「今日はあんまし見たい番組はないし、夕飯までごろ寝三昧と行こうかな……」

とか呟きつつ、自宅のアパートの一室で昼寝を満喫中の俺の名は海原 通(うなばら とおる)、
まあ、俺はこう見えて、しがない商社で真面目に働くサラリーマンだ。
……「こう見えて」の使い方が違う? 気の所為だ。

毎日を仕事に追われ、多忙の日々を送る傍ら、休暇の日は趣味の海釣りに出かけるか、
こうやって家で日がな一日、ごろ寝して過ごすのが俺のストレス発散法だったりする。
妙にただれた休暇の過ごし方のような気もするが、其処は気にしない。

ピンポ~ン

そんな、久方ぶりの休暇をのんべんだらりと過ごしていた俺の平穏は、
やけに間延びしたインターフォンの音が打ち砕いた。

ったく、人が折角静かに昼寝しようとしてたのに……どうせロクでもない悪友か新聞の勧誘といった所だろう。
無視だ無視、暫く放っときゃ何時か諦めて帰る筈だ。

ピンポ~ンピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポ~ン

インターフォンを某名人張りに十六連打?されても無視!
とは言え、流石に音が少々煩わしいが、ここでうっかり応対に出て余計に煩わしい事になるよりかまだマシだ。
そう思った俺は枕元においてある耳栓を耳に詰め、尚も居留守を決めこむ。

そうやって――何者かがインターフォンを122回押した辺りで(数えてた)唐突に音が止んだ。
やれやれ……やっと諦めてくれた様だな。これで静かに眠れる。

と、再び寝入ろうとした矢先、玄関の前に居る何者かは訝しげに、

「おっかしいなぁ~?……なっかなか出てこうへんな?
見たとこ、電力計は人が居る時と同じ様に回ってるさかい、絶対に居る筈やのに……」

ちっ、中々鋭い所を突いて来る……!
それにしても、この声の質からすると。今、玄関の前に立っている誰かは若い女、といった所か?
口調が怪しい関西弁なのが少々気になるといえば気になるが……。


「あ、ひょっとするとこれは、居留守やな」

――っ! 気付かれた!
かといって、「あはは、バレチャッタ~」と出てしまうほど俺は阿呆では無い。
生憎、玄関には鍵が掛かっているのだ。無論、鍵はこちらの手の内にある。

と言う事は、玄関前の誰かが大家かピッキングドロでも無い限り侵入は不可能と言う訳さ!
さあ、さっさと諦めて帰るこった! 玄関前の誰かさん!

「しゃーないな、如何しても出てこーへんならウチだって考えあるで!」

何……考え?
その言葉に、俺は思わず眉をひそめる。

「はよ出てこ―へんと瞬間接着剤でドアの鍵穴塞ぐでー?
あ、ついでにドアノブに犬のクソを塗るのもオモロそうやな」

ちょwwwおまwwww それ洒落になってねぇ!

「ほら、ウチが三つ数えるまでにはよ出―へんとドアがえらい事に……」
「わ、分かった分かった! 俺の負けだ! だから一体何の用だ!」
「お、意外にあっさり出てきおったな?」

流石にドアに悪戯されるのは勘弁したかったので、
玄関前の誰かがカウントを始める前に、俺は慌てて耳栓を耳から外すや玄関へ向かい。
直ぐ様に玄関のドアを開ける。

―――そこに立っていた少女、その格好は何処か妙だった。
年の頃は高校生くらい、身長は俺よりちょっぴし低め、そして胸も控えめ。
耳元に掛かるくらいの長さの黒髪に、きりっとした物を感じさせる眉にパッチリとした黒の瞳、
形の良い小鼻に、思わず触りたくなる様な柔らかそうなプックリとした唇がアクセントの、
良い意味で可愛らしいと言った感じをさせる少女、なのだが……
問題はその少女が着ている服にあった。服装こそTシャツにホットパンツと年相応ではあるが、
白のTシャツにはデカデカと『VIVA! OOSAKA』の文字と、通天閣らしき絵がプリントされていたりする。

