―――唐突であるが、俺は、良くある危機に直面していた。

「狭山ぁ、テメェ、生意気なんだよ………いっつもいっつも我関せずってツラしやがってよ。
俺達を馬鹿にしてんのかよ? あぁん?」
「いっぺん、テメェのような奴はきちんとシメておかねぇと、俺達の面子に関わるしよ」
「逃げようたってムダだぜ? 俺達が立ってる横を通らねえと逃げる事なんて無理だからよ!」

俺の目の前で、ニヤニヤと下卑た笑みを浮べ。
己の頭の悪さをアピールしているとしか思えない脅し文句を口々に並べる連中。
その頭は、色の濃さの違いはあれど一様に金髪に染め上げられ。
着ている服も良く言えば個性的、悪く言えば『頭が悪そう』と言えるようなデザインであり、
おまけにごていねいにも首元に銀や金の悪趣味なデザインのネックレスをしている辺り、念のこもっている。
まさにそれは、一般的な人達が見れば100人中99人が不良だと言っても良い格好をしていた。

彼等は弱い者には威圧的で、逆に強い者にはとことん弱気な、
不良、もしくはチンピラとひとくくりで呼ばれるタイプの人種。
こう言うのは大体、強い相手によって仲間の一人でもノされよう物なら、
途端に掌を返した様に恐れをなして逃げ出す事が多い。

だが、それでも彼等が、腕っ節の弱い俺にとっては脅威である事には変わりはない。
逃げるにしても逃走ルートを塞がれている為、逃亡は殆ど無理である。
―――かといって戦うにしても、相手が3人もいる以上。
この状況で俺が無駄に抵抗した所で、逆に余計にタコ殴りにされるのが関の山だ。

俺、狭山 光喜がなんでこうなったか………
何てことは無い、何気に買い物に出かけ、ブラブラと街を歩いていた時。
急に後ろ首を掴まれたと思ったら、そのまま寸どまりのこの路地裏に引っ張り込まれたのだ。
多分、こいつ等は学校の俺の事を快く思っていない連中で、
たまたま一人で歩いていた俺を見つけて、それを良い事にシメようと考えたのだろう。

………もし、この時、俺の傍に虎姐がいたのであれば。
この程度の連中、俺が空の雲を数えている間に地面に寝転がっている事だろう。
しかし、今はその虎姐がいないのだ。………まあ、彼等はそれを知って、俺をここに引き込んだのだろうが………

………にしても、本来は女性を守るべき立場の男である俺が。
逆に守られていると言うのは我ながら情けない話だ。
身体、鍛えなくちゃな………。

「ま、狭山がここで財布を差し出して、地面に頭を擦り付けて土下座でもすれば見逃してやっても良いけどよ?」
「ヒャハハハ、ヤスはヒデェな。どうせ土下座してもボコるつもりだろ?」
「そういや、この前、オタクっぽい奴に絡んだ時、
そのオタクが必死に涙目になって謝ってんのに結局、ヤスはそのオタクをボコったよな?」
「そー言うオメーらも同罪じゃねーか、あん時、オメーらも俺と一緒に笑ってボコってたろ?」

俺が考えているのを余所に、不快極まる耳障りな声でゲラゲラと笑う不良達。
どうやら、彼等は如何あっても俺をボコる気の様で……参ったな。

「おい、そろそろ何とか言えよ? 狭山」
「ひょっとしてこいつ、俺達にビビってんのか?」
「オラ、黙ってないで何か言えって」

沈黙を守り通す俺の態度にしびれを切らしたのか、不良達がそれぞれ何か言う様に促して来る。
………恐らく、彼等は待っているのだろう、俺が懇願の言葉を言うのを。
しかし、無論の事、俺がこう言う連中の思惑に素直に従うわけが無い。

「………(ボソボソ)………」
『………んあ?』

俺はわざと顔を俯かせ、その上、小さく篭った声で呟きを漏らす。
当然、声を聞き取れなかった不良達が、俺の声を良く聞こうと耳を傾けた所で。

「”三流”」

―――ひききききききき!

彼らの耳元に向け、きっぱりと言い放った俺の言葉に、不良達の表情が面白い様に引きつって行く。
言ってやった、言ってやった。大成功!

