光くんの話 第1話


人って何のために生きるんだろう?結局は死ぬのに辛い思いをしたり、悲しんだり、苦しんだりしながらなんでわざわざ?って……あの頃の僕は本気でそう考えていた。
つらい生を送るなら、いっそ死のうって。あ、勘違いしないでよ?僕は別にネクラじゃないし、死のうと思ってたのはもう1年も前の話なんだから。
今なら過去の自分を叱ることぐらいはできる。同時に常識じゃ絶対に考えられないような体験もしてきたし、今もしてる。
とは言っても決してイヤなわけじゃない。むしろ楽しいぐらいなんだ。僕が変われた……というより立ち直れたのは、常識の範囲をはるかに超えた「彼女」たちのおかげだ。
ずっといっしょにいたけど、僕が気付かなかった本当の彼女たちの。
話は長くなっちゃうと思うけどそのことについて、話したいと思う。


僕の名前は市来 光。
ごく普通の中学1年生。
今一発で僕の名前を読めた人、ちょっとすごいかも。初めて会う人はたいてい、しき ひかる、もしくはひかりと読む。
いちき、とは読めてもひかり、ひかる、と呼ばれてしまう。正しくはいちき こう。自分で言うのもなんだけど、変な名前。まぁ、名前のことは置いといて。
「ふぁぁぁあ……」
朝の1時間目の授業からおおあくび。睡魔と闘いながら必死にノートをとる僕。一番前の席、居眠りするわけにもいかず、目の前の黒板の数字の羅列と対戦する。


眠いときに限って授業がつまらなかったりするもので。数学の老教師のβ波全開な癒しボイスは僕の神経を蝕み続けていた。
「え~、で、あるからして……」
……さっきから前置きが長いよ……
「……つまり……え~、え~……」
何が言いたいんだ、この人は……
「……はい~、え~、そのような~……」
や、ヤバい……限界。
しかしそこに救いのチャイムが。
僕はそれと同時に机にダイビング。なんともいえない至福の時間だ。
でもそんなささやかな幸せも僕には遠いみたいで。


「光!起きろ!」
この声だ。
「おら、光!次の授業の宿題見せろ!」
「うーん……カバンの中だから、勝手に見て……」
構っている余裕もなく、再び海の底へ沈もうとした僕だったけど、今度は肩を揺さ振られた。それもかなり強く。
「勝手にだと?誰に向かってモノ言ってんだ?あぁ!?」
脅しじみてきた。でも今日の僕はその危険性すら認識できないほど疲れ果てていたので、目を開けることを本能が拒否した。拒否してしまった。
「てめぇ、オレをシカトとはいい度胸だ!死んでも恨むなよ!」
ん?死んでも恨むなってなに?それよりも、この音は?なんか急速に迫ってくるような……って!!?
「うわあっ!!」
な、なんで!?なんで体が宙を舞ってるの!?なんでみんな僕を遠巻きに見てるの!?助けて!!
なんて心の悲鳴が届くはずもなく、鈍い音とともに僕は頭から不様に地面に墜落した。


「ケッ。素直に従ってりゃ痛い目見ないで済んだのによ」
なんて言いつつ、僕を宙に舞い上げた張本人はバッグの中をガサゴソと物色していた。ああ、最初っからそうしてくれよ……
なんて言えるはずもなく、僕はゆっくりと立ち上がった。あ、かなり足にきてるよ……
「お、あったあった。借りてくぜ、光」
「ちゃんと返してね、香苗……」
「なんだそりゃ。オレが今まで返さなかったことがあるかぁ?」
返したことあるっけ?
まあ、これを予想して宿題は2つやってあるからいいんだけど。
そのおかげでだいぶ学力ついたなぁ。感謝しなきゃいけないのかな?
「そうだね。がんばって……」
フラフラしながらそう言うと、香苗は悠然と去っていった。
今のちょっと、いやだいぶ強気なのは、森里 香苗(もりさと かなえ)。一人称は「オレ」なのに女。
相当かわいい、ってみんな言う。でも見て分かるように、ジャイアン的な存在だ。それも全校中で。
見た目はすらっとしてておとなしそうな顔なのに、物凄い戦闘力と口撃。だから誰も手を出そうとしない。


