「全く、本っ当にとんでもない目にあった……マジであの世に行ってしまうかと思ったよ」
「……ほんまにすまん……」

朝、俺は朝食の納豆を掻き混ぜつつ、
テーブルを挟んで向こう側に正座する八美に向け、不機嫌な調子で言葉を漏らした。

あの後、俺は本能の赴くままに快感を追い求める八美によって、都合10回程イかされ続けた挙句、
疲労によって俺は敢え無く意識を手放し、お花畑が綺麗な何処かの川を渡ろうとした所で、
5年ほど前に死んだ筈のばあちゃんからドロップキックを食らい、強制的に身体に戻される夢を見た。
ばあちゃん、俺をあの世に行かせない為とは言っても、さすがに乱暴な方法は止めてくれよ……

まあ、それで目が覚めて見ると、八美は何を勘違いしたのか葬儀社へ電話をかけようとしている真っ最中。
無論、俺は即座に勘違いしている奴の頭に脳天唐竹割りを食らわせ、
悶絶する八美に向けて俺が健在である事を分からせてやったのだが……
もし、俺が目覚めるタイミングが遅れていたら一体どうなっていた事やら。

「しょっぱなからこんな調子じゃあ、ウチはほんまに恩返しが出来るんかなぁ……」

その八美だが、今までの調子は何処へやらとばかりに、人間の物に戻した手で頬杖をついてしょぼくれている。
まあ、そうなるのも仕方ない。恩返しを返す筈が結果的には迷惑を掛けてしまったんだ。
しかも危うくリアルで昇天させかけたとあったら……

とは言え、こんな辛気臭い空気は余り好きじゃないので、俺は笑顔を浮かべて言った。

「ま、過ぎた事は過ぎた事、一々気にしてたら良い人生送れないっての」
「ぅー、気を使わせてほんまに申し訳ないわ……」

とか言いながらがつがつとご飯掻きこんでる時点で申し訳もへったくれも無いのは気の所為だろうか……?
いや、まあ、それはさて置き。少し気になった事を聞いておくとしよう。

「で、話は変わるんだが、さっき言った『ほんまに恩返しが出来るんかなぁ』って如何言うことだ?」
「……ふぇ?」

唐突な俺の問い掛けに、頬にご飯粒を付けながら間の抜けた声を上げる八美。

「いや、だから。昨晩のアレが恩返しじゃないとすると、
お前のやろうとする恩返しって具体的に如何言う事するんだ? って事だよ」
「…………」

ようやく意味を理解したのか、八美は暫し考えた後、
やおら天井を仰ぎ見て頬をひとかき。ついでに額に浮かぶ一筋の汗。
ひょっとして、まさかとは思うが……。

「あちゃー、しもたぁー。そういや、そんな事なんも考えてなかったわー」

言って、骨が抜けたように――そもそも蛸に、人間で言う骨に該当する物は無いが――
テーブルにぐてーっともたれ掛る八美。
ヲイ、やっぱりか……本気で何も考えてなかったんだコイツは……


「イヤー、アンタへ恩返ししたいって頑張って何とか人間の姿になったんはええけど、
そん時になって初めて、ウチは人間の生活ってのが如何言うものかあんま分かってなかった事に気付いてな、
まあ、そう言うことで迷惑掛けないようにしなきゃなーって考えて、人間の生活に付いて色々と勉強し始めたんやけど…」
「勉強している内に、俺へ如何言う風に恩返しするかとかを考えるのを忘れてしまった、と言う訳だな?」
「う゛……その通りや……」

掻き混ぜた納豆を御飯の上に掛けつつ、ジト目を浮べて言う俺の指摘に口篭もる八美。

「粗方勉強して、これで大丈夫やと思った頃には、如何恩返しするんかすっかり忘れてて……
まあ、アンタが喜ぶような事やっている内に思い出すやろと楽観して、アンタの家に行ったんはええけど……」
「そのままズルズルと今に至るって訳だな」
「……滅相もないわ……」

遂にはがっくりと項垂れる八美。呆れた俺は思わず溜息を漏らした。
つー事は何か? こいつ、目的と手段が入れ替わってしまった事に全然気付いてなかった訳か?
……まあ、なんという成り行き任せな恩返しな事で……ハァ

「……んじゃあ、もう一つ聞くが。昨晩のアレはなんだよ?」
「昨晩のアレ?」

納豆御飯に醤油を掛けつつ俺は、身を起こした八美へ再度問い掛ける
しかし、その言葉の意味が理解出来なかったのか、八美は首を傾げる。

「昨晩、俺を逆レイプした事だよ。
アレが恩返しじゃないとすると、お前は一体、何のつもりでやったんだ?」
「あー、そうやな―……あん時、夜這いって言ったのはただの冗談でな、
本当は疲れているアンタに、マッサージでもしてやろかと思っただけやってん。
で…それで何で裸やったんかと言うと……まあ、ちょいとサービス的な感じで、裸でやれば喜ぶやろと思ってな。
あ、これも……その……海亀の爺さんのアドバイスなんやけど……」

