失恋とリストラのダブルパンチを喰らった俺は、社会からドロップアウト
して自然の中に暮らすことを決心した。
 社会不適応者と笑わば笑え。そも、今の日本社会自体が非人間的な論理で
できているのだ。そのような世界から抜け出したのは、決して逃げではなく
むしろ進歩である。ところで俺は、誰に向かって言い訳をしているんだろうね?
 というわけで俺はいま、新しい住処となる山奥のあばら家の前に立っている。
正直、ここに暮らすのは人間として以前に動物としてどうなの? といいた
くなるような荒れ具合なのだが、俺のつつましい貯金で買えたのはこれが精
一杯だったのだ。何か、この世のものならぬ存在がいてもおかしくないよう
な雰囲気がバリバリなのだが、気にしたら負けである。
 これまた貯金をはたいて買った軽トラ(中古・事故歴アリ)から荷物をお
ろし、荷ほどきを始める。家を直したり掃除したりする必要もあるが、それ
はまた明日以降に回す。今日はとりあえず寝られるだけの用意をしなければならない。幸い、時間だけはたっぷりある。ぎっくり腰にならない程度に頑張るとしよう。
 中に入ってみれば、そこにあるのは外観と甲乙つけがたい惨状だった。一
度買う前に写真を見て覚悟していたとはいえ、畳から雑草やらキノコやらが
生えている家というのはインパクトがある。とりあえず寝室だけでもきれい
にしなければならないので、ダンボールから掃除用具を引っ張り出す。
 草をざくざく刈って、ゴミを掃き出して、さて雑巾であちこち拭こうかと
思った時、この家に水道が無いことを思い出した。たしか、かわりに井戸が
あるという話だったな。
 庭に出てみると、苔生した石組みがあった。上に蓋がしてあるが、間違い
なくこれが井戸だろう。それが証拠に、そこには滑車が設置してあって釣瓶
バケツもついている。
 実は俺は、本物の井戸を見るのはこれが初めてだったりする。もの凄く古
そう、というか、年期がどうこうというのを越えてほとんど遺跡のごとき風格
すら感じられる。この場合、それは良いことなのか悪いことなのか。
 おそらく年単位で誰も開けていないであろう井戸の蓋を開けてみる。これで
枯れていたりしたらシャレにならない。中を覗き込んでみると、ずっと下の方
できらりと光る水面が見えた。どうやら、まだ水はしっかりと湧き出ているよ
うだ。とりあえず一安心。
 早速釣瓶を落として水を汲んでみる。カラカラカラという滑車の音とともに、
かなりの速さでロープが滑り落ちていく。一体何メートルの深さまであるのか
知らないが、相当深い井戸だというのはわかった。ぼちゃん、という水音がす
るまで、五秒くらいかかったんじゃないだろうか?
 ロープを引いて汲み上げようとしてみたが、上がりきるころにはだいぶ中身
がこぼれてしまった。これも使いながら慣れるしかないのかね?
 幸い、量は減ったとはいえバケツには澄み切ったきれいな水が入っていた。
泥水だったらどうしようかとも思ったが、それは杞憂だったらしい。
 というわけで、早速だが井戸水の味とやらを試してみるとするかね。くぼま
せた両手で水を口に入れてみると……。なんだこれ、メチャクチャ美味いぞ。
例えて言うなら、究極のメニュー作りをしている新聞記者が白い飯の上にこの
水だけかけて茶漬けを作り、それを食ったグルメ産業を牛耳る白髭の老人が目
と口からビームを出しながら「うまいぞー!」と叫ぶくらい美味い。

