そこは暗い森だった。木々が鬱蒼と茂り、差し込む月光はわずかだ。腕を伸ばした枝葉
が地を覗き込むようにして黒々と夜の空を覆っている。夜気に冷やされた水蒸気が凝結し、
下草をしっとりと湿らせていた。
 彼はそんな深い夜の中、降り積もった落ち葉を踏みしめるように歩いていた。彼の風貌
はまだ若い。髪は目にかかるほどの長さ。鴉色した直毛で、また女のように艶やかで、径
が小さく、指にとるとさわり心地がよさそうだ。
その下の顔立ちは端正だ。二重の瞳は若干目尻を下げていて、視線を交わす相手に柔和
な印象を与えるだろう。しかし今は、その瞳孔を油断なく周囲に走らせていた。
 腰元の刀は、彼の身につけたもので一番に目を引いた。彼は、そりの小さい2尺ほどのそ
れをベルトにつないだストラップを用いて帯びていた。柄尻に結ばれた鈴が、チリンチリ
ンと歩に合わせて澄んだ音を鳴らす。
彼の纏う水色のパーカーは光の不足でくすんだ色になっている。その下の無地の黒いシ
ャツは辺りと溶け込んでしまって、まるで上着だけがふわふわと浮いているようだった。
シャツと同色のスウェットとくたびれたスニーカーは、これまでの道のりでたっぷりと露
を吸って変色している。彼が背負ったデイパックはパーカーにきつくしわを寄せていて、
見た目の容積よりも重そうだ。
 彼の隣には少女がいた。
少女は青年以上に夜の森に場違いだった。大きな二重の瞳は色素が薄く、黒目とのコン
トラストを引き立てるブラウンをしていた。相対的に鼻や唇は小ぶりで、顔立ちの評価は
美人というよりは可愛らしいというのが適当だろう。フードのついた薄手のトレーナも膝
丈のデニムも、そしてうなじまでのショートの栗色の髪も、活発な印象を与えるが、それ
はこんな環境よりも昼の太陽の下での方が映えるに違いない。
そんな少女においてもっとも奇妙なのは、夜の森を歩くという行動ではなく、その耳と
引き締まった臀部だった。彼女の耳は、本来あるべきこめかみの下ではなく、まるで他の
哺乳類のように二つ、頭の上から生えていた。しかも犬のものをそのまま縫い付けたよう
に、その三角形の耳は髪の毛とは異質の細やかな茶色の毛で覆われていた。そしてまた、
尻からも同じように、犬のものとよく似た尾が突き出していた。それはクルンと弧を描い
て、それのためにあけたジーンズの穴から飛び出て、歩みに釣られて揺れていた。
少女はその獣の耳をせわしなく動かしながら、まるで子犬がじゃれつくようにして青年
の背中について歩いている。
二人は山道の緩やかな傾斜を登っていく。その仰角がほぼ0になると、同時に林立が拓け
て、視界がすっきりとした。それは劇的といってもいいほどで、少なくとも青年は、光の
乏しい夜でありながら一瞬まばゆさすら覚えた。
「ここか」
 青年が呟くように口を開く。その声色は彼の顔立ちとよく合った、優しいが、まだどこ
かあどけなさの残るものだった。
「はい。そうです」
 犬耳の少女は大きくうなずく。人間以上に発達したその聴覚は大好きな声にしっかりと
向けられている。
「けど、本当に大丈夫なんでしょうか?」
 少女は不安げな声を出した。少女の耳は気弱に伏せられ、尾がダラリと垂れる。
青年は彼女を安心させるように、その小さな頭をなでた。彼の手はその容姿からの予想
を裏切って大きく無骨で、その掌は厚く硬かった。
「くぅん」
少女は目を緩めて閉じて、甘い声で鳴く。彼女はゴツゴツとした青年の手が、自分の髪の
毛をくしゃりとする瞬間が大好きだった。
「大丈夫。やれるさ」
 青年は、少女のくすぐったそうに揺れる耳と、嬉しそうに振れる尾に、柔らかく目を細
めた。そうした少女の屈託のない挙動が、彼から過度な緊張を取り除いてくれる。
「へへっ。――――そうですよね。いくら相手が、“あの狐”だったとしても、ご主人様
なら平気ですよね」
「ああ」
 青年は表情の真剣さを増して頷く。
 彼と少女の目的はこのふもとの村を襲ったとされる“狐”を殺すことだった。
 妖怪狩り。それが青年の仕事である。
 妖怪は空想の産物だというのが世間一般での常識だ。しかしそれは正しくない。青年の
パートナーである獣耳の少女もまた、犬神といわれる種類の妖怪に類される一人だ。
 無用な混乱を避けるため、妖怪はその存在を人間との契約のもとで隠匿されている。
 しかし人間の社会と同じく、そこからはどうしても例外がこぼれ落ちる。それを監視し、
処置し、ときに排除するのが青年の所属する組織の機能だった。
 そして今回の任務は排除だった。対象は、10年の間、追跡の手を逃れ続けたうえに20もの山間の農村を襲撃し、村民を一人も残さず殺戮した化生。焼け落ちた建物、陵辱された 女たち、鉈か何かで叩き切ったような傷跡を残して斬殺された死体などの特徴から導き出されたのは、十年前にひとつの村を壊滅させた一体の物の怪だった。
 狐のものとよく似た耳と尾を持つ妖怪。人間の精神を操り、念動力による発火能力を有する妖孤と呼ばれる怪異の、その一人。
 妖孤は妖怪の中でも強力であり高位に属する。
 またその能力ゆえに多数での物量作戦が通用しにくい相手だった。事実、先行した10人からなる討伐部隊は、彼女の幻術によって同士討ちを図られて全滅した。
 青年が命令を受けたのは、彼が組織の中でも指折りの実力者だったからだ。同世代ではトップともいえる力量をもっていた。
「ご主人様?」
 少女は、自分の頭に手を置いたまま動きを止めてしまった青年に呼びかける。
 青年はハッと我にかえると、彼女の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
 少女は肩をすくめて笑い、彼の腕をぎゅっと掴んで自分の柔らかい茶髪に押し付けた。彼
女の尻尾がパタパタとあわただしく揺れ、その喜びぶりを物語っている。彼女は思う存分、
主人の二の腕に頭をこすり付けると、言葉通り子犬のように青年の鍛えられた体躯に飛び
ついた。
 青年はそれを咎めず、少女を軽く抱きしめる。雌特有のしなやかな柔らかさを含んだ体
が、彼の腕の中で少しだけつぶれる。
 これが少女にとって仕事に取り掛かる前の儀式だった。元々は青年に討伐される側だっ
た彼女が、彼に命を救われて以来、一度も欠かさなかった大切なことだ。彼女は青年の匂い
を鋭敏な嗅覚いっぱいに感じ取ると、自分からも彼をぎゅっと抱きしめた。
「ご主人様」
「ん?」
「うまくやれたら、ご褒美を要求します」
「ああ。なにがいい?」
「いっぱい撫でて、いっぱいぎゅってしてください。それから、それから、一緒にお散歩に
いきましょう」
「そんなことなら、いつでもしてあげるけど……。そんな簡単なことでいいのかな?」
「いいんです。私はそうしてもらうのが、一番幸せです」
 少女は青年の胸板に頬を擦り付けると、蕩けた目で彼を見上げた。
「わかった。じゃあ、終わったら、そうしよう」
「はい!」
 青年は優しく微笑むと、背中のナップサックをおろしてジッパーを開けた。中から手早く
必要なものを取り出す。彼はパーカーを脱ぎ捨て、馴れた様子でそれを身に着けると、も
う一度、彼のパートナーを見た。
 視線を受けた少女は満面の笑顔を返す。
 二人は軽く頷きあうと、森がポッカリと口をあけた草原に向けて、獣のように身をかが
めて駆け出した。
 草原には一人の女が佇んでいた。クラッシュジーンズに白いTシャツというシンプルな服装
は、モデルのように手足の長い彼女をよく引き立てている。肩甲骨辺りまでのセミロングの
髪は、誰もが羨むような美しい黒だった。それが夜風を受けて、艶やかにしかし軽やかにそよぐ。
 彼女は空を仰いでいた。すっと通った鼻筋。涼やかな奥二重の瞳。男を誘うような色っぽ
い唇は血を塗ったように赤い。元より鋭角的な美貌が、月明かりを浴びた今は畏怖すら抱く
ほどに美しい。
 一つ、深呼吸。彼女は大きく息を吸うと、そのままぐらり、と伸ばしていた背筋を歪めた。
そこに、かすかな風を巻いて何かが高速で通り抜けた。
 女は俊敏に飛びのく。彼女の足元に短いボウガンの矢が刺さる。
 彼女はその射線の先を見ようともせず、軽い足取りでもう二歩後退した。
 矢の群れが彼女を追う。
 女の体が踊る。そのわき腹を、肩を、こめかみを、大腿を、矢先が掠める。しかし計った
ように命中しない。これが大道芸ならば拍手喝采の一芸だった。
 続けて5射。それをすべてかわしきり、女は挑発するような口元に微笑を浮かべた。そこ
に更に4本の矢が迫る。
 女の足が滑る。足元の不安定なブーツを履いているとは思えない、まるで1mmだけ宙に浮
いているような、そんな滑らかさだった。
 その背後で、騒がしく、草が鳴く。一直線に女へと肉薄し、影がその華奢な背中に躍り
かかった。
「がぁあ!」
 さきほどの少女だった。
 そのたおやかな指先から金属質の光沢が煌く。爪だ。人間のように指の上に張り付いた
頼りないものではない。指がそのまま硬質化したような、黒く丈夫なもの。本性を揺り起
こした少女の肉体変化の一つだ。