俺はこう言う性格なのだ。
強気になっている相手の思惑とは180度違った事をやってやるのが大好きなのだ。
まあ、それもあって、友人のヒデからは良く『偏屈な奴』とか言われるのだが。

「………こ……このっ!……俺達が下手に出りゃあつけ上がりやがって!」

暫く顔を引くつかせていた不良その1が、ようやく言葉を搾り出し、顔を真っ赤に染め上げ怒りを顕わにする。
つーか、お前さんら、いつ下手に出た?……少なくとも俺の覚えている限りじゃ下手のしの字すら出てなかったぞ?

「こうなりゃ徹底的にボコボコにしてやる! 朝刊の三面記事は覚悟しろっ!!」

顔を真っ赤にして木刀やらを振り上げて不良その2が激昂し、それを合図に不良達が詰め寄る。
をいをい、一人を相手に複数で、おまけに凶器使用か? 随分と頭に血が上ってるみたいだな、こいつら。
―――ったく、ちょいとからかいが過ぎたか?………こりゃマジでやばいかも。
せめて怪我が後に響かない様に上手く立ち回るべきかな?
なんて、俺が心の中で覚悟を決めた、その時、

「其処くらいにして置くんだな」

―――不良達の後ろから声がした。

「ああんっ?」
「誰だぁ?」
「なんだテメェ?」

突然の横いりに不良達は皆、一様に不機嫌な声を上げ、声の方を向いた。

逆光と不良達の身体によって邪魔されている所為で、此方からはその声の主の姿が良く見えないのだが。
さっきの声の質からして、其処にいるのは女性だろうか………?

ひょっとして虎姐が助けに来たのか?……ありえる話だが………
―――いや、まて、虎姐はあんなにハスキーな声はしていないし、もっと背が高い筈だ。
……じゃあ、其処にいるのは一体、誰なのだろうか?

「邪魔するんだったらスケでも容赦しねーぞっ―――」

邪魔をされていきり立った不良その1が、月並み極まる台詞を吐きつつ”女”へ掴みかかる。
……あー、こー言うパターンは大体が……

「――――!?―――」

次の瞬間、不良その1の身体がぐるんと回転し、

び た ん !

悲鳴を上げる暇(いとま)すら与えず、
”女”に投げられた不良その1は背中から地面に叩きつけられ、
身体を2、3度ビクつかせた後、その場で白目を向いてノビる。
………ほーら、言わんこっちゃ無い。

『な……なぁっ!?』

目の前で起きた事が理解できなかったのか、
残りの不良その2、その3が暫く目をぱちくりさせた後、ようやく二人揃って驚愕の声を上げる。

「………こ、このアマぁっ! 」
「………て、テメェっ!」

数秒して、やっと我に返った不良その2その3が怒りの声を上げ、
二人同時に木刀を振り上げて果敢に”女”へ飛びかかる!

どかごすげしゃべきびたん!

―――そしてそのまま不良その2その3が”女”にノされるまで、五つ数える必要さえなかった。


「さて………危ない所だったな。奴らに何かされ……―――っ!?」

”女”は不良達が完全に気を失った事を確認した後。
此方に歩み寄りながら問い掛け様とした所で、
”女”は俺の姿を見て、はっ、と驚いたかの様に動きを止める。

年の頃は20代後半、身長こそ俺と同じ位と小柄ではあるが、その体付きはがっしりとした物で、
やや大きめのジーパンに、赤のトレーナーの上にジージャンを羽織ったラフな出で立ちをしており。
顔は中々の美人なのだが、その顔の右頬にある斜めに走った深い傷跡と、
左目の金縁の黒い眼帯によっていかつい印象を抱かせる。
その上、黒い短髪の間から覗き見える丸みを帯びた茶色の獣耳が彼女の印象を更に引き立たせていた。
恐らく、彼女は熊の獣人………って、そういや、彼女の顔に見覚えが………?

「お前………光喜か?」

無事な右目の部分を驚きで見開いた彼女に問い掛けられ、俺は思わず首を縦に振る。

「やはりそうか………私だ、熊谷だ! お前の兄の婚約者だった、熊谷 佳子(くまたに けいこ)だ!」
「………まさか、義姉さんか!?」

言われて、俺はようやく、目の前の隻眼の女性が誰であるかを完全に思い出したのだった。

               * * *

「まさかここで光喜に会えるとは思っても無かった………元気にしていたか?」
「義姉さんが見ての通りだ、俺はそれなりにしているよ」
「そうか………」

あの後、気絶したままの不良達を警察に引き渡した後。(因みに不良達は凶器準備集合罪とか何とかで逮捕。当然である)
俺と熊谷さんは通りをぶらつきながら、旧交を暖めていた。
因みに、俺が熊谷さんの事を義姉さんと呼んでいる事を気にする人もいるかもしれないが。
これは熊谷さん自身から「私の事は義姉さんと呼べ」と言われている為である。
………もし、うっかり名前で呼ぼう物なら、途端に不機嫌になるのだから性質が悪い。

