県立草壁高校。ここも、純潔ヒト科の人間と獣人等が共生する
一般的な(?)ごく普通の学校である。
 身体能力の差はあれど、それぞれの生き方でそれぞれの未来を
これから築こうとしている、前途有望な若者達が集う学校。
 偏差値は、まあ普通の部類。どこにでもある学校である。が、
やはりそこは高校。いろいろな事件や出来事があるものだ。
 山木蓮次郎(やまきれんじろう)は、この草壁高校に通う三年生。
影と存在感は薄く、何を言われても断れないタイプ。適度な長さ
に切られた髪の毛と、黒縁の眼鏡は優等生タイプに見えなくも無
いが、縮こまっているような全体的な印象は、やはりいじめられ
っ子のイメージに近い。そして、実際に多少なりとも蓮次郎は、
そういった境遇の中にあった。
 今学校は昼休み中。学食で昼食を取るもの、教室の中で弁当を
広げる者、食べる時間を惜しんでゲームをする者、グラウンドで
球技にいそしむ者、それぞれがそれぞれの青春を謳歌する時間帯。
 蓮次郎は、いつものように教室の隅っこにある自分の席に座り、
自宅でこさえてきたおにぎりをほおばっている。
「ねーねー!あの噂聞いた?」
「あー知ってる!あの廃墟で出たんでしょ?」
「そうそう!誰もいないはずの廃墟に誰かが居たとか…。」
「こわーい!なんだろー?もしかして幽霊?」
「キャハハ!そんなわけないじゃーん!」
 いかにも女子が好みそうな、ゴシップというか、事件の話題で
今日の教室は持ちきりである。
 ヒトと獣人が共存している世の中である。問題が起こる事もあ
るし、何があっても不思議ではないのだが、今回の事件はそれを
差し引いても不気味さをぬぐいさることはできない。
 というのも、その廃墟というのが、もともと誰が住んでいたか
わからない建物なのだが……かなり豪勢な豪邸で、とても長い間
放置されているものなのだ。しかし特に取り壊されることも無く、
その荘厳な風位を損なうことなく今もそこにある。
 ただ、長い年月をかけてその豪勢さも風化しかけており、その
外観はまさに幽霊屋敷と言ってさしつかえないものとなっている。
 もう誰もいない家屋だろう!ということで、たびたび肝試しと
称して無謀な人間による侵入や探検が行われているようなのだが
最近、そこで事件が相次いでおり、まだ表沙汰にはなっていない
ようだが、学生達の間では恐怖の洋館としてあがめられている。
 命を持つ獣人等なら幾分融通も利くが、霊的なもの、例えば地
縛霊などはたちが悪い。
 蓮次郎的にはとくに関心の無い事柄であり、特に耳を貸す事も
無く聞き流していたのだったが…。
「おい蓮次郎。」
 下校途中、蓮次郎は突然背後から呼び止められ、その声に体を
ビクッ!と震わせた。
「な、何?」

 蓮次郎が後ろを振り向くと、そこには短髪を立て、ワイシャツ
の胸元をだらしなく広げた男が立っていた。
 普通の人間と違うのは、彼が虎と人間のハーフで、普通の人間
では到底敵うことの無い身体能力を持ち合わせている事だろう。
「なぁ~にオレに黙って帰ろうとしているんだよ?あぁ?約束の
金は持ってきてるんだろうなあ?オイ。」
 その男はゆっくりよたよたと蓮次郎に近づきながら、タバコ臭
いブレザーをはためかせて近寄ってくる。
「じゅ、十万円なんて急に用意できないよっ…!」
「うるせえ!!」
 男は急に目をかっと開いて蓮次郎を殴り飛ばした。
「うわぁっ!!」
 蓮次郎の体が軽々と吹っ飛び、地面に叩きつけられる。
「オレはてめーみてぇなジメジメした野郎が大っ嫌いなんだよ!
それを十万円ぽっきりで見逃してやるってんだから、お前にとっ
ても良い話しだろ?あ?」
 そういって、男は倒れている蓮次郎の腹部に蹴りを食らわす。
「ぐあ…!」
「タクちゃーん。早く遊びに行こうよぉ~?」
「待ってろ真紀。こいつが小遣いくれるっていうからよ。」
 小島拓朗の後ろから、飯島真紀が姿を現す。
「きゃはは!こいつウチのクラスの山木じゃーん!だっさーい。
何ボコられてんの?受けるんだけど!」
 真紀は小麦色の肌に茶髪、と今時のギャル風ではあるが、端整
な顔立ちをしており、スタイルも良く見た目は抜群の美女である。
「あたしもこいつきらーい!いじいじしててキモイもん!」
 このよろしくない性格さえなければ…と言う人間も多いが、逆
にその性格が良い!と一部のM男からの人気は厚いらしい。
「ざけやがってよぉ。本当に金持ってきてねーみてーだな。昨日
あれだけ可愛がってあげたのにまだ懲りてねえようだな。」
 そういって拓朗は蓮次郎のワイシャツを強引に引き剥がす。
「う…!」
 蓮次郎の胸や肩があらわになり、そこには殴られたと見られる
アザが赤くところどころに広がっていた。
「ねーねータクちゃん!あたし良いこと思いついた!」
 真紀が何やら拓朗に耳打ちしている。
 それを聞きおわると、ニヤリ…と薄ら笑いを蓮次郎に向けた。
「面白そうだな…。」