 それは猫の類のように決して鋭くはなく、切り裂くというよりは、喰い込み、引き千切
る意図をもつ。
 肉をこそぎとるような動作と、その硬度、加えてその速度。当たればただでは済まない。
 女はそれを、ゆらりと風に吹かれた柳のように避けると、少女の顔面に掌底を突き出した。
 少女のスニーカーが土を抉る。慣性を振り切って急停止した彼女は、そのまま女の懐に
もぐりこみ、ワニのアギトのように五指を振るった。
 それを、円を描いた腕で狙いの外に排し、女は膝を突き上げる。
 少女の体が浮く。強靭なバネを利かせた跳躍は、女の蹴りをかわし、そのまま宙に彼女
を飛ばした。
 女の視界の上方に少女は消えていく。代わりに彼女の目に飛び込んできたのは、自分に
迫るボウガンの矢だった。恐ろしい動体視力で二本を叩き落し、二本を体捌きでいなす。
 風が鳴る。
 女が少しだけ顔をしかめ、半身を取る。胸を掠めるように少女の踵が降ってきた。
 少女はそのまま空で腰をひねる。
 コマのように回転し、遠心力に任せた足刀が女を狙う。女は膂力をふるい、それを腕で
受け止めた。
 少女の体が急速に勢いを失う。宙に縫い付けられた彼女、その水月に掌底が打ち込まれた。
「ぐぅ…っ!」
 少女が吹き飛ぶ。
 見た目通りではない女の細腕は、彼女を5mも吹き飛ばした。
 女は敵のダメージを確認するより先に身を躍らせた。女の髪を斬撃がかすめる。彼女は
更に身をかがめる。頭上で風が切れる。そのまま横に飛んで転がった。
 青年は草原を刈った刀を戻し、回避した女を追撃する。
 突き、
 薙ぎ、
 振り、
 下ろす。
 女は木の葉が風に舞うような、その特徴のある動きでかわしていたが、余裕が削られて
いるのは明らかだった。
 喉首を掻っ攫いにかかる刺突をかわしたそのとき、女は自分の視界が傾斜したことに気
づいた。
 彼女は地面に腕を着く。その目の端に何かいた。さきほど打撃した少女が、足を払った
体勢で、その目を獰猛に光らせていた。
「…っ!」
 女は舌を打つ。青年が構えを取るのが、直接見なくとも気配でわかった。着いた手で土
を握る。一瞬で集中した、わずかながらの威力を開放する。
 青年は刀を振りかぶった姿勢のまま、あわてて後ろに跳んだ。
 女の周りを炎の輪が取り囲む。彼女はその中でゆらりと立ち上がると、体に絡みつく何
かを引き裂くように両腕を振るった。
「ち…っ!」
 青年がベルトを掴む。挟んであった和紙の札を一枚引き抜くと、眼前にかざした。
「溌――――!」
 植物の焦げる臭い。
 肺を塞ぐ熱風。
 その一瞬の後、炎が放射状に燃え広がった。
 狐火。伝承に語られ、名を知られるそれに対して、ふと思い浮かべる鬼火のような儚げ
なイメージ。その実は、そんな想像を覆すには充分すぎる範囲と威力を誇った。
 札にこめられた力は、炎を青年の周りから忌避させた。
 暗い夜の中で、虹彩が痛むほどに明るい。草原は燃えながら白い煙をもうもうとあげ、
青年の視界を遮る。彼は熱波に汗を噴出しながら、あたりを油断なく伺った。犬神の少女
の安否が気にかかったが、声を上げて自分の位置を妖孤に知られることは避けたかった。
「――――っ!」
 青年は空気が揺らぐのを感じて、振り向きざまに刀をふり抜く。
 襲い掛かろうしていた女の首に刃が食い込む。それは肉を断つ鈍い感触を残して、すぅ
と消えていった。
(幻術……!)
 青年は奥歯をかみ締める。
 彼は後ろ手で、腰元にぶら下げた、スポンジを詰めたプラスチック容器を探り当てた。
神酒がしみこませたそれで指を湿らせると、ひと舐めして眉に塗りつけた。
 目に見えて煙の量が減る。そしてその彼岸に、すらりとした人影が浮かんだ。
 青年は燃え上がる草原を突っ切り、その影を袈裟に切り払った。
 影は一断ちにされ、消えていく。
 青年は返す太刀で右に刀を薙ぎ払った。
 ギン、と硬質の音。
 彼は素早く札を構えて、後ろに退く。
 煙の向こうから青白い炎の蛇が躍りかかってきた。札に喰らいついた蛇の身は二つに裂
かれ、掻き消える。
「溌――――!」
 青年は同時に引き抜いていた二枚を宙に散らし、開放の言霊を唱えた。二枚は氷柱に姿
を変え、影に向かって飛ぶ。同時に刀を構え、彼は妖孤に肉薄する。
 札の力は狐火に相殺され、水蒸気が晴れかかっていた視界を再び覆う。急速に気化した
水がピリピリと肌を焼く。彼はそのまま瞳を閉じ、視覚以外の感覚で濃霧ごと女を斬撃した。
 刀は何かに受け止められる。
 霧が晴れる。
 妖孤は村人を惨殺した鋭い爪で刃を掴み、愉快気に口元を歪めていた。
「――――」
 青年は唇を真一文字に結ぶと、斬撃を連続させた。
 女はそれを微笑んだままかわしていく。
 青年の刀が月光をはねのける。煌き、閃く。
 妖孤はその黒髪を躍らせながら、ゆらりゆらりと体を揺らす。ひゅるんと身を縮ませて、
彼の刃の内にもぐろうとする。その爪は不規則にうねりを帯びながら、彼の引き締まった
肉体に傷をつけようと伸ばされる。
 二人の攻防は互角だった。少なくとも接近戦において、その体術に差はなかった。
 妖孤が青年の袈裟切りをかわし、その懐に入り込む。
 青年は左手を柄から放し、柄尻で彼女の顎を狙う。鈴がうたい、跳ねるように踊る。
 彼女はそれを掌で受け止め、押し返すようにして後退した。
「ほほ。人間にしては中々やるのう」
「――――――」
「ここまで妾と長くやりおうた者は久々じゃて」
「――――――」
「くくく。黙ってないで、なんとか言ったらどうじゃ? ん?」
「――――――」
 妖孤は無言を貫く青年に、呆れたようなため息を吐く。それからゆっくりと、その形の
いい唇を尖らせた。
「もう! ゆうくん、ノリが悪いよ! せっかく十年ぶりの再会なのに!」
 妖孤はそれまでの雰囲気を一変させて、童女のように頬を膨らませてみせる。
 青年は大きく目を見開く。それは突然の変貌に対する戸惑いというよりは、別のことに
対する驚愕によった。
「ふふ。どうしたの? 名前を呼ばれたことに驚いた? ざーんねん。10年経ってたって
一目でわかったよ。だって――――」
 妖孤は嬉しそうに目を弓にする。その無邪気な笑顔の先には、刀の切っ先を突きつける
青年がいる。彼女はそんなことはどうでもいいと言わんばかりに、夜に咲いた向日葵のご
とく笑み崩れた。
「だって、私は――――」
 それはまるで想い人に10年ぶりに再会したような、愛情と歓喜に溢れた笑み。
(ああ……)
 青年は構えを崩すことが出来ないまま、頭の隅でふと思った。
「――――今日まで、この日のために生きてきたんだもん」
(変わってないな。この子は)
 青年――――祐一は大きく息を吐くと、切っ先をわずかに下げた。
「……やっぱり君だったのか。久しぶりだね」
「うん! ほんとに! ゆう君は元気だった?」
「……ああ」
「そう! よかった!」
 女は大きく頷いて、手をパンと打ち合わせた。女の怜悧な顔立ちを相殺させて余りある
ほど、彼女はにこやかに笑っていた。
「君は本当に、あの子――――サキなんだね」
「うん! そうだよ! よかった。ゆう君が名前おぼえててくれてて」
 忘れられるわけがない。と祐一は胸の内で自嘲する。自分の両親を殺した女の名前だ。
そして、初恋の少女の名前だ。
「でも、よかった。ゆう君、こんなにかっこよくなってるんだもん。ねぇ、私は? 私はどうかな? ゆう君」
 サキは目を輝かせながら訊ねる。その溌溂とした表情は、顔のつくりとは不釣合いなが
らも美貌を曇らせるものでは決してなかった。
 祐一は彼女の質問を無視した。その代わり、一つだけ質問を返した。10年間、自問し、
自責し続けてきた問いを吐き出した。
「ねぇ、サキ。一つだけ訊きたい」
「ん? なに?」
 サキは笑顔のまま、小首をかしげた。
「10年前、どうして君は村の人たちを皆殺しにしたの? どうして、僕の父さんと母さん
とお姉ちゃんを殺したの?」
 サキは笑みをたたえたまま、その種類をすり代えた。ニコニコとした喜びのものから、
慈しみ溢れた穏やかなものへ。
「さっき言った通りだよ。今日この日のため」
「どういうこと?」
「だから、そのままだよ。こうやって私たちが再会するため。――――ねぇ、ゆう君、この
10年どうだった?」
「え?」
「10年、どんな気持ちで過ごしてきたのかな? うん。ほんとは訊かなくてもわかってる
んだ。ゆう君がここにこうして立っていることが何よりの証拠。だけど私はゆう君に直接
訊きたい。あなたに、祐一に直接言ってほしいの。この10年、どう生きてきたか」
 サキの穏やかな眼差しの中に期待が混じる。
 祐一は呟くような声で、ためらいがちに言葉を漏らした。
「……僕は、この10年ずっとサキを憎んできた。そしてそれ以上に訊きたかった。どうし
てあんなことをしたのか。どうして村の人と父さんたちを殺したのか」
 サキは祐一の答えを聞いて、まなじりを震わせながら大きく深く息を吐いた。そしてう
っすらと涙すら湛えた瞳で彼を見つめた。

