とある学校の屋上にて。

「あー、くそ、羨ましいなこんちくしょうめ………」

屋上にある昇降口の屋根の上で、俺は寝っ転がりながらある方向を見下ろし。
悪態を付きつつ購買部人気メニューNo1のやきそばパン(カレー風味)をカブリとかじった。
そんな俺が見下ろすのその視線の先には………

「だからなぁ、虎姐。何時も言うけど勝手に俺の弁当から唐揚げとかお握りとか取るんじゃない!
諺にもあるだろ、親しき仲にも礼儀ありってさっ!」
「あたし、頭悪りぃから諺なんてわかんねーし………っと、お握りいただきっ!
うん、何時もながら光喜の作ったお握りはおいしっ!」
「理解しろっ、つか言ってる傍から取るんじゃねぇっ!!」
「良いじゃねえか、別に。代わりに、あたしの作った弁当も食わせてるんだからお互い様だよ」
「……だからと言って俺の弁当をバクバク食わないでくれよ? 作るのに結構苦労してるんだから、それは」

俺の親友である、狭山 光喜と、俺達の間では虎の姐御、または虎姐の名で親しまれる虎山 妙が、
掛け合い漫才をしながら仲良く弁当を食べる姿があった。

ちくしょう、何時の間に光喜の奴は虎姐さんとくっ付いちまったんだ?
この前はまでは、あいつ、しょっちゅう付いて回る虎姐さんの事をかなり鬱陶しがっていた筈なのに、
気が付いてみたら、何処か満更でも無さそうな態度になってやがる。
しかもあのレヴェルのラブラブ固有結界から見て、確実に光喜の奴は虎姐さんとデキてやがるな?!
光喜の奴、俺の預かり知らぬ間にいったい何の心変わりがあったんだ!?

あーくそう、俺と光喜の間には童貞不棄協定(なんだそれは?)が結ばれている筈なのに。
その協定を光喜はあっさりと破りやがって! 羨まし過ぎるぞ! アパートの家賃上げるぞ、コンニャロウ!!
………まあ、流石にアパートの家賃を上げるのはヒドいか………?

何? お前さんは誰だって?………ああ、そういや紹介が遅れていたな。
俺の名は東条 秀樹(とうじょう ひでき)、某有名芸能人の一字違いの名前で覚えやすい名のナイス・ガイ☆だ。
彼女いない歴は幼稚園の時に三丁目のアイちゃんにフラれた時から数えて11年になる!

何だって?、それだけじゃあ分からんだと?
俺は、今、あそこでラブラブムードたっぷりの固有結界を作っている狭山 光喜の友人だよ。
しかもその光喜の住んでいるアパートの大家の息子、と言えば分かるだろ?

以前、光喜が逃げる様に親元から出てきた時。
路頭に迷ったあいつに住む場所を紹介してやった友人、というのは俺の事だ。
これで分かったか? 分からんかったらこのSSを書いている暇な作者(をいこら)の作品を全部見るんだ!
それでも分からんかったら、今すぐPCの回線引っこ抜いて寝てろ!

―――と、ちとくだらん事で熱くなっちまったな。
俺とした事が、友人に先を越された事に熱くなり過ぎていた様だ。Be cool、Be Coolだぞ、俺!

……とはいえ、このままあのラブラブ固有結界を眺めるのは癪だし、さっさと何処かへ移動しちまうか………
丁度、やきそばパン(カレー風味)を食い終わった事だしな。

やきそばパンの入っていた紙袋を丸めて後ろポケットに入れ。
『よっと』の掛け声と共に昇降口の上から屋上の床へ降り立つと、
未だラブラブムード続行中の裏切り者の友人を尻目に、屋上を後にしたのだった………。

「はぁ~あ、何であの偏屈な光喜の奴には恋人ができて、このナイス・ガイ☆の俺に恋人はできないのかねぇ……?」

なんて愚痴を呟きつつ、学校の廊下をややがに股で歩く俺。
なんで態々がに股で歩いているかと言うと、俺が不機嫌だと言う事を周囲にそれとなくアピールする為だ。
まあ、これは俺なりのポリシーって奴だな。………ん? 何か違う?

