無気力に、生きてきた。 旧い武官の家に育った私が、生まれる前から決まっていた婚約者に嫁いだのは、 まだ少女の頃だった。 やがて少女から女なった私は、重ねた年の数の分だけ、笑顔の作り方だけを覚えていれば良かった。 誕生と同時に役目を終えた私には特に何かをする必要もなく、 ただ、無気力に、生きてきた。 夫の人気は、崇拝と言い換えても差し支えの無い程だったし、 彼は良い夫だったと思う。 子どもが出来なかったのは、単純に子作りをしたことが無かっただけだ。 彼が病気で急逝した時、私が彼の代わりにこの国の指導者として担ぎ出されなくてはいけなかったのは、 伍長上がりの彼には、他に血縁がいなかったからに過ぎない。 独裁者と呼ばれる未亡人には、保護してくれる家はもう無かった。 国を家と呼ぶ老人達の気に触らぬようにする為に、宮廷と言う檻の中から出られなくなり、 それでも私はずっと、無気力に生きてきた。 ―その子に、出逢うまでは。 私の身の回りの世話をする人間は、ウサギのように従順なメイドだけ。 特に不都合が有る訳ではなかったのだが、 私の機嫌を取っているつもりなのだろう、軍人達は、一人の見目麗しい少年を傍に遣してきた。 人間と言うのは、国と言う大きな怪物に仕えていると、自身も怪物に近づいて行くようで、 あの化け物どもの考えていることは、私には全くわからない。 怪物、その老軍人の一人が、その少年を連れてやってきたときもそうだった。 その老人は、仲間にだけ見せる笑顔を浮かべて、私に言った。 窮屈そうな軍服を着させられているその少年は、とても高価だった、と。 「―それにしても、閣下は成人の男性はお好みではないようですので、ね…クククク」 「いいえ。軍服を着た男性は、夫を思い出してしまうのです。…あら、その少年にも軍服を着せていらっしゃるわね」 下卑た笑いには、慣れていた。 それにしても本当に、この軍人達は何が不満なのだろう。 特に逆らうわけでもないのに、何としてでも私の手綱を握りたいらしい。 自分から差し出した鎖では、こいつらは満足してくれない。 「ほう。これは気づきませんでしたな。恐れ多いことでした、閣下。次は平服の部下を連れてまいりましょう」 「いえ、どうぞ、お気遣い無く…。  わかりました。彼を置かせていただきますわ。ですからどうぞ、これ以上お気遣いをされませぬように」 二回言う。その子をもらうから、それで許して欲しい。伝わったかどうか。 「フハハハハ。まことに、恐れ入ります。では今日から閣下のお傍付きということで。  …あぁ、もちろん軍籍はありませんのでね。どうぞ…お気遣い無く…フフフ…フハハハ!!!」 何が面白いのか、満面の笑みを浮かべて退席して行ったのを覚えている。 ぼんやりと思い浮かんだのだが、ニ、三人程、臆面も無く口説いてきた若い軍人達を やんわりと追い返したのが、今回の原因だろう。 監視などいなくとも、何もする気は無いというのに。 とにかく、この子を引き取れば満足してくれるならそれでいいと思った。 最初に思ったことは、本当にただそれだけだった。 その日から、宮廷の奥深くで、彼との二人暮しが始まった。 ウサギたち、宮廷のメイドは、自分の巣穴から出てはこない。まして、私は呼びもしない。 どうしても、あの子と二人で過ごす時間が多くなっていった。 もとより宮廷でだけは仮面を被ることをしなかった私だが、一人の時間が持てないのは不満だった。 しかも、この子は成る程、高価だったというだけはあり、何事もそつなくこなした。 夜中に眠れないとき、いつの間にかベッドの脇にはグラスと酒が置いてあった。 執務に疲れて中庭を歩いていると、ちょうどよい木陰にロッキングチェアが揺れていた。 視界の端には必ず彼がおり、私が用を言いつける前に、あの子は私の必要なものを用意していた。 あの子は使用人として、プロフェッショナルだった。 あの子が完璧であればあるほど、私は何故だか苛立ちが募ってしまう。 一人で孤独を感じるよりも、誰かと一緒で孤独を感じるほうが、惨めだと言うのに。 空虚で、真っ白な時間を愛していたはずの私が、日常を彼に塗りつぶされても平気になっていた。 そのことが、ひどく、苦痛だった。 