 なんというか、これが街で飲んできた水道水やミネラルウォーターと同じ水
とはとても思えない。口に含んだ瞬間、頭蓋の中を冷風が駆け抜けたような爽快感
があり、飲み込めば食道から消化器までの全細胞が潤い、最後には豊かな森の生命力
を感じさせる芳香が鼻腔を抜ける。なんというか、水でありながら芳醇という形容が
似合いそうな、一口飲んだだけで疲れも悩みも吹き飛んでしまうような、そんなエネルギー
を感じさせる水だった。
 掃除をしてのどが渇いていたこともあり、思わずバケツの中の水を全部飲み
干してしまった。さらについついもう一杯汲んで飲んでしまい、さすがに水っ腹
になった。それでも決して苦しくないところがまた凄い。もはやアルプスや六甲
なんか目じゃないね、ここの井戸水は。
 掃除に使うためにバケツに三杯目の水を汲むはめにもなったのだが、リフレッシュ
したおかげか今度はかなり上手く汲み上げることができたようだ。滑車をきいきいと
いわせながら、重い釣瓶バケツを引き上げる。
 ところが、今度は水以外にバケツの中に入っているものがあった。バケツの底にへ
ばりついている黒い影。これは――

「イモリ?」

 そう、そこにいたのはあの両生類のイモリであった。黒い背中に赤い腹が毒々
しいアレである。だがそれ以前に、この異常な大きさは何なんだろうね? 一瞬、
特別天然記念物オオサンショウウオの子どもかと思った。とにかく、イモリとい
うものからイメージされる大きさをはるかに超えている。
 なるほど、「井守」と書いて「イモリ」と読むだけに、本当に井戸の中に住ん
でいるものなのか。それに名水のおかげか、たいそう育ちもよろしいようで。

「むう……、しかしこいつをどうしようか?」

 確かイモリって毒を持ってたような気がする。そうでなくとも、こんな大き
な両生類が住んでいる井戸の水を飲むのは、少し気味が悪い。いっそ、ひねり潰し
てしまうべきか?
 そんなことを考えていると、バケツの中のイモリと眼があった。以外とつぶら
な瞳が、何かを訴えるようにこっちを見つめて――
 あ、だめだ、もう殺せない。というか、不覚にもかわいいと思ってしまった。
俺は両生類やらはそんなに好きじゃないんだが……。
 しかたがないので、この子には井戸の底にお帰りいただくことにした。ま、
向こうの方が先に住んでいたんだし、しょうがないよね? よくわからないが、
「井守」というくらいだから、井戸にいても害はないだろうと思う。

「じゃあ、これからよろしくな」

 俺はささやかな同居人にそう別れを告げ、井戸の縁に下ろしてやる。そいつ
はちらりと俺の方に流し眼をくれた後、ぽちゃんと水の中に戻って行った。や
けに人間臭い仕草に見えたのが気にかかったが……。