「もう、あの日から6年、か……時間が流れるのは早いな……」
「……いや、あの日から”まだ”6年だ」

遠い空を見上げながら言う彼女に横に、俺は顔を俯かせながら溜息を漏らす様に言う。

「……幾ら時間(とき)が流れても―――俺にとっては”まだ”なんだよ……」
「…………」

その俺の横顔を、彼女は悲しげな眼差しで眺めた後。

「……済まない……」

そう、一言だけ謝罪する。

「い、いや、義姉さんが謝る必要は無いって!?
……アレは―――そう、不幸な偶然が重なった事故だった訳だし……
だから、その……義姉さんは悪く無いよ………」

謝られ少しばかりばつが悪くなった俺は慌てて熊谷さんへ言い繕うのだが、

「フ、光喜、お前はだんだんアイツに似てきたな?」
「い!?」

その慌てる表情を見た熊谷さんに苦笑され、余計に戸惑うしか他が無かった。
その様子を暫し、彼女は微笑みを浮べて眺めた後、通りにある料理店の方を指差し、

「さて、旧交を暖めるついでに食事でも奢ってやる、ついて来い」
「い、いや、俺は別に………」
「この私が奢ってやると言っているんだ。人の親切くらい、素直に受け取るべきだぞ?」
「………あ、ああ………分かったよ………」

彼女の提案に俺は遠慮するも、結局、強引に押し通されてしまい。
俺は彼女に引かれる様にしぶしぶ料理店のほうへ足を向けたのだった。


「いやいや、食った食った………それにしても良い食いっぷりだったぞ、光喜。
お前の食いっぷりを見ていると、此方としても奢り甲斐があったと思えるよ」

暫く後、食事を食い終わり料理店を後にした俺は、熊谷さんに食いっぷりについて笑顔で誉められる。
だが、俺は笑顔の彼女をジト目で見て、腹を擦りながら、

「良い食いっぷりって……義姉さんが食え食えって次々に料理を注文しなけりゃ、
あんなに食う必要無かったと思うんだけど?……お陰で胃がかなり苦しいし……」
「フ、そうは言うが、お前が残した分は私が全部食ってやったのだ、
それに今回の食事は私の奢りなのだから、本来はお前が文句を言う筋合いは無いのだぞ?」
「………うー………」

はぁ………如何も俺の周りの人間は、こう言う強引な人が多いみたいだな………
虎姐といい、獅子沢さんといい、どうしてこんな―――

「あーっ! 光喜、おまっ、その女誰だっ!」
「ひょ、ひょっとして、光喜さんの浮気発覚!?」

―――って………をいをい、噂すれば曹操の影あり、ですか………?

激烈に嫌な予感を感じつつ、首を軋ませながら声の方へ顔を向けると、
俺の思った通り、其処には熊谷さんを指差す虎姐と、驚愕の表情を浮べる獅子沢さんの姿があった。

「光喜っ、これは一体如何言う事なんだっ! その女は一体誰なんだ!?」
「あー、いや、その……この人はだな……」

尻尾を不機嫌に振りまわし、俺に向けてまくし立てながらずかずかずかと歩み寄ってきた虎姐へ、
俺が疲れた調子で説明しようとした矢先、

「フ、私がこいつの婚約者といったら如何する?」

…………………………………………。

「あの……いきなりナニを言い出しているんですか……?」

とーとつな一言に、俺は暫し唖然とした後。
引きつった声で熊谷さんへ問うのだが、彼女は口元に笑みを浮べるばかり。
そして恐る恐る虎姐達の方へ視線を向ければ……

「@/:i-^\^-っっ!?」
「な、何だってーっ!?」

熊谷さんの言葉をまともに信じたらしく、
虎姐は言葉にならぬ声を上げて驚愕し、獅子沢さんに至っては何処ぞの編集部員の様に驚いていた。
………をいをい、なんでこうなるの………?

「あ、えーとえとえとっ!ううううう浮気はいけませんよ、光喜さんっ!」
「いや、あの……なんて言うかそのー……」
「ここここ言葉をどもらせるって事はううう浮気と見ていいい良いんですねっ!」
「いや、だから………」
「あああ、なんて事でしょうなんて事でしょう、はわわわわわわ!!」
「………………」

完全にパニクってどこぞのメイドロボみたく声を上擦らせる獅子沢さんにまくし立てられ。
助けを求めるように熊谷さんの方へ目をやると、彼女は腕組みをしながらにやにやと笑みを浮べていたりする。
………ひょっとしてこの義姉(ひと)この状況を楽しんでませんか!?