「ありがとう」

「は?」
「ありがとう、ゆう君。それが私の望みだった。10年間、あなたにずっと思われていること
が。あなたが私を殺すために強くなることが。私をずっと憎んでいてくれることが。私の
せいで悩んでいることが。四六時中、ずっとずっと私のことで頭をいっぱいにしてくれて
いることが、私の望みだった。それが、私は欲しかった」
「そんな……。それじゃあ、そのために? それだけのために?」
「ええ。あなたに憎んでもらうために、あなたに戸惑ってもらうために、私はあなたの両
親とあなたの村の人間たちを殺したの。そう。あの人たちは、あなたのために殺したの」
 祐一の脳裏に今までの記憶がよみがえる。鼻をつく性臭と血臭。惨殺された死体の群れ
の中、ただ一人の生存者として、いつの間にか村に立ち尽くしていたこと。調査に来た組
織の人間に保護されたこと。二人だけの秘密だったサキの正体を彼らが知っていたこと。
彼らの役目を知って、頼み込んだこと。厳しい訓練のこと。今まで殺してきた妖怪のこと。
今まで助けてきた妖怪のこと。
「そんなに。そんなに君は、僕のことが嫌いだったの?」
 サキは一瞬キョトンと目を丸くした後、柔らかく微笑んだ。
「違うわ。私はゆう君が今も大好き。愛してるわ」
「なら、どうして!? なんであんなひどいことを!」
「うん。でもそれだけじゃ駄目なの。好きなだけじゃ駄目だと思った。私はゆう君を信じ
きれなかった。いつか捨てられたらどうしようかと思った。それはすごく怖いことだった。
おかしな話よね。ゆう君は10歳、私はまだ8歳だったのに。だけど私には予感があったの。
これから先、好きになるのはこの男の子だけだ、って。だからどうすればいいか考えた。
どうすればゆう君を独り占めできるか。どうすればゆう君を私だけのものにできるか。そ
して思いついたのが、あれだった。だってそうでしょう? ゆう君を好きになることは誰
でも出来るけど。ゆう君のお父さんたちを殺したのは、ゆう君を孤独にしたのは、私だけ
だもの。――――私はこの上のないゆう君の特別でしょ?」
 サキの顔に罪悪感などの負の感情は見受けられなかった。彼女はただ純粋に祐一を見つ
め、今現在目の前に現れた結果に満足していた。
 祐一は彼女の表情を目の当たりにして悟る。自分とサキは相容れない存在だ。種族の違い
なんて問題じゃなく、ただ単純に歩み寄れないほどに考え方が違う。
 だから彼は柄を握りなおした。切っ先を彼女の端正な顔に目付け、右足を一歩引いた。
「サキ。僕には君の考えは理解できないし、今更、許せそうもないよ」
「ええ。そうでしょうね。それが正しい」
 サキは笑みを絶やさなかった。そうして彼女は腕から力を抜いたまま、悠然と攻勢に入
る祐一を眺めていた。
「サキ。これから君を殺すよ」
「うん。わかった」
 彼女の頷きが合図だった。
 祐一は土を蹴り飛ばす。
 同時。
 サキの後ろから、飛び出す影があった。
「ミヤ!」
「があああああああああぁ!」
 ずっとサキの背後で気配を殺していた犬耳の少女――――ミヤは、妖孤の裏側から心臓
を掴み出さんと、そのきめ細やかな柔肌に爪を突き立てる。
 ビクン、とサキの体がのけぞる。その露になった小さな喉仏に、祐一の刀が触れた。
 骨を断ち切る音は、粛々と夜の空気に残響した。
 斬り飛ばされたサキの頭は1mほどふわりと浮いて、草むらの中に転がった。
 祐一はそれをあえて見ようとはせず、スウェットのポケットから半紙を取り出す。刃に
ついた血糊をふき取ろうとしたそのとき、彼はやっと違和感に気づいた。
「これは……っ! ミヤ、離れろ!」
 祐一はあわてて振り返る。しかし、それがもう手遅れだというのは彼自身わかっていた。
「ぎゃうん!!」
 ミヤが腕を締め付けられる激痛に鳴く。彼女が心臓を貫いた痩躯は、蝋のような質感の
黒塊に姿を変えて、彼女の右腕を拘束した。
「幻術!? けど、いつの間に!?」
「しいて言うなら最初から、かな?」
「っ!?」
 突然耳元にふって湧いたからかいの声に、祐一は反射的に刀を振るった。その直情的な
一撃はたやすく受け止められ、手首を極められた彼は刀を取り落とした。
「サキ……!」
「何のために私が、こんな拓けた場所でお月見しなくちゃいけないの? ――――それに
今どき眉に唾なんて、それ自体が眉唾物じゃないかな?」
「サキっ!!!」
 祐一は激しい感情を視線にこめてサキに叩きつける。しかしその瞬間、視界の端をよぎ
ったもの――――サキの引き締まった腰元に、彼は反射的に焦点を合わせてしまった。
「……ま、さか」
「ふふ。気がついた? 再会したら見せてあげるって決めてたんだ。どうかな? 可愛い?」
 伝説では、妖孤はその尾の数で力の優劣が決まると言われている。そしてお伽噺で語ら
れる妖怪狐の中でもっとも有名なものは、同時にもっとも強力なもの。
 白面金毛――――九尾。
 ただの伝承に過ぎないはずのそれが、彼女のジーンズの上で嬉しそうに揺れていた。
「あ! 私、別にすっごいお婆さんなわけじゃないからね! 実年齢は18だもん。ただ
“あの人”は私の直系のご先祖様で、私はいわゆる先祖帰りってやつ。まぁ、本人は今頃、
どこかのセレブでもやってるんじゃないかな?」
 サキはちょこんと小首をかしいだ。
 祐一は拘束されていないほうの手で、空いているサキのわき腹を狙う。しかしその腕は
合気の要領で軽くあしらわれ、彼は重心を崩してサキの胸に飛び込む形になった。
「はい。捕まえた」
 サキは祐一の頭を両腕で抱きしめる。
 祐一は図らずも彼女の匂いを鼻腔で感じる。その体臭は、酸味と野性味の強い、柑橘類
のような甘さをもっていた。それも術の一つだったのか、祐一は頭にぼんやりとした痺れ
が走った。彼が体を放そうともがくと、まるで泥沼に足を取られたかのように、身動きが
取れなっていく。
 サキは体を密着させ、彼女を突き飛ばそうとする彼の腕を巧みに押さえ込み、その自由
を奪っていった。
 彼女の指が祐一の首筋をじっとりと這う。祐一の汗と夜露の湿り気を指先に集めながら、
その腕は祐一の背中、尻へと下っていく。
「サ、キ……?」
 サキは困惑の声を上げる祐一の口を自分の唇で塞いだ。舌を隙間から滑り込ませ、祐一
のそれを引っ張り出すように奥へもぐる。
 唾液が流し込まれる。酸欠に耐え切れず祐一がそれを飲み込むと、肉体の支配権を完全
に放棄させられた。
「ご主人様っ!?」
 重なる二人の影を見て、ミヤが動揺した。
 口に蓋をされた祐一の鼻息が、空気を求めて荒くなる。
 サキは密着させていた腰を少し離し、祐一の帯びていた鞘を、ストラップを引き千切っ
て捨て去ると、ベルトのバックルに手をかけた。すっ、と彼女はもう一方の手で彼の股間
をまさぐった。
 目的のものがあるのがわかった。
 祐一が刺激に顎をのけぞらせる。その拍子に二人の唇が外れた。
「サ、キ……? 何を……?」
「ねぇ、ゆう君」
 サキは右手一本でベルトを緩め、ズボンのホックを外し、チャックを引き下げた。
「私は今日まで、今日のために生きてきた。なら、今日からは何のために生きると思う?」
トランクスの前あわせから、その細い手を滑り込ませる。
「それはね。ゆう君と一緒に暮らすため。今度はゆう君の心だけじゃなくて、体も私のも
のにするため」 
 サキの指が祐一の陰茎を絡めとった。
 祐一はそのやわらかくなめらかな肌の感触に、思わず腰を引く。
 サキは彼の尻を左手で押さえ込み、右手の中指で彼のものの裏筋を軽くなぞり上げる。
トランクスの間から愚直に膨張を始めたペニスをひっぱり出すと、カリ首を指先でひね
るように刺激し、親指で鈴口の線をなぞった。
「……さ、き」
「うん。――――ゆう君、気持ちいい?」
「やめ、ろ。なんで、こんな……」
「なんで、って。それは私がゆう君のことを好きだからだよ」
「でも、僕は……!」
「うん。わかってる。だから、ゆう君はなにもしなくていいよ。全部私が勝手にやること。
ゆう君は何もしなくていいし、何をしてもいい。そう――――」
 サキは膝を折って、腰を下げていく。
「私を殺そうとしても別にいいんだよ?」
「っ、あ!」
 サキはくすりと笑うと、舌を伸ばして祐一の勃起を咥えこんだ。
「きつねぇええええええっ!!!!!!」
 怒号がサキの淫蕩な雰囲気を切りつけた。
 犬神の少女が茶色の大きな瞳をこぼれんばかりに見開き、伸長した犬歯をむき出しにし
てうなり声を上げていた。ミヤは拘束された右腕を、コンクリートを砕くほどの威力をも
って軋ませ、質量すら伴いそうな殺気をこめた凶暴な眼光でサキを射抜いていた。
 サキはミヤの噛み殺さんばかりの気勢を、優越の笑みをもって受け流した。彼女は祐一
のズボンとトランクスを足元まで下ろし、彼の陰部に舌を這わせながら、犬の娘に目線で
問う。
『羨ましい?』
 ミヤの鋭すぎる第六感は、サキの言わんとしていることを正確に理解した。ミヤの心臓
が大きく跳ねる。隠していたはずの感情が外ににじみ出る。憤怒の中に混ざり始めたそれ
は、ミヤの口をついて夜気に広がっていく。
「離れろっ! 離れろおおおおおおおっ! ご主人様を汚すなあああああああ!!!」
 目が熱い。ミヤには自分の視界が霞んでいくのが分かった。ガチガチと歯を打ち鳴らし
ているのは、威嚇だけが理由ではなかった。
 自分が泣いていることを自覚した瞬間。ミヤはボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。
「っ! うぅっ! ぁう……」
 その悲痛な声を聞いて、祐一はにわかに我に返る。
「っ! ミ、ヤ……?」
「ごしゅじんさま…、止めて。止めて下さい、ごしゅじんさまぁ…」
 二人の視線が交わるのを、サキは祐一の亀頭を甘噛みして妨げる。彼女の綺麗な長方形
をした前歯が、痛々しいほどに膨らんだペニスの頭をするりと撫でた。
「っ!? ぅ、あ。サキ、やめ、」
「だーめ。ゆう君はこっちだけ見てて」
 サキは一旦口を放してそう言うと、祐一の肉棒を喉奥まで一気に頬張った。同時、彼女
はミヤに凄艶な流し目を送る。にたりと目尻を下げて、捕らわれの犬神を嘲笑した。
「離れろっ! 離れろよぉっ! きつねえええええええええ!!!!!」
 ミヤは自身をその場に縫い付けている右腕を、もう一方の手で掴むと、そのまま引き千
切ってしまうかのように揺すった。凶器と化している爪が珠の肌に食い込み、血を滴らせる。
 ミヤの大きな目は快楽に歪む彼女の主人の表情をずっと捉えて放さない。そんなもの、
本当は見たくもなかった。――――今まで、見たこともなかった。
「動けっ! 動けっ! 動いてよおおおおおおおおっ!!!」
 そう。見たことも聞いたこともなかった。自分の主人の過去。彼の目的。彼の苦悩。祐
一が何かを抱えていることは、ミヤも薄々感じ取ってはいた。だけど、それを彼女が尋ね
ることはしなかったし、彼が打ち明けてくれることもなかった。
「ああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」
 そして、それは突然現れた。彼女の主人の過去。彼女の主人の目的。そして、彼女の主
人の全て。ソイツはミヤから彼を絡めとり、奪い去り、堕落させ、見せ付ける。ミヤが欲
しては必死に抑えつけてきたそれを、いとも容易く手に入れ、口にし、まるで蛇が獲物を
吟味するようして、喉首を蠢かせて呑み込んでいる。
(ずるい)
 赤い紅い唇を、愛おしい男の猛々しいモノが出入りする。
(ずるい)
 真っ赤な舌。漂ってくる唾液の悪臭。混ざり始める彼の匂い。
(ずるい)
 与えられる快楽に彼の顎が反る。美味しそうな喉笛が唾を飲み込んで上下する。
(ずるい)
 ヌルヌルとしたナメクジのような舌が、血袋のようなアカイ軟体が、彼の灼熱した肉の
茎を這い回る。
(ずるい)
 女を知らないピンク色の亀頭からぷくりと染み出る無色透明の甘露が、汚らわしい粘液
に蹂躙されて、混ざり合って、食虫花のような唇の奥に吸い込まれていく。
(ずるい)
 彼が悩ましげな息を吐く。興奮の匂いが鼻を突き上げる。いつも穏やかな彼の瞳が充血
を始めている。
(ずるい)
 彼の太いソレがずるりずるりと、舌の、口の襞を巻き込みながらオンナの穴を犯してい
る。浮き出た血管が、オンナの唇で押さえつけられる。青黒い網目がうねる。出たり入っ
たり出たり入ったり。
(ずるい)
 ついに彼が耐え切れなくなって声をあげる。ずっと夢想していたそれ。ぞっと背筋が震
えるそれ。荒くなった息が彼とシンクロする。オンナと同調する。だから、それは、いつ
も私が、
(ずるい)
 私が、彼が、だから、息を、合わせ、匂いを、声を、それは、私が、だから、それは、
それを、いつも、それが、どうして? どうして? どうして? 