「さっさと歩けや!!」
 蓮次郎は散々殴られ、蹴られた後、強引に引っ張られるように
してある場所に連れてこられていた。

「うーん、近くで見るとやっぱり不気味だなぁ…。」
 いつもおちゃらけた笑みを浮かべている真紀もさすがに眉間に
しわを寄せている。
「ケッ、なんてことねえただの廃屋じゃねえか。」
 そう、3人の目の前に立ちはだかっているのは、前述の恐怖の
洋館である。
「う…。」
 蓮次郎は、その尋常ならざる雰囲気を醸し出す洋館を目の前に
して思わず戦慄した。恐怖で冷や汗が出てくるのがわかる。
「てめーにはここに入って探検してもらう。それで、金目の物が
あったら取ってくるんだ。わかったな?」
「えっ…?」
 蓮次郎は泣きそうな顔を拓朗に向け、心から嫌そうな顔をした。
「キャハハ!なんて顔してんのコイツ!ほら、早く行ってきなさ
いよー!」
「逃げ出そうなんて思うんじゃねえぞ。所詮ただのヒトが、虎の
オレに敵うわけねーんだからな。早く行きやがれ!!」
「があっ!」
 わき腹を強烈に蹴飛ばされて、蓮次郎は洋館の門に激突した。
 がしゃあん!と派手な音がなり、柵型の門が少し開いた。
「うう…。」
 痛みと恐怖に蓮次郎は真っ青になるが、よろよろと立ち上がる
と門に手をかけた。
 門が、きぃぃ…と軋む音がして開きだす。
 改めて見ると、なかなかに広い洋館だ。柵門を開けると、左右
には庭が広がっており、正面には建物に向けてゆるやかな階段が
連なっている。
 建物は二階建てになっており、西洋風の柱を基調とした威厳の
ある風貌、作りになっている。それだけに、若干風化した現在の
面持ちがとても不気味に感じられる。
 蓮次郎は本当に気が進まなかったが、ひとつひとつ階段を進み
はじめた。
 逃げたとしても、また殴られるし、虎の血を引く拓朗からはと
ても逃げおおせるものではない。蓮次郎は諦めるしかなかった。
 階段をひとつひとつ登るたびに空気が重くなっていくかのよう
な感覚を覚える。背中に冷気を直接吹きかけられるような、そん
なイヤな寒気である。
 自分の身長の二倍はあろうかと思われる、重厚なこげ茶色の門
の前までくると、蓮次郎は後ろを振り返った。
 拓朗と真紀がニヤけた顔で腕組をしている。ふたりとも、早く
行けといわんばかり。
 蓮次郎は早まる心臓の鼓動を感じながら、重い門に手をかけた。
「あー、タクちゃんあいつホントに入ってっちゃったよ!」
「ヘッ、どうせ怖くなってすぐ戻ってくるぜ…。そんときはまた
ボコボコにしてやる。真紀も参加していいぜ。」
「えーやだあ!あたしあんなヤツに触りたくないもん!」
 バタン…
 不吉な音を響かせて、門が閉まった。

「…?」
「どうしたのタクちゃん。」
 拓朗は、ふと誰かに見られているような気配を感じてあたりを
見回した。
 すさまじい不安感をかきたてられる異様な気配だ。まるで自分
がヘビに睨まれたカエルのような気分になり、拓朗はさっきまで
の余裕はどこへやら、必死の形相である。
 真紀もその雰囲気に気付いたのか、固く身をこわばらせた。そ
の瞬間!
「――!!」
 ふたりはある一点に視線を集中させた。洋館の二階の窓である。
誰もいないはずの建物の二階に、人がいる!!
 影はこちらは向いておらず、あさっての方向に首を傾けている。
「タクちゃん、やばいよ…早く逃げよう!」
 真紀がおろおろとした様子で言うのだが、ふたりは金縛りにあ
ったようにその場を動く事ができなかった。
 ぎぎぎ…
 そんな音が聞こえてきそうな不自然な動きをして、影の首がだ
んだんとこちらへ向いてくる。
 そして、ゆっくりだった動きが唐突に瞬間的になり、拓朗と真
紀の方へ瞳を向けた(!)。
 窓の向こうは暗く見えづらいのだが、その暗さの中でもっと暗
い何かこの世界とは別のようなものが居たのである。
 恐ろしい程の強大な恐怖に、ふたりは支配されていく。それの
瞳は明らかに二人を見ていた。見られているふたりはガタガタと
体を震えさせはじめた。
 すると、それの口元が亀裂のように避けた。冷たいというより
冷酷さを物語るようなそれの笑みだった。
 その瞬間、ふたりは弾け飛ぶようにその場から全速力で走りだ
した。それは、ふたりの姿が見えなくなると、ふっと窓の側から
離れ、どこぞへと移動していった…。




 ぎいいい…と、不穏な音を屋内に響かせて門は閉まった。
「ご、ごめんくださーい。誰かいらっしゃいませんかー?」
 まだ日が沈んでいないのもあって、多少暗いが建物の中の様子
は見える。中は、赤い絨毯がしかれており、まず目に入ってくる
のは、正面に見える階段だ。
 その階段は二階へと続いており、左右に別れている。
 フロアの中央上には巨大なシャンデリアがあり、それらが日の
光を受けて、キラキラときらめいている。
 外から受ける印象とは全く違う。外観と比べると恐怖はさほど
は感じない。
「こんにちわー。」
 蓮次郎は再び穏やかに声を上げた。
 声を発していないと恐怖に押しつぶされそうというのもあった
し、なぜか蓮次郎はここに人が住んでいる印象を受けたのである。

