(まったく毎日毎日……)
子猫のように(実際、精神年齢は子猫だが)はしゃぎながら詰め所に入っていくシヴァ。
それを遠くから見送る1頭の虎がいた。
子猫の頃から付き合いのあるシヴァの友人、ヴィシュヌ。シヴァと同様ヒンドゥー教の最高神の名を与えられた彼女は、毛並みの艶こそシヴァに劣るものの、立派な黄金色の毛皮を持つ雌で、この保護区ではシヴァと並んで名の知れた個体である。
何より彼女は腕っ節が強い。
ふたまわりも体格の大きい雄に無理矢理求められた彼女が相手の鼻面をぶん殴ってKOさせたのは、この辺りでは人からウサギまで知らないものはいない。
そんな彼女に近寄るのは親しいシヴァくらいだけになってしまったが、ヴィシュヌにとってはたいした問題ではなかった。
――そう、恋の季節、つまり発情期が訪れるまでは。
なにしろ、彼女につりあう雄がいない。
彼女がKOしてしまった雄がここいらで一番の腕自慢だったからだ。
どうしようもなく我慢できず、一度は腕ずくで雄と行為に及んだものの、違う意味で相手をKOしてしまった。
それからというもの、シヴァとじゃれあって性欲を押さえ込んだりもしていたのだが、そのシヴァも恋人を作ってしまい、友人の嬌声を聞きながら一人寂しく慰める日々が続いていた。
(だいたい、保護区になってから男どもが貧弱になりすぎてしまったんだ。
わたしが子猫の頃なんて、たくましくて格好良いひとが沢山いたのに)
自慰を行うため、姿を人に変える。緩やかに波打つ金髪に、縦に走る黒髪の縞がアクセントになった彼女の毛並みは、シヴァを除けば間違いなくNo.1だ。
張りのある胸(これもシヴァより小ぶりだ。悔しいことに)を右手でさすり、左手で自らの尾を掴んでしごく。
「んんっ、くぅんっ」
身体の奥底から火照ってくるのがわかる。欲望に忠実に、ヴィシュヌはだんだんと行為をエスカレートさせていった。
詰め所から子猫の鳴くような声が漏れてきた。どうやらあちらもノってきたらしい。
「親友の、っわたしを、ふぁ、放っておいて」
彼女の上と同様に綺麗な縞模様の尾を口元に寄せ、軽く歯を立てる。
「ひあっ」
電流が背筋を駆け上がる。更なる快楽を得ようと、尾を口に含み――
そこで彼女は一気に醒めた。
不振な物音がする。二本足、つまり人の歩く音。監視員のものではない、やたらと鉄っぽい臭い。
おまけに複数。間違いない、密猟団だ。
ヴィシュヌは速やかに姿を虎に変え、心も闘争のものへと切り替える。
詰め所に報告に行こうかとも思ったが、自分ひとりで対処できると判断する。
なにしろ連中、不用意に音を立てすぎている。明らかに森に不慣れな者どもだ。
それにここは――彼女にとって庭みたいなものだ。
快感の興奮を闘争のものに変え、彼女は音も立てずに彼女の庭へと姿を消した。


(なにやってんだろうな、俺)
用心深く密猟団の先頭を歩く彼は、心の底から後悔していた。
東洋人である、というだけで冷遇された外人部隊を辞め、再就職先が密猟団。しかも全員が外人部隊崩れ。どう見ても人生転落コースだ。
彼は故郷では猟師の子どもとして育ったのでわかるが、自分のいる集団は猟なんてできたものではない。
彼はともかく、後続は歩き方さえなっていない。流石におしゃべりまではしていないが、そんな不用意な歩き方では大声で叫ぶのと大して変わらない。
(だいたい俺が先頭なのは、やっぱ東洋人だからだろうし。
金に困ってたからって、はやまったなあ)
心中ぼやきながら、木に印をつける。道に迷わないためのものだが、偶然彼がやり方を知っていたものの、後ろの連中はどうやって帰り道を判別する気だったのだろうか。
もう故郷に帰ろうかな、でも不景気だしな、などと考えながら道具をしまっていると、妙な違和感を感じた。
(? なんだこれ、静かすぎる)
保護区の森は確かに静かだが、動物の生活音が皆無になることはない。
しかし、木々の立てる音以外、全く――
「おい、何してるんだ。とっとと進まんか」
背後からだみ声。収斂していた意識が一気に拡散してしまう。
舌打ちしたくなるのをどうにかとどめ、声を発したリーダー格の男に向かって言う。
「どうも様子がおかしいっすわ」
「おかしい? どこが」
「ちょっと、静かすぎやしま」
彼の声は遮られた。後方から人の断末魔の声。
団員たちは元軍人らしく素早く小銃を構えるが、いかんせん相手の場所がわからない。
「どうしたーっ、何があったー!」
リーダーのだみ声に今度は実際に舌打ちし、樹を背にして自分の散弾銃を構える彼。
叫び声の数はあっちこっちからするが、襲撃者の音は全く聞こえてこない。
(きっと先頭をやり過ごして、後ろから襲ったんだ)
分析するが後の祭り。リーダーのだみ声があたりに響き、森はまた静かになった。
彼は、最後に残された標的になった。


