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夏の海風が吹きすさぶ波止場。潮の香りが鼻孔の奥をくすぐる。
 辺りに人気はなく閑散としている。停泊している船も何年もそこに繋がれたまま放置されているのか、船体は銅褐色のメッキに包まれていた。
 水面の中に釣り糸を垂らしてから、はや数時間は経つが一向に物言わぬまま穏やかな波に揺られているだけだ。
「本当に釣れるんかな」
 白い無地のTシャツと薄茶色の短パンという至ってラフな装いに麦わら帽を被った島田恵介は、折りたたみ式の簡易椅子にじっと座り込み、変化のない海面をじっと見つめながら、ため息をつく。
 青空に煌々とある太陽と目下の海面を乱反射する光の熱が彼を汗だくにさせた。
 恵介の趣味は釣りだが、始めたのはごく最近のことである。
 取引先のお偉いさんに勧められて始めてみたが、これがなかなかどうして面白く。ここ最近の休日は釣りに費やすようになっていた。
 ネットで情報を丹念に収集し、釣り具屋の店主にアドバイスを貰うといった、ささやかな努力を続けていくうち、釣り歴半年にも満たないビギナーながらも順調にフィッシングの腕前に磨きをかけていた。
 そんなある日。タコ釣りの隠れた名所と呼ばれる穴場スポットがあるという情報を小耳に挟んだ恵介はさっそく今週の休日に訪れ、人生初のタコ釣りに挑戦しているのだが、結果は今のところ芳しくない。
「ちゃんと、店主のおっちゃんに教えてもらった通りにやってるんだけどなぁ」
 もしや穴場スポットというのはデタラメではないのか? とあらぬ考えが恵介の頭の中をよぎる。
 店主のアドバイスに問題が? それともやり方を間違えている? 
 後ろ向きな考えが波の泡ぶくのように現れては消えてを繰り返す。
 だからといって、一向に成果を出さないままおめおめと帰るのも面白くない。もういっそ、別の魚にターゲットを変えようかどうか考えながら、青く澄んだ空を眺めていたその時だった。
「何をお釣りに?」
 恵介の背中越しから聞こえる鈴の音のような上品な声色。振り返るとそこには、恵介が聞いた声にたがわぬ女性が立っていた。
 一見すると恵介より若干年上で、二十代半ば頃といったところだ。
 手入れが行き届いていることが伺える艶やかな黒髪を、首元で切りそろえたショートボブヘア。
 白いノースリーブのブラウスと黒いロングスカートのツーコントラストの組み合わせをそつなく着こなしている。


 スカートの端から垣間見える陶磁器のような白く細い両足に、小枝のような繊細なつくりの手指、ブラウス越しにも分かるふくよかな胸。
 切れ長の奥二重と反り返るようなラインを描く長いまつ毛は、成熟した女性ながらも繊細で儚げな印象を同居させている。
 恵介はその現実離れした美しさにしばし見惚れた。
「――どうかしました?」
 訝しげな様子で尋ねる女性の声。光を吸い込む深海のような漆黒の瞳が恵介をじっと見つめる。恵介は慌てて口を開いた。
「いえ、何でも。突然に話しかけられたもので」
「たしかに、いきなりは失礼だったかしらね」
 彼女なりに失礼だと思ったのか、女性は申し訳無さそうに苦笑いを浮かべる。
「いえ自分は気にしてないから大丈夫ですよ!」
「そう。良かったわ」
 安堵した様子で柔和に微笑む女性。
 その笑顔には、大人であっても少女の心を忘れない、無垢な愛らしさに満ちていた。
 恵介は確かに感じた高鳴る感情を胸の内へとそっとしまい込み、改まって女性に向き直る。
「実は今ですね。タコ釣りをしているんです」
「タコ釣り? タコって釣れるものなんですか?」
「一応釣れるらしいんですが、理由はよく分からないけど中々上手くいかなくって――」
 恵介は自分が今釣りの趣味に傾倒していること、そしてこの穴場スポットと呼ばれる場所でタコ釣りをするに至るまでの経緯をかいつまんで説明した。
「そうだったんですか……。でも最初はびっくりしたんじゃないかな? ここって港なのに人気が無いじゃないですか」
「はは、そうですね。まぁ一人で釣りする分には丁度いい静かさですよ。えっと……」
 恵介が言い淀んでいると、女性は察した様子で仄かに笑んだ。
「私、『児玉(こだま)すみれ』っていいます。幼児の児に玉でこだま、すみれは平仮名です。すみれでいいですよ」
「これはどうもご丁寧に……。すみれ、さんですね。僕は島田恵介っていいます」
「恵介くん。……でいいかな?」
「は、はい」