……何このセンスの悪さ? つか何処でこんなシャツ売ってるんだ? 売ってたとしても土産物屋位だろ、これ。
おまけにだ、少女の手に瞬間接着剤と、茶色いナニかが入ったビニール袋を持っている辺り、
万が一、面倒臭がって俺が応対に出なかったらこの少女は本気でやるつもりだった様だ。……危ない危ない

とか、俺が訝しげに観察するのを余所に、少女は話を勝手に進める。

「全く、居留守するなんて酷いやっちゃ、ま、それは別に良いとしてや。
ウチの名は多胡 八美(たご はつみ)! 海原 通やったっけ? ウチはアンタに恩返ししに来たってんで」

……恩返し?
多胡 八美と名乗る少女に向ける俺の眼差しに、訝しげな物が濃くなったのが自分でも分かった。
この少女が俺の名前を知っているのは多分、玄関先に張られている表札でも見たのだろう。
たまたま俺本人が出たから良いが、もし俺ではない他人が出た場合、コイツが如何してたのかは少し気になる所だ。
……まあ、今更試すつもりは毛頭ないが。

「ああ、そうか。恩返しは結構だから帰れ」
「ちょ、いきなし帰れってンな殺生な! せめてなんでここに来たかとかの事情くらいきーたってーや!」

無論のこと、俺は即座に相手にしないほうが良いと判断し、直ぐ様ドアを閉めようとしたが
少女が慌ててドアの縁を掴んだ為、閉めることは叶わなかった。
……仕方ない、こうなったら適当に話を聞いてなんかしらの理由を付けて追い払っちゃる!

「何だよ、事情を聞くだけなら別に良いけど、余りにも胡散臭い話だったら即刻ピーポ君を召還するぞ?」
「大丈夫大丈夫やって、決して嘘とちゃうから。
じゃ、言うけど、ウチな、一昨年の夏にアンタに助けられた蛸や……って何で早速携帯を手に取るねん!」
「明らかに胡散臭いと判断したからに決まってるだろ阿呆!」

携帯電話を手に取ってピーポ君召還ダイヤルを押し始めた俺の行動を見て
慌てて声を上げた少女に、俺は当然の台詞を返す。

「うわ、酷っ! せめて話を全部聞いてから判断してもええやろっ!」
「全部聞くまでも無い! 何処の世界に蛸の恩返しなんてあるんじゃバカタレ!」
「ここの世界に決まっとるやろっ! とにかく、嘘かそうで無いかを決める前に、せめてウチの話を聞いてーや!」

……チッ、しつこい。
ここで相手が、顔にホクロ毛が何個か付いている上に息の臭いオッサンならば問答無用で蹴り出せば済む話なのだが、
相手が少女である以上、ヘタに乱暴な手段に打って出よう物ならこちらがピーポ君のお世話になる事になる。

「……分かった、聞くだけだぞ?」

そう言う訳で、俺は仕方なく、本っ当に仕方が無く(強調) 少女の話を聞く事にしたのだった。

「アレは―― 一昨年の夏の事やった……」

そして、少女は何処か遠い所を見る様に、話を始めた。

「有る日、ウチが出掛けている隙にウツボのヤローに住んどった家を乗っ取られ、ウチは引越しを余儀なくされてな。
引越しするにしても、まーウチはこう見えて、家にこだわっている方やから、ウチが気に入るような家が中々見つからへん。
まあそれで、毎日暇を見ては住み易そうな家を探しとってん」

ああ、どの世界でも住宅事情ってのは厳しい物なんだなー。で、だから如何した。
明らかに胡散臭い話にげんなりとした物を感じつつ、俺は少女の話を聞く。

「で、その日も夕暮れまで捜して、今日も駄目やろと諦めかけたその時や。
なんと! 前探した時は影も形も無かった良い形をした家を見つけたんや! 
それで、『あん時は探しが悪かったんやろーなー』とか、『まあ、良い家が見つかったからええか』とか考えながら
その家に住む事にしたんやけど……実はそれは人間のしかけた、ウチらを捕える為の卑劣な罠やった!
ウチが異変に気がついた時には、出口が塞がれあっという間に海から引っ張り上げられてしもうたんや!]

言って何処か悔しげな表情を浮かべ、顔の前に突き出した左手をぐっと握り締める少女。
……と言うか、それって所謂、タコツボ……?

