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**興奮 原題:For Kicks (1965) 著者:ディック・フランシス Dick Francis 訳者:菊池 光 発行:ハヤカワ文庫HM 1976.4.30 初版 1991.11.30 17刷 価格:\520(本体\505)  フランシス三作目でありながら早めに翻訳されたのがこの作品だった。類推されるのは、この本が版元にとっても自信作であったろうということ。フランシスの目玉商品であったのだろうということである。薄々感じられたその予感は、読み進むうちに否応なく納得させられていった。  オーストラリアの牧場主が英国障害レースの理事に依頼されて渡英、馬丁に身をやつして馬の異常興奮に絡む八百長事件を捜査する。本書もコンゲーム的トリック付きなので、言わば、ミステリー色が強いほうだと思う。それでいながら、主人公の「内なる血が騒ぐ」あたりは英国冒険小説のエッセンスをしっかりと受け継いでもいる。つまり、衒いのない直球ストレート。堂々たる作りなのだ。  まずこの本の最大の魅力は、かくも単純で直線的なプロットを、よくぞここまで読ませるものだ、ということ。正直言って前半部は動機が無茶だと感じられたことなどもあって、その地道で、忍耐強い展開に首をひねりもしたのだが、牧場に乗り込んでからは、まるで「あしたのジョーが特等少年院に送られた」みたいな急展開を遂げる。突如訪れる佳境……といった雰囲気だ。  主人公は、内なる誇りを隠し、悪辣でいやな男を演じねばならない。だからこそ彼の内面の心理描写が凄まじい。このまま、自分が演じている男そのものになってしまうのではないかという恐怖を感じたり、自分の言動や周囲の視線に耐え難いほどの絶望を感じさせられる痛いほどの描写は、クールなプロフェッショナル・スパイ小説では味わえない醍醐味がある。  この辺の独白が「女々しく」映ると言われればそうなのかもしれないが、逆に自己の魂との相克が見せ場となり、むしろそれ自体、作品を昇華させる動力となっていることは否めないはずである。しかも、常に逃げ出すことのできる状況で葛藤しながらも、己れの今後の生きざまにさえ賭けてゆく主人公の心づもりは、既になまなかのものではない。  前二作のレビューでも書いたのだが、そこまでのストイシズムがあるからこそ、フランシスならではのラストのカタルシスが快哉ものなのである。『度胸』に続いての作品だけに、フランシスというのは「耐えに耐え、内なる闘志を研ぎ澄まし、最後にきっちりと落とし前をつけてくれる男の物語」を書く作家なのだな、とぼくは思ってしまった。そしてこれを確かに表現してゆく、魅力的に抑制された一人称の文体。  文句なし、歴史に残る傑作と言えるのではなかろうか。
**興奮 #amazon(4150707014,image) 原題:For Kicks (1965) 著者:ディック・フランシス Dick Francis 訳者:菊池 光 発行:ハヤカワ文庫HM 1976.4.30 初版 1991.11.30 17刷 価格:\520(本体\505)  フランシス三作目でありながら早めに翻訳されたのがこの作品だった。類推されるのは、この本が版元にとっても自信作であったろうということ。フランシスの目玉商品であったのだろうということである。薄々感じられたその予感は、読み進むうちに否応なく納得させられていった。  オーストラリアの牧場主が英国障害レースの理事に依頼されて渡英、馬丁に身をやつして馬の異常興奮に絡む八百長事件を捜査する。本書もコンゲーム的トリック付きなので、言わば、ミステリー色が強いほうだと思う。それでいながら、主人公の「内なる血が騒ぐ」あたりは英国冒険小説のエッセンスをしっかりと受け継いでもいる。つまり、衒いのない直球ストレート。堂々たる作りなのだ。  まずこの本の最大の魅力は、かくも単純で直線的なプロットを、よくぞここまで読ませるものだ、ということ。正直言って前半部は動機が無茶だと感じられたことなどもあって、その地道で、忍耐強い展開に首をひねりもしたのだが、牧場に乗り込んでからは、まるで「あしたのジョーが特等少年院に送られた」みたいな急展開を遂げる。突如訪れる佳境……といった雰囲気だ。  主人公は、内なる誇りを隠し、悪辣でいやな男を演じねばならない。だからこそ彼の内面の心理描写が凄まじい。このまま、自分が演じている男そのものになってしまうのではないかという恐怖を感じたり、自分の言動や周囲の視線に耐え難いほどの絶望を感じさせられる痛いほどの描写は、クールなプロフェッショナル・スパイ小説では味わえない醍醐味がある。  この辺の独白が「女々しく」映ると言われればそうなのかもしれないが、逆に自己の魂との相克が見せ場となり、むしろそれ自体、作品を昇華させる動力となっていることは否めないはずである。しかも、常に逃げ出すことのできる状況で葛藤しながらも、己れの今後の生きざまにさえ賭けてゆく主人公の心づもりは、既になまなかのものではない。  前二作のレビューでも書いたのだが、そこまでのストイシズムがあるからこそ、フランシスならではのラストのカタルシスが快哉ものなのである。『度胸』に続いての作品だけに、フランシスというのは「耐えに耐え、内なる闘志を研ぎ澄まし、最後にきっちりと落とし前をつけてくれる男の物語」を書く作家なのだな、とぼくは思ってしまった。そしてこれを確かに表現してゆく、魅力的に抑制された一人称の文体。  文句なし、歴史に残る傑作と言えるのではなかろうか。

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