 それからしばらく、時間を持て余していた恵介はすみれと会話を続けていた。最初こそぎこちないやり取りが続いたが、魚料理の話題で意気投合したのをきっかけに次第に花を咲かせていった。
 すみれは恵介の話題に対して適度に相槌を打ち、上手く次の会話へ繋げるような絶妙な返しができた。彼女がなかなかの聞き上手であった事も会話が円滑に進む要因となっていた。
 会話を続けるうち、彼女はこの波止場から離れた都市帯に住んでいるフリーライターであるということ、そして仕事に煮詰まったときに気分転換のためにここへ来るということを恵介は知った。
 また、恵介たちが今居る波止場は、昔はこの近辺にあった村の人間が昔から利用しているものだったのだが、村の過疎化に伴い、彼女の住んでいる都市帯へと吸収合併されたことで、
漁業等の利用は都市帯の近くにある場所へと移り変わり、現在は廃墟にも等しい状態であるとのことだった。
 すみれ曰く、人気のない海辺の寂しさ溢れる情緒が気持ちを落ち着かせて、絶好の気分転換になるらしい。
 恵介はそうした彼女の感性に強いシンパシーを感じ、深く頷いた。
 そうして、すみれと恵介が話し込んでからしばらく。恵介がふと時計に見やると釣り場を引き上げる時間をとうに過ぎていることに気がついた。
「あ、俺そろそろ帰らないと……」
 話を途中で中断し、恵介は帰り支度を手早く済ませた。
 結局ただ垂らしただけに終わった釣り糸を回収する。手慣れた動作で釣り道具を片付けるなか、すみれとの別れがもうすぐ訪れてしまう寂しさを確かに感じていた。
 彼女とは出会って間もないが彼女ほど魅力的で一緒に過ごしていたいと思える人は初めてであった。
 あわよくば連絡先を教え合い、これからも交流を続けよう。などと、初対面で縁もゆかりもない赤の他人に対して言える胆力さや、異性に対する積極性を持ち合わせていない恵介にはとって、土台無理な話であった。
「ではこれで。結局今日は坊主だったけど、すみれさんと話せて楽しい時間が過ごせました。ありがとうございます」
「ふふ、こちらこそ。またいつか会えるといいですね」
「そうですね……」
 「では、またいつか」恵介はそう言って軽く会釈し、もう二度と会うことは無いだろう、すみれの姿を目に焼き付け、彼女に背を向けた。


 そして、後ろ髪を引かれる思いでその場から立ち去ろうとしたその時だった。すみれは「あの」と背後から恵介を呼び止めた。
「私、きっと来週もこの場所にいると思います」
 それだけです。と静かに言い添え、すみれは微笑を浮かべた




 すみれと出会って以来、恵介は毎週のように波止場に通い詰めた。
 恵介はすみれと会うと決まって、今日こそタコ釣りのリベンジをする。と笑いながら語った。そんなの見え透いた建前であることを二人はとうに理解していたが、あえて口には出さなかった。
 恵介が釣りを始める時間には大抵すみれがやってくる。恵介が訪れる前から居たこともあった。
 二人は会うたびに他愛のない話で盛り上がった。話すことが無くなって互いに無口になっても、気まずい思いはしなかった。たとえ沈黙でも、二人で共有する時間全てが愛おしいと感じていたからだ。
 そんなある日。恵介は自分がすみれに抱いている特別な感情を彼女に伝えてしまおう。そう思い立って波止場へとやってきた。
 すっかり馴染みの深くなった光景。しかし、今日はいつもと違う景色に映ってしまう。
 緊張で手がわずかに震え、握りしめた拳の中はしっとりと汗ばんでいる。誰かに想いを伝えるというのは学生の頃以来で、恵介はあの瞬間の勇気を思い出しながら一歩一歩進んだ。
 いつもの場所にすみれはいた。今日はおしゃれなフリルの装飾が施された黒色のシックなワンピースを着込んでいる。
 漆黒のスカートを潮風にはためかせながら海辺を眺め佇む彼女の様相に少しだけ見惚れたあと、恵介はおそるおそる話しかけた。
「あの、すみれさん!」
「恵介くん……?」
 恵介が呼びかけると、すみれはゆっくりとこちらへ振り向く。彼女の顔を見たとき、恵介はすぐさま違和感を覚えた。
 すみれの表情には普段の朗らかさが無かった。孤独に打ちひしがていたかのような、悲壮感の漂う寂しさに満ちていた。
「ど、どうしたんですか? もしかして具合でも」
「うん……大丈夫……あっ」
 ふらついて倒れそうになるすみれを恵介はとっさに支える。すみれは恵介の胸に力なくもたれかかった。
 すみれの身長は恵介より低い。彼女が恵介の顔を見上げると自然と上目遣いになる。漆黒の瞳は潤みを帯びて妖しく輝き、切なげに恵介を捉えていた。
「ごめん恵介くん……。私嘘ついちゃった。本当は大丈夫なんかじゃないの」


「……何かあったんですか」
「うん……。私ね、夢を見たの」
「夢?」
「恵介くんが来ない夢。私がどれだけ待っても恵介くんは波止場に来ない……。『それでも来週はきっと』って期待するの。けれど一週間、一ヶ月、一年待っても来ない。途方もなく、空しくて悲しい夢」
 すみれの双眸が潤み、一筋の涙が頬を伝う。
 『ある日突然逢えなくなる』。
 恵介は彼女の語った内容が重たく胸にのしかかった。
 そんなこと想像したこともなかった。定期的にここにくれば当然のようにそこにいると、当たり前のことだと。
 保証なんてどこにもないのに、いつか突然何かが起こって逢えなくなるかもしれないのに。
 だのに、彼女だけがその不安に気づいていて。自分は毎週すみれに逢えているという事実にのうのうと胡座をかいていてのだ。
「ごめんね。突然変なこと言っちゃって……」
 すみれは頬に垂れた涙を拭い、笑ってみせようとする。
 しかし、その笑顔は取ってつけたようにぎこちない。彼女の頬に微かに残る涙の跡と同じように、彼女が抱える不安は拭えてなどいないのだ。
 恵介はこれ以上彼女の悲しむ顔を見たくなかった。まず考えるよりも先に言葉が出ていた。
「俺、絶対来ます」
「え……?」
「すみれさんがここに居る限り、絶対逢いに行きますから! 一週間以上、すみれさんを待たせたりなんかさせません」
「恵介くん……。ふふ、ありがとうね」
 すみれは恵介の言葉に顔をほころばせた。
 恵介のその確証を得ない宣言は、その場限りの慰めに過ぎないかもしれない。
 だが、たとえ気休めだとしても。すみれの笑顔を取り戻せたことには変わりなく、恵介にはとても喜ばしいことであった。
 すみれとまた少し心を通わせたことで、恵介の中のすみれへの想いは今にもはちきれんばかりに大きく膨らんでいた。
 このタイミングでは少しばかり卑怯なのではなかろうか。そう恵介の心の声が呟く。
 だが言うならば今しかない気がする。恵介は自分の直感のままに任せることにした。
「あの! すみれさん! 俺、すみれさんのことが――」
 恵介が言い終える前にその口はすみれの唇によって塞がれる。
 しなやかな指でそっと触れるような接吻だった。
「言わなくていい。きっと私もあなたと同じ気持ちだと思うから……」
 すみれは目を細めて口角を吊り上げる。今まで見たことのない、女の色気を醸し出す彼女の表情を前に恵介は狼狽えた。


