ひんやりとした夜気のかわりに、彼女の体温が肌の温感を支配する。俺の
胸板で、彼女の豊か過ぎる胸がむにゅう、と押しつぶされる。そして、さっき
よりなお激しく唇を奪われた。首にしがみつかれて抵抗することもできず、
俺はその容赦のない口付けを受けざるを得ない。
 舌に唇が割られるとともに、またも大量に流し込まれる彼女の唾液。だが、
どうもおかしい。さっきとは違って甘くない。むしろ苦い? そして、飲み
込むとともに胸や胃を焼かれるような感覚。

「ふ、ふ、ふ……」

 俺から口を離した彼女は妖しく笑う。

「イモリといえば、古来より惚れ薬の原料として知られてきましたわ。さっき
の口付けのとき、その媚薬の成分も唾液と一緒に流し込まさせていただきました」

 俺の目の前で、完全に服を脱ぎ去る彼女。差し込む月明かりに、その裸身
が照らし出された。
 それはとてつもなく蠱惑的な光景だった。裸になってみると、そのプロポーション
の見事さがさらに良くわかった。柔らかく骨格を覆うような感じで肉付きは良く、
それでいて下品でもたるんでもいない。野性的しなやかさを含んだ脚線美から、
細い腰回りへと続くライン。その上では、あの類まれなる胸が衣類の束縛か
ら解放され、淫猥に揺れていた。そこに神秘的な美しさを添えるように、あ
きれるほど長い黒髪が、月光を受けて流水のようにさざめいていた。
 その姿を見た瞬間、俺の心は完全に彼女に囚われていた。圧倒的な美に脳内
を侵食され、警戒も思考も何もかもかき消され、ただそこにある美しさを貪る
ように見つめることしかできなかった。惚れ薬だの媚薬だのといったことも、
全く気にならなくなった。
 そしてそれとともに、枷が外れたせいか急速に成長を始める俺の股間。
 その様子を見て、彼女は満足そうに微笑んだ。そしてへたり込む俺の足元
に膝をつくと、なんのためらいもなく俺の服をはぎ取った。ひんやりとした
夜気を裸の股間に感じる。

「ああぁ……、美味しそう。この雄の臭い、たまりませんわぁ……」

 うっとりと呟く彼女。元から潤んでいた瞳が、ますます淫蕩に濡れた。
朱に染まった頬と合わせ、まるで熱病にうかされているかのようにも見える。

「ごめんなさいねぇ。私、もう我慢できません。こんな美味しそうな雄の精気
のにおいを嗅がされたら、もう体が疼いて」
「た、食べられちゃうんですか、俺?」

 正直、今のおれは彼女に喰われるんなら、それもいいかと思えるほど彼女
に惚れていた。もっとも、それは多少いきすぎた考えだったようだ。


「別に貴方のお肉を食べたりはしませんわ。いただくのは貴方の精気。私は
山や自然の精気があれば生きて行けますけど、あれは味気ないもの。本当に
美味しいのは動物の精気。特に雄の精は大好物ですわ。それを何十年も我慢
してきたんですもの。多少の失礼は許してくださいますよね?」

 そういった彼女は、そそり立つ俺の男性をその白魚のごとき指で包む。た
だそれだけで特に動かしてもいないのに、俺の腰は快感に融けそうになった。
彼女のしっとりとした指先の吸いつくような感触は、それほどまでに素晴ら
しいものだったのだ。
 俺はいつしか、完全に逆らう気もなくして、ただ首を縦に振っていた。必死
に彼女の誘いを断っていたさっきまでの自分が、単なる阿呆にしか思えない。
だってそうだろ? この俺の女神さまと、あのクソ女を一緒にするなんてで
きるはずがないじゃないか。
 そしてそんな俺を、彼女はとても嬉しそうに見ていた。