「………………………………ずるい」

 カチリ、とそれはミヤの中で切り替わった。怒りは嫉ましさに。悔しさも妬ましさに。
(ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、
ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、
ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、)

「見て、あの顔。はしたない」
 サキは視線で祐一の意識をミヤの方に向ける。彼女は祐一の鈴口から溢れ出た我慢汁を
一舐めすると、クスリと笑みを漏らした。
 ミヤは顔中から粘液を垂れ流していた。
 涙は汗と混じり鼻梁を伝って鼻汁と合わさり口内に流れ込んでから唾液と一緒にダラダ
ラと唇の端から零れ落ちるその口は半開きで炎天下に放置された犬のように舌を吐き出し
て浅い呼吸を繰り返しながらその可愛らしかった瞳を大きく見開いて下目蓋を痙攣させて
興奮で拡張しきった瞳孔が祐一のペニスに釘付けになって小刻みに震えている。
「ミ、ミヤ?」
 祐一はその尋常ならざる様子に、思わず水気の足りない声で呼びかけた。
 主人の声に反応したのか、ミヤの弛緩していたおとがいがゆっくりと持ち上がる。彼女
が粘液質にてかる唇を尖らせると、不思議と祐一が見慣れた、拗ねているような顔になっ
た。そのまま餌をねだる鯉のように、彼女の口がパクパクと音を紡ぎだす。
「ずるい、」
「え?」
「――――い、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、
ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、
ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、
ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずる――――」
「ミ、ヤ? おい、ミヤ。大丈夫か! ミヤ!」
 麻痺した身を無理やり乗り出そうとした祐一は、自分の下腹部が揺れているのを感じて
目を落とした。
 サキは左手で祐一の勃起した陰茎を握り締めて、笑いをかみ殺して肩を震わせていた。
「あーあ。壊れちゃったね、あのワンちゃん」
「サキ、お前……っ!」
「私じゃないよ。あの子が勝手に追い詰められただけだもん」
 サキは、妹への悪戯が見つかった姉のような、そんなむくれた顔を作る。だがすぐに淫
らな表情に戻って、その右手の中指と薬指が祐一の蟻の門渡りをゆっくりと往復した。
「それに、どちらかと言うなら、あれはゆう君の所為じゃないかな?」
「ぅあ、どういう…、ことだ…?」
 サキは彼の陰嚢にちゅうちゅうと吸い付き、口の中で球状のモノを大きく転がす。左手
の指先は猫の顎下をくすぐるように茎を撫で、右の指は尻たぶで軽く円を描く。
「どうせ、あの子にも優しくしたんでしょ?」
 サキは嫉妬を織り交ぜた上目遣いで祐一に冷たく笑いかけると、小鹿のように震える彼
の股ぐらを割って、その下に潜り込んだ。
「優しく、って? ぅあ……っ!?」
 祐一の疑問は、会陰を舐められる刺激で妨げられる。
 サキはミヤを最初に見たときから確信していた。ミヤが祐一に頭を撫でられたときの表
情、彼の胸板に顔を埋める仕草、彼を見上げる眼の光。木立の闇にまぎれて二人を覗って
いたサキは、ミヤに彼女自身と同質のものが宿っていること看破していた。それは、犬神
にあるまじき傲慢さ、欲深さ。だが、見まがうことなき狗神の本性。ドロドロに発酵して、
しゅーしゅーと瘴気を吹き上げるソレを、ミヤは外見の幼さという蓋で封じ込めようとしていた。
「そう、優しく。みんなに優しいのはゆう君の良い所だけど、誰にでも優しいのは祐一の
悪いとこ」
「そんな、ぁあっ!」
 尻穴を小指でほじられ、祐一は反射的に膝を崩した。
 腕に祐一の重さを感じて、サキは歓喜で目元を綻ばせる。お礼とばかり、彼のペニスを
舐め舐めしてやる。
 そう。昔から祐一には実年齢に不釣合いなほどの優しさと包容力があった。だからこそ、
サキは彼にだけ自分の正体を明かしたのだし、事実それで彼がサキに対する態度を変える
こともなかった。だがその陽だまりの穏やかさは彼女だけに向けられたものではなかった。
彼はわけ隔てなく暖かかった。村の子供全員に笑顔を与えた。だから彼はいつも子供たち
の中心だった。親なしの子として扱われていたサキは、二人きりのとき以外は遠巻きに見
ていることしか出来なかった。
 ゆえに、彼女はいつも不安だった。
 きっとあの犬神のメスにも、まるで兄のような心積もりで接していたのだろう、とサキ
は推測する。それが彼女を追い詰めていたとは、露ほども思わずに。
 だけど。
「……んん、」
 そんな彼が今は自分を求めて、猿のように浅ましく腰を振っている。
 サキはその事実を再確認するだけで何度でも軽い絶頂に達せられた。既に愛液は白濁し
てゴボゴボととめどなく湧き出ている。太ももの不快感からして、下着の許容範囲をとっ
くに超えて股間から滴っているのだろう。
「そう言えば、あのワンちゃん、あの子に似てるね」
 裏筋を舐め上げる合間を縫って、サキは思い出したようにつぶやいた。
「あの、子……?」
「みやこ。ゆう君のお姉さん。――――ミヤ、って名前、ゆう君がつけたの?」
「…………」
 祐一の逡巡を肯定と受け取り、サキは言葉を続ける。
「みやこさ。あの子、姉って言うより妹みたいだった。いつもいつもいつもいつも、ゆう
君にじゃれついて、ちょっかいかけて、私たちの邪魔をして。
――――だから、一番最初の真っ先に殺してあげたんだけど」
「……っ!!」
「うん。いいよ、怒っても。後で、私にいっぱいお仕置きして」
 サキはからかうように小首をかしぐと、顔に掛かっていた髪をかきあげた。そして、傷
ついたレコードのように呪詛を吐き続けるミヤを一瞥して、祐一を仰ぎ見た。
「ねぇ、あのワンちゃんがどうして動けないか分かる?」
 サキの左手がユルユルと棒をしごく。右の手の平が生地をこねるように亀頭をなで回し、
カリのくびれを指先でひねって弄ぶ。左手が滑っていき、収縮を始めている陰嚢の硬直を
ほぐすように優しく揉む。絶頂を意図したものではなく、ジワジワと瀬戸際まで追い込ん
でいくような手つきだった。
 祐一はもどかしさに煽られ白熱する脳内で、サキの問いを反芻した。彼には既に反撃の
手を考えるような心理的余裕はなかった。こうしている間にもサキが術を施しているのか、
酩酊しているかのように考えがバラバラと霧散していく。取り留めの無い思考の種ばかり
浮かんで、それを成長させることが出来なかった。
「それは、お前の、くっ…! 幻術に、やられ……っ!」
「ふふ。ほれはほうだけど」
「……ぅ、ぁっ!」
 サキは祐一を半ばまで咥えると、わざとらしく、大げさに舌を操って発音した。
「ほおいうほほらなふて、どういうははみへ、っへほと」
 アで舐め、イで挟み、ウですすり、エでつつき、オで吸い上げる。
 祐一はサキの舌戯に翻弄されながら、律儀にも彼女の問いに応答しようとしていた。
「ふふ。ひゅうふんの、ひふひふひへる」
 サキは祐一の敏感な反応を感じて、押し広げられた口唇の端に笑みを象った。彼女は一
度どろりと肉棒を吐き出すと、切なげに痙攣する鈴口に音を立ててキスをした。
「ふぅ。――――あのワンちゃんはね、自分に縛られてるの」
「じ、ぶん?」
「そう」
 サキは肉茎を唇で横から咥えると、舌を尖らせて尿道をぐいぐいと圧迫した。溜まった
ゲルを押しやるようにして徐々に先端へと移動すると、祐一のペニスに鼻面を押し当てて
その青臭さを思い切り吸い込む。
「う…、ぁあ」
「ああ、いい匂い。ふふ、あの子もつまらない我慢なんてしなければ良かったのにね」
「どう…、い、う……?」
「あの子を今、抑えつけているのは、今まであの子が抑えつけてきた欲望なの。あのミヤ
って子、無理してるって一目見て分かったわ。だから私は、あの子が自分で自分を抑制し
ているものを幻視させてあげただけ。あの子があの拘束を解くには、私が術を解くか、あ
るいは――――」
 そこで言葉を切り、サキはミヤの方をちらりと見た。
 ミヤは感情の崩壊した虚ろな表情で、じぃと祐一の股間を凝視していた。その大きな瞳
は、まるではめ込まれたガラス玉のように不気味だった。
 それが先ほどまでクルクルとせわしなく動いていたことが信じられなくて、祐一は思わ
ず目を伏せる。
 サキはそんな彼を慈しみ嘲笑うように見上げ、恭しく彼の肉棒を根元からじっとり舐め
上げた。
「ねぇ、ゆう君」
「うぁ―――――?」
「そろそろ、ちょうだい。ゆう君の精液」
 ぐちゅり、ぐちゅり、とサキの口内に唾液が溜まり、水音を立てる。彼女は大きく口を
開けると、肉食魚がそうするように、天を衝く祐一のそれを先端から押さえ付けながら呑
み込んだ。
 そのまま勢いに任せて、亀頭を喉奥まで一気に挿入する。彼女のぷっくりとした唇を祐
一の陰毛がくすぐった。
「ああ……!」
 祐一の尾てい骨が快感に震えた。彼は思わず、サキの華奢な両肩をぎゅっと掴む。
 サキは祐一の腰にすらりと長い蜘蛛のような両腕を巻きつかせると、祐一のペニスを唾
液とともに更に奥底へと引き入れようとしていく。喉のぜん動によって、亀頭がまるで泥
のように軟らかい触感の粘膜で包み込まれ、裏筋にぴったりと密着した舌が粘液にくるま
れた偏平なミミズのように蠢動する。その付け根がカリ首下の縫い目の部分をヌリヌリと
責める。敏感な気道を保護しようと、唾液腺から分泌された大量の体液が、洪水となって
サキの唇から決壊し、祐一の玉袋から滴り落ちる。
 ずずずず、と激しい音を立てて吸い付きながら、サキは頭を引く。グネグネと波打つ舌
で祐一をしごき上げる。ぐにゃり、と彼女の首が曲がる。そのままひねりを加えて口壁に
亀頭をなすりつけ、カリのくびれ全体をぽってりとした唇で揉みこむように刺激し、擦り
たてて包みこむ。舌が右、左と円を描いて、先端を執拗になめ上げる。ピンと緊張した舌
先が、皮膚に喰らいつく吸虫のように尿道口を割って入る。サキは器用に舌を溝状にくぼ
ませると、ストローを使うように、きつくカウパーを吸い上げた。
「うあぁ……!」
 祐一の無骨な掌が、サキのなめらかな髪をぐしゃりと掴んで乱す。
 サキは数本の髪の毛が引き千切られる痛みに、嬉しそうに眼を細めた。祐一の手から伝
わってくる切迫感が、彼女の心を満たしていく。
 サキは舌の複雑な動きを維持したまま、右手で茎を、唇でカリ首周りに集中して前後の
ストロークを加速させた。それは完全に、精液を出し尽くそうする動きだった。
 ある種暴力的ですらある吸引と動きに、祐一は成すすべも無く高められていく。彼の指
が反復的にサキの髪の毛を握る。無意識の内に彼女の頭を掴んで、腰を突き入れる。
「ぅ、あっ、はっ、はぁっ、はっ」
 ぬぽ、ぬぽ、と湿り気を帯びて空気が破裂する。唾液の泡がサキの口角から零れ落ちる。
 祐一はだらしなく口を半開き、サキのセミロングの黒髪を手綱にして、腰を激しくゆす
りたてた。
「ん、ん、んぅ、ん、ん、」
 サキは思い切り喉を突き上げられながらも、唇をすぼめて息を吸い込み、祐一の肉茎を
口膣で締め上げる。苦しげに泳いでいた彼女の手が、祐一の腕を探り当てる。彼女は、乱
暴さを増す動きと相反して、その細指で稚児をあやすように彼の肘を撫でさする。
 往復するたびに、祐一はサキの髪をかき乱す。
 ぐしゃり、ぐしゃり。
 まるで、誰かの頭を乱暴に撫でるみたいに。
 ぐしゃり、ぐしゃり。
 その光景を映していた無機質な瞳がゆらりと揺れる。
「……あ、……あ、」

