雲ひとつ無いよく晴れ渡った空。さわやかな風が草原に吹いている。
見渡す限りの草原。目を引くようなものはその中に不自然に落ちている一抱えできそうな岩ぐらいだろう。
このような日は何も考えずに寝転んで、昼寝でもしたらさぞ心地良いだろう。

「おい、聞いてンのかよ!」

無粋な声が思考を遮った。
自分を囲む男達の一人がいらだったように声を上げたのだ。
粗末なぼろを纏い、同じく粗末な刃こぼれのした刀を手にしている。
前に三人、後ろに二人の計五人。追いはぎと言う奴だ。
すっかり囲まれてしまった。
…うむ、興味なかったから視界から抹消していた、なんてな。
何故こんなに落ち着いているかと言うと自分は強いから、では無い。
自虐するわけではないが、剣術道場では下から数えたほうが早い程度の腕前だった。
絶体絶命の危機と言う奴なのだが…まあ、心配はしていない。
「びびっちまって刀も抜けねぇか」
嘲笑と共に見せびらかすようにボロボロの刀を振ってみせる。
いいや、違うね。抜く必要も無いんだよ。
「雪、頼むよ」
独り言の様に呟くと男達が怪訝な顔をする。
視線の先、男の後ろにある道端にぽつりと落ちている大き目の石がごそりと動く。
ぼんっという音と共に何かが動いた。
「な、なんだぁ?」
男の一人が異変に気が付いて振り向く。
その顔面に…

勢い良くつま先がめり込んだ。

血と歯を撒き散らせて男が崩れ落ちる。
うわぁ、痛そうだな。
「な、なんだぁ!?」
突然の出来事に慌てふためく男達。
男を蹴り飛ばした黒ずくめは音も無く地面に着地すると右の男を投げ飛ばす。
頭から地面に叩きつけられて白目を剥いた。
我に返った左の男が刀を構えるも、黒ずくめの拳打が先にみぞおちに突き刺さり地面に伏す。
目にも留まらぬ早業だ。黒ずくめはそのまま自分の方へと向かってくる。
脇をすり抜けるのを確認。振り向いた時にはすでに後ろの二人も行動不能にさせられていた。
「…丈乃助様…ご無事で?」
そう声をかけてきたのは黒ずくめ。
「ああ、助かったよ」
黒ずくめと言っても今は顔を覆っている面は外している。
ややくすんだ茶のおかっぱ髪。此方を見つめる黒目は焦点が曖昧で何処を見ているのか分からない。
「……はい」
此方の無事を確認したのか控えめに彼女は頷いた。
彼女は雪と言う。家のしきたりに嫌気がさし飛び出すときにどうしてもと父が遣わせた護衛役だ。
先ほどの通り腕だけはめっぽう立つ。
だが…
「………」
彼女は此方をただ見ている。
おそらく指示を待っているのだろう。
「………」
ご覧の通り、忠実すぎると言うかなんというか。ついで表情はほとんど無く無口でおとなしい。
これまでの仲間と言えば道場つながりで騒がしい奴等ばかりだった故、はっきり言ってどう接して良いか分からない。
「ご苦労様、引き続き任務にあたってくれ」
「……了解しました」
彼女は立ち去ろうとしない。
一体どうしたのだろうか…
しばらくののち、ようやく彼女が懐から煙玉を取り出す。
それを振り上げて…
ふと思いつく。彼女はお礼の言葉でも待っていたのだろうか。
そういえば護衛役だと思い、旅を始めて数日、当然のごとく守って貰い、終わったら帰ってもらっていた。
「助けてくれてありがとうな」
なんとなく言う。
彼女の動きが止まる。目線が此方に向く。
その頭から髪と同じ色の一対の丸耳がにょきっと生えた。
腰元を見ると先の膨らんだ尻尾も現れてしまっている。
「……任務ですから」
やや遅れて彼女が言う。
「尻尾と耳、出てるぞ」
「………あ」
慌てたように両手で耳を押し込むように触る。
「……申し訳ありません…失礼します」
ぼんっと煙が立ち上ったかと思うと彼女は既に姿を消していた。
「今の反応はどう言う意味だろう」
彼女は人間ではない。
古来より我等、人間と共に繁栄してきたアヤカシと呼ばれる一族だ。
我等が人間の純血種だとしたら彼女達は動物の血が混ざっている混血種。
さきほどの丸耳と尻尾はその証。雪は狸のアヤカシだ。
普段、アヤカシは己がアヤカシたる特徴を隠している。
それは数の上で圧倒的に勝る純血種に混ざるためでもあるし、アヤカシをよく思っていない連中から逃れるためでもある。
「ひょっとして嬉しかったのか?」
隠しは完璧でなく、感情の揺らぎでうっかり現れてしまう事もある。
「だとしたら、可愛い所もあるんだな」
かすかに漏れた笑みをそのままに歩き出す。
そうそう、忘れる所だった。
「町に着いたら役人をよこす、覚悟しておけよ」
先ほどの五人の追いはぎに声をかけて歩き出す。
雪に叩きのめされてきつく縛られた彼等は力なくこちらを見上げるだけだ。
歩き出す。
雲ひとつ無いよく晴れ渡った空。さわやかな風が草原に吹いている。
見渡す限りの草原。目を引くようなものはその中に不自然に落ちている一抱えできそうな岩ぐらいだろう。
「また、頼むな」
擦れ違い様に岩に声をかける。少しだけ震えたような気がした。
狸は化けると言うが、それが関係あるのか彼女は変化が得意らしい。
この抱えられそうなくらいの岩は雪が変化したものでどう先回りするのか一定感覚でこの岩が常に先にあるのだ。
まあ、別にそれはどうでもいい事だ。今は、歩こう。
目指す城下町まではまだ半日はかかるだろう。