「ありがとうございます。では、早速いただきまぁす……」

 彼女はおあずけを解かれた犬のように、口を開けて一気呵成に俺のモノを
飲み込んだ。あまりに深く咥えすぎて、俺の股間と彼女の口が密着してしまう。
 見ているこっちの方が心配になるほど深く突き刺さる俺の欲棒。呼吸とか、
本当に大丈夫なのだろうか? だが、彼女の方は全く苦しげな様子も見せず、
むしろうっとりと陶酔したような表情だ。
 だが、俺は俺で人の心配をしていられるような状況では全くなかった。彼女
の口内は、それ自体が粘液でできているかのような錯覚を覚える、卑猥な肉袋だった。
どんなオナホールよりも密着度の高いそれの中では、舌と唾液が容赦なく俺
を責め立てる。そしてその唾液の中には、今もあの媚薬が分泌されているは
ずだ。俺は、自分が人外の存在に囚われたことを否応なく認識させられる。
 彼女がこくり、と唾を飲み込むように僅かに喉を動かすと、その動きが恐ろしい
ほどの快感となって流れ込んできた。その刺激に、思わずびくりと体が反応
する。彼女はそれを見てとると、獰猛な笑みを浮かべて顔を上下に動かし、
咽喉と口腔と、唇の全てを使って俺のサオを扱き始めた。
 これまでに感じたことのない、危険なほどの快感。それは、今まさに捕食
され飲み下される生き物が、最期に感じる恍惚のようなものだったのかもし
れない。俺は、哀れな小動物のように手足を痙攣させ、その快楽に耐えるしかなかった。

「うあぁっ、で、出るっ!」

 あっという間に射精させられてしまった。それは精を吸い出されているこ
とがはっきりとわかるような、奇妙な感覚を伴っていた。びゅるびゅると引き
ずり出されるように尿道をかけのぼる精液。それは発射されるそばから、全て
彼女に飲み下されていった。彼女ののどがこくり、と動くたびに、俺の一部
が溶けだしていった。

「はあ、はあ……」


 荒く息をつく。まるで濁流にのまれる木の葉のように、快感に翻弄されて
しまったせいだろう。強烈な快楽は、強い反動をともなっていた。

「んぐっ、うあっ、あ……」

 ようやく俺の股間から顔を離した彼女は、陶酔しきった顔で口内に残った
味を堪能していた。口の中でいやらしく動く舌が、彼女がこれまでどれだけ
飢えていたのかを伝えていた。

「ふあぁ、凄いです。貴方の精、すっごく濃くって、匂いも強くて、美味し
くて……。こんなの今まで食べたことないです。もう、もう私、夢中になって
しまいます……」

 最後の一滴まで逃すまいと、俺の棒をしゃぶる彼女。気に入ってもらえた
ようで何よりだ。ここしばらく女性不信のせいでオナニーもしていなかった
のが、かえってよかったのかもしれない。

「ん、次は胸でご奉仕させてもらいますわ。また濃くって美味しいのたっぷり
出してください」

 そういって彼女は、唾液でべたべたになった棒をその爆乳で包み込んでし
まう。豊か過ぎる谷間にてらてらと光る赤黒いサオが飲み込まれていく様や、
彼女の手の動きに合わせてぐにぐにと卑猥に変形する乳肉のあり様は、とて
つもなく淫らで刺激的な光景だった。
 だがそれよりやばいのはその触感だ。なにしろ、胸で挟んでいるだけなの
に、肉同士が完全に隙間なく密着しているのだ。そんなことはありえないと
思うのだが、俺にはそのようにしか感じられない。どうして彼女の皮膚は、
どこもこんな吸いつくような感触を持つことができるのだろうか?
 そしてその肉同士が擦りあわされると、俺はまたも瀬戸際まで追い詰めら
れてしまった。萎える暇なんかありはしない、彼女の強烈な快楽責め。舌が
ないだけ口よりは刺激少ないかと思ったが、それは甘い予想にすぎず、実際
には視覚的刺激も合わさって甲乙つけがたい責め技になっていた。