『SATUGAIせよ!SATUGAIせよ!SATUGAIせよ!SATUGAIせよ!SATUGAIせよ!』

と、歩いている所で唐突に俺のズボンの後ろポケットに入れている携帯が鳴り出す。
その独特な着信メロディに、たまたま近くを歩いていた結井の先公が何とも言えない表情で此方を見ていたが、
俺は敢えてそれを無視し、携帯を取り出して応答する。

「―――もしもし?東条ですが、どなた様で?」
『よぉぅ! 元気にしているか馬鹿息子ー! こっちは元気だぞー!』

このノー天気かつ無神経極まりない軽薄な声、電話してきたのは親父か………!
電話の向こうの相手、東条 平八郎(とうじょう へいはちろう)は俺の親父であり、
俺の友人の光喜が住んでいるボロアパートの大家であり。そして、俺にとっての不倶戴天の天敵である。

とにかく、この親父は俺の嫌がる事をやっては、
それで俺が困っている様を見て腹を抱えて大笑いする性根の捻じくれた性格で、
たとえば、夕飯時、いきなり俺の嫌いなピーマン(しかも生)を皿に山盛りで出した挙句、
笑顔で『これを全部食わなかったら小遣い抜きね?』なぞと言い出す様な奴なのだ。

………ああ、その時は全部食ったさ。
ピーマンを食うのも嫌だったけど、それよりも小遣い抜きはもっと嫌だったからな!
もうあの時は吐き気を堪えながら必死に食ったよ! 半分食ったころには視界が歪んで見えたよ!
食い終わったと同時に気を失って、その後、大量のピーマンに埋もれる悪夢まで見たよ!
口に広がる苦味とえぐ味を必死に我慢して食っている最中、
親父がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて見ていたのが…… 今思い出しても腹が立つ!

んで、一番腹が立つのは!あの親父、去年、俺を放っぽって母さんと一緒にアメリカへ移住しやがったんだよ!
朝目覚めた時、『アパートの管理はお前に任せた、後はよろしく(はぁと)』なんて書き置きをのこしてなっ!
アパートの管理に必要ないろいろな手続きとかその他諸々の管理とかを、
学生の息子に全部押し付けるんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!

もう最初の数ヶ月は滅茶苦茶大変だったぞ!何度不動産業者とか役所とか行き来した事か!!
それを学業と併用してやってたんだぞ!もうストレスの所為で十円ハゲが何個もできたんだぞ!
………まあ、今はもう慣れて落ち着いた物だけど………。

んでだ、今回はいったいあの親父は何の用で電話掛けてきたんだ?
またなんか下らない事でも頼むつもりだったら即行で電話切ってやる!

「………何の用だ、親父。俺は今、学校で忙しいんだけど?」
『あれ?今そっち学校やってたんだっけ?おっかしーなー?
ここは真夜中だから、てっきりお前も家で休んでいるかなー? と思ってた AHAHA』
「あのな……時差ってもんがあるだろ……?」
『あーっ!そうだったそうだった、時差を忘れてたや、こりゃうっかりAHAHA!』

相変わらずムカツク喋り方だ。
話す俺の声が、徐々に険しい物に変わっていくのが自分でも良く分かる。
あ、通りすがりの同級生が俺の様子を見てビビってら………落ち着け、俺!

「で、時差の話はもう良いとしてだ。俺は何の用かと聞いているんだけど?」
『おっと、つい忘れそうになったや、いかんいかん。
んで、話と言うのはだな、秀樹、お前が住んでいる家、あるだろ?』
「ああ、それが如何したんだ?」

………取り壊すとか言うのか?………クソ親父なら言い出しそうな話だが………。

『其処にな、人を住まわせる事にしたわ』
「 は ? 」

クソ親父の唐突な言葉に、俺は目を点にして間抜けな声を漏らす。

『だからだな、今、お前の住んでいる家って広いし部屋数も多いだろ? それも無駄に。
でだ、それだったらその無駄なスペースを有効活用しなきゃ勿体無いだろう?』
「あ、ああ……」

続けるクソ親父に、俺は気の抜けた返事を返す。
確かにそりゃあ、俺が今住む家は俺一人が住むには広い家だとは思うが………
だからと言って、なあ?