夜の帳が落ちた頃、ようやく城壁で囲まれた入り口が見えてくる。
城壁は見渡せば地の果てまで続いているんじゃないかと言うくらいに彼方まで伸びていた。
その周りを囲う深い堀には水が張られその水面にはゆらゆらと丸い月が揺れている。
それを眺めながら分厚い入門へと続く大橋を渡り、いかつい顔の門番に軽く挨拶をしながら町へと入る。
途中で簡単な検査と手続きをして、踏みだした先は噂で聞いていた以上の賑やかさが待っていた。

「うわぁ…」
思わず声が漏れた。
町はもう夜だというのに明るく、騒がしい。
自分が生まれ育った田舎ではもう、この時間は人通りもまばらで静かなものなのだ。
表通りは見渡す限りの人で溢れ、その並びは様々な店が眩い明りを放っている。
通りを歩けば人々の喧騒や笛や太古の拍子、様々な雑音がまとめて耳に流れてくる。
「すごいな…」
きらびやかに着飾った女人達や旅芸人、場違いな大きな岩などに目を奪われながら進む。
…いや、雪よ…明らかに浮いているから…
「っと、いかんいかん。これではおのぼりさん丸出しじゃないか…」
ここに来るまでの自分のはしゃぎ様を思いだすと少し恥ずかしい。
時折、擦れ違う者達がくすくすと笑っていた意味を理解し少し恥ずかしくなる。
「やれやれ…」
我に返ると気分が落ち着いてきたのか今までの疲れがどっとのしかかってくる。
とりあえず、今日休むための宿でも探そうか。
そう思い再び歩を進め始めた。
宿場町へと足を運ぶ。
見渡す限りの旅籠が並び、ここも多くの人と客引きらしき者達で賑わっていた。
…それと大きな岩。
いや、本当に浮いているから。
雪よ、お主は岩以外にはなれないのか?
ほら、今も子供が不思議そうに見ているじゃないか。
と、その子供と目が合った。
「お兄さん、宿をお探しですか?」
この子供も客引きか…
「うちなら安いですよ。旅籠組合にも入っているし食事も出ます」
ふむ、まあ組合に入っているなら大丈夫だろう。
旅籠組合とはいわゆる審査機関だ。
厳正な審査の元に優良店と選定し印を付ける。
つまりは組合に入っている宿は安心して泊まれる旅籠と言う事になる。
逆に入っていない旅籠は注意が必要だ。
対応がなっていない、手入れが行き届いていない、また表立って泊まれぬ輩が潜んでいる場合もある。
最悪の場合は騙され、身包みを剥がされたり殺されたりする強盗宿などもあったりする。
「うむ、案内して欲しい」
「はい!」
「お主、名前は?」
放って置くと駆け出してしまいそうになる子供に聞く。
はぐれた時に名前も知らないのでは困る。
「太助っていいます」
「太助、か」
「こっちでーす!」
元気よく先導するように移動する。
少し早歩きで追いかけた。
ふと、岩がなくなっているのに気が付いた。移動を開始したのだろう。
そういえば雪は夜になると姿を消すのだが、今回はどうすればよいのだろうか?
こじんまりしている。
それが旅籠の第一印象だった。
「お客様、ご案内です」
入り口にはたしかに組合発行の看板がかかっている。
まあ、悪い事にはならぬだろう。
中に入ると女性が笑顔で迎えてくれる。
「ようこそいらっしゃいました」
「数日、滞在させて欲しいのですが」
「了解しました、それで…」
女性はさり気無くそれを指し示した。
「あれは…?」
大きな岩。
自分が入ってきたと同時に現れたのだ。
…もはや何も言うまい。
「二部屋で」
「分かりましたわ」
彼女は疑問を挟む事無く了承してくれた。