「どうしよう…。」
 大方の予想通り、蓮次郎の声に反応するものはいない…かに見
えたがそのとき(!)
「わあっ!」
 ばたばたばた…!と頭上から音がして反射的に蓮次郎は身をか
がめた。
"ばたっ”
 蓮次郎は足元に何かが落ちたような音がし、慌てて視線を移す。
すると、赤い絨毯に一匹の蝙蝠が落ちていた。
「なんだ、蝙蝠かぁ驚いた。」
 普通に生活している分には蝙蝠はそれほどお目にかかれないが
霊や妖怪よりは幾分マシである。
 蝙蝠は時々羽をバタつかせているが、どこにも行く気配が無い。
見ると羽に釘が刺さっており、そこから若干の血が滲みでている。
「どうしよう…。」
 蓮次郎は迷いに迷ったが、そっと蝙蝠の体に手を乗せてみた。
蝙蝠はたまにピクピクしているが、暴れる様子は無い。
「よし…!」
 蓮次郎は意を決して、蝙蝠の羽に刺さっている釘に手をかけた。
「せーのっ…!」
 ず…!と、少々嫌な感覚はあったが、釘は無事に蝙蝠の手から
抜く事ができた。
「大丈夫かな…?」
 しばらく様子を見ていると、蝙蝠は再びバタバタと羽を動かし、
あっという間に天井の方へ上がっていってしまった。
 ふうっ…と息をつくと、また静寂が押し寄せてくる。
「困ったなあ…。」
 金目の無いものはもう何も無かった、と言って戻ろうか?いや
そんな事言ったらまた殴られるだろうし…うーん…。
「いつっ…!」
 考え込んでいると、右手に痛みが走った。人差し指から、一筋
の血が流れている。どうやら、釘を持った時にケガしてしまった
ようである。
 蓮次郎は、ブレザーの胸ポケットからハンカチを取り出して、
とりあえず手に巻こうとした。と、その時―――!
「わあっ…!!」
 なんと、シャンデリアが光り輝き、部屋の電気が一斉に付いた
のである。
 そのまぶしさに、蓮次郎は目を細めたが、気配を感じた。
 正面の階段から、誰か降りてくる…!
 蓮次郎は恐怖でその場に凍りついた。またもや冷や汗が背中を
つたい、体を冷やしていってしまう。
「誰…?」
 階段を下りながら、それは蓮次郎に問いかけた。
「いや、あ、あの…!」
 だんだん目が慣れてくると、それが女性なのがわかった。しか
も、恐ろしい程に美しい女性だ。

 黒く長いドレスに身を包み、髪の毛は栗色でアップにされてい
る。気品に溢れるというのはこういうことをいうんだろうなあと
蓮次郎はこんな時なのに、気楽にそんなことを考えていた。
「誰なの?勝手に人の家に入りこんで…。」
「あ…!」
 蓮次郎は女の瞳を見入った瞬間、体が全く動かなくなってしま
った。まるで金縛りのように、体に力を入れようとしても力が入
らない状態である。
 女は、蓮次郎に近寄ると、じっと蓮次郎の目を見つめた。
 蓮次郎は、その漆黒の瞳に見つめられ、吸い込まれるような、
全てを支配されてしまったかのような感覚に襲われた。
 女は無表情だった。透き通るように白い肌と黒いドレスのコン
トラストに、なぜだか蓮次郎は目がクラクラした。
「いいわ。貴方は悪い人間じゃなさそうね。それに…。」
 そういうと、女は蓮次郎の右手をとって眺めた。
「貴方はとても…フフ…。美味しそうね……。良い匂い…。」
「…!?」
 女の表情が和らぎ、少し頬が上気しているように見えた。
 女は、蓮次郎の右手を顔の近く持ってくると、人差し指にそっ
と自分の舌を這わせて、流れる血を舐めた。
「ふふ…。」
 女の細く長い指がまるで、白い蛇のように蓮次郎の手に絡む。
「うあっ…!」
 蓮次郎はその艶かしくも官能的な感覚に思わず声を上げてしま
った。それを聞いて、女は亀裂のような笑みをこぼす。
 女は流れた血の跡まで舐めとり、最後に手の甲に唇を当てて、
手を元の位置に戻してやった。
 女の顔は、始めの無表情とは一変して赤らんでおり、蓮次郎の
事を熱っぽいまなざしで見つめていた。
 蓮次郎の体はいつの間にか金縛りが解け動くようになっていた。
「どうして私の家に来たのか、正直に話したら何もせずに帰して
あげるわ…。」
 女はそういうと、ぐいっと蓮次郎の体を引っ張っていった。




「へぇ…。そういう事だったのね。」
「はい…。勝手に入り込んでごめんなさい!」
 蓮次郎は拓朗と真紀に言われて泣く泣くここへ来た事を正直に
すべて話した。
 ここはリビングというか、食堂のような所である。長いテーブ
ルに置かれた装飾品、赤い絨毯、壁にかかる巨大な絵画、芸術品
等、高価そうなものがいたるところにあって、蓮次郎は空いた口
がふさがらない状態だった。
 改めて頭を下げる蓮次郎を見て、女は優しく微笑んだ。

