木崎湖

柴 光則

 先週のはじめ頃から時折、咳がでる。体育で運動した後は息苦しくなって咳き込む。しまいには喉がかすれて声がでなくなった。週に何度かは医学部の図書館に籠るのだけど、看護学部の友人が自前の医学大百科を持ち出してきてヒトコト。「いつもは大丈夫なのに急に咳が出る症状ね、肺炎か…いや、肺ガンの可能性も」。そうか、私は肺がんなのか。だとしたら先もそんなに長くはないな。まだ成すべきこと、それに釣っていない魚も沢山いるのに。とりあえずは、卒論と試験、ターポン、ボーンフィッシュ、パーミットのグランドスラムは達成しておかないと。なんてバカなことを考えながら、近所の内科に寄ることにする。「あ、こりゃ単なる風邪ですね、すぐに治りますよ」。そう言われたけれど、それこそ「バカいわないでちょうだい」と塩野七生先生ならば言うだろう。いまだに声が出せずにつらい。

 さて、12月10日の金曜の夕方、あわただしく何本かフライを巻いて長野に向かった。木崎湖で久々に釣りを楽しむためである。12月に入ってから日の入りが早い。町田にあるSANSUIでお気に入りのラインを購入して、小田急線に乗ったころには、すでに空は暗かった。

 藤沢で車を調達し、日吉で部員をピックアップ、そのまま夜を明かし、鹿島槍に向かう。そこで後輩達を置いて再び山を下った。まだ食事を取っていない。木崎湖の脇を走る国道沿いにある、なじみの縁川商店で小石のうどんを食べよう。小石のうどんというのは、木崎湖を舞台としたアニメにちなんだメニューで、カレー味の効いたダシに温かい目玉焼きがのったうどんである。濃いカレーなのだが、ダシがしっかりしていて、よく混ぜると余計おいしい。思ったほど寒くない久しぶりの木崎湖に、心がはずむ。





 大糸線が走る踏切を渡ったところで車を止め、小雪の舞う中、歩いて木崎湖に向かう。放射冷却で白く光る水面が視界に飛び込んできた。そうだ、今は冬なのだ。湖に浮かぶボートの数も少なく、皆ワカサギ狙いのようだ。

 朝から風が強く、フライを振るには厳しい条件だったので、陸から釣ることにする。馴染みのボート屋さんに顔を出す。「また釣れない時に来て、こんな冬にフライで木崎に挑むなんて、とうとう頭がおかしくなったんじゃないか」。そうか、私は頭までイカれてしまったのか。「いやいや、私はいつだって大真面目、開拓精神ってやつです」。

 冬は、魚を釣るには難しい時期と言われる。クリアレイクだとディープエリアでのメタル系の釣りが有名だろうか。湖では夏とは全く異なった世界が広がる。シャローに確認できる魚はいないし、ベイトの反応もない。だが、そういった悪い状況があるということは、反面、良い状況の水域もあるということになる。

 数年前、雪原と見間違えるくらいに粉雪が積もった日だった。初冬なのに季節外れの寒波が本州全体を覆い、気温が異様に低かった。水深1メートルにも満たないシャローで、ミノーを使ってスモールマウスを釣ったことがある。太陽熱と湧水が絡むエリアではたとえ真冬であろうと、必ず可能性はある。それを今度はフライで攻略できればと前々から思っていたのだ。

 シーバスや大型のトラウトでは、高番手のシングルハンドで飛距離を出すのが好きだ。7番から10番の強度なロングロッドを多用するのは、アンダーハンドキャスティングを用いるためである。深く曲がり、素早く戻るロッドがこのスタイルには不可欠だ。一昨年からもっぱらこのキャスティングにこだわっているが、なかなか難しい。名前は同じでも、ルアーのアンダーハンドは簡単だが、フライのアンダーハンドは正直クセモノだ。主に下手を使うことからこの名前がついたらしいが、どうもしっくりこない。スウェーデン生まれのテクニックだが、大雑把なアメリカ人が好むとは思えないし、日本へ移入されたのもここ数年のことだ。

 最初は、水面に打ったリーダーをアンカー(タッチ)として、そこから振り子の原理で動力を得てラインを飛ばす仕組みだと思っていた。だが実際は違った。スペイキャスティングやシューティングスペイとも少し異なる。

 リーダーとラインで水面に半円を描き、先端から10フィートくらい重く設計されたラインで、ロッドに負荷をかけてしっかり曲げてやる。するとロールキャストからオーバーヘッドキャストに変換された形でラインが飛んでいく。とてもシンプルな動作なのだが、フォルスキャストがないので一度で決めなければならない。完成させることができれば釣りの幅も広がるだろうがそう簡単ではない。そういえば、映画『A River Runs Through It』でポールがやったシャドウキャストも凄かった。実際に存在するテクニックなのだろうか。

 そういうわけで、このテクニックを完成させるのは楽しみのひとつとなっている。シンキングラインを使ってストリーマーを沈め、湧水のある場所を中心に狙っていく。いくつか思い当たるエリアを回ったのだけど、魚の反応がないので早めに切り上げて鹿島槍に向かうことする。こんな日もある。新たな試みとしては大きな一歩としよう。やると決めた事は必ず実現させる。そう遠くはない未来、フライでのスモールマウスパターンを確立させよう。



(鹿島槍釣行編へつづく)


使用タックル
Rod: LOOP オプティストリーム 896
Line:Opti-Multi(Type2)+マルチリーダー / フロロステルス

Rod: LOOP LTS CODE:X-1 
Line:Opti-Multi(im)+トゥーハンド / ミスティープラス


アンダーハンドキャストを実践で使っている映像
最終更新:2010年12月25日 23:26