『で、俺の知り合いの娘さん、まあ、その人は数年前から日本に住んでいる24歳の若い女の人なんだが。
ある事情があって、彼女はこの辺りに引っ越す事になったんだ。
で、その知り合いから聞く所によると、彼女の合った良い場所が中々見つからなかったんだわ。
まあ、日本の住宅事情ってのは色々あるからなぁ、その所為で合わない事も多い訳なんだなと俺は同情してな。
それなら、俺の息子が住む家に行けば良いって言う様に、その人へ言っちゃったんだ(はぁと)』

は、はぁと、じゃねぇ………何勝手に話を進めてるんだこの親父はっ!?
その場で携帯を床に叩き付けたい衝動を堪えつつ、俺は親父へ問い掛ける。

「………そ、その人が来るのって何時だよっ!?」
『あー、多分、今日くらい?………もう彼女に合鍵渡しちゃったし』
「………………………」

親父の答えに、俺はしばし絶句するしかなかった。
こ、このクソ親父はぁぁぁぁっ!!!

「……い、幾らなんでも言うのが遅過ぎるだろっ!!」
『いやスマンスマン、本当はもっと前に言うべきだったんだけどな、
先週、べガスのカジノで大当てしてなぁ!それでドンちゃん騒ぎしている内にうっかり忘れちったんだよ、
で、今日、何気にTV見てて、ふと思い出したから慌てて電話した訳よ。分かったか?馬鹿息子』
「そ、そうか………」

俺の顔がヒクヒクと引きつってゆくのが手に取るように分かる。
この親父、忘れてたとか言ってるが………絶対わざとだろ? そうに違いないっ!

『ま、とにかく、その人はお前が驚くよーな美人だからきっと仲良くなれる筈だ!
ひょっとしたらお前の彼女にできるかも知れんぞ?………と言う訳で、言う事は終えたし、それじゃーなー♪(プツン』
「って、ちょ、ちょっと待て、親父! まだ話は終わってな――――………切りやがった………」

この後、俺は直ぐに親父の方へ電話を掛け直したのだが。
何度やっても、繋がらない旨を伝える機械的なアナウンスが流れるだけで、結局繋がる事は無く。
その上、そろそろ授業が始まる事もあって、諦めた俺は仕方無しに教室へと向かったのだった。


――――ややあって

「………ったく、あのクソ親父………人に黙って勝手に話し進めやがって、俺の迷惑を考えろ………」

授業が終わった後、ぶちぶちと愚痴りながら不機嫌極まりない様子で家路につく俺の姿があった。
さっきから通りかかる人が一様に、俺の姿を見るや道をさっと空けたり、目線を合わせないようにしているあたり、
俺のまとっている不機嫌オーラはさぞや凄まじい事になっているのだろう。

しかし、だからと言って不機嫌な様子を隠すつもりは無い。
もうとにかくクソ親父の所為で心の内が怒りで煮え滾っているのは確かなのだから。

恐らく、クソ親父の言っている事が正しければ、俺が帰る頃には既にその人が家に来ている事だろう。
親父が最後に言っていた事にはその人は美人とか言っていたが、それが普通の美人であると言う保証は何処にも無い。
多分、親父が送ってくる人間の事だ、性格か何処かに問題を抱えているような人間の筈だ(断言)

おそらく親父は、その女に俺が振り回されて困る事を見越して、俺の住んでいる家を紹介したに違いない。
じゃなきゃ普通は広くて無駄なスペースがあるというだけの理由で、人の住んでいる家を薦める事なんてせず、
俺が管理しているボロアパートを紹介する筈だ!