「いいわよ。許してあげるから。」
「すみません…。」
 そういって、蓮次郎はある事を思い出した。
「あ!そういえば、その二人がまだ家の前で…!」
 それを聞くと、女はくすくす…と笑った。
「もう帰ったみたいよ…。」
「えっ?そうなんですか?」
「ふふ…そんな事より、ちょっと体を見せなさい。」
「ええっ?」
 女はおもむろに椅子に座っている蓮次郎の制服を脱がし始めた。
「や…!何を…!?」
「…じっとしてて。ケガを見てあげるから。」
「えっ…。い、いや、大丈夫ですよ!これくらいなんとも――!」
 と、言いかけて、蓮次郎は顔をゆがめた。
 女が抑えたのは先ほど拓朗に蹴られた脇腹だった。
「ここ以外も酷く痛んでいる箇所がいくつかあるわ…。仲間を助
けてくれたお礼に診てあげる。」
「え…?仲間?」
 首をかしげた蓮次郎を見て、女は微笑むと指先を上へあげた。
「キィッ。」
 すると、その指先に一匹の蝙蝠が止まった。
「あ…!その蝙蝠は…。」
「この子、貴方にありがとうって言ってるわ。刺さってしまった
釘を抜いてくれたんですってね。」
「えっ?い、いえいえ、別にそんな…。」
 蓮次郎は照れくさくなって、頭を掻いた。
「私はフレアよ。」
「あ…!俺は山木蓮次郎っていいます!」
「蓮次郎…ね。フフ…。まだ私、日本に来て日が浅いの。よかっ
たら友達になってくれる?」
「えっ…!」
 蓮次郎はフレアの笑みを目の当たりにして、顔を真っ赤にした。
本当に美女である。切れ長の目、艶のある髪の毛、全身から漂う
オーラ、全てが随一であった。
 今まで、ろくに異性と話した事もない蓮次郎にとっては刺激が
強すぎるのも無理はないだろう。
「あ、あ、あの、俺でよ、よければ…。」
 しどろもどろになりながらも、蓮次郎は言い切る事が出来た。
「ありがとう。さあ、まずは背中を見せて…。」
「は、はい!」
 洋館の主は、この美しい荘厳さに満ちたフレアであった。
 おそらく、フレアは獣人か何かであることは間違いない。そし
て良い人だろうと蓮次郎は思った。
 聞くと、フレアはつい最近ドイツから日本に移住したばかりで、
最近はその引越し等の手続きで忙しくしていたらしい。

「人の家を幽霊屋敷だなんて、失礼だわ。」
 そういいながらも、フレアは笑顔で蓮次郎に包帯を巻いている。
「ふふ…、でも確かに肝試しに来た連中もたまにいたから、ちょ
っと脅かしたりしてあげたけどね。」
 フレアの悪戯っぽい微笑みに、蓮次郎は、ほっと安心した。
「せっかくの豪邸だから、逆に外装を直したら誰も寄らなくなる
んじゃないかなあ。」
「ふふ…実はもう手配していて、来週中にはピカピカになってる
はずよ。今のうちに幽霊屋敷の主を楽しんでおかなくちゃ。」
「そうなんですか?楽しみですね!俺も何か手伝えることあった
らやるんで遠慮なく言ってくださいね。」
「ありがとう。――はい!これで痛みも大分和らぐと思うわ。男
なんだから、やられてばかりじゃダメよ。」
「ありがとうございます!」
 手当てが終わり、蓮次郎は改めて礼を言った。すると…
「あ、あれ?なんで…涙が…?」
「蓮次郎…。」
 両親と幼い頃に死別して、ずっとひとりで生きてきた蓮次郎。
このように人の温かみに触れる事ができたのはいつ以来だろうか。
久しぶりの人の心のあたたかさに触れて、涙腺が緩んでしまった
のだろう。
 その様子を見て、フレアはきゅっ…と胸を締め付けられるよう
な思いになった。
「蓮次郎、今夜は夕食を一緒に食べましょう。」
「えっ…!」
「いつもひとりの食卓じゃ私も味気ないし…。それとも私とじゃ
嫌かしら…?」
「そ、そ、そんなことないです!で、でも…。」
「フフ…じゃあ決まりね。もうこんな時間。すぐに用意するわ。」
「は、はい!ありがとうございますっ。」
 深々と頭を下げる蓮次郎を見て、フレアは思わず舌なめずりを
したのであった…。




「…もの凄いベッドだなあ。」
 結局、フレアの豪邸に泊まる事になってしまった蓮次郎であっ
た。
 思いのほか話しと波長が合い、初対面にも関わらず、かなり楽
しく食事が出来たふたり。フレアも、久しぶりの日本にひとりで
暮らしていて、やっと話し相手ができて嬉しかったのだろう。
 ドイツ産のお酒なども多少たしなみ、良い気分になってしまい
もう時間は0時を過ぎてしまった。
 そこで、強引にフレアは蓮次郎を泊めさせてしまった。
 かくして、蓮次郎はこの体が全て埋まってしまうんじゃないか
と思えるほどに柔らかく、弾力のある、そして大きいベッドに体
を横たえているのである。