「誰か―と、言っても、君がいるわよね…これ、お願いできるかな」 書類の束を持ち、寝室へ向かおうとして、執務室のドアを開けた。 「はい閣下。しかし…ベッドの中で書類を広げるのは、あまりお勧めいたしません…」 この子は小さな背丈で、頼りがいのあるその手を広げて書類の束を抱え込む。 前が見えない程あるのだが、よろけることなくついてくる 「…君に寝室で立ち番でもやらせたことでも、あったっけ」 本気で心配しているのか。その気遣いが癇に障って、少しイジワルな言い方をしてしまった。 「閣下がお望みなら、そういたします」 この子はこのセリフを口癖のように唱える。 私は気が重くなり、何も答えずに寝室のドアを開けた。 「…そこの机の上に、置いてて。ありがとう。もういいから、今日はおやすみ」 はい閣下、といつものように返事をして、ドアを閉める。彼は部屋の中。 「今日はもういいって、聞こえなかった?」 「お傍に控えておりますので、ご用があればおっしゃってくださいませ」 ニコニコと笑顔を浮かべ、壁際に立つ。実に様になっている。 どうやら先ほどの会話を真に受けたらしい。 この子は有能だ。私が夜中まで仕事をしようと思っているのを見て、付き合うつもりになったのだろう。 「さっきのは冗談よ。…子どもに付いててもらわないと出来ない仕事でもないから」 鬱積したものが、溢れてしまったらしい。この子を子ども扱いしたことなど、一度も無かったのに。 その時、彼が宮廷に来て初めて見せた顔は、今でも忘れられない。 「…もうしわけ…ありま、せ…」 ぽろぽろと、涙が零れ落ちる。 「ちょ、ちょっと!! な、何で泣くの!? ちょっと!!待ちなさい!!」 出て行こうとした彼の腕をつかんで引き止める。 力なく、彼はその場に座り込んだ。 「もうしわけありません…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめ…なさ…」 泣くことが、悪いみたいに。彼はひたすら謝り続けた。 「もー!! 何で泣くの!? それに、何で謝るの!? 今のは…あたしが悪いんじゃない!!」 「いえ・・・閣下は、悪くない、んです…ボクが…勝手に…グス…」 何とか止めようとしているようだが、涙は溢れて止まらない。 「もう…ほら、こっち。そんな所で泣かれても、困るわ…」 慰めるつもりだが、言葉が出ない。私もかなり動転していたらしい。 とにかくソファに座らせる。しょうがないので、私も隣に座った。 「本当に…ごめんなさい…。もう、大丈夫、ですから…」 小さく笑う。その笑顔は私に気を使わせないためのものだろう。 そのきれいな瞳が、赤くなっている。 「ぜんぜん大丈夫じゃ、ないじゃない。…私が悪かったね。君を子ども扱いして…」 「いいえ、いいんです。子ども、ですから…」 「そうかな、君の子どもらしいところなんて、初めて見たよ?君でも泣いたりするんだねー」 寂しげに笑う彼。取り繕う私。 「でも君を子どもだって思ったことなんか無いよ。君の仕事は、完璧です。本当に、嫌になるくらい…」 「嫌になるって…何かお気に触ることでもしましたでしょうか…!!!!」 急にこちらを振り向き、また泣きそうな顔で問いかける彼。私はしどろもどろになりながら答えた。 「えっ!? な、何も無いよ…ううん、そうね、この際だから言うね。私はね…自分のことが嫌いなの」 「…ご自分のことが、ですか」 うつむいて、答える。この子の涙に感化されたのかもしれない。言葉が、ぽろぽろと、零れ落ちる。 「うん。嫌い。と言うより、無関心なのかな。  私はね、何も持っていないから…。  家柄も、お金も、権力も、地位も名誉も、私が手に入れたものじゃない。  自分で手に入れていないものは、自分のものとは言えないでしょう?  最初から、全て埋まっているパズルは、面白くもなんともない。  始まる前から終わってるの。別にそれが悲しいわけじゃ無いのね。  だって、この国で私ほど恵まれてる人はいないはずでしょう?  悲しくは無いんだけど、嬉しくも無い。境遇に怒るわけでもないし、楽しく過ごすこともない。  新しいパズルが欲しいわけでもなければ、パズルを壊す勇気も無いのよね。  そういうわけで、自分のことなんてどうでもいいの」 ぽろぽろ、ぽろぽろ。 