「ねぇ、恵介くん……。私、もっと恵介くんと気持ちを確かめあいたいの……。きて……?」
 すみれはそう言って恵介のシャツの裾をそっとつまみ、どこかへと導こうとする。
 恵介は彼女と両想いであったという幸福な事実に浸る暇も無かった。彼女の言葉の意味するところ、理解が及ばないほど恵介も鈍感ではない。
 しかし、たった今告白を成功させたばかりだというのに、男女関係の深部に至るまでの段階を一気にパスしようとしていることに、恵介はどこか不安を覚えていた。
「あの、すみれさん。いいんですか? その、俺なんかと……」
「……あなただからいいのよ?」
 恵介は彼女の蠱惑的な言葉と表情に心を揺さぶられてしまった。熱が全身にゾクゾクと駆け巡る。それは内に燻る男の欲望を焚きつけ、理性を劣情が支配するに充分だった。
 恵介は絡めとられるかのように。なすがまま彼女に従い、どこかへと引き寄せられていった




 すみれに連れられ訪れたのは袋路のような地形の浜辺だった。高い岸壁を背にしているため人目の入る隙間は無い。あたかも小規模なプライベートビーチといった具合である。
 次第に歩を緩め、立ち止まったすみれは振り向きざまに恵介の唇をまた強引に奪った。
 先ほどの一瞬触れるような軽いものではない、貪るような濃厚なキス。
 紅色の柔らかい膨らみが同じ膨らみをついばみ、ついばまれあう。それは愛を確かめ合う儀式なようでもあった。 
「んっ」
 すみれは躊躇いがちに己の舌を押し込んできた。
 ヌルリとした蠢く物体の侵入に驚くも、恵介はそれを嬉々と受け入れ、彼もまた彼女と同じように舌を相手の口の中へ送った。
 舌と舌が口内で交差し、唾液を交換し合う。
 止め処なく流れてくる自分のものではない生暖かい液体が乾いた喉を潤す。
 男女が愛を紡ぎあう音は、穏やかなさざ波の音によって掻き消される。
 蕩けるように一つに溶け合う快感。二人だけの世界がそこに構築されていた。
「……すみれさん」
「うん」
 長い接吻を終え、恵介の中に燻っていた火は、すみれへの欲求を燃料にその勢いを増していた。
 恵介はすみれの両肩を強く掴んで体重をかけ、砂浜の上へと押し倒す。


 彼はずっと、彼女をこうしたいと密やかに望んでいた。
 就寝前、布団の中に埋まり目を瞑ると、すみれを抱いている光景を何度も想像で思い描いてきた。
 けれど今自分が見ているもの、感じているものは決して絵空事の世界でない。紛れもない現実。
 空想の中で自分を受け入れるようにほくそ笑んでいた彼女はここにも居る。それが何より嬉しかった。
 すみれの輝く黒い瞳を覗きこむと、そこには自分の顔がいっぱいに映り込んでいる。
 恵介は利き手を彼女の豊満な胸へ、おそるおそる伸ばした。
 ところが、なかなか指先が思い通りに動かない。この期に及んで緊張してしまったのかと、半ば呆れ気味になりながら恵介は己が未熟な童貞であることを悔やんだ。
 しかしながら、動かないのは手先だけではなかった。
 少し体勢を変えようとしても、足腰が全く言うことを聞かない。まるで全身の骨を抜かれたかのように体に力が入らないのだ。
 体重を支えきれなくなった恵介は、すみれの上へ力なく被さった。
 恵介はその身に起きた異変に徐々に気づく。
「どうしたの? 動けないの……?」
 すみれが子供をあやすように囁く。
 何故か事情を知っているような口ぶりを見せるすみれ。恵介は問いただそうとするが、それもままならなかった。普段から無意識に動いていた口は死んだ二枚貝のごとく固く閉ざされている。
「恵介くんの言いたいことはだいたい分かるよ? 『どうして、この人は体が動けないのを知っているのだろう』でしょ? いいよ。教えてあげる」
 そう言うと、すみれはおもむろに人差し指を恵介の口の中へとねじ込んだ。そして、喉の奥を乱暴に引っ掻き回した。恵介が苦しそうにえずいても素知らぬ顔だ。
「ほら。これが何に見える?」
 口内から取り出したばかりの人差し指を恵介の眼前に突きつける。指先から第二関節にかけて黒い液体がこびりついている。
「これはね、私特製の墨。無味無臭かつ即効性のある神経毒が含まれてるの。でも安心して? 毒っていっても生命活動に必要な器官系には効かないように調整してあるから死ぬことは無いわ。時間が経てば体内で自然に分解されて後遺症も一切残らない。……すごいでしょ?」
 すみれの解説を聞いたところで、恵介はおおよそ理解はできても納得には至らない。そのことをすみれも分かっているようであった。
「何でこんな事するのか、できるのかって。思ってそうね。それはね、こういうことなの」