「……あ、あたしは信じないぞっ! 光喜があたしを裏切るなんて事する筈ないっ!
どーせ、人の良い光喜を騙して無理やり結婚を取りつけたんだろっ! そーだろっ!
そーじゃなきゃ、そんな恐い顔の女に、光喜がくっ付く訳が無い!!」

………虎姐、なんだかんだ言って、俺の事信じてくれてるんだな………。

「フ、如何とでも好きに取れば良いさ。
まあ、私と光喜の関係を、ケツの青い子猫に理解できる筈も無いだろうがな?」
「……∞♯〒※‰≒%&っっ!?」

食って掛かる虎姐に対し、全く動じない熊谷さんに挑発的に返され。
虎姐は声にならぬ声で悶絶し、獣耳と尻尾の毛を逆立て怒りを顕わにする。

「て、て、て、テメェっ!! ず、随分と挑発的じゃないかっ!! こうなりゃここで勝負だっ、決闘だっ!」
「ほう……決闘か、面白いな? 腹ごなしには丁度良いかも知れん、受けて立とう」

ちょwww なんで決闘の話に縺れ込んでるんですかっ!?
あー、止めないと止めないと!

「と、虎姐も義姉さんも落ち着いて―――」
『光喜は黙ってろ(るんだ)!』
「―――………………はい」

仲裁に入ろうと俺が声を掛けようとしたのだが、
無論のこと、頭に血が昇りまくってる虎姐と、完全に状況を楽しんでいる熊谷さんが聞き入れてくれる筈も無く。
結局、臨戦態勢に入った二人を前に、俺は黙るしか他が無かった。

と言うか、虎姐はそうとう頭にキているみたいだな………
俺が熊谷さんの事を『義姉さん』と呼んだ事に全く気付いてないし。
獅子沢さんは「え? 義姉さん?、と言う事は……あれ?」と誤解に気付き始めていると言うのに………ハァ



「さて、勝負の形式はレスリングで行こうと思う、それでも良いか?」
「ああ、上等だ! レスリングはあたしの十八番だからな!」

十数分後、通りはストリートファイトが始まると見て取った観衆が何時の間にやら集まり、
対峙する彼女等を中心に、10メートル程の間を取って固唾を飲んで見守っていた。
―――なんと言うか、お祭り好きな人が多いんだなー、この街って。

「では、私の名は熊谷 佳子。私がクマの獣人だと言う事を先に言っておく」
「あたしは虎山 妙だ! 見りゃ分かるけど虎の獣人だ!」

お互いに睨み合いながら、名乗りをあげる二人。
気の所為だろうか、二人の間で視線がぶつかり合って火花を散らすのが見えたような気がする。

「あ、あのー……光喜さん?」
「……んあ? 如何した?」

対峙する二人をよそに、俺は『この事態の収拾を如何しようかな―?』なんて考えている所で。
ようやく我に返ったらしい獅子沢さんに声を掛けられ、何気に聞き返す。

「……あの人、さっき熊谷 佳子って名乗ってましたけど………私の聞き間違いでしょうか?」
「あ?―――いや、聞き間違いじゃないけど? それが如何したんだ?」
「え? ちょ、ちょっと待ってください? それって本当なんですかっ!? 本当にあの人、熊谷 佳子なんですかっ!?」
「あ? ああ………そうだけど?」

驚き問い掛ける獅子沢さんに、俺は意味が分からずなんと気なしに答える。

「そうだとしたら………先輩は、確実に勝てません!」
「え?………って、はぁ!? 如何言う事だよ、それ!?」

彼女の一言に、俺は思わず声を荒げる。

「私の知る限りでは、熊谷 佳子と言うと……えーっと、確か何年か前に引退した。
不敗の小さき巨人と呼ばれた女子レスリングの金メダリストですよっ!! 知らなかったんですか!?」
「………え゛? ………マジ?」

そして驚愕の事実を知らされ、俺は掠れた声で問う。

「ええ。以前にTVで見た時より印象は大分変わってますけど……多分、間違い無いかと。
私が聞いた話ですと、彼女は自分より二周りも大きな相手でも余裕でフォールに持ち越せるとか………。
まあ、とにかく、彼女は滅茶苦茶強いんです!
だから……幾ら先輩が強くとも、彼女相手じゃ、それこそヒグマに子猫が挑むような物なのです……」
「そ、そうなのか………」