自分の心の声を、自分でも初めて聞く様な気がする。 「閣下…そんな…」 「…それでね?そんな私にとって、君はとても眩しいんだぁ…  君みたいな笑顔に、慣れてないのかもね。  私に近づく人は、恐れるか摺り寄るか…それくらいしか出会ったこと無いから…」 「ごめんなさい…ボク…閣下にそんな風に思われていたなんて、全然思ってなくて…」 「こちらこそ、ごめんなさいね。考えてみたら、完全に八つ当たりだねー」 私はからからと笑う。自分でもよくわからなかった苛立ちが、解決した。 私は、この子の笑顔が羨ましかったんだろう。 誰かの為に働いて、それを自分の喜びにしている、 そんなことが本当にあるなんて、今まで知らなかった。 「いいえ、いいえ!! ボクのせいなんです!! ボクが、子どもだから…」 「なぁに、そんなに傷ついたの?いいじゃない、 子どもなんだから。  なんてねー、ウソウソ。もう子ども扱いしないから…君は立派にやってる。本トに、ごめんね?」 軽口を言って、彼の肩をぽんぽんと叩く。 「…やっぱり、子ども、ですよね…。閣下…ボク…ボク…!!!!!!」 驚くのは、こっちの番だった。突然すごい力で押し倒され、彼の唇が押し付けられる。 「いたっ…!!ちょ…な…んぅっ!! んっ…んぅ…あむ…ふ…ぅっ…ぷはっ…ハァハァハァ…な、なに!?」 彼を見上げる。あまりのことで、力が入らない。 鼓動がドクドクと、とても高く鳴っている。 「閣下…ボク、子どもです…でも…男、です…」 「えっ…そ、そうね。君は、男の子だったよね…え、えーと、その…つまり?」 「ボクがお仕事をがんばれるのは…閣下が好きだから、というのは理由になりませんか?」 突然の告白。彼は、まじめな顔をして、私に覆いかぶさっている。 「閣下が、好きです。閣下より背は低いし、年下だし…子どもだけど…好き、です」 「そ、そそそんなの、気のせいだよっ!! そう見えてるだけ、そう、それだけだよ。気のせい、気のせい」 「気のせいでも、いいんです!!  閣下がおっしゃったように…  初めてお会いしたときは、閣下の心の中は空っぽに見えました。  でも、空っぽなんかじゃなかった。  閣下が中庭で、迷い猫とお遊びになっているとき…クスクスと、すごく可愛らしく笑ってました。  その笑顔が、ボクよりも年下の女の子に見えたんです。  一人ぼっちで泣いている、小さな女の子に。  気のせいでもいい。ボクは閣下を守ってあげたい…っ!!」 がば、と覆いかぶさる。 身長差のせいで、押し倒されていると言うよりは、私が抱き上げているようなものだけど。 私はこの子の頭をそっと撫で、抱きしめた。 「ごめんね、ありがとう…良い子、良い子…」 優しく囁いた。胸の辺りが濡れている。彼は、声を殺して泣いているようだ。 「泣かないで…? うん、本当に、子どもだなんて、思ってないんだから、ね?」 彼が何か言ったが、言葉になっていなかった。また、頭を撫でながら、言葉をつむぐ。 「私も、好きよ…たぶん」 そう、私だって、この子に恋をしてたんだ。 生まれて、はじめて。 初めてだから、わからなかった。この気持ち。 「好き…好き、かぁ。うん、そうだ。私、君のことが好きなんだと思う」 ぐじゅぐじゅになった顔を上げて、彼が私を見つめる。 「ほ、ほんとぉに…???」 「うん。 君のいった通りだねー。私、初めて恋をしちゃうような少女だったんだ。  ふふ、おかしいね、この年で初恋なんて」 彼はぶんぶんと首を振る。目をぎゅっとつぶって、涙を止めたみたいだ。 「閣下…嬉しい…」 ニコっと笑みを見せて、また、私の胸に顔を埋めた。 私はもう一度、彼を強く抱きしめて、彼の髪の毛に、二回目のキスをしてあげた。 独姉「エッチなシーンなんて無いよ!!! 2×才で処女なんだから!!!」 ショタ「ちなみにボクは経験豊富ですよぉ〜…フフフ」 独姉「…ちょっとショック orz」 ショタ「あ、でも後ろは処女ですから…ね、閣下」 独姉「それも…設定上、なんかヤダ」 ショタ「人身売買で売られてきたのに、後ろがピュアなんですよー。高価でしょー」 独姉「子どものクセにそういうセリフを言うなぁーっ(泣」 ショタ「閣下…本当に可愛いんだからぁ…フフフ」