「それにしても、きれいで優しい人だなあフレアさんて。」
 思わず呟いてしまい蓮次郎は恥ずかしさで赤面した。
 なぜこのような自分に仲良くしてくれるのか、それはわからな
いがあのような魅力的な人と仲良くさせてもらえるのは、凄く嬉
しい事だ!と、蓮次郎は思った。
 容姿もそうだが、性格も話してみるととても穏やかで、凄く落
ち着いていて安心感がある。あたたかい気分になれる。
 そうこう考えているうちに、蓮次郎はうとうとと船をこぎ始め
たのであった。
 その頃、フレアは自室で荒い呼吸を止める事が出来ず、狼狽し
ていた。
 はあはあ…と肩で息をして顔はほんのり赤く染まり、目は若干
うつろな状態である…。
「ダメ…。はぁ…欲しい…。もっと欲しい…我慢できない…。」
 うわごとを発しながらベッドから立ち上がり、ふらついた足取
りで部屋を出ていった。
「蓮……蓮次郎…。」
 その足は確実に蓮次郎の居る部屋に向かっていた。
 いつも、冷静で落ち着いた雰囲気を保っているフレアだが、今
日はその穏やかさを保つ事ができない。
 蓮次郎の指を、そして流れる血をすすった瞬間から、フレアの
体は芯から火照り、彼女自身、それを抑える事ができなくなって
いたのだった。
 気がつくと、フレアは蓮次郎の寝ている部屋のドアノブを静か
にまわしていた。
 かちり…
 すっとドアが開く。静かに素早く体を部屋にいれて、元通りに
ドアを閉めた。
「蓮次郎…。」
 はぁはぁ…と息をして、フレアはゆっくりとベッドに近づく。
 蓮次郎は、すぅ…すぅ…と寝息を立てており、眼鏡を外したそ
の寝顔はとても安らかで…。フレアはその姿に愛おしさを感じて
いた。
 ワイシャツは3段目までボタンが外れており、若干乱れた胸元
が見え隠れしている。白く、触り心地のよさそうな胸板、そして
スッと白く伸びた首すじ。
「ふふ…ふふふ…。」
 フレアはうつろな目でずずっ…ずずっ…と足を引きずりながら
蓮次郎に近寄っていく。
「ゴクリ…。」
 フレアは自分の口内にあふれ出す唾液を飲み込んだ。
 今までに無かったご馳走が目の前にある。飢餓状態にあった欲
望が暴走しだし、フレアは自分を抑える事ができなかった。

「蓮…。」
 フレアは蓮次郎の顔に両手を添えた。幼子のように寝息を立て
る蓮次郎の事が本当にいとおしく、そしてそれを手に入れたい、
支配したい、食べたいと心の底から思う。
 フレアは、濡れている自らの唇を、蓮次郎の唇に触れ合わせた。
途方も無い快感と安らぎがフレアを包む。
 蓮次郎の唇は適度に温かく、心地よく、フレアは何度も何度も
唇と唇を衝突させた。
 そして、幾度目かの接吻の後、唇を触れ合わせたまま、自分の
舌を蓮次郎の口内に忍ばせた。
「んっ…。」
 蓮次郎の喉から息が漏れた。今ので起こしてしまったか?一瞬
フレアは思ったが、もうそんなことは関係なかった。
 構わずに、自分の思うがままに、舌を這わす。
「んふぅ…くちゅ…。」
 フレアは自分の舌と蓮次郎の舌を絡ませた。自分のと触れ合う
度に、心地よい快感と安堵感が身を包む。
 と、その時――!
「フ、フレアさんっ!?」
 蓮次郎の瞳がパッと開かれた。蓮次郎は反射的にフレアの肩を
押さえて、迫り来る獣をなだめた。
「な、な、何をっ…?」
 と、言いつつも蓮次郎は自分が何をされていたのか分かってい
たのだろう。顔を真っ赤に紅潮させ、その体は震えていた。
 そんな蓮次郎の様子も、今のフレアにとってはただただ愛しく
感じさせてしまう。
「何って…?ふふ…わかるでしょう…?」
 中断されたフレアはそれを続行するべく、また蓮次郎に接近し
ていく。
「ま、ま、待ってくださいっ…!」
 また、蓮次郎は近づくフレアを押しのけようとしたのだが、今
度はまったくもってビクともしない。
「ふふ…。怖がらなくていいのよ…。貴方は私のもの…。」
 ぴったりと二人の体が重なる。フレアは、純白の薄いネグリジ
ェに身を包んでおり、見事なまでに艶やかな肢体が鮮やかに形を
作っていた。
 そして、フレアの目は真紅に輝き、背中には先ほどまでは無か
ったはずの漆黒の翼が生えていた。
「蓮次郎…あなたの体と…そして心はなんて良い匂いがするの?
私をこんなに夢中にさせてしまうなんて…ふふ…イケナイ子。」
 フレアは、また蓮次郎の顔に両手を添えた。魅惑的な微笑を浮
かべた女。蓮次郎はいまさらながら、フレアの正体に気付いた。
「フ、フレアさん、あ、あなたは、ヴァン――。」
 言いかけた蓮次郎の唇に、フレアはそっと人差し指を添えた。
「フフ…。そう…あなたの思っているとおり…私は、闇夜に血を
求める蝙蝠…さまようヴァンパイア…。蓮次郎、あなたは既に私
のもの…。もう絶対に離さない…。」
「フレアさん、ちょっと…ま――!!んぅっ!」