 汲み上げた水で掃除を済ませ、なんとか一部屋だけは人が住めそうな状態に
なった。割と体力は残っているが、今日はこれくらいにしておこう。なにしろ、
この後はかまどで飯を炊かなくてはならん。経験がないことばかりなので、体力
には余裕を持っておきたいのだ。
 乏しい食材からなんとか夕食を作ることにして、またも井戸から水を汲む。
今度はイモリの姿を見かけることもなかったので、心おきなく飯が炊ける。
 その後は薪を探したり、火をつけたり火がついたり(自分に)、無洗米だと
思ったら普通の米だったりと様々な紆余曲折を経て、ようやく白い飯と味噌汁
と野菜炒めの夕食が完成。というか、食べられる状態まで行く間にとっぷりと
日が暮れてしまった。この調子で明日から大丈夫か、俺。
 なにはともあれ、腹が減っては戦は出来ぬ。早速食べるとしよう。……おお、
ここでも井戸水がいい仕事をしているではないか。ご飯粒がピンと立っている
上に、炊き立てご飯特有の香りと輝きがいつもより強い。薪で炊いたからかも
しれないが、俺の手際からいってむしろ井戸水の力だろう。
 ここでも思わずご飯だけ三杯もおかわりしてしまった。何しろ美味いのだ、
これがまた。しかし、こうしてみると欠点ばかり目立つ我が家だが、この井戸
だけは素晴らしい。土地屋敷の値段から考えれば、むしろお買い得とすら思える。
ひょっとすると、この水を売ればそれだけで生活できるんじゃないだろうか。
ミネラルウォーターが売れに売れている世の中だから、この水を世に出せば飛ぶ
ように売れるに違いない。
 おっと、俺はすでに金にまみれた世の中を捨て去ったんだった。いかんいかん。
ついリーマンだったころの癖が……。
 というわけで、煩悩を振り払うためにも今日はもう寝ることにした。前住んで
いたアパートから持ってきたせんべい布団を敷き、寝る支度を整える。明かり
を消して見れば、障子の穴から差し込む月明かり。草ぼうぼうの庭からは虫の鳴
が流れる。これもまた風情があって良いではないか。
 こうしてそこそこ満ち足りた気分で布団にもぐりこむ。腹の皮が張っている
せいか、それとも今日一日の労働のせいか、すぐに眠気が来る。
 ああ、明日は風呂に入れるようにしたいなあ。でも、そのためには何回釣瓶
を使えばいいのやら。
 そんなことを考えていると、いよいよ眠気が耐え難くなってきた。それでは
お休みなさい。そして、さようなら薄汚れた社会。
 ついに意識が途切れそうになったとき、ふと違和感を覚えた。
 庭から、虫の声が聞こえない。ついさっきまではうるさいほどに鳴いていたのに。
 そのことがいやに気になったので、眠気は脇に置いて一度起きあがった。そ
してぼろぼろの障子を開けて庭に下りる。外に出てみると、足元が楽に見えて
しまうほど明るい月明かり。ほの蒼く冴えわたる月の光に照らされた庭は、ちょっと
意外なほど神秘的だ。
 そしてその庭の片隅から、ひたり、という湿ったものが動く音が聞こえた。
そちらを見てみると、そこにあったのは例の井戸。また音がしたかと思うと、
その井戸の中から、にゅうっ、と白い手が生えてきた。
 その手はゆっくりと動いて井戸のへりをつかむ。そして、その脇からはさら
にもう一本。そして明らかに井戸から出ようとして、何かが――


 瞬間、俺は猛ダッシュで部屋にあがり、布団を頭からひっかぶって目を閉じ
た。頭の中では、呪いのビデオだとか播州皿屋敷とかいう単語が乱舞している。
ちょっと待て、俺には井戸だけが映っている変なビデオを見た記憶も、皿を割った
女中を斬った覚えもないぞ。というか、最近のあれはテレビから出てくるんじゃ
なかったのか?
 そうさ、今のは夢だ、幻覚だ、蜃気楼だ。いくらなんでも、井戸から手が生
えてくるわけないじゃないか。常識的に考えろ。この科学の時代に幽霊などいるわけ……。
 ところが、嗚呼何ということか。必死の自己暗示もむなしく、ひたひたとい
う何者かが歩く音が聞こえてきた。というか、明らかにこっちに近付いてきている。
 おいおい、これは本気でシャレにならんぞ。確かに何か出るんじゃないだろ
うかという雰囲気だったことは認めるが、本当に「出る」と思う奴がいるか?
 マジで勘弁してください。念仏ならいくらでも唱えてやるから!
 そういうことをぐるぐると考えている間に、すでにその足音は家に上がり込んで、
部屋の中にすでに入ってきていた。なんてことだ、いつの間にか「逃げる」コマンド
も使えなくなってるよ……。やっぱり人生ってクソゲーね。
 そしていよいよすぐそばまで来た何者かは、俺が包まってガタガタ震えてい
る布団に手を掛けた。そして、一気に引き剥がす。
 ――ひゃあぁっ!