507 名前:たけかんむり[sage] 投稿日:2015/09/28(月) 11:13:02.04 ID:Hu9n8Yu0 [5/10]
 すみれはのしかかっていた恵介を横にどかし、砂浜の上に仰向けにする
 そして、恵介の上にためらいなく跨ると、ワンピースのスカートの裾を掴み、見せつけるよう大きく翻した。
「驚いた? ふふ。まぁ、驚かない方がおかしいわよね」
 恵介は瞠目した。
 さっきまでずっとそこにあった人の足はどこにも見当たらなかった。代わりにスカートの中には真っ赤な肌に白い吸盤の付いた蛸の触手のような、いやむしろ巨大な蛸足そのものが蠢いていたのだ。
 蛸に倣って計八本あり、またそれら一つ一つが意思を持っているかのように動いている。決して作りものではない生々しさ。到底認めたくはないが、紛れも無い彼女の体の一部だと考える方が自然だった。
「私ね、実はタコの妖怪なの。特製の墨も私の能力みたいなもの。――なんて言っても信じないでしょうね。でもホントなのよ? ほら……」
 触手が恵介の顔めがけて迫る。そして、吸盤が密集する腹の部分を顔面に乗せ、うねるようにのたうった。
 背筋に寒気がぞおっと走る。恵介の全身の肌が粟立つ。
「怯えた目してる。怖い? ふふ、いいよ……。その顔、堪らないわ……」
 すみれは口角を鋭く釣り上げ、恍惚と目を細めながら厭らしく笑った。かつての清楚なすみれの面影はなく、さながら男慣れした妖艶な売女だ。
 恵介には今起こっている事態への理解が追いつかなかった。否、このような非常識な現象、理解が追いつくわけがなかった。夢か幻覚かと解釈した方がよほど説得力がある。
 ただ一つ明瞭なのは、恵介の今までのすみれとの思い出が、目の前の『すみれだった異形』によって汚されていくという残酷な現実だった。
「どうしてあなたをこんな目に合わせているか分かる? 私ね、下心を持って近づいてきた男が恐怖に怯えている様を見ながら陵辱してあげるのが好きなの。あなたはまんまと私に嵌められたってことなの」
 恵介は腹の中の臓物が引き摺りおろされるような感覚を覚えた。
 好きだった女性と夢のようなひとときを過ごすはずだった。けれど彼女の豹変とともに、幸福の絶頂から悪夢の淵へと転がり落とされたのだ。
 しかしながら、恵介は彼女の放った『下心』という言葉を否定したかった。
 確かに彼はすみれに対し下心を持って押し倒したのは紛れも無い事実だが、恵介のすみれへの想いは純然たるものだったのだ。たとえどんな凄惨な状況でも、己の真意だけはしかと伝えたかった。けれど、体を縛る毒がそれを阻んでいる。


 身動きも取れず意思疎通もままならない。ただの肉人形。もはや生きながらにして死んでいる状態だ。
 今はただ、悪夢が終わるのをじっと堪えるほかないのだろうか。
「あらあら、恵介くんのアソコ。縮こまっちゃってる。さっきまでさぞバキバキだったんでしょうに」
 恵介のパンツを触手でずり下し、露わになった縮こまっている陰茎を弄んでいたすみれはクスクスと含み笑う。
「でも大丈夫。ちゃんと勃つようにしてあげるから……」
 すみれは恵介にくちづけし、鼻先を指で摘んだ。
 口内に何かが流し込まれているのが恵介には分かったが、唇と鼻を塞がれている状態ではむせ返すことはできず、ただ甘んじて飲み下す他ない。
 恵介は先ほど彼女と交わした情熱的な感触を微かに想起し、虚しさを覚える。
「――っは。今飲ませたのは即効性の媚薬入り墨。ってところかな?」
 彼女の言うとおり、恵介は気分が高揚し始めているのを確かに感じていた。心臓は早鼓を打ち、呼吸が不規則になる。日陰の涼しさすら忘れるほどの熱が身体の内から込み上げる。
 萎んでいた陰茎も、空気入れで膨らんでいく風船のようにみるみるうちに巨大化し、やがてグロテスクな形へと変貌を遂げた。
「ふーん、結構大きいのね」
 すみれはそことなく満足気な表情で恵介の猛々しく隆起する男根をしばし眺めたのち、身を屈めて口の中に頬張る。
 膣はおろかフェラすら味わったことのなかった恵介は、下半身に奔る未知の快感に衝撃を受けた。
 しかしながら、すみれの頭部は即座に股間から離れてしまう。
 あとには、ドロドロとした黒い何かにデコレーションされた肉棒が残されている。
「これは高粘度の墨。私特製ローションってところ。フェラすると思ったでしょ? 残念」
 彼女の蛸の触手の細い先端部を肉棒の幹へがっしりと巻き付かせる。そのまま上下に擦り始めた。
「こっちが本命。どう? 触手にシコシコされるのは?」
 肉厚な触手の強い弾力による圧迫感、そして無数の吸盤の吸着感と墨ローションの円滑な摩擦とが絶妙な触感を生んでいる。
 人の手では決して不可能な技巧。恵介は不本意ながらも、いまだかつてない快楽を享受していた。


