昔々、あるところに2匹の雌の竜が居ました。

一匹は大気の力を統べる蒼竜。
一匹は破壊の力を統べる黒竜。

彼等は竜の棲まう『竜種の楽園』で永い永い時を過ごしていました。
数千年の時を経て、エルダードラゴンとなった彼女達は魔法ですら自在に操り、人間の軍隊など片手間で滅ぼせる程になっていたのです。


そんなある日、一人の竜騎士候補が楽園にやって来ました。
実は、人間が楽園にやって来るのはそれ程珍しくありません。
竜騎士のように、相棒を求めてくるもの。竜の脱皮した際に出る鱗や老廃物を得ようとする錬金術師や商人。
竜達は人間よりも気が長く寛容だったので、特別咎めたりしません。
尤も、良からぬ事を企んだりする輩は例外なくブレスや巨大な牙にかかり命を落としていました。


さてその日、2匹のウチの片割れ―――蒼竜の背中にいきなり竜騎士が降って来ました。
どうやら崖の上から転落したらしく、あちこち骨折したり酷い打撲を受けていたりしていました。
と言うより、ゴツゴツと鋼鉄よりも堅い竜の背中に落ちたものだからぶっちゃけ死にかけてました。

「なんじゃこの小さき者は……? お、良い具合に死にかけておるのぉ」

友人である黒竜が長老達に呼び出されて暇を持て余していた彼女は、気紛れで竜騎士に己の血を一滴授けました。
古竜の血は万病を治癒する霊薬と呼ばれてるものであり、騎士の致命傷はたちまち治癒され息を吹き返したのです。


「あれ、何で俺は助かったんだ?」
(おお、見るからに馬鹿そうな人の子よ。可愛げはあるがのぅ)

目が覚め、不思議がる若い竜騎士を見て蒼竜は悪戯心を擽られました。
そして敢えて普通のレッサードラゴン……言葉も喋れない知能の低い若いドラゴンの振りをし、とぼける事にしたのです。

「まぁ、助かったんだしいいか。お前、俺の相棒にならないか?」

妙にポジティブ……と言うよりも天然馬鹿な竜騎士は、いきなり彼女に相棒になれと言い出しました。
普通なら身の程知らずと一喝され、ブレスの一撃でも浴びて灰にされてもおかしくはありません。
しかし、暇潰しの筈だった悪戯心が強くなったエルダードラゴンは意外な行動に出ます。

(ま、暇潰しにはよかろ。久し振りに外界を見て回るのも悪くなかろうて……ちょっとだけ外出するんじゃよ)
「お、ラッキー。竜の楽園に入って一日で竜を従えるだなんて……俺ってやっぱ天才?」
(おー、本当に掛け値無しの大馬鹿者じゃったか)

蒼竜は靡かせる儀式やら何やをすっ飛ばして、あっさり若くてお馬鹿な竜騎士の相棒になってしまいました。
そして、意気揚々と彼女の背中に跨った竜騎士に操られ、『竜種の楽園』から去って行ったのです。

尚、『ちょっとだけ』がえらく長いちょっとだけになったのは某格闘漫画の如く言うまでもありません。


さて、その数時間後。
用事を終えて戻って来た黒竜は、ねぐらに親友が居ないのに気付きました。

「あいつ、居ないな……また、どこか遊びにでも行ったか?」

何だか人間の匂いがしましたが、その時は気になりませんでした。
ですが、彼女が居なくなって一週間が経ち、一ヶ月が過ぎた頃になると、どうにも不安になりました。

「あいつめ、何処に行ったんだ?」

彼女は楽園の隅々まで探しましたが、親友の姿は見えません。
周囲の山脈、国々を探しましたが、やっぱり見あたりません。
本気で焦った彼女は、長老達に暇乞いを一方的に言い渡し、楽園から外に出る事にしたのです。
その時引き留めに入った若い雄の竜達(片思い)をボコボコにしてからでしたが。


そして、数年後。
幾多の海を渡り、幾つもの大陸を探し回った後。
彼女は、ようやく親友を居場所を突き止めました。
そこは、風がびゅうびゅう吹き荒ぶ渓谷近くの人口百人足らずの集落でした。

「ここか……確かに、あいつの匂いと気配を感じる」

呪文により、麻で出来た貫頭衣を着た人間の姿に変じた黒竜は足首まで届く長い黒髪を掻き揚げながら呟きました。
古竜の姿のままだったり全裸のまま人里に姿を現すのは、十数回の大トラブルを経てようやく止めました。
すっごいナイスバディでとびっきりの美人だった為、馬鹿な人間に襲われもしました。勿論全員返り討ちです。

そう言った数々の苦節を経て、ようやく彼女は親友である蒼竜の居る場所を突き止めたのです。

目の前にあるのは、大きな竜舎付きの大きな平屋。
お昼時の為か、一本の長細い煙突からゆらゆらと煙が出ています。

「アイツの風の力が感じない……。何を好き好んで我等の姿ではないのか?」

どうやら、彼女の親友は人間の姿で居るようです。
どうして、誇り高き竜の姿ではなく人間の姿なんかに好き好んでなっているのか。
余分なトラブルを避ける為に、自分は渋々こんな矮小な姿になる事を必死に堪えている位なのに。