簡単な手続きをすませて部屋に案内してもらう。
珍しく畳敷きであった。
値段の割りに待遇は良いようだ。
大概はムシロ敷きのはずなのだが。
とりあえず何故か部屋にある岩の横に荷物を置く。
「雪、あのな」
声を掛ける。返事は無い。
「とりあえず、変化はもういらないんじゃないか?」
こうして組合の公認宿に泊まれたわけだし。
「………はい」
岩が目の前で雪に変わる。
彼女は正座して此方を見ている。
「ひとまず休憩だ。雪も疲れただろう。自分の部屋で休め」
「………ご配慮、痛み入ります」
言葉を発した後も彼女は動かない。
「………」
動かない。
「………」
動かない。
「休んで…いるのか?」
「……はい」
「そうか、じゃあ、少し腹を満たしてくる」
「……分かりました」
「雪は来ないのか?」
「……お待ちしております」
「そうか」
部屋に雪を残し移動する。
どうもこの旅籠は食堂が別にあり、そこで食事を取るらしい。
めずらしい形式だ。まあ、安いので文句は無いが。
食堂には人がまばらにおり、それぞれ食事を取っている。
食事の内容は飯、味噌汁、焼き魚、新香と質素なものだった。
「へへ、おにいさーん」
隣に座った太助が話しかけてくる。
「あのおねえさんは来ないのですか?」
…雪のことか?
太助は雪に会ったのか?
まあ、部屋でチラッと見かけたとかそんな類だろう。
「ああ、腹が減っていないそうだ」
「なるほど」
「ねえ、あのおねえさんはおにいさんの恋人か何か?」
「いや、違う。護衛役なんだ」
「護衛役?」
「ああ、平たく言うと…」
「こらこら、お客様に何をしているの」
いつの間にか近くにいた受付の女性が太助を叱る。
「ああ、別にいいんですよ」
話していても悪い気はしない。
「そうですか、すいません」
女性が溜息をついた。溜息が妙に色っぽい。
歳は恐らく二十前半、やや釣り目ぎみの細身の美人で…
と、何を分析しているのだろうか?
「ほら、姉さんを手伝いなさい?」
「わかりました、ぶぅ」
太助が女性に連れられていく。
去り際に彼女は言った。
「今宵、満月ですね」
「ああ、そういえばそうですね」
「ええ、気をつけてください」
何を気をつけるのだろう?
自分のきょとんとした顔に気が付いたのだろうか?
女性が足を止めて言葉を続ける。
「満月はアヤカシを狂わすんですよ」
アヤカシ…この人は雪がアヤカシだと気が付いている。
「待ってください、どうして、そのアヤカシだと」
彼女は艶然と微笑んだ。
そしてその頭からぴょこっと尖った三角の耳が生えた。
…えっと、狐、か?
つまりはなるほど…同属だったからか。
「狂わすとは…どういう意味ですか?」
正直、アヤカシの事は余り知らない。
満月の夜になるとなにか危険なことが起きるのかもしれない。
「大丈夫だよ」
太助が言った。
「おねえさんは恋人じゃないっていいましたから」
「あら、そうなんですか」
「ええ、護衛役で…」
「それよりおにいさん!」
太助が声を上げた。
「旅をしてきたんでしょう?旅の話を聞きたいな」
聞きたいと言っても数日だ。
話すような内容など無い。
「それじゃあ、おにいさんの故郷の事、聞きたいです」
素直に話すとそういわれた。
いや、待て、君はお姉さんに手伝えといわれたばかりじゃ…
「私も、聞きたいですね」
女性に視線を向けるとそういわれた。
…期待を込められた二対の目で見られては断れるはずも無い。
「そうだな、何から話したものか」