まあ、とにかく、先ずは家に帰って、その女に会ってから親父の意図を探るとしようか………

―――とか何とか一人で考えている内に、俺は自宅の前に辿り着いた。
閑静な住宅街にある、築7年程の6LDKの3階建て。本来、この家は二世帯住宅だったのだが、
数年前に祖父と祖母が立て続けに天寿を全うし。そして昨年、親父と母さんがアメリカへ移住した為。
今では、俺が一人だけが住む、空き部屋が目立つ無駄に広いだけの家と化している。

にしても、気の所為だろうか………?
何時も見ている自分の家にも関わらず、何処と無く不気味な雰囲気を感じさせる。
何だか家の上空に暗雲が黒々と渦巻いている様に思えるし。
おまけに烏が数羽、屋根の上に止まって此方を凝視している様にも感じる。
………本当に只の、気の所為だろうと思うのだが。

ま、まあ、俺がそう感じてしまうのは無理もないか、
その自分の家の中に、親父の送り込んだ得体の知れない誰かが居るかも知れないのだ。

今の俺の気分を例えて言うなれば、
エイリアンの居ると思われる宇宙船へ侵入する海兵隊員の気分、と言えば分かるかもしれない。
いや、俺の場合、ひょっとするとエイリアンの方がマシだと思えるのが居るかもしれないのだ。
それを思えば、自分の家が不気味に見えても仕方ない事だろう。

…………何だか、今になって、急に家に入りたく無くなって来た。
さっき、エイリアンの方がマシだと思えるのが居るかもしれないとか考えた所為か?

いや、違う、これは俺の中の何かが警告しているんだ。
家の中に、俺の恐れる何かが潜んでいる、と。

………何を馬鹿な事を、
在りもしない物で恐れて如何するんだ俺は!ビビってんじゃねえよ、俺!

と、しばらく自問自答した末、
意を決した俺は玄関のドアの鍵を開けようと鍵を差込み―――――

「………開いてる」

既に、ドアの鍵が開いている事に気が付いた。
無論、家を出た後できちんと鍵を掛けたのを確認してから学校に向かっているにも関わらず、だ。
どうやら、俺の思っていた通り、その女は既に家に入っているのだろう。

と、とにかく、中に入ってみよう………

恐る恐る、ドアノブを捻り、ドアをゆっくりと開ける。

キ……ィィ………

不安と警戒心によって五感が過敏になっている所為か、ドアを開ける時の蝶番がきしむ音がやたらと耳に障る。
気の所為 気の所為………気にするな、俺。

そして、ゆっくり開いたドアの向こう側は何時もと変わらぬ玄関の光景が広がっている、のだが、
如何言う訳かその玄関の空気が重く湿っているような気がする。

―――其処で、俺は妙な事に気が付いた

「…………靴が、無い?」

そう、誰かがこの家に来ている筈にも関わらず、その誰かの履いていた靴が見当たらないのだ。
一瞬、海外から来た人間だから何時もの感覚で土足で家の中に入ったのかと思ったが、
上り框から先の玄関ホールの床に土足で踏み込んだ形跡が無い事から、そうとは考えられない。

………いや、良く見ると、土間と床の段差の角にごく少量の土が付いていたのに気付いた。
それも、まるで何かにくっ付いた土を落とすために擦り付けたような感じで。

靴でやったにしては妙だ、何処か違和感を感じる。
何だ? 何がおかしい? この微妙な違和感は一体?
……………考えていたって仕方が無い、さっさと中に入るか。

―――そして、俺は靴を脱いで玄関ホールから廊下へと進み始めた………。

………ギシ………ギシ………

1歩、足を踏み出す度に普段は気にならない筈の床材のきしむ音がなって、妙に耳に障る。
それはまるで、恐怖映画のお化けが居ると言う家の中を一人で進むワンシーンの様に、
ええぃっ!だから気にするなって俺っ! Be Cool、Be Coolだ!

怖気づいた気を紛らわせる様にかぶりを振って、再び歩み出そうと前を向いた時。

―――――――?