「それから何度か人間の隙を見ては逃げ出そうと試みたんやけど、如何も上手く行かん。
そうこうしている内に、ウチは一緒に捕えられた仲間と共に変な場所に連れていかれてな、
ここは何処や?と思っていたら、人間が仲間を一人ずつ連れ出し始めたんや」

……あー、多分、漁港で出荷し始めたって所かな?……
そう思いつつ、俺は左人差し指の先で鼻頭をぽりぽりと掻きながら、口調にやや熱のこもり始めた少女の話を聞く。

「メッチャやばいと思った、ウチはこのまま連れ出されたら2度と海に帰られなくなるやも知れんと予感した
けど、ウチは日頃の行いが良かったんか、運良く逃げ出す事に成功してたんや!」

よっぽど運が良かったんだな、と言うか脱走を見逃してしまう市場の人に一言言いたい。

「しかし――それまでやった。海ん中を進むには都合のええウチの足も、陸の上じゃのろのろと這いずるしか出けへん。
そうしている内に、慣れ無い地上の呼吸が出来ない事と、夏の暑い日差しの所為で、ごっつい苦しくなってな、
その苦しさに思わず『ウチ、このままくたばるんやなー?』なんて思い始めた時や!」

少女がぴしぃっ、と効果音が思わず聞こえてくる様な見事なポ-ズで俺を指差し。

「そう、アンタが、ウチをお姫様抱っこで海まで連れていってくれたんや!
もうあん時は本当にアンタが神様か仏様に見えたで! そして感謝しても感謝したりんくらいの恩を感じたんや」

あー、そういや、言われてなんとなく思い出した。
確か…一昨年の七月辺りか、釣りの帰りに漁港を歩いている時、のたのたと地面を這う蛸を見つけたんだっけ……?
俺はその時、クーラーボックスが一杯になる程魚が釣れてたし、それに蛸を捌くのも面倒臭いし、とか色々考えた結果、
蛸イラネと判断して、そのまま拾い上げて海に放り投げたんだっけ……。
でも、流石にお姫様抱っこはないだろ―……?

とか、心の中で記憶の引き出しを手繰り考える俺を余所に、少女は話を続ける。

「それでや、ウチは何とかアンタに恩返ししたろうと考えた結果、何としても長生きして神通力を得る事に決めたんや」
「……神通力?」
「そや! どんな動物でもな、通常の寿命の二倍長生きすれば神通力を授かる事が出きるねん
これは海亀の爺さんが話してくれた事や! 海亀の爺さんは物知りやねんで!」

俺は、思わず少女の言葉に聞き返してしまった事を少し後悔した。
海亀の爺さんって……んなローカルな人物評は聞く気ありません。
というか、じんつーりきって……何と言う都合の良い設定……こんなふざけた話、生物学者にとっては発狂物だろう。

「それでや、その話を信じたウチは、何時か恩返しをする事を心に秘め色々と努力した、
そして、今年! 念願が叶って長生き出来た事で神通力を得たウチは早速、人間の姿になって陸に上がったって訳や。
で、その後も色々とまあ紆余曲折があったんやけど、そこは話が長くなるから端折って置いてや、
何だかんだで命の恩人のアンタの家を見つけだし。今、こうやって尋ねたって訳や!
どや? ウチの話、信じてくれるか?」

言うだけ言った後、こちらへ期待の眼差しを向ける少女。
俺は再度、左人差し指の先で鼻頭をぽりぽりと掻いて、

「えっと、お帰りください」

きっぱりとした口調で丁重にお帰りをお願いした。
無論、手をひらひらと上下に振るジェスチャー付きで。

「へ?……ちょ、話がちゃうやんか! ウチの話を信じてくれるとちゃうんか?!」
「俺は話を聞くとは言ったが、話を信じると約束した覚えは無い!」
「そ、そんなぁっ! か、堪忍やっ!」

俺の返答に、少女は一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、何処か泣き出しそうな調子で俺に縋り付こうとするが
当然、話を聞く気の無い俺は目一杯拒否の姿勢を強い態度で示す。