請われるままに色々話した。
静かな田舎町である事。
父はそこの権力者である事。
兄が勘当された事。
代わりにに自分が家を継ぐように強制されたこと。
いつのまにか許婚がいたこと。
それらが嫌で旅に出たこと。
「まあ、そんなつまらない出来事なんだよ」
「なるほど、大変だったのですね」
女性…紗枝さんが頷いてくれる。
太助はいつの間にか眠っていて彼女に寄りかかっている。
「その、許婚の方はどのような方なんですか?」
「さあな、会った事も無い、武家の娘だと言う事だけど」
「なるほど、それと、もう家に帰るつもりはありませんか?」
「帰るつもりは…今のところは無い」
今帰ったらもう無理をしても抜け出す事は出来なくなるだろう。
「ふふ…」
紗枝さんは笑う。
「…それならば心配は要りませんね」
一体何が心配要らないのだろう。
穏やかだけれど妖しい微笑み。
「なんだか私、貴方に興味がわいてきてしまいました…」
「はぁ…」
「あら、もうこんな時間、お話ありがとうございました」
「いえいえ」
彼女は太助を抱えるとそのまま去っていく。
貴方に興味がわいてきてしまいました、か…
思わせぶりな言葉は気になるが何かがあっても雪が台無しにしそうな気がする。
変に期待するのはやめておこう。
…冷めてしまった食事を平らげる。
なんだか疲れてしまった。今日は休もう。
これからは自由。縛られる事の無い人生が待っているのだから。
見つめお化け。 
自分が子供の頃に最も恐れていたものだ。
いつも誰かに見られているような気がして、でも振り向くと誰もいない。
誰かに話しても取り合ってくれない。
恐くて恐くて父に相談したところ…
「それは見つめお化けだ」
と、そういわれた。
何かやましい事があるとそれを見に来るんだと。
だから胸を張って堂々としていればそのうちいなくなると。
父の言葉を信じて、視線を感じても気にせずに過ごし始めると程なく気にならなくなった。
でも、あの時以来感じなくなった視線を今、何故か感じている…