――――ご、しゅ、じん、さま。

「……あ」
 ミヤが最初に知覚したのは、水をかぶったような自分の股間の感触だった。彼女が身を
よじって内股を擦り合わせると、ぶちゃっ、と熟れたトマトを握りつぶしたような音がした。
ミヤは茫然自失のまま自分の秘所に手を伸ばし―――刹那。彼女の獣の聴覚が、その音を
捉えた。
 ミヤは緩慢な動きでそちらを見直す。涙が層を作って滲んだ視界が、徐々に鮮明さを取
り戻していく。自動的、彼女はソレに焦点を合わせた。
「――――あ、」
 ミヤの右肩が後ろに引っ張られる。捕らわれていることも忘れて、彼女は腕を伸ばそう
としていた。
 ミヤは瞬きのない瞳で、睦みあう祐一と狐を凝視する。彼女の口端から涎がしたたる。
それは食欲と性欲がブレンドされて、溶解した鉄のような熱さを持っていた。
 ミヤの唾液で光沢を帯びた唇が、ボタボタと白痴のような言葉を垂れ流す。
「ご、しゅ、じん、さま、の、おち、ん、ちん、が、」
 そして、ミヤは祐一の全身が震えたのを感じ取った。祐一のペニスが狐の口の中でどう
なっているのかを見透かした。祐一の表情から、彼が浸っている快感を読み取った。
 出している。
 出ている。
 アレガ。
 白いの。
 熱いの。
 欲しいの。
 狐の控えめな喉骨が、生々しく首の皮を押し上げている。飲んでいた。祐一の昂ぶりに
ヒルのように唇を吸い付けたまま、ソイツは彼の吐き出したものを一滴残らず腹に収めて
いた。
 ミヤの黒目が膨張した血管に包囲される。乾燥した眼球の表面が、萎縮して痛みを訴える。
 ミヤの肩関節が軋みを上げる。それに気づかぬまま、彼女は渇望して腕を突き出す。

「ああ、」
……私も。

 どろり。
 ずるり。
 まるでミヤの熱が伝播してしまったかのように。
 今まで彼女を苦しめていた黒い蝋は、呆気なく彼女の右腕を吐き出した。
 だがミヤにはそれを疑問に思う余裕はなかった。彼女は解放された右腕をぐぃと前に
張り出す。その細腕は血に汚れて赤黒い筋を作り、所々うっ血して青く変色していた。
 そして彼女は何かに突き飛ばされるように、よろめきながら彼女の主に抱きついた。
 祐一の麻痺と官能と射精で疲弊した体は、その軽い衝撃でいとも簡単にバランスを崩した。
彼の消耗と裏腹に怒張した肉棒が、サキの口から飛び出る。彼女はその若茎を傷つけない
よう、反射的に顎を大きく開いた。
 ミヤはサキと祐一の間に割り込むようにして、彼の股間にひざまずく。サキの唾液にぬ
れる祐一自身をきゅっと握ると、快感が飽和して張り詰めるそれに、渇いた駄犬のような
形相で朱鷺色の舌を押し当てた。
「「ああっ!」」
 男女の声が重なる。男は放出して敏感になった部位に対する、その乱暴な刺激に。女は
いつも夢想していた柔らかく、だが硬い肉の感触に。電流のような感覚が走った。
「ごしゅじん……祐一さんのちんちん。舐めてる…。祐一さんのチンポ舐めてる……。硬
い、熱い、ビクンビクンて震えて、私の手の中で波打ってる……」
 ミヤは熱に浮かされたように呟くと、おもむろに祐一の肉茎へと覆いかぶさった。まる
で甘い菓子を与えられた野良犬だった。
彼女は一心不乱、フェラチオに没頭していく。油絵を描くかのごとくサキの唾液を自分の
ソレで塗り替える。獣性の味蕾が祐一の先走りに反応し、その想像をはるかに凌駕する生
の感激に彼女の膣がえづくように緊縮する。
「ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、」
「くぁ、…ミ、ヤ」
 祐一の喘ぎの中に名前が混ざる。
 ミヤはその艶声に狂喜の笑みを浮かべて、舌でペニスをこね回す。その茶色の愛らしい
尾を激しく振り立てて草をかき鳴らした。
「ずうぅと、欲しかった。コレが。もう何もいりません。散歩もご飯も、撫でてくれなく
ても、遊んでくれなくてもいい。だから、だから、ずっとずっと、コレ……。祐一さんを
ください。祐一さんの、祐一さんのちんちんください……っ!!」
「ミヤ、なんで、そんな……」
「ふふ、――――分かった? 彼女の正体」
 祐一はあまりにも豹変したミヤに混乱し、サキはそれを面白がるように口を挟んだ。彼
の精子をすっかり飲み込んだ彼女は、祐一の戸惑いを眺めてニヤニヤとした笑みを湛えて
いた。そうしてミヤの丸まった背中にかがみ込むと、彼女の少し日に焼けたうなじをレロ
リとなめ上げた。
「ああ。しょっぱい」
「お、お前! きつねっ!」
 ミヤは祐一のペニスを隠すように身を伏せ、犬歯を剥いて唸りを上げた。
「あらら。ずいぶん嫌われちゃったわね。でも、いいの? 祐一が痛がってるわよ?」
「え?」
 サキの指摘に反応して、ミヤはパッと慌てて身を起こした。 
 サキはその隙を突いてミヤの細い首に両腕を巻きつかせると、その犬の耳に紅い唇をそ
っと寄せた。二匹のメスの絹のような肌は、分泌した汗を仲介して、一分の隙間も無く密
着する。
「はっ、離れろっ!」
「ねぇ? ゆう君のおちんちん美味しかった?」
「――――っ!?」
「ふふ。美味しかったよねぇ。あんなに一生懸命ペロペロしちゃって可愛い」
「……ぅう」
「でも、それだけでいいの?」
「え……?」
「だって、ほら。貴女は、本当はゆう君とどんな関係になりたかったの? 何を望んでい
たの?」
「それは……」
「あら? まだ懲りてないの? 我慢なら今まで散々してきたじゃない。それが何の得に
ならないことはもう分かったでしょ。素直にならなきゃ何も手に入らない。それに、ゆう
君が、あなたのご主人様が今まであなたを拒絶したことがあった?」
 従順に。
 ミヤはゆるゆると首を横に振った。まるで、不可視でありながら禍々しく醜悪なカイナ
が、彼女の小さな頭を左右にねじったようだった。
「そう。あなたが一人で勝手に怖がっていただけ。でもそれも今日で終わり。素直になれ
ば何でも手に入るわ。自信を持って」
 甘い甘い狐の甘言。それはさながら、優しい調べの子守唄のようで。
「……私は、」
「うん」
「私は。ミヤは。ミヤはご主人様の――――祐一さんのお嫁さんになりたい」
 ミヤはその幸福な妄想を眺めるように。遠くうつろな目で、己のひた隠しにしていた願
望を吐露した。
「そう。だったら、まずしなきゃいけないことがあるんじゃないの?」
「え?」
 ミヤは疑問で目を皿にして、サキを不思議そうに見上げる。
 サキはその表情に、まるで無邪気な幼子に対するような苦笑を返す。
「だって、夫婦がキスもしないなんておかしいでしょ?」
「あ……!」
 ミヤはパッと顔を輝かせる。そして全身から喜びを満ち溢れさせて、仰臥する祐一に飛
びついた。
「ミヤ……っ!」
「はい?」
 祐一の叱咤する声に、ミヤはキョトンと首をかしげる。
「しっかりしろ! それはサキの幻術だ! お前は操られてるんだよっ!」
「え? なにがです?」
「なにが、って……。今、お前がやってることがだよっ! 目を覚ませっ!!」
「はい。私はまともですよ。安心してください」
 ミヤは二十度傾けたその小さな顔に満面の笑みを刻み付けている。
 祐一は絶句する。彼女の思考が手の施しようのないほど歪曲させられていると悟った。
「ふふふ。ゆう君は照れてるのかな? ねぇ、ミヤちゃん」
「あ! なんだ! そうだったんですか? 祐一さん」
 ミヤの内面にじんわりと言葉を染み込ませていくサキに、祐一は憎悪の視線をたたきつ
ける。彼女はそれを感じて恍惚と頬を紅潮させ、ミヤの後ろで愉しそうに目を細めていた。
「じゃあ。キスしましょう、祐一さん」
「ミヤ! ちょっと待っ――――!」
 祐一は密着してきた小さなつぼみに言葉を吸い取られる。 
 ミヤは舌先で二・三度、祐一の歯列をつつくと、恐る恐る彼の口内に舌を進めていく。
 身動きの封じられた祐一はそれを無抵抗のまま受け入れるしかない。狼狽して反応でき
ずにいた彼の舌が、ミヤのそれの上に乗せられる。サキのものとは違うぎこちない動き。
ミヤの舌が祐一の上顎を舐める。ミヤの涎の味を祐一の味覚が知る。ミヤの硬化が解け
た指先が、祐一の髪を優しく撫でる。
 祐一は頬に温かみを感じた。
 ミヤの涙だった。彼女は祐一と唇を合わせたまま、その両の瞳から涙を零していた。
「……ふぁ」
 ミヤが微かに目蓋を動揺させる。彼女は驚きに喘いだ祐一の舌が、自分に応えてくれた
と錯覚した。ミヤは安心したように全身を弛緩させて、祐一に全身を預ける。
「祐一さん……」
 ミヤは体が熱くなるのを、ぼぅとした思考のまま知覚していた。涙が止まらない。何か
が肩の震えを止めてくれない。幸せだ。これが幸せというものなのだと、ミヤは確信をも
った。
 それを逃がすまいと、もっと深めようと、だからミヤは祐一の頭をかき抱こうと、