「今晩は……。まあ、そんなに震えて、どうかなされたのですか?」

 頭を抱えて震えている俺にかけられた声は、どう聞いても優しげな女性の声
だった。少なくとも「うらめしや~」ではないわけで、むしろ鈴を転がすよう
な実に美しい声なわけで。俺は指の隙間からそっと声の主の姿をうかがった。

 そこにいたのは、目の醒めるような極上の美女だった。
 顔の輪郭はきれいな卵型で、その上にはなんとも秀麗な眉目が乗っている。
切れ長で大きめの目は潤みをたたえ、黒目の中では月の光がきらきらと揺れている。
鼻筋はすっきりと通り、その下の唇はぽってりと紅く艶やかだ。そしてその顔を、
闇の色をした長い髪が縁取っている。
 その身にまとっているのは黒の和服で、銀糸で流水の紋が入っている。その
裾からは緋色の腰巻が覗いていた。体の線が見えにくい和服を着ていてもなお、
安産型の臀部からふとももへの優美で豊かなラインが見てとれる。
 しかし何より目を引くのは、その胸だ。隠されるどころか、あまりに大きす
ぎて服の中に収まりきっておらず、緩んだ襟元から深い深い谷間が丸見えになって
いる。インパクト抜群。これぞまさに爆乳である。
 結論、今目の前にいるのは、まさに完璧な美女。それも、妖艶という言葉を
体現したかのような、匂い立つような良い女である。

「うふ、いやですわ。そんなに見つめないでくださいまし」

 思わず凝視してしまった俺に向かって恥じらったようにうつむく彼女。ちょっと
顔をそらして口元に手を当てるしぐさが実に色っぽい。

「い、いや、突然目の前にとんでもない美人がいたので驚いちゃって」

 いってから気づいたが、本心が口をついて出てきただけなのに、どことなく
口説いてるっぽいな。

「まあ! ありがとうございます。貴方のような殿方にそういっていただけると、
嬉しいですわ」
「はは、喜んでいただければ何よりです。ところで、あなたは一体誰ですか?
たぶん初めて会ったと思うのですが」
「あら、初めてではありませんわ。前に一回会っていますもの」
「え?」

 そういわれても、全く見覚えが無い。第一、こんな美人、一度見たら忘れる
はずがないと思う。

「ふふ、おわかりにならないかしら?」
「ええ、残念ながら……」
「そうですか……。まあ、人の身ならば無理からぬことですわね」

 彼女はそういうと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「わたくし、この家の井戸の守り神をしております。ほら、貴方が井戸から
引き揚げたあのイモリの化身、といえばおわかりかしら?」
「は、イモリ?」

 ひょっとして、いやひょっとしなくてもあのイモリのことか? 他に心当たり
はないしな。
 だけど、いきなり井戸の神様だのイモリの化身だのいわれても理解に苦しむぞ。正直。

「お疑いかしら?」
「ええ、まあ正直ちょっとまだうまく飲み込めないといいますか」
「うふふ、では、少し証拠を見せましょうか」

 そういった彼女の背後で、何か黒い影のようなものがずろり、と動いた。
 それはよく見ると彼女自身の腰から生えているようで、ちょっと扁平で
水中で動きやすそうな……。それはまさに、まごうかたなきイモリのしっぽ
だった。大きさは明らかに異常だが。

「さ、どうぞ触って確かめてください」

 衣擦れの音とともにそのしっぽが俺に向けて差し伸べられる。おそるおそる
触ってみると、やはりそれは偽物ではありえない、実に生々しい両生類の質感
を持っていた。

「うわあ……」
「ふふ、納得していただけました?」
「え、ええ十分に」

 ここまできたら納得するほかない。目の前にいるのは人外のものなのだ。
それも、精霊とか土地神とか、そういうのに近いような。

「ええと……。それで、その井戸の守り神様がなんでわざわざ出てこられたんです?」
「それは、ご恩返しのためですわ。よくある話ではありますけれど」
「恩返し?」

 はて、俺が彼女にしたことといえば、井戸から引き揚げてまた井戸に返し
ただけだと思うのだが? それがどう恩返しに通じているのか、さっぱりわからん。

「貴方は今日、井戸の蓋を開けて、水をくみ上げましたでしょう」
「ええ、確かにそうですが」
「あの井戸はこの付近の山の精気が流れ込む、そういう特別な井戸になって
いるのです。だからこそ私はそこの井戸で精気を吸って生きていられたので
すけれど。でも、ここ数十年というもの誰も井戸の蓋を開けてくれなかった
ので、あの井戸は死にかけていたのです」
「はあ……」
「井戸というのは生き物のようなもので、ちゃんと蓋を開けて水をくみ上げ
てやらないと息ができなくなってしまいます。そうなれば水脈も精気も枯れ、
私も死んでしまうところでした。そこに貴方があらわれ、水をくみ上げてく
れたおかげで、わたくしもあの井戸も生きながらえたのです。ですから、
そのご恩返しをしたいと思いまして」
「ははあ、なるほどねえ」