「あいつめ、まさか人間の仕業で?」

人間の奸計でそうならざるを得なかったのなら、その人間を焼き殺してくれる。
そう、殺気に満ちた想いを抱きながらドアを開けた彼女の見た光景とは。

「父様、ご飯まだ~!?」
「もう少しで煮えるからちょっと待てっての。おーい、皿の配膳をよろしくな」
「解っておるわ。お前達、少しぐらい待てんのか。はしゃいだとて肉は煮えぬぞ」
「だってー、久し振りに馬のお肉だもん♪」
「お兄ちゃん、人参食べてねー」
「あたしも、ピーマンも一緒にー」
「お前等、僕に野菜押しつけようとするなっ」
「好き嫌いしてばかり居ると、わらわのようになれんぞ。全部食べるのじゃ」
「「はーい」」

3人の子供……竜の因子を感じる親友の髪と目の色を引き継いだ子供達と戯れながら長テーブルに皿を並べている、人間の姿の親友がそこに居たのです。


「あ、あ、あ、あ…………!」
「ん、誰じゃ……って、御主なんで此処に」
「アッ――――――――――――!!!!!」



竜でも、信じられない光景を目の当たりにすると、大きなショックを受けるようです。
彼女は網膜に映った全てを否定すべく、竜の姿に戻って全力全開の一撃を加えようとしました。

「み、認められないなのぉー!! 全力全壊スタぶほぉ!!??」
「わらわ達の愛の巣に何をするつもりなんじゃこのドアホがぁ―――――――――!!!」

世界を狙える腰の入ったアッパーカットによって、純エネルギーの直線ブレスは雲を切り裂き成層圏まで高々と打ち上げられました。



「なんで、なんで、なんでなんだ。ずっと私と一緒に居たのに、なんでお前は人間なんかとつがいに、人間の子なんか産んでるんだぁ―――――――!!!」

それから三日三晩続いた死闘の後、遂に彼女は親友に取り押さえられました。
本来実力は拮抗しているのですが母は強しなのです。未だおぼこで男のオの字も知らない世間知らずに勝てる筈がありませんでした。
親友の鮮血で染めた髪の束でガチガチに拘束された黒竜は益体もない大声でワンワンと泣いています。

ちなみに旦那の竜騎士と子供達は、地上でずっとハンカチや旗を振りながらラッパや太鼓を鳴らして応援をしていました。
谷の住人達はこういった事が日常茶飯事だったので普通に生活していました。

「決まっておろうに、わらわはこの雄とつがいになり子を為す事を望んだ。それだけの事よ」

さっくりとした返答に、黒竜なのに真っ白い灰と化す黒竜でした。

「御主もちっとは人間の雄の良さを理解せい、そうすれば御主も考えと視野が変わるだろうて」
「無理っ、ぜっっっっっったいに無理ぃぃぃぃ」

首をブンブン横に振り、両足をジタバタと地面に叩き付けるその様はまるで駄々っ子。
そんなかつての親友を痛い子を見る目で見詰める蒼竜。しかし、彼女はまだ黒竜に対する友情を小さじ一杯分程度忘れ去ってはいませんでした。

「ふむ、仕方がない。わらわ達が身をもって素晴らしさをレクチャーしてくれようぞ。つがいとなった、人と竜の得難き絆をな!」


そして数ヶ月後。

「では、達者でな」
「うん、世話になったな」

首をカクカクさせながら、黒竜は親友の元を去っていきました。
彼女ら夫妻の熱心な指導を経て、黒竜はようやく人間を理解したよう……です?

「でもなお前、『あっちの指導』までするのはやりすぎじゃないかなぁ?」
「だいじょーぶじゃ、あやつはお前と同じぐらいアホじゃが、これ位仕込めば人間の雄に対する偏見も無くなるじゃろ」
「そ、そうなのか?」
「そんなもんじゃ、しかし露出プレイはなかなか燃えたのぅ。また今度奴が来たらやってみるかの!」

ヨタヨタと飛び去っていく親友を見送りつつ、蒼竜は愛する夫に身を寄せ、新たに授かった命が宿る膨らみかけの腹を優しく撫でたのでした。




―――そして半年後。
とある大陸の諸侯全ての金銀財宝をかっさらった黒竜がとある山脈に籠城し、包囲した人間の大軍との戦いを始める事になるのでした。

「決めたぞ、私はあいつのつがい以上の人間の雄を獲得し、あいつ以上に幸せな新婚生活をゲットするんだ!」

凄まじい勢いで何かを勘違いしたままで。

そして彼女の暴走は、1人の勇者が荒れ地とクレーターだらけの黒竜山と呼ばれる様になった山脈を訪れるまで続くのでした。



改訂版本編1話に続く。
(アク禁でスレに投下出来ずこちらに投下しました。感想などございましたらスレにお願い致します)

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最終更新:2009年03月14日 02:38