「――――あーあ」

 プツン
 、と。だけどそれは断ち切られた。
 二人の間に割って入って、サキは、抑揚のない声を上げた。
「え?」
 顔をのぞきこまれたミヤが動きを止める。キリキリと見えない思念の糸が、彼女を巻き
取って、その体を引き起こしていく。
「やっちゃったね、ワンちゃん」
 ミヤが混乱に瞳孔を揺らして、声のほうを仰ぎ見る。
 サキは背後に回りこんで彼女の肩に顎を預ける。そのまま甘える猫のように、額をミヤ
の茶色の髪にこすり付けると、発情したガマのようにクツクツ喉を鳴らした。
「見て。ゆう君、あんな顔してるよ」
「――――――」
 ミヤはサキに誘導されて視線を戻す。
 祐一はサキのいきなりの行動に驚き、目を見開いて二人を凝視していた。
 だが、
「ほら、ミヤちゃんがあんなことしたから、ゆう君、嫌がってる」
「あ、んな、こと……?」
「そうだよ。どうして、いきなりキスしたの?」
「え? だって、そ、んな……」
「そうでしょ。貴方はゆう君と同意してキスしたわけじゃない。無理やり彼にしたの」
「でも……」
「ならどうして、ゆう君はあんな顔してるの? どうして嬉しそうじゃないの? ほら、
あんなに悔しそうだよ?」
 違う! 祐一は出せない声でそう言った。自分の声帯が麻痺していることに祐一は愕然
とする。そしてその引きつった表情は、重ねてミヤを慄かせた。
「そ、そんな、祐一さん、――――ご主人様……」
「あーあ。やっちゃったね、ミヤ」
「……あ、……あ」
「きっと嫌われちゃったよ。あんなことするなんて。従者としてひどい裏切りだよ。どう
するミヤ? ゆう君に捨てられるよ」
「いやぁ……、いやぁ……」
「そうだよね。そのために今までずっと耐えてきたんだから。でも、駄目だったね。耐え
続けなきゃ駄目だった。もう手遅れだ。終わりだね」
「……ああああ」
「そうだ。ミヤは嫌われたらどうするつもりだったのかな?」
 サキはニヤニヤとその整った顔立ちを崩しながら、あくまで口の中の飴を蕩かすような、
甘ったるい声で訊ねた。
 ミヤはその大きな瞳を眼窩からこぼさんばかりに見開いて滂沱に涙し、そのだらしのな
い口からは唾液をとめどなく垂れ流す。ソレは、瞭然と絶望していた。
「あ…、あ…、ごしゅ、じん、さまぁ……、いやぁ……、ごめんなさい……。ごめんなさ
いぃ」
「だーめ。もう遅いよ」
「ああああああああ」
「あーあ、かわいそ。そうだよね。嫌われたら――――死ぬしかないよね」


「――――――――――――――あ」


 ぺきょ。
 そんな、軽い音。
 ミヤの首は不自然に、直角に曲がり、
 ぐるん、と白目をむいて、彼女はそのまま草葉の中に沈んだ。
「み、や……?」
「はい。さようなら」
 サキの力。精神の波を増幅させ、指向性を高める。それは彼女の意思で盾になり、矛に
なり、ときには縄となり麻薬となり相手を玩弄する。
 死んでも嫌われたくない。そんなミヤの想いは、だから彼女を殺した。
「みや…? ミヤ? ミヤ!? おい! どうしたっ!? 返事しろっ!!」
「ふふ。駄目だよ。せっかく、おねむの時間なんだから」
 サキのからかいに、祐一は全身をオコリのように痙攣させた。激情が彼を支配する。そ
れは完全に沈黙したはずの腕を、無様ながらばたつかせるほどだった。
「サキっ!!!」
「なーに?」
「なんで殺したっ! そんな必要なんて無かったっ! 俺たちとお前の力の差は明らかだ
ったのにっ!」
 祐一の目に月が映りこむ。
 彼の涙を見て、サキは感慨にふける。自分のようなアウトサイドに転げ落ちた妖怪を狩
るような役目を背負いながら、昔と変わらない甘ったれた彼の姿に懐かしさを覚えた。
「別に、そういう問題じゃないよ」
「何が! だったらなんでっ!?」
「なんで? なんで? ほんとに分からないの? ゆう君?」
「ああ! 分からないねっ! 分かってたまるかっ!!」
 半ば自棄になって叫ぶ祐一を、サキは駄々っ子をなだめるように小さく笑う。そして、
なんの前ぶりもなく、ミヤのまだ体温の残る腹をブーツの踵で踏みつけた。
「え――――?」
「じゃあ、教えてあげる。あの子を殺したのは、あの子がゆう君のこと好きだったから。
ゆう君にフェラチオしたからゆう君にキスしたから。今までずっとゆう君と一緒にいたか
ら。ゆう君に撫でてもらってたから。ゆう君に抱きついてたから。ゆう君に笑いかけても
らったから。今までゆう君のものだったから。
 ありえないよね。なんで生かしておくの? なんで殺さないの? ゆう君は私のものな
のに。私がゆう君のものなのに。意味わかんない。意味わかんないでしょ。だってゆう君
だよ? ゆう君なんだよ。私のなのに。なのに。なのに。なにがお嫁さん? なにがご主
人様? なに言ってるの? 意味わかんないよ。不明だよ。ふざけるな。ふざけるな。ふ
ざけるな! 殺す理由? 殺さない理由がないよ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄
目だよ。死ねばいいのに。ほんと死ねばいいのに。こいつなに言ってるの。意味わかんな
いよね。ははは。分かんない。ほんと馬鹿だよ。馬鹿にもほどがある。ほんと殺してよか
った。このままだとゆう君にまで馬鹿が伝染っちゃってたよ。よかった。よかった。ほん
とだよ。なんなのコイツ。ただの犬の癖に。犬ごときが。なんで泣いてるの。泣くなよ。
鳴けよ。まじ死んで。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。あー死ね。
死ね!
 いらない。いらないよね。当然だよね。もう駄目だよ。ゆう君だもん。私のだもん。ゆ
う君は私のものだからね。だからみんな殺すよ。死なすよ。ゆう君に近づいたら。ゆう君
のこと見たら。触れたら。話したら。みんな殺すから。全員。全員ね。だって10年だよ?
なに? 10年って。長いよ。永すぎ。10年も私は我慢してたのに。なんでこんなのが触っ
てるの? 話してるの? たかが犬が。たかが犬が。たかが犬が!!! 下僕が! 奴隷
が! たかが犬が! ほんと意味わかんない。なに言ってるの。死ねばいいのに。死ねば
いいのに。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。殺すもん。だから殺すも
ん。分かった? 分かったよね? 全員殺すから。みんなみんな殺すよ。当たり前じゃな
い。当たり前でしょ? 殺して。死んで。分かったよね? 全部。みんな。死なすから」
 