目を開く。
二つのものが見えた。
一つは天井。もう一つは…時折、ぴくぴくと動く三角の耳。
……耳?
「お目覚めになりましたね?」
耳の下、故郷の畑一杯に実る小麦の穂を思わせる髪。
その下の、やや釣り目気味の端正な立ち。
「さ、さえ…さん?」
「はい」
目の前で笑う彼女を呆然と見つめる。
やがて頭が働きだしたのかぼんやりと状況がつかめてくる。
つかめるも何も眠っている布団の中に沙耶さんが潜り込んでいる。
闇の中でもしっかりと分かる白い肌。
…肌って、なんでは裸なんだ!?
「うふふ…」
狼狽する自分がおかしいのかイタズラっぽく笑うと彼女は体を密着させてくる。
柔らかい感触が丁度胸の辺りに押し付けられた。
…これはその…乳房…
「な、なに…を…」
「くすくす、愚問ですよ。女が男の部屋に忍び込む目的は一つでしょう?」
「ちょっと…ま…」
言葉が途中で止まる。
暖かい感触が口元に重ねられ言葉を止めたからだ。
訳が分からない。
…暫し遅れて口付けられたのだと理解する。
「初めて、でした?」
彼女は愉快そうに笑うのだ。
「何故、このような…」
「言ったでしょう、貴方に興味がわいたって」
「しかし…」
これは、良くない。
いやいや、男としては嬉しいのかもしれないがその
会ったばかりの男女がこのような行為に及ぶと言うのは
やはり初めは友達から初めてそこから徐々に…
「ちゅぅぅ…」
「うはぁ!」
首筋を吸われて素っ頓狂な声を上げる。
彼女はそんなのお構い無しに顔だろうが首だろうが口付けていく。
「だ、駄目ですってば!」
言葉も無視される。
生暖かいものが体を這う奇妙な感触が続く。
「くぅ…」
やめない彼女を引き剥がそうと腕を…腕を…?
「…これは…」
「動けないですよね」
紗枝さんの顔が目の前に来る。
「少し術をかけさせてもらいました、逃げられると困るので」
「どうしてそこまで…」
そこまでしてどうなると言うのだ。
疑問の視線に気が付いたのか不意に紗枝さんの表情が変わる。
「一族の為なんです」
真摯だが強い眼差しに一瞬言葉を失う。
「アヤカシは人間相手でないと子を成せないんです」
初耳だ。
「誰でも良いと言う訳でなくて、相性というものがあって…」
瞳を逸らせずにただ見つめ続ける。
「私達の一族の場合、貴方が最良の相性なのですよ」
「どうして、そういえるのですか?」
「分かるんです、直感というか、そういうもので」
…そんな曖昧なものでよいのか?
「お話してみたら幸いにも嫁無し、家無し、責任無しと来ましたので」
…たしかにそうだが…
「襲って連れて帰ってしまおうかなと」
「…貴方はそれで良いのか?」
「え?」
彼女が少し驚いたような顔をする。
「たまたま相性が良いと言うだけで、好きでもない男に体を許すのは平気なのか?」
「…あなたは優しい方ですね」
眉を下げて、笑み。
ついでに耳も下がる。
「きっと、姉妹達も気に入ります」
質問に答えずに彼女は続ける。
「喜んで子供を作ってくれると思いますよ」
「子供を作るって」
いまなにか凄い事を言わなかったか?
「ええ、私も含めてですが、五人いる姉妹も貴方とならば喜んで子供をつくると…」
「待ってくれ!」
「はい」
五人も姉妹がいて、喜んで自分と子供を作ると…
「俺は、もし、このまま連れて帰られたら貴方の姉妹とも子供を作らなければならないのか?」
「当然です。言いましたよね、貴方は私の一族と相性がいいって…あ」
何か思いついたのか彼女はにこりと笑う。
「生活の事なら気にしないでください。
 貴方は普段、何もしなくて良いのです。お勤めだけしていただければ」
お勤めとは子作りか。
「望むものは与えますし、して欲しい事はなんでもします。
 きっと天国ですよ。残りの人生は楽して幸せになる事ができます」
それはつまり…
「お断りする」
「え?」
当たり前だ。
自分はそう言うのが嫌で家を飛び出たのだから。
同じだ。
家を継いだとしても、権力者の名目で家で何不自由なく飼い殺し。
連れて行かれても種馬として何不自由なく飼い殺しだ。
「いますぐ術を解いて欲しい。自分は貴方達の種馬になる気はさらさら無い」
紗枝さんは信じられないと言うようにしばらく自分を見ていたがやがてにやりと意地悪く笑った。
「ならば、体に聞いてみましょう」
「この…」
「ゆっくり、ゆっくりと虜にして差し上げます。
 私達がいないと寂しくて死んでしまうくらいに」
彼女の手が自分の寝巻きを少しずつ、見せ付けるように剥ぎ取っていく。
「雪!いないのか!?」
雪はどうした?
護衛役のはずだ、常に傍にいるはず…
「彼女は来ませんよ」
笑みを浮かべながら彼女は言う。
「何故だ!」
「恋は盲目と言う奴ですね」
「何?」
「貴方に化けて近付いたら警戒すらしませんでしたよ。あんな用心深い狸のアヤカシが」
くすくすと笑う声がする。酷く不快に感じた。
恋は盲目。言葉通りだと雪は自分のことを好きだと言う事になる。
会ってから、まだ数日だというのに…いや、今はそんなことを考える時じゃない。
「雪に…何をした?」
「全てが終わったら教えて差し上げます」
言葉を紡いでいる間に彼女は自分の寝巻きを全て剥ぎ取ってしまっていた。
「耳を澄ましてください」
ざあざあと雨の降る音がする。
ざあざあと不吉な雨の音。
「絶好の嫁入り日和です。下手な意地など捨てて楽しみましょう」
端正な顔に幸せそうな笑みで彼女はそういった。