 そういえば、どこかで似たような話を聞いたことがある。放置していた井戸
が息ができなくなり、井戸の霊が人に助けを求める話だ。しかしまあ、山の精気
が入った水とは、あれだけ美味いのも納得だわ。

「ところで、恩返しというと、どういったようなことを?」
「それはね……」

 そういって、彼女は突然俺の顔を両手で固定すると、おもむろに顔を近づけて、
そして俺の唇に自分のそれを押し付けた!
 俺に覆いかぶさるようにして情熱的に口付ける彼女。俺はたまらず体勢を
崩して布団の上に倒れかけたが、それでも少しも離れようとはしない。さらに、
倒れた拍子にわずかに空いた隙間から、口の中に舌を滑り込ませてきやがった。
そして、舌を伝って流し込まれる甘ぁい唾液……。うは、なんというおいしい
ディープキス。あまりの甘美さに気が遠くなりそうだ。
 俺がすっかり頭が真っ白になったころ、ようやくちゅぽっという音を立てて
唇同士が離れた。俺の方は酸欠で息も絶え絶えだが、どういうわけか彼女の
方は平気な顔をしている。流石は神様というべきか。


「これでおわかりになりましたでしょう? 私のこの体で、貴方にご奉仕い
たしますわ」

 そして、しゅるりと音を立て帯を解く彼女。左右の合わせが開いて、纏って
いた着物がはだける。そこからのぞく白くきめ細かそうな肌と、半分以上顕わ
になった胸の稜線。男なら誰しもが魅了されるであろう艶美がそこにあった。

 だが、

「ちょ、ちょっと待ってください。そういうのはちょっと……」

 俺はしなだれかかろうとする彼女を押しとどめた。

「あら、どうかしましたか?」

 彼女は意外そうな顔を見せる。

「ひょっとして、私は貴方の好みではないのかしら?」
「いや、あなたは凄い美人だと思いますよ、私も。だけど、やはり女性はも
う少し自分を大事にするべきだと思いまして。それに……気分が乗りませんので」

 そう、俺はこの美味しすぎる状況にあってさえ、いやだからこそか、彼女
のいいなりになることに抵抗を覚えていた。あの手痛い失恋の記憶が、俺の
精神に女性への不信感と警戒を植え付けていたのだ。誰だって、さんざん貢が
された挙句、金持ちのボンボンと二股かけられたらそうなるだろうさ。嗚呼、
そういやあいつもけっこう胸がでかかったなぁ、などと思い起こせば、
目の前の爆乳の魅力も半減というものである。
 一応いっておくが、別に不能じゃないぞ。ただ俺は学習しただけだ。きっと
そうに違いない。うん。
 というわけで、俺はこの状況を妙に冷めた目線で見ていた。せっかく誘って
くれたのに悪いが、彼女にはこのまま井戸の中にお帰りいただくとしよう。
井戸を守ってくれていればそれで十分さ。
 そういうことをそれとなく伝えてみたが、彼女は納得してくれなかった。

「それでは、恩返しになりませんわ」
「いえ、ですから恩返しなんて考えていただかなくても結構ですって」
「でも……」
「いやほんとにお気持ちだけで十分です。さあ、もう遅い時間ですから、ま
明日お話ししましょうよ、ね?」

 不満げな顔な彼女だったが、俺のせりふに少し考えるようなそぶりを見せ
た。納得してくれたのだろうか?

「ええ、そうね。もう夜も更けてまいりましたし……」

 おっ、わかってくれたか。

「問答無用でいただくことにしますわっ!」

 ――な、なにぃ!


 あっという間の出来事だ。俺は彼女に完全に押し倒された。