 何度も。
 何度も。
 執拗にミヤのゴム人形じみた屍を踏みつけて、サキは呪いの言葉を腹の底から嘔吐する。
肩で息をするまで犬の少女だったモノを愚弄すると、彼女は棒立ちのまま、がくんと腰を
折って祐一の顔を覗き込んだ。
 彼の全身が総毛立った。
 サキの双眸には狂った光が灯っている。壊れていた。全壊だった。それにもし彼女の話
を信じるなら。これは年月を経た今だから、こうなっているわけではない。昔から。以前か
ら。既に十年前から、彼女は完膚無きにまで、完璧に壊れていて何も変質していない。
 そのことに祐一は戦慄した。あの少女が。自分の言葉に嬉しそうに微笑んでいた彼女が。
恥ずかしそうに耳を染めていた少女が。自分に秘密を打ち明けてくれた彼女が。こんなもの
を。こんな周囲の人間すべてを不安にして、嫌悪させて、目を背けさせるような毒と化け物
を。彼女はあの小さな体に飼っていたということだ。
 祐一は恐怖に喘いだ。乾いた笑い声すら上げた。同時に諦めた。無理だ。不可能だ。彼女
から逃げることも。彼女を殺すことも。こんなものに敵うわけがない。こんなのは反則だ。
たかが十年、恨みを重ねたからなんだというのだ。憎しみ貫いたからどうだというのだ。事
実、自分はなんの抵抗も出来ないまま、また身近な人をあっさりと殺されてしまったではないか。
「ね? そうでしょ。私にはゆう君だけでいいし、ゆう君には私だけでいい」
 サキは幽鬼のような虚ろな目で、般若のように口を歪ませて嗤う。彼女は自身のジーンズの
ボタンを外すと、チャックを下ろす。力ずくで一息に、ブーツを履いたまま強引に足を引き抜
いた。シンプルなデザインの白い下着が、祐一を見下ろしている。水滴が月明かりを受けてチ
ラチラと光っている。そこが、陰で黒く染まる。
 サキは祐一のシャツを巻くって腹筋の上にぬかるんだ腰を落とすと、切なげに、深いため息
を吐いた。そのまま体を折り、祐一の下唇を自分のそれで挟む。
「は、離れろっ! この!」
「ねぇ、ゆう君。入れていいよね」
「い、嫌だ! やめろ! やめてくれ!!」
 祐一は歯を食いしばって、髪を振り乱した。
「ふふ。だーめ。もう遅いよ」
 サキは腰を浮かして左脚をびしょ濡れのショーツから抜き取ると、祐一の衰えを知らないそ
れに手を添えて、彼女の性器にキスさせる。
「ん……」
「うぁ…」
 サキは腰を前後させて軽く亀頭を埋めると、重力に任せて一気に腰を落とした。
「ああ……」「うぅ!」
 サキと祐一の背骨が反り返る。
 サキは瞳をきつく閉じて、のけぞらした喉首から震える吐息をせり上げる。きゅぅと寄せ
られた柳眉はひどく淫靡でいながら、その刹那の表情は切り取って永遠にしたいと思えるほ
ど美しかった。
 祐一は肺の中の空気をすべて吐き出す。サキの中はひどく熱く、痛みを感じるほどキツい。
血管の拍動に合わせて、微妙に脈打っているのがペニスを通して分かる。動くことも出来ず、
さ迷う視線を上げかけたところで、彼の陰茎はさらに強く握り締められた。
「うあ……っ!」
 サキは祐一の胸に手をついて、ゆっくりと足に力を入れる。初めての感覚に堅く緊張した
自分の膣が、ぎこちなく祐一をしごいていく。サキには軽くしびれるような痛みがあった。
だがそれは、彼女が想像していたよりもずっと軽い。太ももから力が抜けて、意思とは別に
彼女は再び腰を落とす。
「ふ、あ……」
 今まで何度見てきても疑わしかったが、本当に勝手に声が出る。サキはなんとなくおかし
くなって、くすりと微笑んだ。少し余裕の生まれた彼女は、下になっている自分の恋人に目を
落とす。
 彼は鼻の頭に汗を浮かべて、興奮のためか浅く呼吸を繰り返している。
「――――ヒハっ」
 そんな祐一の快楽に抗う姿を見つめていると、サキにとって制御できない感情があふれ出
てくる。このまま彼の全てを滅茶苦茶にしたくなるような、彼の全てを包み込んであげたく
なるような、そんなどうしようもない、破滅的ともいえる衝動。無条件で彼女を狂わせる絶
対的な衝動。それは腰元から湧き上がる愛おしい痺れと相乗されて、サキは怯えるように自
分の肩を抱いた。
「ああ……酷い。こんなの酷いよ、ゆう君」
「、ぇあ……?」
 サキはほっそりとしたその腰を、円を描くようにくねらせる。祐一からは、セミロングの
髪のベールに覆われて彼女の表情は分からない。
 サキは操り糸を失ったマリオネットのように力無く首を振った。
「ハハ。なにこれ? こんなの耐えられない。我慢できるわけ無い。ゆう君、ゆう君。愛お
しいよ、ゆう君。好き。大好き。無理だよ。癖になる。抜けられないよ。壊れる。私、壊れ
ちゃうよ、ゆう君。助けて。助けて。いや! 止めないで。どうしよう? どうしよう? 
私、狂うよ。こんなの狂う。好きすぎるもん。無理だよ。
 ねえ――――」
 サキは、頬に幾条もの涙の筋を作りながら、ギョロリと祐一を見下ろした。
「いいよね。どうせ、元々狂ってるんだし」
「さ、き……」
「だからさ――――」

――――ゆう君も、一緒に壊れよ。


 そんな言葉を、彼女は胸の内で続けた。
 そして彼女は、大きく腰を動かし始める。そんな彼女に呼応して、彼女の膣は一気に変化
を見せ始める。
「うぅ」
 祐一は思わず腰を突き上げる。劇的な快感が、前触れもなく全身を駆け巡る。押し付けら
れた子宮口が尿道を押し開いて、愛液が内側を侵食してくる。ブツブツとした肉ひだが陰茎
を優しく包みながら、掃くように、洗うように、リズミカルに圧迫してくる。カリ首と、根
元、そして中央の三つの線で、きゅっ、きゅっとまるで搾乳する指のように締め付けられる。
「ふふふ。ゆう君のおちんちん、出したい出したい、って暴れてるの分かるよ。私のまっさ
らなアソコにびゅくびゅく射精したい、って震えてる」
「え――――?」
「なに? 私が処女なのが意外? ひどいな、ゆう君。私が、祐一以外とこんなことしたい
と思ってるの?」
 サキは祐一の僅かな表情の変化を目ざとく察知すると、拗ねたように唇を尖らせた。
 祐一はサキの巧みなキスやオーラルセックスから、彼女が日頃からそういった行為を重ね
ていると思っていた。そう。陵辱の限りが尽くされていた、彼女が襲撃した数々の村で。
 サキはまだ硬い動きながら腰を上下させた。姿を覗かせた祐一の陰茎には、確かに、
月光で照らされて黒く浮き上がった破瓜の証が、呪縛のように絡みついていた。
「…ん、ゆう、君のためにっ、一生懸命ぃ、べんきょお……したん、だ、からぁ」
 二人の結合部が水音を立てる。サキの細い顎先から汗が流れ落ちる。セミロングの髪が散
って、柑橘系の爽やかな芳香が夜の澄んだ空気に拡散する。
「ぁ、それ、って――――」
「そう、だよ。ん…、にん、げん、たちにぃ、あぁ…、交尾させて、それを、かんさ、つぅ、
うぅ、するのぉ」
 サキは喘ぎ喘ぎ、クスクスと愉快なことを思い出したように笑った。
「げんじゅつ、かけ、てぇ。ぅ、はぁ…! り、せい、なくしてぇ。はぁ、はぁ、…ぁあ!
それ、で、ねぇ、いまぁ、……犯してるっ! あい、て、をぉ、ソイツがぁ、一番んん……!
そういうこと、を、はぁ、したか、ったぁ、あいてと錯覚ぅ、するようにぃ、ぅはあ…っ!
してぇ、おくんだぁああ」
 そこで、サキは腰の動きを止めた。
「…………ん、ぁ」
 祐一は自分から突き上げてしまいそうなのを必死に耐える。たとえ上下の動きはなくとも
サキの膣内は継続して蠢き、彼を真綿で締め上げるような刺激でさいなめ、萎えさせない。
「そうしたら、面白いんだよぉ」
 上気し、喘ぐ肩をそのままに、サキは汗に濡れた顔でニッコリと破顔する。
「――――みやこ」
 次の瞬間、祐一とサキの呻きが重なった。祐一のペニスはその名に反応して、びくりと跳ね
上がった。
「なんだ、って……?」
「みやこだよ、みやこ。ゆう君の姉の」
(ああ……。駄目だ)
 サキの嬉々とした声に、祐一の朦朧とした頭がひずんだ警鐘を鳴らす。
「……姉さん」
「ふふ。そう。あの日、私が初めて人を殺した日。私が初めて殺した人間。私が一番嫌いだ
った人間。私はあの子にありったけの力で幻術をかけた」
「そ、んな……」
(聞いては駄目だ)
 祐一は呆けた口をふさげない。意味を成さない鳴き声が舌の上を滑っていく。
「さて、ここで問題です」
(……やめて、くれ)
 サキは言いながら、無意識なのか膣内を締め上げた。彼女の興奮は自分の言葉で高まり
煽られている。
「あの子は、誰に犯されたがっていたでしょう? ね? ゆう君?」
「…あ、…あ、」
(駄目だ)
「ふふ。答えはー、」
「……い、や」
 サキの油を引いたように濡れた瞳が、残酷に、首を振る祐一を捉える。彼女は口元に弓月
の裂け目を走らせて、白い歯をカチリと打ち鳴らした。
「ゆう君」
「……あ、……あ、」
「そうだよ。――――あの子は父親に犯されながら、実の弟の名前を叫んじゃう変態さんだ
ったの。ゆう君、ゆう君、って。いやー、女の子は早熟だっていうけど、まさか11歳でそこ
まで歪んでるとはね。ほんと、びっくりしたよ。びっくりしすぎて幻術が解けちゃうぐらい」
「……止めろ。……止めてくれ、サキ」
「そしたら、目の前で父親が腰振ってるわけでしょ? そしたらあの子、ギャーギャー叫んじ
ゃって。さっきまで嬉しそうに鳴いてたくせに勝手でしょ? あのオス猿もそう思ったんだろ
うね、あの子の首絞めながら、五月蝿い、五月蝿い、ってそれこそ煩くわめいちゃって、まぁ、
その内あの子も動かなくなったけどね」
「……ぅぁ」
 祐一の目から最後の理性が失われる。まるで一筋の涙が洗い流してしまったように、彼の顔
から表情の色が消えた。
「ね、ゆう君。あの子の遺言、教えてあげるね」
 サキは扇情的な仕草で舌をチロリとのぞかせ、上半身を倒して祐一に密着した。下着を着け
ていないのか、Tシャツ越しに、勃起したサキの乳首が祐一の胸板で押しつぶされる。サキは
祐一の頭を聖母のように優しく包み込むと、彼の紅潮した耳を、たっぷりの唾液を塗りつけ
てから甘噛みした。
 そして、
 その耳元で、

