走ってゆく。  この作家らしい、少し胸の痛くなるような終章が印象的である。青春小説でありながら、そこから一歩だけ外側に踏み出そうとする苦く若い意志の在りかを、読者は最後に探し当てることができるだろう。 (2007/09/16)
*イヴの夜 #amazon(4334925200,right,image) 題名:イヴの夜 作者:小川勝己 発行:光文社 2006.10.25 初版 価格:\1,600  小川勝己は寡作家である。長編作品も、ここのところ数年に一編というペースだ。しかし一つ一つの長編作品は、凝りに凝っており、大衆性よりも、よりマニアックな趣向を大事にした作風で、その個性と奇才ぶりを発揮し続けてくれている。若手作家という年齢から次第に抜け出ようとしている時期でもあり、私は彼のこれからの創作方向にはとても希望を持っており、本書もまたその願いにしっかりと応えてくれている。  そもそも日本でノワールを書き込むのは難しい。下手をするとただのウェットでじくじくした垂れ流し的破滅小説になり兼ねないし、そうした作風の作家たちが多いことにも正直食傷気味である。小川勝己がノワールの書き手として素晴らしいところは、どろどろした情念に流される作風ではなく、どこか切れてしまうような攻撃性と、破滅を気遣わずドライに怒りのハンマーを振り上げる主人公たちの元気っぷりだと思う。  本書でも、その辺りは健在で、二人の男女がそれぞれに地を這うような日々を鬱屈の日々を送っているところから始まりながら、二人の運命の交錯点において、すべてが変わり始める、という劇的な展開でが待っている。  男は、何となく冴えぬままに、青春時代を終える年齢に差しかかろうとしていたが、それでも何とか身の丈に合った恋人がいたらしい。そしてその恋人は刺殺されたらしい。そこまでは悲劇に嘆く主人公なのだが、彼はマスコミによって、ストーカー殺人の容疑者として扱われ、今の生活圏からも徐々に追い詰められてゆく。  女は、根っからの放浪好きで、アルバイトと移転を繰り返しているうちに、デリヘル嬢にまで身を持ち崩していた。過去にSM趣味の客から絞殺されかかったトラウマを持ち、今では、スタンガンと刃物を携帯している、攻撃性の持ち主である。  二人の鬱屈には追い詰められ落とされてゆく不安や絶望こそあれ、希望も愛情もどこにもなかった。孤独を抱きかかえる彼らの日常生活が過激に歪んでゆき、そしてある年のイヴの夜、ホテルの一室で、二人は互いに誤解から殺意をぶつけ合うことになる。小川バイオレンスの白眉となるシーンである。  秀逸なのは、その後の二人の葛藤だろう。過去からの訣別を求め、再生を誓い、ともに罪悪感や自省のなかで、虜囚のように地道に働き、そして孤独であり続けている。彼らの二度目の運命の交錯点が、すべての構図をまた変えてゆく。  過去からの亡霊が彼らを闇から見つめ、彼ら二人も、互いへの疑惑、労わり、償い、など複雑な感情の間で揺れ動く。暗い世相を背景に、時代や社会の犠牲者ともなった弱い男と女の切ないほどの孤独とその行方を、サスペンスフルに描いて、物語は走ってゆく。  この作家らしい、少し胸の痛くなるような終章が印象的である。青春小説でありながら、そこから一歩だけ外側に踏み出そうとする苦く若い意志の在りかを、読者は最後に探し当てることができるだろう。 (2007/09/16)

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