とか、少し節目がちに語る八美。
随分と性的なサービスだな、とか突っ込みたかったが、この際は言わないで置こう。
しかし、案の定、昨晩のアレも海亀の爺さんとやらの受け売りだったのか。ロクでもない爺さんだな。
ま。こいつにはこいつなりの考えがあってやったのだろう。でも、その方法が些か間違っていただけで。

「で……昨日の晩、大潮やったの知っとるか?」
「大潮?……ああ、そういやそうだった様な……で、それが何の関係が?」

今度は逆に問い掛けられ、俺は納豆御飯を口に運びつつ何の気無しに答える。
まあ、家の近くの磯場へ海釣りに何度も行っているので、自然と大潮の日をチェックしているが……。

「ウチは今でこそ、このかわゆい少女の姿やけど……元々は海に住む蛸やったやんか。
まあ、その関係でな……大潮の日となると、如何もな…本能が先走ってしまいがちになるみたいやねん。
で、しかも、あん時はウチにとっての初めて……やったさかい、
その……余りにも気持ちの良さに、ちょっと本能の歯止めが効かなくなって……な」

話している内に羞恥心が芽生えて来たらしく、それこそ茹蛸の様に顔を赤くして顔を横に背ける八美。
どうやら、本当にアレが初めてだったんだな、こいつ……、
道理で、妙に動きにぎこちない所がある上に、挿れる時には何処か戸惑っていた節があった訳で。
……流石の海亀の爺さんとやらでも、実践練習までは教えられなかったみたいだな……

「で、結果的に逆レイプになってしまった、と。そう言う訳か」
「…………」

やや呆れ気味に言った俺の言葉に、八美は遂に頭から蒸気を上げて俯いてしまった。
やれやれ、本っ当にしょうがない奴だな……。


「ま、俺も……初めてだった訳だし。
それに気持ち良かったのも確かな事だし。ここはお互い様って所でどーよ?」
「は? いや、そうやけどなぁ……」
「俺に『純情やねんなぁ』とか言った事、忘れたとは言わさんぞ?」
「う゛……そ、其処は持ち出さんといて欲しいな、自分!」

にやけ顔で言った俺の言葉に、一瞬固まった後、腕を振り上げて抗議の声を上げる八美。
しかし、それに動じず俺は笑顔を浮かべて

「ま、次も同じ事を繰り返さない様に気を付ける事だな。
そう、これから俺に恩返しする為にも、な?」
「……へ?」

言っている意味が分からなかったのか、八美は目を点にして間抜けな声を漏らす。
そして、ようやく言葉の意味が飲み込めたのか表情を明るい物に変え

「って、事はここに居てええって事か?」
「流石に俺に恩返しする為に努力したってのを、ここでフイにするってのは悪いと思ったからな。
まあ、その代わりと言っては難だが、お前にはこれから掃除洗濯食事の用意その他諸々をやってもらうぞ?
流石にタダ飯を食わせる訳にはいかんからな」

喜びの声で問い掛ける八美に、俺は肯定すると同時に住む条件を言う。
その言葉に八美は胸を張って、

「当然や、その為に頑張って勉強してきたんやからな!」
「うん、良い返事だ。 それじゃ、これから頑張ってくれよ?」

丁度、俺も長く続く一人身の寂しさを感じ始めてた事だし、
ま、こう言う恩返しも悪くないかもな。

「通はん、ほんまにおーきに!」

言って、笑顔の八美が俺に飛びついてくる。
……うーむ、抱き付いている八美の小ぶりな胸の柔らかな感触が俺の胸元にぷにぷにと……。
いや、そもそもこいつは元々軟体動物だから身体全体が柔らかいんだなぁ。

そんな俺の思考に、ピコーンと言う感じで即座に反応する股間の馬鹿息子。
ヲイコラ、お前、昨晩はアレほどやったにも関わらずまだ元気なのかよ!? 節操無さ過ぎだぞ!
無論のこと、俺に抱きついている八美は直ぐにそれに気付き

「お、早速、こっちはウチに恩返ししてもらいたいみたいやな?」
「さーて、今日は朝早くから仕事があるんだったなー」
「さっきカレンダー見たけど、今日の日付に『休暇』って書いてあったで?」
「ぐぅっ!?」

俺は身の危険を感じ、逃げ出そうとするも。
八美のスルドイ指摘に図星を突かれ、痛恨の呻き声を上げる! そういやコイツ、字が読めるんだった!
と、そうしている間に、4本の触手と化した八美の両腕によって俺は身体を拘束されてしまう。

「さーて、これから頑張るでぇ―!」
「いや、其処は頑張らなくても良いって…アッー!」

そして、八美の責めによって、意識が快感の色に染め上げられつつ、俺は思った。
……この世の中、恩返しも程々が一番だと。

――――――――――――――――了――――――――――――――――――