何時もの軽いノリの彼女とは思えないくらいに、真面目な表情で熊谷さんについて語る様子を見て。
俺は、獅子沢さんの言っている事は事実だと信じざる得なかった。

そーいや、以前、熊谷さんが兄貴と婚約する前はスポーツに傾倒していたとか、良く言ってたが。
まさか金メダリストとは思ってもいなかった……つくづく情報に疎いんだな、俺……

「しかし、彼女の引退した理由が少し解せないんですよ………
一般のメディアでは、婚約が契機に、とか言ってますけど。
実は、彼女がその婚約者と同じ職業に就いたのが、引退の理由と言う話があるんですよ。
……で、確か、その職業が何かの、開発関係で……―――」
「アキラっ、お前が審判をやってくれ! ボヤっとするな!」
「―――え!? あ、はいっ!」

言いかけた所で虎姐に呼ばれ、慌てて審判として二人の間に立つ獅子沢さん。
俺は敢えて何も言わず、3人の様子を眺める。

「ルールは、フリースタイル………と、女子レスリングはこれしかないから当然か。
で、勝敗を決めるのは、オリンピックのルールで2分間ずつの計6分間3試合を行い。
先に2ピリオド先取すれば勝ちとする、これで良いな?」
「ああ、それでも良いぜ。 後で変えろと言ったって無しだからな!」

俺と獅子沢さんが話している間に、
虎姐と熊谷さんはレスリングの邪魔となるジャンパー上着を脱ぎ捨て、
お互いにズボンとタンクトップだけの姿となって戦闘準備を完了していた。
………と言うか、もう雪が降ってもおかしくない季節だと言うのに、二人とも良くやるなぁ………

「先輩……無理しないでくださいよ? 彼女は………」
「アキラは黙ってろ! あたしは相手が何だろうがぶちのめすって決めたんだ! だから止めんじゃねぇ!」
「あ、あう~………」

無謀な戦いを始めようとする虎姐を止めようと、獅子沢さんが言いかけた所で一喝され。
一喝された彼女は尻尾を下げて、助けを求めるような眼差しを此方に向ける。こっち見んな。

「さぁ、話はここまでにして―――始めるぞっ!」
「フ、来い!子猫ちゃん」
「あたしは子猫じゃねぇっ!!」

掛け声と共に、虎姐と熊谷さんが構えを取り―――同時に動いた。
虎姐は咆哮を上げながら低い体勢での猛烈なタックルを仕掛け、
それを熊谷さんは低い体勢のまま両手を大きく広げ迎え撃つ。

ガッ

ぶつかり合う身体と身体。
誰もが、虎姐のタックルによって、小柄な熊谷さんが押し倒されるかと思ったが―――

「フ、良いタックルだ………これが同世代の相手だったら、成す術無くマットに倒されている所だな………」
「………っ!?」

だが、その予想を裏切り。
熊谷さんは自分よりも一回りも大きな身体の虎姐のタックルを、
地にしっかりと根を張った巨木が受け止めるかのようにして、押し止めていた。

             ざわ
 ざわ
      ざわ

どよめく観衆、ここからでは良く見えないが、恐らく虎姐は驚愕の表情を浮かべている事だろう。

「………くっ、このっ!」
「ふむ、スジは良いな………だが、まだ青い………」

あっさりとタックルを抑えられた虎姐は、今度は熊谷さんを倒すべく、足を取ろうと動くのだが、
幾ら虎姐が仕掛けようとも、熊谷さんの両足はまるで地面に張り付いているかのようにビクともせず。
何時まで経っても倒す事が出来ない事に、次第に虎姐の表情に焦りの色が深まって行く。
そして組み合ったそのまま、1分が経ったその時。

「さて………時間がもう無いのでな、今度は此方から仕掛けさせてもらう」

その一言と共に―――熊谷さんが動いた。

ば ん っ !