 蓮次郎の言葉をさえぎるようにして、フレアの唇が蓮次郎の唇
に覆いかぶさった。
 左手で蓮次郎の後頭部を押さえ、右腕はぎゅうっと蓮次郎の背
中を押さえ、抱きしめていた。
「ふ…!うむぅっ…!」
 フレアの魅惑的な肢体と唇に支配されて、蓮次郎の体から少し
ずつ力が抜けていく。
「蓮…。ふふ…あなたの体…美味しいよ…?美味しくて美味しく
て私、もうどうにかなってしまいそう…。」
「ひぁっ!やっ…!」
 フレアは唇を合わせたまま、左手を蓮次郎の胸元へ入れた。
 思ったとおり、蓮次郎の胸板は触り心地がよく、フレアはさわ
さわ…と自分の手を蓮次郎の体とすり合わせた。
「ひぃっ…!」
 その度に、蓮次郎はびくんっと体を跳ねさせている。その瞳は
徐々に抵抗の光を弱まらせ、代わりに涙を溢れさせている。
「やぁっ、やめてくださいぃっ…!」
 そう弱弱しく抗う蓮次郎を見て、フレアはぞくぞくぅっと体を
駆け抜けていく快感を覚えた。
「ふわぁっ…!くっ…!」
 蓮次郎は体をひねらせて、なんとかフレアの体の下から脱出す
る事に成功した。
「ちょ、ちょっと待ってくださ――!」
 蓮次郎は言葉を切った。自分がどのような立場に居るのか、改
めて思い知らされたからである。
「じゅるっ…。」
 フレアは淫靡な光をたたえた真紅の瞳で何も語らず、舌から滴
る自らの唾液をすすり上げた。
「良い匂い…。蓮の体から、良い匂いがするぅ…。食べたい…!
いいでしょう…?私のモノなんだから…。」
 真紅の瞳に、蓮次郎は体がすくんで動けなくなった。自分はも
はや、この美しく艶やかなヴァンパイアに抵抗する術はない。そ
う思った。
「蓮…好き…。」
 フレアはそれだけ言うと、また蓮次郎に近づいていく。
「はっ…!うぅっ…!」
 蓮次郎は反射的に身を引いて、ベッドの上を仰向けのまま後ず
さりしていく。
 フレアはわざと、その後ずさりと同じくらいの速度で蓮次郎に
四つんばいで近づいていく。それはまるで、獲物を追い詰めてい
くかのように無慈悲で、結果が見えているかのような動作だった。
「あっ…!」
 どんっ…!と背中がベッドの柵に当たり、もはや後ずさる事は
かなわなくなった蓮次郎。
「フフ…。もう逃げないの?逃げないのなら頂きましょうか…。」
 満面の笑みを浮かべて、フレアは再度蓮次郎に近寄っていく。
 蓮次郎はそれをどうすることも出来ず、瞳に涙を浮かべて震え
ていた。そんな蓮次郎を、フレアは優しく抱きしめた。

「ふふふ…良い子ね…。そのまま、じっとしてるのよ…。」
「フ、フレアさんっ…んぅっ…!」
 再び、フレアは口付けを交わして、自分の舌を蓮次郎の舌に絡
ませていく。
「んぁ…ふぅっ…。」
 だんだんと、蓮次郎の体から緊張が解けていく。徐々に自分に
支配されていく蓮次郎を感じて、フレアはぞくそくとまた背中に
走る快感を体いっぱいに感じ、歓喜の涙を流した。
「んっ…。」
 フレアの唇が、蓮次郎の唇から離れ、頬をつたい、顎へ、そし
て首すじへとだんだん降りていく。
「ふふふふ…。」
 蓮次郎の首すじは、フレアにとってこの上ない至高の空間だっ
た。はやる気持ちを押さえつけて、丁寧に舌で愛撫していく。
「ひぃっ!あううっ…!」
 おそらく蓮次郎はここが弱いのだろう。先ほどよりも強く体を
反応させているが、ヴァンパイアの強靭な力で押さえつけられ、
どうすることもできない。
「蓮…好き…。」
 再びフレアはうわごとのように呟くと、口から生えている鋭い
牙を、蓮次郎の白く新鮮な首すじへ突き立てた。
「ぎっ…!」
 蓮次郎は、首にナイフを刺されたような痛みを感じて、思わず
小さく悲鳴をあげた。
 その瞬間、フレアは両腕を蓮次郎の背中に回して、優しく抱き
しめた。
「ああっ…!」
 蓮次郎は首から、自分の血が流れていくのを妙にリアルに感じ
ていた。しかし、恐怖を感じなかったのはフレアにぎゅっと抱き
しめられていたからだろうか。
 こくっ…こくっ…。
 フレアの喉が幾度となく鳴っている。しばらくすると、フレア
は蓮次郎の首から顔を離し、深いため息をついた。
「ふぅ……。」
 その顔は幸せに満ちており、極上の何かを感じている顔であっ
た。蓮次郎は薄らいでいく意識の中で、その美しく満たされた表
情をぼんやりと見つめていた。
 もともと、貧血持ちの蓮次郎である。今までの事もあわさって、
意識が遠のいていくのも仕方ないことであろう。
「蓮…!まだ…私は足りない…!」
 フレアはそういうと、再び蓮次郎に覆いかぶさった。
 暖かなフレアの肉感が蓮次郎を包む。大きな乳房が弾み、適度
に柔らかい体が重なると、吸い付き溶け込むような感覚さえ覚え
る。
「蓮の血はやはり本当に美味しい。今までいろんな血を味わって
きたけどそれと比べても、段違いに貴方の血は美味しい…。」
「フレ…ア…さん…。」
「そして…。こんな極上の血を味わってしまうと…私は…。」
 フレアは言い終わる前に、ネグリジェを脱ぎ捨て、荒々しく蓮
次郎の体にまたがった。