「ああっ、またびくびくしてますっ。早く出してぇ!」

 俺が暴発寸前になると、彼女も切羽詰まったような声で射精をねだった。そ
して谷間から僅かに顔を出す先端に、彼女の人より若干長い真っ赤な舌
が這わせられる。
 それが最後の刺激となって、俺の下半身は再び決壊した。白い濁流が、彼女
の舌に、顔に、谷間に盛大にまき散らされた。自分でも驚くほどの量のそれ
を、彼女は歓喜の笑顔で迎えた。

「はああぁっ! いっぱい出てるうぅ……熱くて濃いのがいっぱい、んぐっ、ちゅぶ……」

 彼女はうわごとのように呟きながら、己を汚す白濁した粘液を舐め取って
いった。鈴口から吐き出されている分はもとより、顔に付着した分まで舌の
届く範囲のものはすべて彼女の口の中に消えてしまった。

 その間にも手は決して休めず、俺に刺激を与えるのをやめようとはしない。
俺はまさに胸で搾り取られるといった感じで、長々と精液を吐き出させられた。
 ようやく射精が終わって谷間から解放される。その瞬間、俺は布団に倒れ
込んだ。それは立て続けに精を搾り取られたことによる疲労と、

「ちゅる、くちゅ……んくっ」

 俺の出した精液を、必死に口に運び、口内で攪拌し、味わい続ける彼女の姿。
俺が倒れたのは、そのあまりに淫靡な姿に圧倒されたからだった。
 その胸に付着したべっとりした粘液を、指ですくい上げ、そして指ごと舐め
しゃぶる。一心不乱に繰り返されるその仕草からは、いかに彼女がそれを待ち
望んでいたのかがありありとわかった。
 そして不思議なことに、一口ずつ口に含み嚥下するたびに、彼女の肌は輝き
を増していった、特に彼女の唾液と俺の精液が塗りたくられた胸は、ひょっと
したらその肌自体が精を吸収したのではないかと思われるくらい、艶やかに、
かつ淫猥に輝いていた。
 それは一見下品でありながら、しかし同時にとてつもなく神々しい不思議
な光景だった。彼女は全身で悦びを表現し、そしてさらに俺を求めていた。
 俺もまた、その淫気に当てられて、一度力を失った股間にまた力をみなぎ
らせる。お互いがお互いを求めていることを、俺達は何もいわずとも分かって
いた。彼女は俺のことを取り込みたがっていた。そして俺は、そんな彼女の
中に溶け込んでしまいたかった。

「ちゅるっ……ぷはっ、はあ、はぁ」

 最後の一滴を舐め尽くすと、彼女は顔を上げた。そして、二人の視線が互い
の眼を捕らえた。
 彼女の瞳は、どろどろに蕩けていた。そして俺のも全く同様であろうこと
は、容易に想像がついた。

「……しますわ」

 何を、とは訊かなかった。俺は何もいわず、ただ静かに頷いた。
 俺の腰の上に、彼女がまたがった。脚が開かれると、彼女の秘所もあきら
かとなる。間近に見るそこは、すでに滝のように蜜液をしたたらせていた。
 二人のそこが触れ合い、吸いつくような感触。そして、

「ひ、ひゃああんっ……あ、ああっ……」
「うぐ、あ……」

 彼女の腰が落とされ、俺のものはあっという間に彼女の中に飲み込まれて
いった。最奥まで一気に侵入したそれが、行き止まりの壁をこつんとつつく。
 彼女の膣内は、まさに極上というべき感触だった。豊潤な液の絡んだ襞が
俺のサオに絡まり、さらにその外側からはきゅうきゅうという締め付けがある。
全体に包み込まれるような優しさがありながら、所々のおうとつや強い吸い
つくような感触は、彼女の強い欲情を感じさせた。