「光、大丈夫か?」
「そういうこと言うなら助けてよ」
「ははは。オレは死にたくないからな」
椅子に座った僕に話し掛けてきたのは高梨 悟(たかなし さとる)。同じ部活……バレー部の友達。それ以上は言うこともない。
悪い意味じゃなくて、シンプルなやつだから。いつでも自然体で、あの香苗とごく自然に付き合える数少な男子でもある。
「眠そうだな。今日も朝練か?」
「うん」
「そんなに眠いんだったら朝練なんてしなきゃいいのに」
「そういうわけにはいかないよ。人より小さくて人より下手なんだから、みんなより多くやらなきゃ迷惑かけちゃうよ」
せっかく入ったんだから、練習の邪魔にはなりたくないし。入部から2ヵ月経ってもなかなかうまくならないから、朝の秘密特訓を始めたんだ。今のところ1ヵ月は続いてる。
悟にバレた時点で厳密には「秘密」じゃなくなっちゃったけど。
「ま、がんばれや。がんばりゃ週末の試合、ベンチ入りぐらいはできるかもしれないし」
「レギュラーがのんきなこと言ってていいの?」
「別にのんきなわけじゃねーよ。天才は余裕を持ってこそ本領発揮するんだからな!」
憎まれ口をたたく悟。でも冗談抜きに、悟は天才だ。入部してわずか1ヵ月でレギュラーを奪ったんだから。
部活だけじゃなく、勉強もできる。さらには長身で整った顔立ちだから、女子にも人気がある。
さっきの香苗も、悟といるときはなんとなく狂暴じゃない気がする。まあ、攻撃前に警告するぐらいだけど。他の人にだったら容赦ないからなぁ。背が低くて女々しい顔の僕とは大違いだ。


「ベンチ入りなんてまだまだだよ。20人もいるのに……」
「そうかぁ?まー……なんだ。お前が頑張れば森里が喜ぶぜ?」
にやけながら僕にささやく悟。意味が分からない。
「なんで?香苗は関係ないよ」
「そりゃ、あれだ……さらば!!」
「お、おい!」
肝心なところをはぐらかし、悟は逃げていった。追い掛ける気力と体力などなく、僕は再び机に突っ伏した。
最近の学校は便利なもので、寝てても何も言わない先生もいたりする。僕にとってラッキーだったのは、2、3、4時間目の先生が便利なタイプの先生だったんだよね。だから僕が目覚めたのは、ちょうど昼休みが始まった時間。
まわりを見回すと、弁当を広げて食べ始めているクラスメイトたちの姿が。ぼーっとする頭を覚まそうとしばし目を瞬かせていると、背中にすごい衝撃が。背骨が……
「光!メシだメシ!」
ああ、香苗か……
「うん。食べようか」
「今日はおふくろが気合い入れて作ったみたいだからな。ありがたく食えよ!」
これがどういう状況かっていうと。
僕は香苗と昼ご飯。で、僕のお弁当を作ったのは香苗のお母さん。普通に考えたらおかしいのだろうとは思う。じゃあなんでか?
実は僕と香苗は幼なじみなんだ。だから香苗のわがままにも慣れっこだし、それが僕達の自然なスタンスだ。幼なじみといっても、生半可なつながりじゃない。でもそれはあとで説明しようと思う。


「おっ、うまそうじゃん。今度オレにも作ってもらってきてくれよ」
「お前に食わせるメシはねえよ」
「つれないねぇ。やっぱ森里は光一筋か?」
「……鼻折るぞ?」
「そいつは勘弁」
肩をすくめて悟は僕の隣に腰を下ろす。
最近は悟と香苗と僕の3人で昼食をとるのが通例となっていた。
「ああ、寂しい。僕は毎日コンビニ弁当。光は手作りの真心弁当。なあ光。今度お前の母ちゃんがメシ担当のとき、オレの分も作ってもらってくれよ~」
確か悟の両親は共働きで忙しいんだったかな?
「うん。頼んでみる」
「さっすが光!どっかのおてんば娘とは大違いだな」
「誰がおてんばだ!?」
「おっと、つい本音が」
「この野郎……ぶっ殺す!!」
座った体勢から香苗のパンチが悟の顔面を襲う。僕の鼻をかすめて。
他の人なら一撃KOだったんだろうけど、悟は違った。軽く首をひねるだけで回避してしまった。
「甘いぜ森里。いくらおてんばでも、やっぱり女の子だってことだな」
あー、なんで彼はそーやって神経を逆撫ですること言うのかな……
「殺すっ……!殺す殺す殺す殺すっ!!!!」
あーあ、香苗が暴走しちゃったよ。
なんで1週間に1回暴走させるんだ?それもわざと。
学校唯一、香苗に勝てる男、高梨悟。でも僕は学校で一番弱いかもしれないんだよな。そんな僕がいる前で香苗の導火線に火を点けるのはやめてほしい。
まわりのクラスメイトは自然と避難してるし。これが普通の光景になったんだろうな。
その「普通の光景」通りなら、この後僕は……
「死ねや高梨ィィィ!!!」
必殺のハイキックは悟の頭ではなく、悟が避けたその後ろにいた僕のこめかみに直撃。ああ、やっぱり。
1日で2回もダウンなんて、予想できなかったな。どうしよう。午後、体育あったんじゃないかな?部活までは保健室で寝るはめになるなぁ……
なんて考えながら、僕は意識を失った。最後に見たのは楽しそうに拳を交える悟と、殺意にあふれる表情をした香苗だった。

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最終更新:2007年01月09日 14:07