「恵介くんはきっと童貞だと思うから、このままだと初めて女の子にイかさるのが触手コキになっちゃうのかな。ふふ……かわいそ」
 ニチャニチャと卑猥な音を出しながら、黒く汚れた肉幹の傘下と根本を忙しなく行き来する触手。
 抵抗することも許されず、ただ無言で横たわる恵介を見下ろしながら、淡々とブツをしごく彼女の表情は優越感に満ちていた。
「ほぉら、こんな風に動いたらどうなるかなぁ?」
 上下運動を繰り返していた触手が、掃除機のコードの巻き取りと引き出しを交互に繰り返すような動きを取り入れ始める。
 回転運動が加わったことで、一つ一つが吸い付く吸盤が愚息の表面を高速でギュルギュルと擦りながら、ますます恵介を悦楽で追い詰めていった。
「あはっ、恵介くんのちんちん、『気持ちいいよぉ』ってビクビクしてるよ? もっと激しくしてあげようか?」
 うつろ目の恵介を見下ろし、上機嫌に卑猥な責め句を並べるすみれの責めかさらに苛烈を極める。
 男根をしごく動きがより早く激しく変化し、比例して快楽のボルテージがぐんぐんと上がる。
 恵介は我慢の限界へと近づきつつあることをとうに把握していたが、どうすることも叶わない。
「ほら、さっさとイッちゃえ」
 すみれがそう言い放つと、ただでさえ早い動きがさらに加速した。
 男根に込み上げる抑えきれない性衝動。ついに限界を迎えてしまった恵介の視界は白く染まった。
 下腹部に奔る甘い痺れとともに肉棒は暴れるように脈打つ。鈴口から白濁液が火山の噴火のように勢い良く吹き出し、ぴちゃぴちゃと辺りに飛び散っては、すみれの顔や服を白く汚していった。
「うわっ、凄い量ね。それに濃い……。ふふ、よっぽど気持ちよかったんだね。――で、どうなのかな? 初めてをタコの足でイかされちゃった感想は? ま、聞くまでもないかな」
 頬にへばりついた白い体液をか細い指で舐め取り、すみれは妖しく微笑んだ。
「さぁて。お次は男の子の大好きな『おま○こ』で食べちゃおっかな~」
 すみれは精液の飛沫した漆黒のワンピースを慣れた手つきで脱ぎつつ、二本の触手で器用にも恵介のズボンとシャツといった衣類を剥いでいった。
 ほどなくし、恵介とすみれが産まれたままの姿になるのはほぼ同時だった。
「女の子の裸を見るのは初めてでしょう? 綺麗?」
 男の前で乳首をさらけ出しても恥じらう様子を微塵も見せず、挑発的に恵介を見据えるすみれ。
 一方、恵介は初めて目にするすみれの服の下に眠っていた女体に見惚けていた。


 透き通るように白い絹肌。掌に収まりきらそうにないほど大きく実ったそのたわわな二つの果実。無駄な贅肉のない引き締まったくびれ。
 上半身だけならば、彼女の裸は恵介にとって女体美の極致にあった。しかしながら彼女は異形。へそから下は別々に蠢く八本の太い蛸の足が生えている。
 だが、融合した人外の下半身と美女の上半身の不整合さが、かえって恵介の眼には扇情的に映っていることを、彼自身心の奥底では認めてしまっていた。
「ねぇ見て? これが私のアソコ。今からこれで恵介くんのちんちん食べちゃうんだよ?」
 すみれは囁くように言うと、両手を恵介の両膝に置いて上半身を後ろに傾斜させ、四本の足で下半身の裏側を見せつけるよう持ち上げた。
 人でいうところの局部の位置がある八本の足の根本部分、いわゆる蛸のカラストンビの部位に、人のそれに近いが横筋の割れ目があった。
 発色の良いピンク色の肉襞から透明な汁をトロトロと垂らしながら、ひとりでにパクパクと開閉しているそれは不気味さもさることながら、蠱惑的な引力をも感じさせる。
「怖い? ふふ」
 すみれは含み笑いしながら触手を動かしてのそりと這い、やがて股ぐらへと被さる。
 媚薬効能の墨のおかげで硬度を保つ剛直を手で掴み、下の口にあわせるよう角度を調整した。
「ほーら。このまま挿れちゃうよ? もしかしたら途中で噛み千切っちゃうかも。うふふ」
 男にとって笑い事では済まない冗談を交えながら、肉棒の先端をあてがい、挿入の準備を整える。
「それじゃ、挿れるね……」
 彼女の合図と同時に、割れ目がはむように亀頭を咥える。彼女はそのまま腰をゆっくりと降ろした。
 いきり立つ男根が、じゅぷぷと空気を抜く音を立てながら生殖器へと飲み込まれてゆく。
 熱を帯びた肉洞をゆっくりと突き進み、やがて肉棒の根本まで埋まる深部へと到達する。
 すると複雑な形状の襞が、まるで生きているかのように蠢きながらねっとりとまとわりついた。
 もはや膣というより、本当に二つ目の口にしゃぶられているかのようであった。
「んっ……恵介くんのちんちん……食べちゃった。……童貞卒業おめでとさん」
 すみれは人外によって操を奪われてしまったことを哀れだといわんばかりに嘲笑する。
「それじゃあ脱童貞ついでに、このまま初中出しも済ませちゃおっか?」
 まずは手初めとばかりに、スローモーションに出し入れを開始する。