まあ、いきなり『貴方に助けられたので恩返しに来ました』とか言われて、信じろ、と言うのがどだい無理な話である。
いつ詐欺被害に遭うか分からないこのご時世、得体の知れぬ奴の信憑性ゼロな話をホイホイと信じて家に上げて、
朝、目が覚めたら家具一切合財持ち去られていました、じゃ笑い話にもならないだろう。
つーか、問答無用で蹴り出そうとしないだけまだマシだと思え。
「しゃ、しゃーない、こうなったら証拠を見せたる!」
「はいはい、証拠もなにも……」

何やら袖をまくり始めた少女に、俺が如何でも良さそうに言いかけた所で――その言葉が止まった。

そう、俺に見せつける様に横に伸ばした少女の両腕が、
螺旋状の切れ込みが入るや解ける様にバラけて、左右2本ずつ計4本のうねる触腕に変わったからだ。
その内側には規則正しく二列に並ぶ無数の吸盤が有る辺り、それが蛸の触手と見て間違いないだろう。

「ほれっ、見てみぃ! これでウチが蛸やったって分かったやろ!」
「あ、ああ……いや、しかし……」
「何や? これでまだ文句があるんか?」

触手と変わった少女の腕を目の当たりにし、俺が呆然とした調子で漏らした言葉に、
両腕の4本の触手を腕組させた少女が眉をひそめる。

「最初っから俺にそれを見せておけば、
わざわざ長ったらしい話をする必要なんてなかったと思うんだが……?」

言われて少女は、一瞬考える様に沈黙した後、はっとした表情を浮かべてこちらを見て、

「――! アンタ、実は頭ええやろっ!?」
「…………」

……ああ、分かった。コイツ、ある意味バカだ。


「でだ、多胡……八美、だっけ? お前は恩返しとか言うけどさ、一体何が出来るんだ?」

暫く経って、渋々だが少女を家に上げた俺は、
テーブルを挟んだ向かい側に座っている少女――八美(取り合えず呼び捨て)に尋ねる。
結局、如何やっても恩返しをタテにして、帰りそうな様子の無い八美に対し、
俺は適当に話を聞いた後で説得して追い出す事にした。

「ウチの事はハッちゃんでもええで?」
「 誰 が 呼 ぶ か 」
「つれないなー、自分。 まあ、それはええとして、ウチに何が出来るんやと言うとな、そやなー……」

俺の拒否を軽く流した後、八美はその場でがばぁっと立ちあがり、息を吸いこむと

「先ずな、ウチは口から墨が吐けるで! 
まあ、水ん中と違って地上じゃあ煙幕みたいになっちゃうんやけどな?」

とか言って、口からボファっと黒い煙を吐いて見せる。
――――そしてその後も

「それだけやないでっ! ウチの身体は軟体やから狭い隙間でも簡単に入ることが出来るねん!
やから箪笥の裏側に入った小銭とかも楽々取り放題や!」
「……あ、ああ……凄いな……」

箪笥の裏側の狭い隙間ににゅるりと入って見せたり。

「しかもやっ! この触手の吸盤を生かして何処にでも張り付く事が出来るんや!
ウチにとってはロッククライマーなんか目やないでっ!」
「……う、うん、そうか……」

腕の4本の触手の吸盤を使って天井に貼りついて見せたり。

「その他になぁ!……えーっと、えーっと……そやっ! 身体の色を変えて周囲の景色に溶け込む事も出来るんや!
フフフ、どーや、性欲を持て余すスパイも顔負けやでぇ!」
「…………」

思い付かなかったのか、やや考えた後、肌の色を迷彩色に変化させて見せたり。
と、そんな感じで目の前で披露される八美の人外的な技を、呆然と見守り始めた俺を余所に、
何やら一人で盛り上がる八美。

「凄いやろ、ウチの能力。ウチらが海の忍者と呼ばれている所以なんやで!」
「なあ」
「何や、何か質問があるんか?」
「そりゃ確かに君の能力は凄いと言える。……だが、恩返しの何の役に立つんだ?」