「ふふ、これはどういうことでしょう?」
いきり立った自分の肉棒を見つめ、紗枝さんは言う。
何処と無く嬉しそうに、意地悪そうに此方に問い掛ける。
…ああ、そうだ。
若い女子に体を押し付けられたり。
あちこち吸われたりすればこうなるのは当然だ。
…自分の節操の無さに嫌気が差す。
「本当は期待していますよね?」
「………」
答えずにいると彼女は笑みのまま手を伸ばす。
やんわりとした指の感覚が肉棒に伝わる。
「優しく、してあげます。初めてですものね」
そのまま顔を近付ける。
「……っ!」
体が震えた。
亀頭の先端に生暖かい感触。
「んぅ……ちゅ……ちゅぅ…」
紗枝さんは肉棒の先端に軽い口付けを繰り返している。
ふと、その目が此方へと向けられる。
「見ててくださいね。貴方のこれが愛される所を」
「くぅっ!」
目を逸らす。
見えないはずなのに彼女が愉快そうに笑っているのが分かる。
柔らかい熱い何かが肉棒を這い回る。
先端を、裏側を、竿をなぞっていく。
生まれて初めての気持ちの良さを歯をかみ締めて押し殺す。
「んちゅ…れろ…ぷは…どうですか?」
返事をしない。行為は再開される。
肉棒をなぞっている舌が根元まで下がり再びそのまま竿を上がっていく。
亀頭の裏側へと進み、裏スジを柔らかい何かが挟み込むように圧迫する。
「…く…」
声が出た。
ぎりりっと慌てて歯をかみ締める。
「ここが弱いんですか?」
嬉しそうな響きと共に攻めが再開される。
裏スジをはむはむと甘噛みされ陰嚢をもみしだかれ先端を指で弄くられる。
「……う…ぐぅ…」
快楽を必死で押し殺す。屈するわけには行かない。
「ん…む…ちゅ…ちゅぅ…はむ…ふふ…お汁が…いっぱい…」
噛んだり座れたりするたびに体に電気が走ったように震える。
ねちゃねちゃと淫靡な音がする。
ぴくぴくと肉棒が震えているのが分かる。
「…ん…ぷぁ…ふぅ…」
絶えず送り込まれる快感が途切れた。
「ん~、体は反応していますのに…」
やわやわと肉棒をしごかれている。
「声が聞きたいんですよ、私」
両手で優しく包む様に握り締める。
「ここはどうでしょうか?」
「ぐ…ぁ…」
亀頭の先端。
鈴口付近に舌が這う。
尿道に熱い舌が進入する。
「…れろ…んん…ちゅう…」
「う…うぐ…あぁ…」
歯を食いしばっても声が漏れる。
腰の奥に奇妙な感触。ぐぐっと力が溜まるような…快楽が…
「ん…声…かわい…ちゅ…」
「ぐ…くぅ…」
腫れ上がった亀頭の中をやさしくほじられ舐められて
竿を優しく扱かれる。
「必死に…んちゅ…耐える顔も…じゅる…可愛い…で…」
はぁ…と自分の口から声が漏れる。
「気持ち…いいですか?…」
咄嗟に向けた視線が上目遣いの彼女と会った。
気持ち…良いわけ…な…
「ふふ…そろそろ…出しちゃいましょ…」
言葉と共に亀頭が生暖かい感覚に包まれる。
先端をくわえ込まれたのだ。
そのまま彼女は頭を上下に動かし始める。
涎だらけの口内で肉棒が擦れ、後を追うようになぞる舌の感触が快楽を倍増させる。
「ぐ…あぁ…やめ…くっ!」
「ん…じゅぷ…じゅる…ぐじゅ…」
射精欲求が頭を埋めつくそうとする。
もう、訳も分からずに堪えるのがやっとだった。
何に堪えているのかも分からない。
腰から、肉棒へと快楽が上っていく。
「やめ…やめてくれ…」
かすれた声。
無意識に出した懇願の声。
「…んふふ…」

カリっ!

