スレ235より

550 名前:1/2[sage] 投稿日:2011/02/19(土) 10:34:09 0
きょうだい児とは違うけど、私自身は父の姉の世話のために生まされた子だった。
母方の祖父母がかなりの毒で、母は高校在学中にいきなり家を追い出された。
高校も退学せざるを得ず、どうしたもんかと困っていたところで
住むところと就職先を世話してくれたのが父だった。
その居住先に父も転がり込んできて、同棲開始。父も親から逃げてきたんだそうだ。
その後私を妊娠。父は何故か自分の両親に報告。
母はそこで初めて、父の姉が障害者であること、
父がきょうだい児で、それから逃げていたこと、
しかし親は結構な資産持ちで、それが惜しくなり、
自分の代わりにお腹の子(私)を差し出して、親との関係を復活させるつもりだったことを知った。
当時母の年齢はまだ19歳。
実家にも帰れず、行政を頼るなんてことも知らず、
状況を理解できても逃げることができなかったらしい。
まぁまだ父両親が現役で元気だったのと、実際に面倒を見ることになるといっても中学卒業後の話だということ、
父が「それまでに姉が死ぬかもしれないし」などと母をなだめていたりで
それほど危機感がなかったのもあったとか。

551 名前:2/2[sage] 投稿日:2011/02/19(土) 10:34:39 0
それから母は「兄弟がいれば負担が軽くなる」と考え、弟を妊娠出産。
すると父両親は「この子(弟)は跡継ぎとしてウチ(義実家)で育てる」と宣言し、弟を拉致。
朝父が出勤時に弟を義実家に連れて行き、帰りに義実家から連れて帰る生活。
逃げられないように生活費も最低限にされていたそうだ。
この辺りで母はどうにか逃げることができないか考え始めていたが、ダメ押しで父の不倫が発覚。
母は夜中にゴルフクラブで父に殴りかかり、家の中を破壊(当時3歳だったが覚えてる)。
父が逃げた隙に荷物をまとめ、駅まで10kmを歩き、ギリギリ終電で実家へ逃亡。
道中の公衆電話からあらかじめ実家に電話をかけ、
悔しいのをこらえて親に受け入れを懇願して、実家でも土下座で泊めてもらえるよう頼んだそうだ。
もちろんそう長くいられないので、翌日には行政に相談(やっと知識をつけた)し、
すぐに住むところととりあえずナマポ受給。
父とは裁判まで行ってようやく離婚したらしい。
母はナマポ受給中に勉強をし、資格を取って就職。
私と弟を大学まで出してくれた。
あの時母が逃げてくれなかったら、大学どころか高校にも行けず、
結婚も子ども産んだりもできてなかったんだなと思うと、感謝してもしきれない。

554 名前:名無しさん@HOME[sage] 投稿日:2011/02/19(土) 11:11:06 0
>>550
お母さん、乙。
ナマポと言いんじゃないよ、こういう正しい生保の使い方はきちんと生活保護というんだ。

555 名前:名無しさん@HOME[sage] 投稿日:2011/02/19(土) 11:27:04 0
>>550
お母さん頑張った。まだご存命?

556 名前:550[sage] 投稿日:2011/02/19(土) 11:38:33 0
母に乙ありがとうございます。

>>554
母は未だに税金のお世話になったことを恥ずかしく思っているので、
そう言っていただけると救われます。

>>555
来月46歳。
「今は40代も若いのよ!」とおしゃれにいそしみ、
孫を連れ歩いて「若いおばあちゃんですね」と言われるのが楽しいそうです。