「ほら…もう、こんなになってるでしょう?…さっき、蓮次郎を
飲んでる時、実は一回…。」
 フレアは気持ちよさそうに目を細めて、指先を自分の股間へ持
っていく。すると、静かな部屋に、ぴちゃり…と滑り気のある音
が響いた。
「もう、我慢出来ない…。蓮、あなたの全て、私に頂戴…。」
 フレアが素早く蓮次郎のズボンを脱がしてしまい、蓮次郎はま
た最後の力を振り絞って抵抗する。
「ま、待ってくださいっ…!それはっ…。」
「ダメよ…。もう貴方は私のもの。だから、私は貴方のすべてを
もらえる権利があるの…。」
 フレアは優しく蓮次郎の頭を撫でた。
「じっとしてて…気持ちよくしてあげるから…。」
「ひっ…!そ、そこはぁっ…!」
 フレアはトランクス越しに、すでに怒張した蓮次郎のそれに触
れていく。
「フフ…もう蓮もこんなになってる…嬉しい…。」
 フレアは優しい微笑みでそう言った。
「やめてくださいぃっ…!ひぁっ!」
 するっと、フレアはトランクスの中に手を入れた。白く長い指
が、蓮次郎のそれを絶妙に刺激していく。
 蓮次郎はたまらず、腰をびくびくと跳ねさせてしまう。
「ふふ…気持ち良い…?」
「やぁっ…!はひぃ…っ!」
 蓮次郎が目をぎゅっと瞑ると、ひとすじの涙が流れる。
「んっ…。」
 落ちようとするその光を、フレアはすばやく舌で拾った。
「蓮…かわいい…。かわいい顔してる…。」
 フレアは嬉しそうに目を細めてそう言った。すると、だんだん
と蓮次郎の尿道がせりあがってくるのがわかった。
「あら…もうイキそうなの…?ダメよ。今日は、私の中でたくさ
ん出してもらうから…。」
「えっ…?」
 息も絶え絶えながら蓮次郎が疑問を投げかけると、フレアは最
後トランクスも脱がせて、蓮次郎の体にまたがった。
「たくさん私の中で…気持ちよくなって…ね。」
 すでにフレアのそこは溢れており、それが白い太ももをつたっ
てベッドを濡らしていた。
 フレアは蓮次郎のそれに照準をあわせて、ゆっくりと腰を下ろ
していく。
「フ、フレアさんっ…!だめですっ…!」
「フフ…大人しくして…。」
 と、その時(!)

「ねーちゃーん!!ただいまー!!」
 ふたりの世界を、ふたりの静寂をつき破り、壊す元気の良い声
が洋館に響き渡った。
「ねーちゃんどこー!?ねえ!!どこにいるんだよー!!せっか
く人がドイツから予定を早めて日本に来てやったのにー!」
 フレアは部屋の外から聞こえてきたその声を聞いて、ガクッと
首を垂らし、恐ろしく不機嫌な顔になって呟いた。
「まったく!カイったらこんな時に帰ってこなくていいのに!今
何時だと思ってるの!!」
 そういいながら、フレアはいそいそとネグリジェを着ている。
「……。」
 蓮次郎はぽかーんとした表情で、ホッとしたような残念なよう
な、なんとも言えない顔をしていた。
 それを見て、フレアはとててて…と近寄ってきた。
「蓮、ごめんね。また今度しましょ。」
 そういうと、蓮次郎を抱きしめて唇を合わせた。
「ちょっと待ってて。弟が帰ってきたみたいだから。」
 そう言って、フレアは部屋を出て行った。
 取り残された蓮次郎は、わけがわからないまま、ボフッとベッ
ドに横たわってため息をついた。
 そして、今までの事が夢だったのでは?と思い、自分のほっぺ
たをつねってみる。――痛かった。
「フレアさん…。」
 蓮次郎は先ほどまでの狂おしい程に美しいフレアの姿を反芻し、
ぼうっと顔を真っ赤にさせた。今更ながら、多大な恥ずかしさに
襲われ、ボフッとベッドに身を預けた。
 そしてそのまま、安らかに寝息をたてはじめたのである…。




「ふーん。これがそのねーちゃんのお気に入りかあ~!」
「えーっと…。」
 栗色の短髪、青く大きい瞳、整った顔立ちの美少年。
 カイは、蓮次郎の周りをくるくると回りながら言った。
「確かに…すんごく良い匂いがする…!ねーねー、ちょっとだけ
もらっていいー?」
「え!?」
「ほら、カイ!蓮が困ってるでしょう。やめなさい。」
 蓮次郎とフレアの情事の翌日。今日は土曜日で学校は休みだ。
蓮次郎は朝起きて、ふかふかな巨大ベッドから抜け出し、食堂へ
行くと、フレアとカイのふたりが雑談している最中だった。
「コーヒーでいい?」
「あっ、は、はい!」
 黒いドレスを着たフレアを見て、蓮次郎は昨日の事を思い出し
てしまう。ぼっ!と顔を真っ赤にした蓮次郎を見て、フレアはク
スクスと笑みをこぼした。
「フフ…。昨日は良いところでカイに邪魔されちゃったから…。」
「でもねーちゃんにしては珍しいね!こんなおとなしそーな男を
選ぶなんて!この前なんて、すげー高いスーツ着た男――。」
 ゴツン!と良い音がして、それきりカイは言葉を切って、その
場に頭を押さえてうずくまった。