僅かな痛みと猛烈な快楽。
舌で裏スジを刺激され、亀頭を噛まれて。
それが何かを崩したのか分からない。
動けないはずの体、だが腰が跳ねた。
「あぐ…ぁぁぁああ!…」
意識の全てが肉棒の先端に集まったようだった。
頭が真っ白になるほどの快楽に体が痙攣する。
「ん…んんん…んむぅ…」
紗枝さんが少しだけ顔を歪ませる。三角の耳がぴくぴくと震えた。
彼女の口内に納まった自分の肉棒から精液がとめどなく溢れているのが分かる。
いままでの自慰などとは比べ物にならないくらいの量が吐き出されている。
「ん~んふ~」
射精が終わっても彼女は口を離さない。
手で竿を扱き、鈴口を啜り、最後の一滴まで絞ろうとする。
「あ…あ…ああ…」
無意識に情けない声が漏れた。
射精後も弄られる、なんともいえない奇妙な不快感に体がビクビク震えた。
顔を伏せて肉棒を弄ぶ彼女の喉をこくりこくりと何かが嚥下していく。
「ん…やっぱり…」
すべての精液を吸い尽くしたのか彼女が顔を上げる。
「…あなたは私の一族ととても相性が良いようです」
熱に浮かされたような表情で彼女は此方を見つめる。
背後ではしきりに尻尾がぱたぱたと振られていた。
「まだ、終わりじゃないですよ」
荒い息を吐く自分に情欲に染まった瞳を向ける。
「次は此方に種を頂きたいのです」
そう言って立ち上がるとわざと自分に見えるように秘肉を広げてみせる。
彼女の下腹部はてらてらと濡れ、ひくひくと小刻みに痙攣する膣からは愛液が流れ出ている。
目を背けようとして、でも出来ずにそれを凝視する。
「ん…そんなに見られると…は…興奮しちゃいます」
淫靡な笑みで此方を見下ろす紗枝さん。
「すぐに、味あわせてあげますよ」
体が動かない。
あれほど固めていた抵抗の意志はもはや無く、ただ居るのは求めるだけの雄だ。
……くやしかった。
体が言う事をきいてくれない。
この女を跳ね除けようと動いてくれない。
それどころかその秘所に収まる事を期待したいる。
「……くぅ……」
相反する感情。
それは目元を伝い横へと流れていく。
「泣くほどに欲しいんですか、嬉しいです」
彼女が自分の体へのしかかる。
自分の肉棒を掴み己が雌へとあてがう。
「いただきます」
舌なめずりでもしそうな、恍惚とした表情で彼女が言う。
寒気が…した。
暗い闇の中に、誰かが現れた事を感じた。
それは紗枝さんも同じだったのだろう。警戒するように自分の上からどくと後ろを振り向いた。
闇のなかでも分かる茶の髪。体を完全に闇に溶かしている黒ずくめ。
「……丈乃助様…遅れてもうしわけありません…お役目…果たします…」
その声にはぞっとするほど感情が篭っていなかった。
「雪…」
雪の目には、自分と紗枝さんはどう映ったのだろう?
「どうして…薬が切れるには早い…」
紗枝さんが驚きを隠さずに呟く。
「……毒には…耐性をつけています…まだ…未熟ですが…それに…」
それに…?
だが、それを聞くのははばかられた。
なぜなら…焦点の合っていない目。でも、分かる。
その瞳の中で荒れ狂っているのは憤怒、だ。
彼女はその感情のまま言葉を口にする。
「…痴れ者が…死んでつぐなえ…」
余りにも冷たい声。
紗枝さんが凍りついたように動きを止めている。
「やめろ!雪」
このままでは本当に紗枝さんを殺しかねない。
だが、まだ自分の言葉は届くはずだ。
雪はアヤカシの特性を現していない。
それはある程度の理性をまだ残している事。
雪が此方に一歩踏み出して…
「…ちっ!」
舌打ちと共に腕を振るった。
何かが弾き飛ばされる。だがそれは器用に体制を建て直し着地する。
「太助…」
そう、太助だった。
だが人懐っこそうな雰囲気はすでに無く鋭い雰囲気だけが前に出ている。
「お兄様…」
紗枝さんが呟いた。
…兄さんってどういうことだ。
疑問に答える物はいない。その間にも事態は進んでいく。
「このお嬢ちゃんは俺が抑えておこう、お前は早くその男と契って術をかけろ」
雪と向かい合いながら太助が言う。
その言葉で成すべき事を思いだしたのか紗枝さんは再び自分に覆いかぶさろうとする。
「…丈乃助様…お待ちを…すぐにお助けいたします…」
「できるかな、いざ、真の姿見せようぞ…」
太助が両手を複雑な形に結んでいく。
息を吸い、言葉を発しようとしたそのときに…
問答無用で雪の足が顔面にめり込んだ。

「ぶほ…ちょ…またんか…こういうときは変身を…」
げしっ!っと雪が容赦なく踏みつけた。
「待つのが普通…」
げしっ!
「ちょ…だから…」
げしげし!
「子供のままじゃ…」
げしげしげしげし!
「痛っ!やめんか…!」
げしげしげしげしげし!」
「…いたい…痛いって…ちょ…」
げしげしげしげしげしげしげし!
「………だか…ら…」
げしげしげしげしげしげしげしげし!
「………きゅう~」

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最終更新:2008年04月01日 17:43