―――そう、動いたと思った次の瞬間には、
虎姐は瞬く間に股関節をロックされた上で後方に投げられ。
そのまま熊谷さんによってフォール技に持込まれていた。

「――――っ????」
「あれはっ、レッグホールド!!………ってそれより!」

その早業に観衆は更にどよめきの声を上げ。
フォールされた虎姐は何が起きたか理解できず、地面に倒されながら呆然としていた。
審判の獅子沢さんも驚きの声を上げていたが、直ぐに我に返って判定を下した。
むろん、熊谷さんのフォール勝ちで。

「さて、これで私が1ピリオド先取、だな?」
「………くっ、たまたまだ、たまたま隙を突かれただけだ………次は、負けない!」
「フ、その意気は良し、だな」

余裕綽々な笑みを浮かべる熊谷さんに、虎姐は身を起こしながら悔しげに呟いて睨み付ける。
その様子に、熊谷さんは口の端に不敵な笑みを見せる。

「……さっきのは様子見だ、一本先取したからと言って、勝ったと思うな!」
「ふむ、様子見、か………その様子見が、今回にいかせられると良いな?」

そして30秒間のインターバルを経て、二人は再び対峙し、構えを取って睨み合う。

「………………」
「ほう? 今度は敢えて動かない訳か………成る程、賢明な判断だ」

そして2ピリオド目。今回は虎姐は先ほどの失敗を踏まえ、
自ら動かず、低い体勢で構えて相手の動きを見る作戦に出た様だ。
その行動に対して熊谷さんは感嘆の言葉をもらす。

「なら、今度は―――私が動くとしよう」

そして、再び熊谷さんが動いた。

ど っ !

「――――っ!?」

強烈、の一言に尽きる熊谷さんのタックルを受け、
熊谷さんよりも一回り大きな虎姐の身体が一瞬だけ浮き上がり、虎姐の目が驚きで見開かれる。
………俺と同じ身長なのに何ちゅう威力だ………獅子沢さんが言ってた事は真実と見て間違い無い、か。

「なっ……こ、こいつ!………このっ!」

尚も虎姐を圧し続ける熊谷さんの凄まじい膂力を前に、
虎姐は驚きを隠す事が出来ないまま、熊谷さんに倒されない様に必死に足を踏ん張らせる。

「如何した、こんな物か?……言っておくが、私の力はこんな物じゃないぞ?」
「ぐっ……な、なんて、力だっ!」

だが、熊谷さんによって圧される力を抑える事が出来ず、虎姐は驚きと困惑の入り混じらせた呻きを漏らす。
……虎姐がああも一方的に、それも力で圧倒されるのを初めて見た………

「ああ、そうだ、一つだけ子猫ちゃんに言っておく事がある」
「あ、あたしは子猫じゃねえと言ってるだろっ!」
「まあ、聞け。 とても重要な事だ」
「………な、なんだよっ! さっさと言え!」

そして圧し圧される体勢のまま、1分が過ぎた頃。
唐突に熊谷さんに話し掛けられ、額に汗を浮かべ始めた虎姐は焦りを混じらせた声で答える。

「私が、自分の事を光喜の婚約者だと言った話……実はアレは冗談だ。
正確に言えば、私は光喜の兄の婚約者だったのだ。騙して悪かったな」
「……なっ!?」
「―――隙あり!」

熊谷さんのカミングアウトに、虎姐が間抜けな声を上げ、一瞬力が抜ける。
―――その一瞬を熊谷さんは見逃す事無く、全身に力を込めた。

「だっ―――うあぁぁっ!?」

そして、虎姐の驚愕の悲鳴が周囲に響いた。

―――ああ、俺は一瞬、我が眼を疑ったよ。
それは戦いを見守る周囲の観衆も、そして審判をしている獅子沢さんも同じ事だろうな。
何せ身長190cm、体重は80キロ近い虎姐の身体を、熊谷さんは文字通りのベアハッグで容易く抱え上げたんだ。
多分、持ち上げられている虎姐が一番驚いていた筈だ。

何せ、一瞬の隙を突かれたとは言え、自分よりも一回り小さな女性に持ち上げられたからな。

「さ、フィニッシュだ。少々痛いが我慢しろよ?」
「ちょwwwまて、おまっ!?」

俺や獅子沢さん、そして観衆が驚きに固まっている間も無く。
投げの体勢に入った熊谷さんに、虎姐が慌てて止める様に叫ぶが………。

「これが………ビックポイント技だっ!」
「――――ど、どわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

必死の叫びも虚しく、熊谷さんの咆哮と共にブン投げられる虎姐。
―――って、投げられた虎姐がこっちに向かって飛んで、やば―――

ど ぐ わ し ゃ ぁ ぁ っ ! !

俺が避ける間も無く虎姐がぶつかる衝撃が全身を走り、
そしてそのまま俺は虎姐の身体に押し潰され………

『………あ゛』

俺と虎姐以外の全員が上げた声を耳に―――俺は意識を遠くへ旅立たせたのだった。