俺の前方の、廊下の角から妙な物が見えているのに気が付いた。

それは、最初、妙に黒光りする太い棒の様な物に思えた。
だが、良く見るとそれはオレンジがかった緑色で、更に不規則な黒い斑点がある事も分かった。
そして同時に、廊下から覗くのは何かの長い物の先端である事も分かった。

しかし、離れている場所で見ている上、廊下が薄暗い所為で、
幾ら見てもそれが何なのかが俺にはさっぱりだった。
仕方ない、明かりを点けて確認するか………

―――と、壁のスイッチに手を伸ばし、明かりを点けた矢先、

それはスイっと滑る様にして、廊下の角の向こうへ消えた。

「…………………………………………………………」

絶句、俺絶句、もう絶句するしか他が無い。
アレナニ?ナニアレ?アレは一体何だっ!?
一瞬、俺の脳内がナンノコッチャナンノコッチャで一杯になりそうになる。
落ち着け俺! そうだ、こんな時こそ深呼吸だ。
一回吸って、はいて、そして吸って、はいて………よし、落ち着いたな?

……………明かりをつけたその一瞬だけ見えたけど、
アレ、明らかに滑らかな鱗みたいなのに覆われていたよな?
………と言う事はだ、アレは蛇のような生き物のしっぽの一部?
しかもあのサイズから見て、結構な大きさがあるぞ?

仮に、もし、俺が見たものが蛇だった場合………はっきり言って冗談では無い!

情けない話だが、俺は蛇が大の苦手だ。
まあ、普通のシマヘビとかアオダイショウ程度なら問題は無い。
俺が苦手としているのはニシキヘビの様な大きな蛇なのだ。

こうなったのも、俺が中房の頃、
家族で行った動物園の何かのショーで、俺の首にニシキヘビか何かの蛇を巻かれた時、
クソ親父が何を思ったか、俺の首に巻かれている蛇を棒で突付いて刺激しやがったのだ。
そんなクソ親父の行動に蛇は驚いたのかそれとも怒ったのか、そのまま俺の首を絞め付けて…………

次に気が付いた時、俺は病院のベットの上だった。
医者の話だと、俺は蛇に首を絞め付けられた事で窒息して気を失っていたらしく。
飼育係の人がなんとか蛇を引き離していなければ俺は窒息か首の骨が折れるかで死ぬ所だったらしい。

尚、クソ親父はというと、息子が蛇に絞め付けられて苦しむ様を見て腹を抱えて爆笑した後、
殺意の波動に目覚めた母さんによって、その場で瞬獄殺を食らった事で、
親父はめでたく包帯だらけの姿となり、俺の隣のベットで寝こむ羽目になった。
…………当然の結果だ。

で、その事件以降、俺はでかい蛇が駄目になってしまったのだ。

そんな俺にとって、家にでかい蛇がいる、と言うのはかなり恐ろし過ぎる話だ。
考えてみろ!例えば自分の家にでっかいゴキブリが潜んでいると想像すれば、その恐ろしさは充分分かる筈だっ!

どうしよう、もう先に進むどころかこの場に居たく無くなって来た、つか逃げ出したい!
い、いや、ちょっと待て………ひょっとするとアレは俺の恐れが見せた幻なのかも知れないし。
蛇以外の動物の物の可能性だって有り得る、何を恐れている、ここは自分の家だぞ?

数分の間、俺はその場で行くべきか逃げるべきかと躊躇した後、
なんとか勇気を振り絞って先に行く事に決めて廊下を進み、
角に立つと、思いきって何かが消えていった方を見た。

「………何も、居ねぇ………」

―――だが、其処にはでかい蛇どころか何もおらず、
視界にあるのは、何時もと変わらぬ廊下の光景だけでしかなかった。

「やれやれ………なんだ、俺が一人でビビってただけじゃねぇか………馬っ鹿みてぇ………」

何も無い事が分かり、一気に緊張の糸が切れた俺は大きく溜息を付いて自嘲の言葉を漏らした。

さっきのアレは多分、俺の強迫観念が見せた幻なのだろう。
多分、鍵が開いていたのも俺が鍵を掛け忘れただけで、
段差の角に土が付いていたのも何かの拍子で靴の裏の土が付いただけだったかもしれない。
それに、誰かが来ていたのなら必ずその誰かの履いていた靴がある筈だ、
無論、泥棒が入った、と言う割に泥棒が入った痕跡すら見当たらないし(俺が見付けていないだけかもしれないが)

