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*楽園 #amazon(4163262407,left,image) #amazon(4163263608,image) 題名:楽園 上/下 作者:宮部みゆき 発行:文藝春秋 2007.08.10 初版 価格:各\1,619  新聞小説であったことは巻末の作者自身によるあとがきから知った。こうした大作は、構想が初めに在りきで書き始めるものなのだろうが、新聞小説は長丁場のリアルタイムな執筆作業であるのだろう。作家にとって、そういう書き方、あるいは初期構想の保持の仕方がどのように感じられるものなのか、彼らはあまり語りたがらない。しかし本書では、宮部みゆきという人柄らしく、彼女が本書を書きつつ、何度もめげそうにになった舞台裏事情を明かしている。珍しいことであると思う。  その理由の一つとして、作者は「残酷で救いのない事件の様相」という言葉を挙げている。残酷と言っても猟奇の残酷ではない。確かに本書は前畑滋子という「模倣犯」体験者であるヒロインによる前作の続編ではあるけれど、本書はその意味では、正確には猟奇のシリーズではない。興行収入を当て込んで猟奇のイメージばかりを強く打ち出した映画化作品と異なり、原作の『模倣犯』は、事件が遺族・捜査官・ジャーナリスト・目撃者といった関係者のすべてにもたらす運命の救いなき地獄を描いており、物語は救いなき犯罪の加害者と再生すべき被害者の道の岐路のようなものを指し示していたはずだ。  本書での事件は猟奇と言う言葉以上に恐ろしい「骨肉殺人」を最大の軸にしている。もともとが作者が「模倣犯」執筆中に、床下で実在しない姉の死体があるという夢を見たことから、いつかこの夢を小説として仕上げようとしたところから生まれたそうである。夢のお告げと言ったところから、海外ドラマ『ミディアム』で取り上げられた実在の捜査教職者である霊能者アリソン・デュボアを思い起こさせる、異能の少年書いた暗示的な絵が、作品の強烈な掴みの部分となっている。  それらの絵は交通事故で亡くなった異能少年の母親が、スケッチブックというかたちで、前畑の元に突然持ち込んだものであった。絵の中には、予言された骨肉殺人の家が描かれるとともに、前畑を精神の極北にまで追い込んだ前作『模倣犯』のあの事件の舞台となった山荘の絵が、明確に描かれていた。  作品の時間は、『模倣犯』以降9年の歳月が流れている。滋子は、犯罪ルポから一線を引いたところで、小さな情報誌会社に身を置いていたのだが、一気にこのスケッチブックが滋子をあの忌まわしき世界へと引き寄せる。それは同時に滋子の再生の道でもあった。  宮部みゆきの作品が常にヒューマニズムに溢れれているのは、主人公のみならず、登場人物に肩入れして、彼ら全員の再生の道を同時に模索しようという姿勢が明白であるからと思われる。本書でも、事件を持ち込んだ母と死別した子供への想いが印象に深く、同時に、骨肉殺人にまで至った非行少女とその生真面目な両親との乖離の凄まじさは、その後の購いの日々に繋がってこれまインパクトを残す。思い通りにならない人生がいくつも存在し、その中で足掻きながら、人はそれぞれの救いの道を求め続ける。  事件とその謎解きだけでも十分凝りに凝ったプロットでありながら、事件そのものよりも多くの登場人物の表情の豊かさや、心の移ろい、人生の無常と人間の逞しさ、そうした多くの文学要素をふんだんに詰め込んで深い味わいを持った作品へと料理してしまう宮部みゆきという作者は、その類い稀な創作才能にプラスして、徹底した人間洞察ということを決して忘れることがない人なのだろう。 (2007/09/09)
*楽園 #amazon(4163262407,left,image) #amazon(4163263608,image) 題名:楽園 上/下 作者:宮部みゆき 発行:文藝春秋 2007.08.10 初版 価格:各\1,619  新聞小説であったことは巻末の作者自身によるあとがきから知った。こうした大作は、構想が初めに在りきで書き始めるものなのだろうが、新聞小説は長丁場のリアルタイムな執筆作業であるのだろう。作家にとって、そういう書き方、あるいは初期構想の保持の仕方がどのように感じられるものなのか、彼らはあまり語りたがらない。しかし本書では、宮部みゆきという人柄らしく、彼女が本書を書きつつ、何度もめげそうにになった舞台裏事情を明かしている。珍しいことであると思う。  その理由の一つとして、作者は「残酷で救いのない事件の様相」という言葉を挙げている。残酷と言っても猟奇の残酷ではない。確かに本書は前畑滋子という「模倣犯」体験者であるヒロインによる前作の続編ではあるけれど、本書はその意味では、正確には猟奇のシリーズではない。興行収入を当て込んで猟奇のイメージばかりを強く打ち出した映画化作品と異なり、原作の『模倣犯』は、事件が遺族・捜査官・ジャーナリスト・目撃者といった関係者のすべてにもたらす運命の救いなき地獄を描いており、物語は救いなき犯罪の加害者と再生すべき被害者の道の岐路のようなものを指し示していたはずだ。  本書での事件は猟奇と言う言葉以上に恐ろしい「骨肉殺人」を最大の軸にしている。もともとが作者が「模倣犯」執筆中に、床下で実在しない姉の死体があるという夢を見たことから、いつかこの夢を小説として仕上げようとしたところから生まれたそうである。夢のお告げと言ったところから、海外ドラマ『ミディアム』で取り上げられた実在の捜査教職者である霊能者アリソン・デュボアを思い起こさせる、異能の少年書いた暗示的な絵が、作品の強烈な掴みの部分となっている。  それらの絵は交通事故で亡くなった異能少年の母親が、スケッチブックというかたちで、前畑の元に突然持ち込んだものであった。絵の中には、予言された骨肉殺人の家が描かれるとともに、前畑を精神の極北にまで追い込んだ前作『模倣犯』のあの事件の舞台となった山荘の絵が、明確に描かれていた。  作品の時間は、『模倣犯』以降9年の歳月が流れている。滋子は、犯罪ルポから一線を引いたところで、小さな情報誌会社に身を置いていたのだが、一気にこのスケッチブックが滋子をあの忌まわしき世界へと引き寄せる。それは同時に滋子の再生の道でもあった。  宮部みゆきの作品が常にヒューマニズムに溢れれているのは、主人公のみならず、登場人物に肩入れして、彼ら全員の再生の道を同時に模索しようという姿勢が明白であるからと思われる。本書でも、事件を持ち込んだ母と死別した子供への想いが印象に深く、同時に、骨肉殺人にまで至った非行少女とその生真面目な両親との乖離の凄まじさは、その後の購いの日々に繋がってこれまインパクトを残す。思い通りにならない人生がいくつも存在し、その中で足掻きながら、人はそれぞれの救いの道を求め続ける。  事件とその謎解きだけでも十分凝りに凝ったプロットでありながら、事件そのものよりも多くの登場人物の表情の豊かさや、心の移ろい、人生の無常と人間の逞しさ、そうした多くの文学要素をふんだんに詰め込んで深い味わいを持った作品へと料理してしまう宮部みゆきという作者は、その類い稀な創作才能にプラスして、徹底した人間洞察ということを決して忘れることがない人なのだろう。 (2007/09/09)

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