 八本足を支柱にして身体を持ち上げ、男根が肉洞から半分ほど露出した辺りを折り返しとし、刀を鞘へ戻すかのようにまた肉洞の中へと埋める。
 その一連の動作を繰り返しながら、すみれは小さく喘いだ。
 分身が膣内をピストンするたび、ヌルヌルとした摩擦が恵介の分身を襲う。
 女性経験が皆無な恵介にとって、彼女の蜜壺は想像を絶するほどに彼の快楽中枢を魅了させた。
 おそらく先に達していなければ、挿れた瞬間に果てていただろうと恵介は思った。
「あ……んんっ、んっ」
 抽送の動きがより活発になり、嬌声のトーンが上がる。
 テンポが早くなると同時に、クチュクチュと粘液を掻き混ぜる音に加え、ペチッ、ペチッと下半身と下半身の衝突する音が一定のリズムで鳴り始める。
 彼女の上下運動に合わせて、二つのはちきれんばかりの膨らみがユサユサと弧を描くように揺れた。
 閑散とした浜辺で催される淫猥な交響。体感、視覚、聴覚から情欲を訴えさせた。
「はぁはぁ……あっ……」
 恍惚に満ちた吐息が紅色の唇から溢れる。
 黒い瞳の奥に淀んだ欲望の輝きが灯っていた。 
 恵介は己の身体の上で狂い乱れるすみれを眺めていくうち、次第に背徳的なあるいは歪んだ感情が芽生えていることに気付き始めた。 
 それは自分が『今のすみれ』を性的に欲してしまっているというものだった。
 自分が好きだったのは、欲情した相手は『かつてのすみれ』だったはずなのに。顔は同じでも、性格も言葉遣いも違う超常的な異形である『アレ』を『かつてのすみれ』と同一視し、受け入れようとしている自分が恐ろしかった。
 『きっと媚薬効能のせいかもしれない』。とにかもかくにも、今はそう強引に自分を納得させることにするしかなかった。
「んっ……んんっ……!」
 時間が経つに連れ、彼女の貪りはどんどん激しくなってゆく。
 上下の動きはさらに加速し、断続的に肉と肉を叩きつける原始的な音が響く
 また、結合部からしとどに溢れて肉棒の表面を濡らす分泌液が、激しい抽送によって白く泡立ち、肉棒の根本に生い茂る陰毛にこびり付いた。
 肉棒は今にも性の爆発を引き起こしかねない状態だった。
 欲望と快楽の嵐に耐え忍ぶ渦中。『彼女の中におもいっきりぶちまけたい』、『植え付けたい』、そう潜在的欲求が自分に語りかけてきた。
 恵介は誘惑に僅かでも耳を傾けてしまったがために、我慢の意思を緩めることとなってしまった。


(うっ……出る……!)
 刹那。恵介は限界を迎え、意識が再びホワイトアウトする。
 痺れるほどに甘い開放感。ペニスは陸に打ち上げられた魚みたく跳ねながら手押しポンプのように一定間隔で子種汁を吐き出し、彼女の中へと存分に流し込んでいった。
「んっ……。もう出しちゃったんだ……。脱童貞に続いて初中出しもしちゃったね……」
 男性器の脈動を感じ取ったらしいすみれは、得意げな面持ちで微笑んだ。
「分かってると思うけど、恵介くんのちんちんはまだしばらくは硬いままだから、このまま続行させてもらうね。休む暇なんてあげないよ」
 すみれは唐突に人差し指を口の中に含んだかと思うと、喉の奥にある墨を指先に塗りたくってから取り出し、自分のお腹に一の字を書いてみせた。
 おそらくそれは画線法で、これから射精した数をカウントするつもりなのだろう。
「まず一回目……。ふふ、私が満足するまで逃げられないんだから」
 上半身を持ち上げていた足たちが地面に伏せると、恵介の全身にいたるところへと伸び、捕食行動する蛸の如く絡みついた。
 そしてそのまま上半身を前傾させる。すみれが恵介の顔を真上から見下ろす形となった。
「まだまだこれから、たっぷりと犯してあげる……」
 彼女がそう宣告すると、恵介の胸元に手を置いて腰を動かし始めた。
 一連の行為を経て膣に内含されている墨と精液と愛液とが混濁したものが、肉棒を抽送するたびに結合部から溢れ、ぬちゃぬちゃと沼地を掻くようなねちっこい音を響かせる。
「んっ……これだと恵介くんの感じてる顔がよく見えるわね……。犯されてるのに悦んでるなんて、情けなくて惨めよ……?」
 すみれは眼下に組み伏せた青年を罵りながら、ベリーダンスのように艶かしく腰をくねらせ、下腹部に打ちつける。
 間髪入れずの連続射精によって、すっかり敏感になっている肉棒を扱かれ、恵介は悦楽感に浸る。
 さらに追い打ちをかけるように全身を這う蛸の触手の一本一本が肌をまさぐりはじめる。
 逃げ場のないこそばゆい感覚が恵介を襲う。
 おおよそ人間では成し得ない妙技。怪物の織りなす狂宴を前に、恵介の中で辛うじて張り詰めている理性の糸は今にも千切れてしまいそうになっていた。
 しかし、そんなことお構いなしとばかりに彼女は陵辱の限りを尽くし、容赦なく彼を追い詰めていく。
 すみれは尻たぶにあてがわれていた触手を菊穴へと忍び寄せ、そして躊躇なく尖端を突き刺した。


(っ!!)
 触手には結合部から漏れていた混濁液が予め塗られており、スムーズに侵入を許す。
「とうとうアナルヴァージンまで奪っちゃったね……」
 自分ですら触れたことのない穴の中へグイグイと突き進んでゆく触手。異物が図々しく挿入される不快感を催していると、突如触手が前立腺をそっと撫でた。
 その瞬間、恵介の下半身の芯に一閃の電流が走った。
 強烈な未知の性的衝動。
 思考を焼くような強烈なオーガズムとともに、恵介は彼女の胎内へ二度目の吐精を果たす。
「あはっ、またイッちゃったね。これで二回目っと」
 恵介はあまりに強すぎるオーガズムによって気を失いかけてしまった。
 閉じた口の端からよだれを垂らしながら、ひくひくと戦慄く。
 その間にも、肉棒は自らの意思を宿しているかのように膣内射精を繰り返している。
 やがて絶頂の波が徐々に去り、ぼやけた視界が鮮明になりはじめる。
 恵介はにやけるすみれの整った顔立ち、そして彼女の腹部に記された丁の字をはっきりと認めた。
「私をイかせる前に二回も先にイッちゃうなんて、さすがに男としてどうなのかな~。ねぇ?」
 妖艶な笑みを絶やさないでいる彼女は腰の動きを止め、グイと抑えこむように体重をかけた。
 すると亀頭の先端に何やらぐにぐにと弾力のある壁がぶつかってきた。
 恵介は人間でいうところの子宮口が降りてくる現象なのではないかと想像したが、さりとて彼女は人外。人間の常識が通用するはずもない。
 やがて子宮壁がウネウネと蠢きはじめ、亀頭の形にあわせてピッタリと張り付くように隙間なく包み込んだ。
「今までのはほんの前座。これからはちょっと本気出しちゃうから」
 そう言うやいなや、亀頭を纏う肉壁が奥へと吸い上げるように吸着した。
 肉棒ごと全部もげて持ってかれてしまいそうなほど強力なバキューム。突き抜けるような快感が下半身を駆け巡る。
 あたかも膣の奥にある蛸の吸盤に吸い込まれているかのようだ。
「私のアソコ、凄いでしょ……? ふふ……。さぁ、一滴残らず搾り取ってあげる」
 すみれはそのまま楕円形を描くように小気味よく腰をグラインドさせた。
 スッポンのごとく肉棒の先端に子宮口を喰らつかせたまま、レバーをこねくり回すよう責める。
 本気を出し始めた彼女を前に、恵介は襲い来る快楽の波状攻撃に晒された。