良く考えてみれば、たかが人が一人来るだけの事じゃないか、
何でこんな事でビビって居たのか、俺自身が馬鹿らしく思えてくる。

はあ………なんか安心したら急にどっと疲れが出てきた………
さっさと俺の部屋に行ってカバン置いて学生服着替えて風呂入るか………

安堵と同時に何とも言えない気分を感じながら、俺は自室へと向かったのだった。

「ふーんふんふんふんふんふんふんふーん♪ ふーんふんふんふんふんふんふーん♪」

自室にカバンを置き、学生服から私服に着替えた後、
俺はタオル片手に何かのOVAで聞いた某オリジナルのテーマ曲の鼻唄を気分良く口ずさみながら、
風呂場の脱衣所の扉の前にたち、何気に扉を開け――――

「――――――――!?」

―――その向こうにある物を見て。
俺は一瞬固まった後、慌てて脱衣所の扉を閉め、
そして踵を返すと、何も言わずそのままダッシュで自室へ戻って自室のドアを閉め、扉を背に荒い息を漏らす。

どきどきどきどきどき

未だに心臓の動悸が鳴り止まない、おまけに何だか鳥肌まで立って来た。
脱衣所にあったものは幻でも見間違えでもない、アレは紛れもなく現実に存在している物だ。

俺が見た物、それは――――
狭いながらも、それなりのスペースのある脱衣所の床全体を埋め尽くす様にのたくっているでっかい蛇の身体だった。

オリーブグリーンと言うのだろうか、ベージュ系の何だか良く分からない色。
その独特の色に大きな楕円形の斑点の模様の付いた小さく滑らかな鱗に覆われた胴体は異様に太く、
大よそでも俺の胴の太さほどはあったかとおもう。
そしてその長さもパッと見た目だけではあるが、軽く8m、いや、それ以上あるかもしれない。
とにかく、そんなアマゾンの奥地とかでしか見られないようなクソでかい蛇が俺の家の風呂の脱衣所にいたのだ。

無論、んなもん見たらダッシュで逃げるに決まっているだろ!
普通の人間でもビビるぞアレは!

―――って、ちょっと待て、と言う事はだ、先ほど廊下で見たアレは………幻ではなかった訳、か?

ど………

どひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!!
こ、こうなる事が分かってたんだったら、最初にアレを見たあの時点で逃げ出しておくべきだったぁぁぁっっ!!!
そうしてりゃ警察を呼ぶなり何なりして家の中のアレを追い払う事が出来た筈なのにっ!!
俺の馬鹿、大馬鹿、大間抜けっ!! あぁぁぁぁぁぁ、後悔先立たずぅぅぅっ!!

どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようしようどうしようどうしようどうしよう
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようしようどうしようどうしようどうしよう

頭を抱えてベットに突っ伏す俺の脳内は、その一言で埋め尽くされていた。
それも当然だ、家の中に俺の苦手なでっけえ蛇が居ると分かったのだ、パニくらない方がおかしい。
このまま思考停止して、「パニパニ パニパニ パニパニパニック」などと言いながら
意味不明の踊りを披露してしまいたい気分だ。


……どうしよう、もう部屋からも出たくねぇYO!
何処にあのでかい蛇が居るのか分かった物じゃない家の中をあるきたくねぇYO!
これじゃあ出かける所かトイレにすらいけねぇYO!
このままじゃあ引きこもり決定だYO!

―――いや、だったら、いっそのこと窓から出入りするか?

……はっきり言って、それは無理無茶無謀な話だ。
俺の部屋は家の三階にあるのだ。おまけにその部屋の窓の周りの壁には取っ掛かりすらないのだ。
そして、俺の部屋にはロープなんて物はないし(あったらあったで何に使うんだ? と言う話だが)
んな状態で三階の窓から、ウォールクライミングで出入りしようなんて考えた日には、
三日もしない内に、ご近所さんへロープ無しバンジーを披露する事間違い無しだ。

じゃあ、どうするんだといわれたら…………どうしよう、もう部屋から…………。

そうやって、俺の思考が半ばループしかけたその時――――

……コンッ……コンッ……

誰かが、ドアをノックする音が俺の耳に届いた。

俺は何も言わず、とっさにベットから降りて身構えた。
まさか………さっきの蛇か?