「ああ……久し振りに、こんな熱くて……」

 彼女を見れば挿入と同時にのけぞり、僅かに震えていた。どうやら、軽く
いってしまったらしい。

「はあ、う、動きますわ」 

 そう宣言すると、彼女はゆっくりと腰を動かし始めた。スライドし、時に
扱きあげるように上下に。彼女の体が妖艶にくねるたびに、ぐちゅ、ちゅぶ、
という水音が下半身から漏れ聞こえた。
 最初はゆっくりしていたその動きも、だんだんと激しさを増していく。それ
とともに、彼女の上げる嬌声も切羽詰まったものになっていく。

「あっあっ、んあぁっ、もうだめぇっ! こんなの……美味しすぎて、気持
ち良すぎてぇっ!」

 涙を流さんばかりに感極まった声をあげてよがり狂う彼女。貪るように腰
を振りたくるその様は、神代の祭りの舞踊のようにも見え、また水中の捕食者
が獲物を捕らえる刹那の動きのようでもあった。
 そして俺はといえば、自分の体の上で行われるその舞踊に見入るような余裕
のあるはずもなく、ただ与えられる快楽を受け止めるのに必死にならざるを
得なかった。一瞬たりとも気を抜けば、そのまま悦楽の果てに狂死してしま
いそうな快楽の奔流。それに押し流されまいと、俺はいつしか懸命に布団を
手に握りしめていた。

「ひいん……、あっ、感じてくださいっ、私のカラダっ、貴方の精を吸って、
壊れそうなくらい感じちゃってる私のっ……ひぃん」

 彼女が腰を躍らせるたびに、その後ろから生えている黒いしっぽも一緒に
なって揺れていた。

「もう、こんなのっ、久しぶりだから、感じすぎちゃうのっ……。貴方の逞しい
の、もっとくださいぃっ!」

 後ろで揺れていたしっぽが、急に向きを変えると俺の体に絡みついてきた。
それは俺と彼女の体をもろともに絡め取り、二人をより密着させる。ひんや
りとしたしっぽの感触を感じて、背筋にはぞっとするような快感の電流が走った。
彼女の体は、どこも気持ちが良すぎる。俺は全く逃げ場のないまま、彼女に
絡め取られていった。

「も、もう来ちゃうっ。来る、くるのっ! いっちゃうぅぅ!」

 どちらからともなく限界が近付いてきたころ、俺たちの体はいつしかどち
らがどちらだかわからないほど絡み合っていた。彼女の腕や脚やしっぽが俺
の四肢に胴体に絡み、俺もまた彼女の体を抱きしめかえしていた。どうしよ
うもなくお互いを求める本能が、その痴態を作り上げていた。

 一分の隙もなく密着する二人の間で、発生した熱は逃げることなく溜まり
続け、二人の欲情をどんどんと高めていった。彼女の胸や腹やしっぽと、俺
の胸板や腹や背中が擦りあわされ、汗と熱とを交換し、どこまでも果てしな
い高みへと昇っていく。
 そして、ついにその熱量が限界まで達したとき、

「ああっ、もう持ちませんっ! 私、いきますっ、貴方もっ、あなたもきてっ!
私の膣内を貴方の精で染めてくださいぃっ!」
「お、俺ももう出るっ! だすぞっ!」

 俺たちはついに絶頂を迎えた。

「ひあああぁっ、いっくぅぅぅっ!」
「ぐあぁぁっ!」

 まるで爆発するようにまっ白い絶頂だった。俺はびゅぐびゅぐと音を立て、
栓が壊れたように激しく彼女の狭い膣内に白濁液を流し込んでいた。
 彼女は彼女で、俺が脈動するのに合わせて、びくびくと体を震わせ、俺の
精をその胎内に迎え入れていた。