「んっ……あん。んん……!」
 一方すみれも強く快楽を享受し、淫靡に乱れていた。
 頬は林檎のように紅潮し、額には玉の汗が滴る。切れ長の眼差しは快楽に蕩け、なにかに取り憑かれたかのように悩ましく身体をくねらせている。
 また、彼女の動きに合わせ、白くて大きな乳房が恵介を誘惑するかのように揺れ動いていた。
「ふふ……私のおっぱい、そんなに、気になる? そういえば……私とっ、話してる時によく……胸元見てたもんね。気付かれてないとっ……でも思った?」
 恵介の思考を看過していた彼女は、おもむろに蛸足で恵介の右腕を持ち上げ、片側の肉メロンを掌に押し付けるよう強引にあてがった。
 指の腹に、暖かくふわりと柔らかい感触とその巨大さに違わぬ重みがのしかかる。
「んっっ!……ほら、嬉しい? 念願のおっぱい、だよ? ねぇ、私の触らせてっ……あげてるんだから……、あなたのも触らせてよっ」
 すると、もう一本の蛸足で恵介の胸部に巻き付き、赤色の突起物をいじくり始めた。
 亀頭を吸い上げる子宮口のバキュームとグラインド運動の合わせ技。
 引き続き菊穴を犯す蛸足。
 右手から伝わる夢ごこちの感触。
 そして、乳首への責め。
 ありとあらゆる多重苦を前に、恵介は四度目の絶頂への階段を駆け足で登っていった。
 しかし、絶頂へと近づいているのは彼だけではない。
「んっ……んんっ! あっあっ……! ああんっ!!」
 今までの余裕のある態度は見られず、ひたすら嬌声を弾ませながら快楽の赴くままに乱舞するすみれ。
 だらしなく空けた口からよだれを垂らし、目尻に涙の粒が滲む。
「イクっ……イクぅっ……!!」
 切なげに、訴るように繰り返し叫ぶ。
 下半身を中心に広がっていた快楽の奔流が、頭の天辺から足の先まで全身の隅々に至るまで浸潤する。
 やがて、すみれは組み敷いた男とドロドロに溶けあって一つになるような感覚を覚えた。
 その瞬間、彼女の意識は昇天していった。


「――っっっ!!!!」
 すみれは強く瞼を閉じ、唇を噛み締めながら声にならない悲鳴をあげた。
 背筋は弓弦のようにピンと張り詰め、ビクンビクンと大きく身体が痙攣する。
 オーガズムに打ち震える彼女に呼応するかのように、膣壁が肉棒をキツく締め上げ、子宮口の吸い付きもひときわ強くなった。
 それが引き金となり、恵介は気の遠くなるほどの激しい快感とともに絶頂に至った。
 四回目の射精とは到底思えない大量の特濃ザーメンが、脈動するペニスから勢い良く吐き出される。
 それらは余すことなく子宮口の強力な吸引によって搾取される。
 今までで最も長い射精が続く。
 その間もバキューム運動は継続し、さらなる吐精を促していた。
「はぁはぁ……、これで……三回目……」
 すみれは絶頂の余韻に浸りながら、息も絶え絶えに正の三画目を書き足し、呼吸を整えた。
「言っとくけど、私は一回イッた程度じゃ満足しないわよ……? 宴はまだまだ始まったばかりなんだから……」
 すみれはそう言い放つと、腰の動きを再開させる。
 恵介はこれから続くであろう途方もない快楽地獄の始まりの予兆に慄き、ただひたすらに耐え忍ぶ覚悟を決めたのだった




 すみれは腹に記された『正』の隣にある『丁』に一線を書き足し終えると、ゆっくりと八本の足で身体を持ち上げる。それは行為の終焉を意味していた。
 秘所からまぐわいの残滓が恵介の下腹部へと垂れ落ちる。
 すみれは身体の汚れを拭うことなく、砂の上に放り出されていた黒のワンピースを手早く羽織り、付着していた砂粒を手で払った。
 太陽が水平線の向こう側へと沈みかけている。
 木陰とその隙間から差し込む夕日の光が尖ったシルエットとなり、浜辺を黒と橙色のツートンカラーで彩っている。
 この長期間に及んだ拷問にも近い仕打ちを受けながらも、辛うじて意識を保てているのが恵介には不思議だった。
 気化した汗と体液の匂いが辺りに漂うなか彼女を見上げると、それは既に人の姿へと?化していた。
 行為のさなかの情熱さは鳴りを潜め、物憂げな面持ちのすみれは今にも絶えてしまいそうな恵介に一瞥くれると、ゆっくりと背を向ける。
「す……みれ……さん……」
 麻痺毒の効能が切れかかっているおかげで開きかけた唇を動かし、彼は懸命に声を絞った。
 しかし、彼女の名を呼ぶのが精一杯だった。
「さようなら」
 彼女は振り返ることなく、抑揚なく言い捨てる。