――――って、ちょっと待て、この世の何処にドアをノックする蛇が存在すると言うのだ?
つーか、そもそも蛇にノックする腕なんて無いだろ? 何を馬鹿な事を考えているんだ俺は?

………じゃあ、ドアをノックする奴は一体、誰なんだ?
泥棒がわざわざドアをノックするなんて話は聞いた事無いし。
俺は零能力者だから幽霊なんぞとは無縁だし………。

………あ、ひとつだけ、心当たりがあった。
クソ親父が寄越した誰ともつかぬ女、で、話では24歳の美人、と言われている人。
ひょっとすると、その人なのかもしれない。

だったら、早く家にデカイ蛇が居る事を教えなくちゃ!
下手すると何処かのパニック映画の犠牲者よろしく、な事態になりかねないぞっ!?

と、取り合えず、考えるよりは先ず行動!

「誰、だ?」

扉の向こうの誰かさんにむけ、俺が恐る恐ると言った感じで声を掛ける――

『……………』

が、しかし、返事は無い。
人が声掛けているのにだんまりかよ、おい。

「え、えっと、アンタ、親父が言ってたここに住むって言う人か?」

気を取り直し、俺は再度、声を掛ける。
そして、一拍ほどの間を置いて―――

『あたり』

誰かさんの小さな声の、その一言だけが返ってきた。
声の質からして、恐らく女性と見て間違いないのだが…………

「…いや、あの…『あたり』じゃなくてだな。もう少し、なんか他に言う事あるだろ、普通。
たとえばさぁ、お邪魔しています、とかさぁ?」

少し戸惑いながら返す俺に、またも間を空けて――

『言う事?…………お邪魔しています』
「いや、それ、さっき俺が言った言葉なんだけど。鸚鵡返しかよ。
俺が言いたいのは『誰彼の紹介で来ました。何々と申します、これからよろしくお願いします』とか言えって事だよ」

そんな俺のツッコミで、誰かさんはようやく俺の言いたい事に気付いたのか、
ドアの向こうで、ポン、と手を叩く音が聞こえ、

『平八郎さんの紹介で来ました………紺田です………よろしく………』

声が小さい上に途切れ途切れではあるが、俺の言った通りに返答する誰かさん。
………なんか、この人、話しているとある種のストレスが溜まりそうな話し方だなぁ………。

まあ、それは兎も角、これでドアの向こうの誰かさん、もとい、紺田、って名の人が、
親父の言っていた人だと言う事は分かった。

やれやれ、思った通り、親父の寄越してきた人間は何処か問題ありげな様な………?
ま、話をした限り、思ったよりも大人しそうだから良いけど………。

「親父から話は聞いてる。俺は息子の東条 秀樹、別にヒデって呼んでくれても………」

安堵した俺は言いながらドアへ近寄り、鍵を外し扉を開き――――

「………………………」

その向こうの彼女を見て、言葉を失った。

その人は親父が言っていた通り、
確かに20代前半の若い女性で、長い黒髪の、感じとしては線の細い、と言った風の美人である、のだが、
病的なまでに白い肌に、人形の様に整った顔立ち、そしてガラス玉の様な金色の双眸と言う特徴の所為か、
俺は何処と無く、彼女に対して怪しさと妖しさの二つの意味での印象を感じずに居られなかった。

だが、それだけならば俺が言葉を詰まらせる事はない。
なら、何故言葉を失ったか。それは、俺が彼女に対して何とも言えない違和感を感じたからだ。

そう、その違和感というのも、彼女の上背が異様に高いのだ。

俺の身長は170cm以上と普通よりちょい高いくらいなのだが、
目の前にいる彼女は、明らかに俺の頭一つ分以上は背が高いのだ。

いや、ただ背が高い、だけならば、それは違和感には繋がらない。
この世の中、俺の身長よりも背が高い女性なんて幾らでも居る。
たとえば、学校内だけで見ても虎姐さんとか獅子沢さんとかの例もあるわけだし。