「…………あつぅい」

 至福の表情でそういった彼女が、力を抜いて俺にその体重を預けてくる。
 俺はその幸せな重みを感じながら、ついに意識を手放した――。

 ……

 …………

 ………………

 俺が目を覚ますと、太陽ははすっかり昇り切っていた。どうやら、かなり
寝坊してしまったようだ。
 むぅ、本来なら夜は日没とともに寝て、朝は日の出とともに起きる生活を
したかったのだが、どうやら俺の体はそう都合よくできてはいないらしい。
まあ、まだ初日であるからしょうがない面もあるだろう。
 そういえば、夜はいつごろ寝たのだったか。何か恐ろしい夢を見てしまっ
たせいではっきりとしない。それにしても、やけに生々しい夢だった。あん
な夢を見るとは、実は溜まっていたのだろうか?
 しかし、その割には布団も濡れていないしなあ。シーツもぱりっと糊がき
いてるし、寝巻きだって……。あれ? 俺って、寝る前に寝間着に着換えた
っけ? それにシーツを洗濯するとき、糊なんて使っただろうか。
 何か嫌な予感がする。と、とにかく、朝食(昼食?)の用意をしよう。何
しろここでの生活では、自分で何とかしないと飯は食えないからな!
 たっぷり寝たはずなのになぜかやけに体はだるかったが、とりあえず気を
取り直して、土間へと降り……ようと?

 ……ちょっと待て、なぜ用意もしていないのにちゃぶ台の上に美味しそう
に炊けた銀シャリとよく漬かった糠づけと、焼海苔と味噌汁と川魚の塩焼き
がおいてあるんだぁっ!
 そして狼狽する俺の後ろから、

「あら、お目覚めになりました? おはようございます、旦那様」

 そちらの方を振り向くと、割烹着姿で三つ指ついて俺に頭を下げる女の姿
。そして、その後ろには、隠しようがない黒くて幅のある立派なしっぽがてろり
と顔を出していて。

「わぎゃぁっ!」

 そう、そこにいたのはまさに昨日の夜の彼女だった!
 我ながらよく出せるもんだと感心するような素っ頓狂な声を上げ、俺は土間
の方へと転がり落ちた。

「だ、大丈夫ですか? 旦那様」

 心配そうに俺を見つめる彼女。そして、一段低い土間から怯えながらそれ
を見上げる俺。朝からなんて情けないシチュエーションだろう。親が見たら
泣くぞ。もっとも、今の俺はその親に抱きついてすがりつきたいような気持で
もあるわけだが。あ~なさけね~……。

「え? おまっ、なんで? え?」
「うふ、ですから、恩返しの続きですわ」
「ほえっ?」
「一昨日の晩は本当に失礼しました。恩返しをするはずが、あんなことになって
しまって……」
「ど、どゆこと?」
「それがその、私はあの夜夢中になりすぎてしまって……。貴方の精を頂きす
ぎてしまったのです。そのせいで、貴方は一時死にかけて……」

 ふらあっ、と意識が遠くなりかける。確かにいろいろ吸われていたような
気はしたが、まさかそんな生命の危機にあっていたとは。
 というか、一昨日ってどういうことだ? 俺の感覚によれば、あれは昨晩
のことだったような気がするのですが?

「口移しで私の精をお渡しした結果、なんとか一命は取り留めました。ただ、
それでも丸一日は寝たままでしたわ。私はその間、貴方の看病とこの家の掃除
と家事をしておりました」

 なるほど、だからシーツがぱりぱりで、しかも荒れ果てていた家がやけに
小奇麗になっているのね……。って問題はそこじゃないでしょ。

「……それはわかったんですが、その格好はなんですか? あと、旦那様と
いうのはどういうこと?」
「ええ、ですからこの上は貴方のお世話をしてご恩返しと罪滅ぼしとさせて
いただきたいと思いまして。この格好はそのために都合が良いようにあつら
えました。あと、井戸を含むこの家の主は貴方ですから、貴方のことは旦那様
と呼ばせていただくのが適当かと」
「いや、あの、正直いうと、人外のお方と一緒に暮らすのはいま一つ気が乗ら
ないというか……え?」