俺の投げ掛けた何気ない問い掛けに、八美は一瞬沈黙して、

「……えーっと……スパイ活動?」
「とっとと海に帰れお前は」

ペコちゃん顔しつつ苦し紛れに言ったボケに、俺はごく当然の返答を返した。


「ちょ、まだ恩返しも出来てへんのに帰れって、んな殺生な!」
「何処の一般市民がスパイ活動するかド阿呆! 寝言は寝てから言え!」
「アンタが『何が出来るんだ?』って聞かれたから答えただけやんか! それで帰れなんて酷過ぎやでっ!」
「お前の言うその『出来る事』と、俺の言っている『出来る事』のニュアンスが違うんじゃボケぇっ!
俺の言っているのはな、炊事洗濯掃除その他諸々の生活に役立つ特技の事を言ってるんだ!」

非難の声を上げる八美に、俺は声を荒げて言っている事の違いを言う。

「え?……あ、ああ、そー言うことやったんか? ウチ、勘違いしとったわ。 そー言うことねー」

いわれて、八美は一瞬だけぽかんとした表情を浮かべた後、ようやく納得したかの様に何度も頷く。
……やっと俺の言っている意味を理解したか、こやつ。

「まあ、それやったら大丈夫やわ。
アンタの言う炊事洗濯掃除その他諸々、なんだって出来るさかい。ウチに任しとき!」
「ほぉー? そこまで言うんだったら、早速やって見せてくれよ? 
もし、俺が駄目駄目だと判断する事があったら、即お帰りいただくぞ?」
「ええで、その代わり合格やったら恩返しをやらさせてもらうで!
言っとくけど、ウチの腕前にビックリするなや?」

意気込む八美を前に、俺は心の中でほくそ笑んだ。
これで何かと粗探ししてこの変な少女を追い出す理由が出来る、と。
だが、しかし……


「…………」
「どや! 完璧やろ?」

数時間後―――得意げにえっへんと胸を張る八美に対して、俺は言葉が出なかった。
ほんの数時間前まで、俺の部屋はゴチャゴチャと置かれた荷物やらゴミやら何やらでプチジャングルと化していた。
だが、今、目の前に広がる部屋は、綺麗に掃除された上に荷物も完璧に整理整頓され、前とは別物となっていた。
何この劇的ビフォーアフター、匠の領域ってもんじゃないだろ?

「この夕食のさば味噌の味付けには少々苦労したんやで~? 隠し味に梅干を入れたんや」
「あ、ああ……」

そして、部屋の真中のテーブルに置かれた料理もまた、俺の言葉を失わせるのには充分過ぎた。
見た目は飽くまで美しく、ほのかに漂う香りは食欲を引き立たせ、恐らく口にすればその期待通りの味を約束する事だろう。
見よ、この一粒一粒形の整った湯気の立つ御飯を!
感じろ、このさばの味噌煮の素材の魅力を引き出した芳醇な香りを!
そして震えろ、この豚汁の豚肉玉葱人参牛蒡味噌の素材達が奏でるハーモニーに!
……とまあ、そんなナレーションが聞こえてしまう位、目の前の料理は素晴らしい完成度だった。

「あ、そや。 部屋掃除するついでに汚れた服とかも洗っておいたで?」
「…………」

更に、汚れたまま部屋の隅に放置されていた何処となく異臭を放っていた衣服その他諸々も、
呆然とする俺の視線の先で、しっかりと洗濯され見違えるほど綺麗になった状態となって天日に干されていた。

「ふふん、どーや。ウチはこの日の為に、寝る間も惜しんで家事の特訓してきたんや!
折角ここまで来たのに、『家事が出来ない』とか良くありがちな理由で追い返されとうなかったからな!」

余りにも予想外な結果に呆然とする俺に、八美はこれでもかといわんばかりに胸をはる。

「ぐっ……み、認めたくはないが……ご、合格だ」
「よっしゃ―! これで恩返しができるでっ!」

俺が渋々言った言葉に、八美がガッツポ―ズをとる。

くっそー、何かすっごい言い様のない敗北感を感じる。
何この腹立たしさ、目論見が外れたとか言うレベルじゃない位にむかつくんだが……?
……ま、まあ良い、後で追い出す理由を捜せば良いだけの事だ。

そう考えた俺は、先ずは目の前の料理の味を見る事にしたのだった。

……悔しいけど料理は美味しかった。

                       *   *   *
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