しかし彼女の場合、その身長に対する身体のバランスがどうもおかしったのだ。
そう、まるで、シークレットブーツを履いた見栄っ張りな男を前にした時のような感じ、
もしくは、何かの作業台の上に乗っている人を目の前にした時の感じ、と言えば良いのだろうか。

それに気付き、俺はその違和感の原因を確めようと目線を下に向けようとしたのだが………。

…………。

……………………。

…………………………………。

何でだろう? 急に目線を下に向けたく無くなってきた、何か凄く嫌な物を見そうな予感がする。
そう、彼女の腰から下のあたりを見たらショックで気絶しそうな気もする。

何故だ? 何故なんだ? 一体何故なんだ?

そんな、理由が分かっているけど分かりたくない予感に戸惑う俺に

「どうか、しました?………」

無表情ながら不思議そうに首を傾げ、
やや焦点の合ってない眼で俺の方を見つめる紺田さん。

ああ、そうだ、紺田さんのこの無表情な顔も、何かを連想してならない。
そう、それはまるで……

「ヒデさん、身体の具合…………悪い?」

俺の様子がおかしいと思ったのか、彼女がスイっと滑る様に俺へ近づく。

―――”スイっと滑る様に”?―――

……って、待て。
妙な上背の高さ、ガラス玉の様な焦点の合っていない双眸、無表情、滑るような動き、
この特徴……何かにとても似ている様な……?

「熱、ある?」
「――――――!?」

考えている内に彼女は熱を測ろうとしているのか。
彼女の人形のような顔が俺の眼前まで迫り、お互いの額が触れ合う。

そして、彼女の額のひやりとした感触を額に感じると同時に、
俺の目の前で、彼女の唇からちろちろと紅く細い先の割れた舌が出入りしたのが見えた。
そう、その動きはまるで蛇が舌を出し入れする様に。

「熱、無い」

―――そして、彼女の顔が離れた一瞬、僅かに視線を落とした俺は見てしまった。
恐らく、彼女の腰に続いているであろう巨大な蛇のうねった身体を。

ざわり、と背中の皮膚があわ立ち始めるヤな感覚。

「あ、あ、あ、あ、あ、あの、紺田さん………つ、つかぬ事を伺いますが………」
「………何?」
「ひょ、ひょっとして………に、人間じゃ……ないんです、か?」

どもりまくっている上にみょーなですます口調で問い掛ける俺。
それに対し、彼女はわずかな間、黙った後。

「私の母が南アメリカ生まれの蛇の獣人…………」

ぽつり、ぽつりと呟くようなその言葉と共に、
俺の目の前で、彼女の身体がするすると上へ伸び上がり、
視界に入っていく景色が、彼女のセーターの上からでも形の良い乳房と判る胸部、
そしてほっそりとした腹部へと続いてゆく。

「私、紺田 アナ(こんだ あな)はその二世…………」

そしてスカートから下からが、人間の二本の太股の代わりに、
独特の色に楕円の斑点模様の滑らかな鱗に覆われている巨大な蛇の身体へ続いていた。
そう、それは先ほど俺が脱衣所で見た物と同じ物………。

ああ、よくよく見れば彼女の髪がしっとり湿っているし、さっきまで風呂に入ってたのは間違い無いなー?

それを理解したと同時に、ざぁっと脳内から血の気が急激に引いていく感覚を感じた。
多分、俺の脳が『じつは、巨大蛇は目の前に居た』と言う現実を受け入れるのを拒否したのだろう。

視界が徐々に天井の方を向いて行く、俺の身体が後ろ向けに倒れていっているからだ。
多分、俺はこのまま後頭部を強打する筈だ。

とか、俺は薄れゆく意識の中で、みょ―に冷静に思っていた。

―――そして、後ろ頭でゴツンと音が響くと同時に、俺は意識を失った