 別れを告げる言葉にしては未練も情愛も感じられない。
 ただ冬の海のように冷たかった。
 力なく横たわる恵介を残し、彼女はその場をあとにした




 折りたたみ式の簡易椅子に座りながら釣り糸を垂らし、穏やかな海をぼんやりと眺める恵介。
 彼はまた波止場に来ていた。無論、『彼女』の姿はどこにも見当たらない。
 あれからちょうど一週間になる。
 恵介はこの一週間の間に自分の気持ちの整理をつけ、様々な決意をした。
 あの日の出来事を夢だと決めつけず、現実に起こったことだと向き合うこと。そして、その事は誰にも打ち明けず、自分の中だけの秘密にしておくこと。
 そして、もしも彼女にまた逢えたのなら、もう一度自分の想いをしかと伝えるということ。
 たとえその正体が恐ろしい化け物であったとしても、愛おしい気持ちは揺るがなかったということを。
 恵介がこの場所に訪れてから、すでに三時間は経過している。
 だがこれから一週間、一ヶ月、一年。いや一生待つことになろうとも彼はずっと待ち続けるつもりだった。
 ――ある日突然逢えなくなる。
 かつて彼女が悲痛に訴えた言葉が頭の中で反芻された。
 きっと、別れというものは生者の逃れられぬ死の宿命のように、ある時は緩やかに収束していくように然るべくしてそうなり、またある時は突拍子もなく理不尽に訪れるものなのだろう。
 自分の場合、おそらく後者の方だ。
 今生の別れとも知らず、これから一生待ち呆けている哀れな己のビジョンが脳裏に浮かんだその時だった。
「何をお釣りに?」
 背中越しから聞こえる鈴の音のような上品な声色。
 恵介はその声を知っていた。
 急いで振り返ると、いつからそこに居たのか、群青色のワンピースを着こなす女性が佇んでいた。
「すみれさん!?」
「まったく呆れたわ。あなたどうしてここにいるのかしら? 私がした仕打ちを忘れたの?」
 眉を八の字にし、困り顔を浮かべる彼女。
 白魚のような肌、大人びた面差し、艶やかな黒髪ショート。その麗しい容姿はあの日と全く変わっていない。
「だって俺、約束しましたから……。『一週間以上、すみれさんを待たせたりなんかさせません』って」
「そうなんだ。でも、肝心の私が会うつもりがなかったら、あなたどうするつもりだったの?」


「もし、すみれさんに会えなかったら、次の週ここに来てまた待ち続けるだけです。――では逆に聞きますが、どうしてすみれさんは俺に会いに来たんですか? もう会うつもりはなかったら、俺を無視するなり何なりいくらでもやりようがあったはずです」
 恵介の言葉に、すみれは言葉を詰まらせた。
「俺、貴女に会って言いたいことがあったんです」
「言いたいこと? 文句の一つでもあるのかしら?」
「いえ、違います」
 恵介は深呼吸して気持ちを落ち着かせると、改まってすみれと向き合った。
「俺、貴女のことが好きです。たとえ貴女が人でなくても、貴女に嫌われていようとも関係ありません。この気持ちは揺るぎませんから」
 背筋を伸ばし、恵介は眼前の想い人を見据える。
 その凛とした眼差しは、まっすぐと彼女の黒い瞳を捉えていた。
 すみれは彼の言葉にしばし呆気に取られていた。
 だが次第に硬直していた表情がほころぶと、彼女は堰を切ったように笑いはじめた。
「な、何がおかしいんですか!?」
 狼狽える恵介の手前、笑いの波が去り、落ち着きを払いつつあったすみれは目の端に滲んだ涙を指で拭った。
「うん、おかしいよ。私、結構長生きしてるんだけど、あなたみたいな面白い人間、初めてよ? 何よ、ようは『お前の事情なんか知ったこっちゃないけど好きだ』ってことでしょ。自分勝手すぎ」
 一世一代の告白のつもりが、おちょくるような態度をとられては流石に表情を強張らせざるを得なかった恵介。しかし、彼女の表情を見た時、彼は衝撃を受けた。
 彼女は雲ひとつ無い青空のように澄み渡る満面の笑みを浮かべていたのだ。
 一切の枷やしがらみから解き放たれ、自由を得たあとの深い安らぎに包まれているかのように、恵介の目には映った気がした。


「じゃあさ、その気持ち。私に証明してみせてよ」
「……証明?」
「もし証明できたら恵介くんの気持ちを素直に受け止めてあげるし、場合によっちゃお付き合いしてあげることを考えなくもないかなぁ」
「でも急に証明って言われても……。どうすれば……」
「もう、そんなの決まってるでしょ……?」
 彼女が妖艶に微笑むと、スカートの中から伸びた一本の蛸の触手が恵介の足首にねっとりと絡みついた。
 彼はすみれが何を言わんとしているのかを悟った。
「あ、あの、ちょっといいですか?」
「うん?」
「俺、今日はこれからホテル予約してそこで泊まるつもりんです。ここからちょっと離れてるんですけど……。もし、良かったら……、そこで……」
「分かった。いいよ」
 恵介は結局一度も使う機会の無かった釣り道具たちを手早く片付けると、出発の準備を整える。
 彼が歩を進めると、傍らにすみれがそっと寄り添った。
「そういえばタコ釣りはこれからも続けるの?」
「今日でやめにします。だって、もう目的の獲物は釣れたようなものだし……」
 恵介は恥ずかしそうに目を逸らしながら、すみれの肩へおそるおそる手をかけた。
「ふふ……バカね」
 すみれは呆れながらも朗らかに笑い、蛸足の先で恵介の横腹を小突いた


終わり