「余計な話しはしない!」
 ふーっと右拳に息を吹きかけて、フレアが言った。
「何すんだよっ!いーじゃん話したって!減るもんじゃないし!」
 涙目になったカイが、フレアを睨みつけて言い放った。
 そのやりとりを見て、思わず蓮次郎はプッと吹いてしまった。
「仲が良いんですねえ。」
「良くないやい!にーちゃんも気をつけた方がいいよ!自分の欲
しいものはすぐ強引に奪って、飽きたらポーイ!だからね!うち
のねーちゃんは!」
 そういって、カイはイスから高く飛び上がった。その瞬間、そ
れまでカイの体があった場所に、フレアの鋭い回し蹴りが空を切
る。凄い切れ味だ。
「あぶねーなっ!こんなん当たったら死んじゃうだろ!」
「余計な事は言わないでって言ったでしょう?お仕置きして欲し
いの?」
 パキパキと指を鳴らすフレアを見て、カイはさすがに青ざめた。
「わ、わかったよぉ!だから乱暴はやめて!」
 すると、フレアは拳を下ろして、ため息をついた。
「わかればいいのよ。」
 そういって、カップを手に取り、コーヒーを入れに行く。
 そのやりとりを、あっけに取られて見ていた蓮次郎。
 あれ?カイ君が居ない?
「にーちゃん…、ちょっとだけ!ちょっとだけだから…静かにし
ててね…!」
「えっ?」
 蓮次郎が振り向く間も無く、首すじにざくり…とナイフを突き
たてられたような感触が走る。
「あ――!」
 蓮次郎は思わず悲鳴を上げそうになったが、カイの手に口を塞
がれ、声を漏らす事はできなかった。
「は…ふぅ…っ!」
 蓮次郎はカイの体をどかそうと、逃げようと体を動かすのだが、
カイはびくともしない。
 こくっ…とカイの喉が鳴り、蓮次郎の血がカイの体を満たして
いく。
「ふーっ、ごちそうさま★…思ったとおり、にーちゃんって物凄
く美味しいんだねえ。ふふふ…僕、なんか変な気分になっちゃう
なあ…。」
 そう言って、カイは座っている蓮次郎の顎に手を添えた。そし
て、頬を首すじを手でススッ…と触っていく。
「はぅっ…。」
 蓮次郎は、カイの瞳が青から赤へと変化していくのをぼーっと
眺めていた。朝は貧血持ちにとって、魔の時間。そこで血を吸わ
れたのだから、蓮次郎の意識がぼんやりするのも無理はない。
 その瞬間、カイは背筋に凍るような殺気を覚えた。全ての物を
破壊し、食べつくす…究極の吸血鬼の怒りを背中で感じた。
「カイ…あなた今何してたの…?ねえ…。」
 フレアが、無表情でカイを見つめていた。その瞳は真紅に輝い
ている。

「私の蓮に手を出すなんて、良い度胸ね…。やっぱり久しぶりに
お仕置きが必要のようね…。」
 そのセリフを聞いて、蓮次郎は喉を振り絞って言葉を吐いた。
「け、けんかはやめてください…!カイ君も悪気があったわけじ
ゃ無さそうだし、俺は大丈夫ですから…!」
 たっぷりと目を潤ませて、はぁはぁと息をする蓮次郎を見て、
フレアとカイは、きゅんっ…と胸を締め付けられるような心地良
さを感じた。
 すぐにでも蓮次郎を抱きたい、モノにしたい。そんな甘い感情
が二人を支配していく。
 潤んだ蓮次郎の唇に思わず近づこうとしてしまったフレア。頭
を左右に振って、理性を復活させる。
「仕方ない…。今回は蓮に免じて許してあげる。けれど、今度も
しまた蓮に手を出そうとしたら…分かってるわね?」
「わ、わかってらい!」
 カイはそう言いつつも、蓮次郎の心地よさ、恐ろしい程の血の
美味さに魅了されていた。また隙をついていただいちゃおっと!
「カイ!」
 そんなカイの気持ちを知ってか知らずか、フレアがカイを一喝
する。
「それじゃ、蓮も起きてきて事だし、朝食にしましょう。」
「ほいほーいっ!」
「あ、ぼ、僕も何か手伝います!」
 立ち上がろうとする蓮次郎をフレアが優しく制した。
「いいのよ蓮、あなたは座ってて。まだ貧血が治ってないでしょ
う?ゆっくりしてなさい…。」
 そう言うと、フレアはおもむろに蓮次郎の唇にキスをした。
「――!!」
 またまた蓮次郎は顔を真っ赤にさせて、口をぱくぱくしている。
「あーっ!ずるいよねーちゃん!僕も僕も!」
「はいはい、キッチンはこっちよ。」
 フレアはカイの襟を掴んで引きずっていった。なんだかんだで
仲のよい姉弟なのである。
 二人の美しきヴァンパイア。彼らと知り合う事によって、蓮次
郎の人生は大きく変わっていく。
 この楽しく愉快で、時に暗黒な物語は、まだ、今はじまりを告
げたばかり。
 蓮次郎はまだこの時、フレアと草壁高校のクラスメートになる
ことになろうとは夢にも思っていなかったのである…。


~to be continue?~

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最終更新:2013年03月27日 16:58