 俺がやんわりと断ろうとすると、彼女は俺の前で床に手を付き、頭を下げ
てきた。

「惚れ薬の効果が切れた今、貴方が私のことを好いていないことは十分承知
しています。あなたが私のことを恐れていることも……。けれど、私はもう、
貴方なしには生きられないのです」
「え? ちょっと、そんな」


「貴方の精を頂いた時、私は天にも昇るような心地でした。何十年かぶりに
味わう人の精気は、私にえもいわれぬような幸せを送ってくれたのです。そ
れに、久方ぶりに感じた人肌の温もりも。そして、私はそれを失うのが怖く
なりました。もう、今までのような暗く寂しい生活には戻りたくない、と」
「あ……」

 その言葉を聞いて俺は、彼女が一昨日あれほどまでに乱れた理由を悟った。
なるほど、確かにいかに井戸の守り神といえど、息もできないままに暗い井戸
に一人押し込められていれば、寂しくなったり不安になったりもするだろう。
だからこそ、久方ぶりに外に出て出会った俺にあれほどまでに溺れていたん
だ。それこそ、理性も何もかも無くしてしまうほどに。
 決して媚びるような口調ではない。だが、あの夜に見せたような余裕をた
たえた態度でもなかった。そしてそれゆえに、彼女のいっていることは嘘で
はないことが見て取れた。

「私を貴方のおそばに置いてくださいまし。そして、できるならば、貴方の
ことを旦那様と呼ばせていただきたいのです」

 綺麗な姿勢で頭を下げ続ける彼女。その姿は凛として美しかったが、しか
し裏にある不安を隠しきれてはいなかった。俺はその姿に、優越感よりもむ
しろ痛々しさを感じていた。
 確かに彼女は人ではない。俺を一度は殺しかけたし、媚薬なんぞを使って
俺を半ば犯しさえした。
 しかし、それがなんだというのだろう? 彼女のこれまで感じてきた辛さ
を考えれば、それぐらい赦されて良いと思える。後は、俺が彼女のことをど
う思うかということだけ。そして俺には、こんな美人を泣かせる趣味はこれっ
ぽっちもないのだった。

「顔をあげて」
「はい……」

 顔を上げた彼女の眼元には、僅かに光るものがあったような気がした。

「ちょいとお腹が空いてるんだ。だから、朝食を冷める前に頂きたいな。あ
と、それを食べ終わったら庭と井戸の手入れをしよう……二人で」
「……はいっ」

 こうして俺は、家と一緒に素晴らしい井戸と、そして最高の同居人を手に入れた。
 この後、俺はまた彼女に精を吸われたり、種の違いからくるいろいろ問題
が起きたりもするのだが、それも含めて楽しい生活を送っている。
 あの井戸は彼女と一緒に暮らすようになってみると、ますます美味しい水
を出すようになった。なんでも、「旦那様のため」に気合を入れて手入れを
したそうだ。ここの水を飲んでいれば、多少彼女に精を吸われ過ぎても、
大自然の精気でおぎなうことができるらしい。おかげで、少しは無理をして
彼女の相手ができるようになった。
 ちなみに、その「旦那様」についてであるが、どうにもこそばゆい呼ばれ
方なので変えてもらった。結局もとのように、「貴方」と呼んでもらってい
る。ただ、妙にツボにはまってしまったのか、助平なことをするときは「旦那様」
と呼ぶのが彼女のお気に入りである。もちろん、俺もそういうのは嫌いでは
ない。「旦那様……、今日もお情けをください」などといわれて誘われれば、
一も二もなく襲いかかっちゃう俺であった。
 結局、俺は社会からドロップアウトしたつもりが、人の道も同時に踏み外し
てしまったらしい。だが、決して後悔はしない。少なくとも、それによって
救われた者が、ここに一人と一匹いるのは間違いのないことなのだ。