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スレ170より

234 名前:名無しさん@HOME[sage] 投稿日:2009/07/17(金) 17:53:19 0
結婚するときに、母から聞いた話。

母は田舎の長男に嫁いでしまい、時代もあり朱に交わってエネmeになってしまって数年。
同居の祖父母に「実家は捨てたものと思え」「電話などはトメの許可を得てするように」と言われ、
父に愚痴っても「でも結婚ってそういうものだろ?今のお前の苗字はなんだ?」
と、本当に結婚以来ほとんど実家には帰らせてもらえなかったそうだ。
母実家の父(私の祖父)が病気に倒れ、介護が必要になっても「お前はうちの嫁」「近寄ることは許さん」で、
母実家近くに住む母の兄夫婦(実質兄嫁)に全て任せるかたちに(祖母もいたけど、足が悪いので)。

もういよいよ悪い、というときに、土下座をして「せめてもう一度だけ父の生きている顔を見たい」と
泣きながら訴えたら、祖父に丸めた雑誌で頭をはたかれた。
「お前はあの家の人間ではない、○○という男(祖父)とお前はもう他人なんだ」と。
母いわく「ここで私の中の最後の線が切れた」らしい。
もうどうにでもなれ、と通帳を探して(お金は、たとえ食料品を買うのでも、トメに頭を下げてそのつど
手渡してもらう、がルールだったそうだ)次の日にでも実家に行ってしまおう、許可なんかいるか!
と準備をしていたら、その夜祖父の訃報が飛び込んできた。

「仕方がないので葬式だけは行かせてやる。感謝するように」と送り出され、実家に到着。
親戚からの親不孝者!の罵りも受け、介護で疲弊しきった兄嫁を見て、母は遺産の相続を断った。
兄夫婦は「そういうわけにはいかない」と言ったが、とても受け取ることはできないと。
(祖父の介護や祖母の生活の面倒の費用なども、当然ぜんぶ兄夫婦に頼りきりだったので)
(母曰く、遺産を全て兄に回してもきっと足が出ていたはず、だそうだ)
そして、葬式会場にウトメから
「うちの嫁がそちらに行ってると思いますが、泊まりは許してませんのでくれぐれも」という電話あり。

235 名前:名無しさん@HOME[sage] 投稿日:2009/07/17(金) 17:55:28 0

帰宅後、「三つ指ついて我々に感謝しろ」というウトメに頭を下げさせられ、父からも
「良かったな、お前は幸せ者だよ。ここらじゃ嫁は実家の葬式にも行かないのが普通だ」と
ひたすら他人他人他人他人・・と繰り返される。

母はそこで「仰るとおりです。私は何も手を貸さず、よそに嫁いだよそのもので通してきました」
(母曰く、「ここで満足そうに頷いた三人の顔が忘れられない」そうな・・)
「なので、相続の話も、他人の私にはその権利はないと伝えてきましたので・・」
と言ったら、三人とも「それとこれとは話が違う!」と立ち上がって態度が一変。
理が通らないじゃありませんか、と言うと体が吹っ飛ぶほどウトに殴られたそうだ。
トメは母実家にその場で電話をかけ「おたくは実の娘に愛情がないのか!」とかトチ狂ったことを
わめいたらしい(これは実際に母方祖母から聞いたことがある)。
そして母をただ軽蔑のまなざしで眺めているだけの父を見て、真に憎いのはウトメではなく父だと
やっと吹っ切れた母、離婚を申し出る。
当然激しい暴力を受け、顔面血だらけで玄関から逃げ出したところ、近所の人に保護される。
それがたまたま地元の有力者につながりがある人だったこともあり、世間体を気にして離婚に合意。
(しかし恐ろしいことに、嫁が出血するほどの暴力を受けることはさして話題にならない土地らしい・・)

まだ未就園児だった私に当時の記憶はない。
ロクに会ったことのない父は、私の結婚を報告したときにも「めでたいと思うと思うか?」と言った。
これも記憶にないけど、父は私を使って復縁を画策し、失敗したことを根にもっているらしい。

でも、伯父夫婦は本当によくしてくれたし、亡くなった祖母もとても優しかった。
遺産は結局、母にも平等に分配され、私は経済的になにひとつ不自由なく育った。
負の連鎖を断ち切ってくれたことに心の底から感謝しつつ、この連休で母の墓参りに行こうと思う。
母と過ごした家を今年中に処分することが決まったので、なんとなく傷心書き込み。