――――致死量の毒を吐く。


「ゆう君、気持ちいいよ。だってさ」


「……あ、あ。――――ああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああ」
 祐一は壊れた笑い袋のごとくひび割れた絶叫を上げて、サキの細首に両手を食い込ませた。
そのまま体位を逆転させる。瞬間、彼の限界まで隆起したそれがサキの体内から抜けた。
 祐一はサキに馬乗りになって、彼女の生白い首に血管の浮き出た腕を押し付ける。
 サキは気道を圧迫されているはずであるのに、いまだ愉しそうに祐一の顔を覗き込んでいた。
「ふふふ。私を殺す? 祐一」
 やけにはっきりとした言葉がサキの口からこぼれ出す。
 幻術に脳を犯され、思考能力を奪われた祐一の頭は、その意味すら解しようとしない。
ただ一心。ひたすらにサキの声を止めたくて、その元栓を締めるために束縛を強引に断
ち切って跳ね起きたのだ。
「でもそれだけじゃつまらないでしょう? そんな憎い女、ただ殺して楽にするなんて。
もっと苦しめてやらなきゃ。そうだよ。ゆう君のそのおっきなおちんちんで、死ぬまで
犯してやればいいんだよ。壊れるまで突きまくってやればいいんだ。みやこみたいに。
みやこ以上に。ミヤの願望以上に。思うまま犯してやればいい。たくさんの人を殺した
悪い妖怪を、ゆう君の正義の肉棒でたっぷり懲らしめてやらなきゃ」
 サキはクスクスと面白がる。これからその身に起こることの期待からか、赤黒く変色
した頬は引き攣るように持ち上がっている。彼女は自分の首にガッチリ嵌る祐一の手首
に両手を添えると、媚びしか浮かんでいない、その娼婦の瞳で彼の顔を上目に見つめた。
 パックリ、と本性を覗かせた彼女の口が頬の端まで裂ける。
「ほら。――――早くこの女狐を犯して」
 祐一の手がサキの首を離れる。それから彼女の、折れそうにか細い肩を思い切り握り
こむ。
「ふー、ふー、ふー、ふー」
 祐一は先ほどより更に加熱された陰茎を、サキの洪水を起こした秘所に突き立てた。
 サキのきつい膣は既にその入り口を閉ざしていて、祐一の焦燥と経験のなさから、彼の
亀頭はサキのスリットにカウパーを擦り付けるだけだった。
 必死の形相で腰を突き出す祐一の頬を、サキは慈しんで撫でる。それからあざ笑うように、
すぅ、と目を細めた。
「さっきまで童貞だったゆう君には出来ない? 私におちんちん入れられない? ふふ。
ゆう君ってばほんと可愛い」
 サキは祐一の反り返ったそれに手をあてがう。押し下げて角度を調整すると、彼女の膣
口が待ち構えていたように、収縮と弛緩を繰り返す。
「ん。もう少し、下。うん、そこ」
「うぅぅっ!」
 祐一はサキの言葉のままに腰を突き出す。その矛盾に、彼の精神はもう気づけなかった。
「あああっ!」「……ぅんっ! ああ、入ってきた!」
 祐一はサキの奥底まで一気に侵入すると、間髪入れず腰をグラインドさせ始めた。
 サキの美貌が苦しげに歪む。それが、祐一を狂気の中で狂喜させる。彼は復讐を果たして
いた。あのサキが、あの狐が、さきほどまで全てを支配する女王然としていたソイツが、今
自分に組み敷かれて嬌声をあげている。
 なんという充足感。この征服感の満たされよう。
 気持ちいい。
 これは気持ちいい。
 そして祐一は次第に目的を忘れて、ただサキの表情の変遷を見るためだけに肉棒を突き入れた。
「あぁ! んぁ! ぅあ! ゆう、く、ん、はげしっ! ぃい、よぉ!」
 サキは突き上げられるたび肩甲骨をすぼませながら、激しく懊悩するように自分の黒髪を
両手で握り締める。
「ははっ!」
 祐一は思わず哄笑を上げた。愉快すぎる。なんだコイツ。
「このっ! 淫乱狐がっ! 今までっ! よくもっ!」
「ああっ! ごめん! なさいっ! ゆう、君ぅぅ! 許してぇ!」
「このっ! このっ! ええっ! どうだっ! まいったかっ! ええっ!」
「あんっ! あんっ! ああっ! 壊れるぅ! 壊れちゃう!」
「ははっ! 死ねっ! 死ねっ! このスケベマンコがっ! ああっ!? さっきまで処女だったクセしてっ! もうこんなになりやがってっ! ぐちょぐちょ吸い付いてくるぞ! 
ああ!! お望み通りなあ! 殺してやるっ! 突き殺してやるよっ!!!」
「うん。うん! 殺してぇ! ゆうくん、のっ! 硬いのでぇ! いっぱい、いっぱいぃぃ!
突いてっ! 衝いてっ! もっともっとズコズコしてぇえええええ」
「ひ――――ひひひ」
 祐一の喉が熱狂にひりつく。
 彼が罵倒するたび、サキの性器はまるで別次元の快楽をもたらす。波立ち、うねり、ひねり、振動し、子宮口が亀頭を吸い込み、吸い付き、吸い上げ、そして押し返し、押し付け、
抉るように押し込んでくる。
 サキはしなやかな筋肉で上半身をぐぃ、と起こし、祐一の首に両腕を巻きつける。そして
そのまま、彼を自分のほうに引き倒した。
「ゆうくんっ! ゆうくぅん! いい! いい! 駄目! 死んじゃう! よすぎて死んじ
ゃう!」
「ああ! 死ね! 死んじまえ! お前みたいなのはなぁ! 今すぐ死んじまったほうがい
いんだ! ああ! 俺が! 俺が! この俺が殺してやる!」
「うん! うん! いいよ! ゆう君だったら。ゆう君にだったら殺されても! いいよ!」
 サキはそういうと全てを包み込むような寛容の笑みを浮かべる。恥骨が砕けてしまいそうな挿入を受け入れて、祐一の唇に、触れるだけのキスをした。
「っ、ああ!」
 サキは体を若アユのように反らして、そのしなやかな筋肉でのしかかる祐一を持ち上げ、腰を浮かす。隙間の開いた尻から、伝説に名高い九本の尾が覗く。それはざわざわと震えると、毛を逆立たせて一気に膨張した。
 九尾が祐一を包み込む。その中で、彼は驚嘆の歓声を上げた。
「うあっ! あああ!」
 初めは耳。二本が彼の両耳の穴に侵入する。ゴソっ! ゴソソっ! と鼓膜が毛先に直接振動させられる。シャツの内側に潜り込まれ、彼の乳首がさらさらの尾に優しく撫でられる。未熟な乳腺に割り込むように、ぐりぐりと尾の先が乳頭をつぶす。
「うはぁ!」
 祐一が全身を硬直させる。
 二本が互いによじりあいながら、祐一の尻穴を拡張する。二本が中でほどける。器用に直腸内で曲がり、鉤状になった一本が、
「あああっ!!!!!!」
 ゴリッ! と、祐一の前立腺に喰らいついた。
 サキの体がぐっ、と持ち上がる。結合したまま対面座位に移行する。重力を直接受ける体勢で、祐一の怒張がサキの最奥の奥まで押し込まれる。
 深い。
 祐一は折れんばかりに海綿体を緊縛され、ついに限界を突破した。
 瞬間。耳穴が、乳穴が、ケツ穴が、結合部が、そして全身が、サキのヴァギナと尾と
肢体で責め立てられた。
「うわあああああああああああああああああっ!!!!」
 思わず耳を塞ぎたくなるような戦慄。旋律。

どぴゅっ! どくっ! どくっ! どくっ!

 吐き棄て、叩きつける、スコールのような射精が、サキの子宮口を思うままに塗り潰す。
「あああああああああああああああああああっ!!!!」
 同時、思わず聞き入ってしまうような絶叫。絶頂。
 サキは灼熱を子宮口に感じ、この日一番のオルガズムの境地に達した。
 サキの腕が、祐一の首から解ける。そのまま彼女は、柔らかい草の上に倒れこんだ。
 祐一は繋がったまま、脊髄をピリピリと揺すぶって、ひーひー、と死にそうな呼吸を繰
り返す。
「ん」
 サキは熱に定まらないおぼろげな眼差しで、くすぐったそうに腰をくねらせた。
 そのぬるま湯の刺激が、祐一に一瞬だけ自我を回復させる。
 眼下にオンナ。慈愛の情で自分を見つめるオンナ。情事の余韻。心地よい腰の疼き。
そこに絡みつくオンナの足。しっとりと汗ばんだ肌。嬉しそうに揺れて、自分の体中を這いまわる九本の尾。彼女の額に張り付いた髪。セミロングの艶。血色を透かしてピンク
に染まる頬。月光に輝く相貌。
「……ぁあ」
(、……コイツは)
「て、き、……だ」
 祐一はぐっと体を反らして、ありったけの膂力で、その淫猥な顔に拳を叩きつけ――――!
「あ……れ?」
 彼が固く握り締めた槌は、サキの鼻骨を砕く直前でギシリと静止した。
 呆然とする祐一を慰めるように、サキは彼の拳に軽く口付ける。
「どう? 動かないでしょ?」
 サキは祐一の反応を覗うように、彼の顔をのぞき込んだ。
「ふふ。知ってる? 九尾は仙女でもあるんだよ」
 仙人、仙女が操る道教の術、その一つである房中術。交合によって男女の精気を循環させ、不老不死を得んとする業。
「ゆう君はもう私と繋がってる。私が望まない限り、ゆう君は私を傷つけることは出来ない。逆もそうだし、ゆう君自身も私が望まない限り自傷できない。だから自ら命をたつこともできない。私が生きている限りゆう君は生き続けるし、ゆう君が生きている限り私は死なない」
「そ、んな」
「言ったでしょ。今度はゆう君の体を私のものにする、って。これから私たちは文字通り一心同体なんだよ」
 そうして、サキは心底嬉しそうに笑った。それと呼応するように、サキの膣内が再び活動し始める。
「だけど――――」
「うぁ……!?」
「これならいいよ。いくらでも、乱暴にしてくれて」
 サキは腰を浮かして、ずずず、と祐一のペニスを深く挿し込む。
 祐一の脳がまた沸騰を始める。目の前の極上のメスしか目に映らなくなる。
「さあ、いいよ。いっぱい、いっぱい、悪い狐にお仕置きして」
 サキが小首をかしげて艶然と微笑む。


「――――ね? 祐一」


 再び草原に淫らな水音と嬌声が響くまで、そう時間はかからなかった。