(肝が据わった奴もいるものだ)
ヴィシュヌは微動だにしない男を眺めながら、そう思った。
まったく簡単な仕事だった。
目標を発見、潜伏。やり過ごして、背後から一撃。
先頭の男に気づかれたのは想定外だったが、後ろの男どもがあまりにも無能だった。
なにしろ、牙を使わず爪だけで殲滅できたのだ。おまけに返り血をよける余裕さえあった。
ここまで楽だと拍子抜けしてしまう。興ざめだ。
しかし――先頭の男は、残った。
背後を取られないよう、背中をぴったりと樹に寄せ、銃を構えている。その物腰も兵士のものではなく、猟師のものだ。
(でも、まだまだ甘いな)
彼女は身を翻らせ――頭上から、男に襲い掛かった。
男はまさか樹の上から襲われるとは思わなかったようで動揺しているが、ヴィシュヌの予想を超える反応を見せた。
男は距離を詰められて使い物にならなくなった散弾銃を諦めて横っ飛びし、大振りの軍用ナイフを抜いた。
容赦なくヴィシュヌの振るった爪をナイフで耐え、距離を取ろうと茂みに向かって走り出す。
(へえ、意外。まさかここまで持ちこたえるなんて。でも――)
逃げる男の足を払って引きずり倒し、羽交い絞めにする。
チェックメイト。
(わたしを相手にするなら、逃げるなんて駄目。殺す気でないと)


羽交い絞めにした男の表情は引きつっていたものの、取り乱すことはなかった。
このまま殺すのが惜しくなったヴィシュヌは、尋問するために姿を人に変えた。
「お前、密猟団だな」
彼女の変化に目を見張った男は、ふいと視線をそらして返事をした。
「密猟団だった。たった今、壊滅したけど」
ふむ、とうなずいてから、ヴィシュヌはふと気づいたことを男に問いかけた。
「お前、珍しいな。髪は黒いのに、肌は白い。どこから来た」
困惑する男。まさか虎に出生地を聞かれるとは。
「東、ずっと東の方だ。俺の故郷じゃ、みんな黒髪でこんな肌だよ。白人には黄色って言われるけどね」
ひがし、ひがし……と、考え込むヴィシュヌ。男にとっては絶好の逃げるチャンスだが、彼はこの虎娘に興味を持ってしまった。命を握られているが、なんとなく憎めない。
彼女がぽん、と手をついた。
「思い出した。サムライの国だな」
がくっ、とのけぞる男。まさかそんな単語が出てくるとは。
「違うのか」
「間違っちゃいないけど……もう侍はいないよ」
「お前はサムライではないのか」
「いや、先祖代々平民」
「ふうん、お前のような勇敢な男を、サムライと呼ぶのだと思っていたが」
彼女の素直な賛辞に照れる男。虎とはいえ美人に褒められて嬉しくない男はいない。
(って、なにほのぼのしてんだ、俺)
なかなか図太い男である。
「ところで、何故こっちを見ない」
またまた意外なヴィシュヌの質問に、ぎくりとする男。
手にフィットしそうな乳房とか、きめ細かな肌とか、可愛らしいおへそとか、柔らかそうな茂みとか、そんなのを直視できる状況ではない。下のカタナを抜刀してしまう。
言いにくそうにしている男のようすが、酷く気に入らないヴィシュヌ。
「こっちを向け、といっている」
男の頭を両手で掴み、無理矢理自分の方に向ける彼女。
男の視界に、端正な彼女の顔と重力に引かれた乳房が飛び込んでくる。
生まれてこの方、安い娼婦宿でしか女を抱いていない彼。否応もなく彼のカタナは立ち上がった。
下から押し上げられて、男の変化を気づかないわけがない。ヴィシュヌは少し驚き、そして意地悪な笑みを浮かべて、男を問い詰めた。
「お前、こんな状況でよく興奮できるな」
「無理言うなよ……そんな良い身体してるそっちが悪い」
そんなやり取りをしている間にも、男の視界ではヴィシュヌの形の良い胸がふるふると震え、肉付きの良い腰部が艶かしく揺れる。
男の熱い視線に、先ほどまでの自慰の感触がよみがえるヴィシュヌ。
身体の疼きが再燃し、じんわりと下半身が潤ってくるのがわかる。
ますます硬く押し上げてくる男の感触。これは、少なくともハズレではない。
「そうだな……お前、命が惜しいか」
「そ、そりゃ勿論」
「わたしの身体に欲情したか」
「……ああ」
「わたしも欲情している。
わたしを満足させてみろ。そうすれば命を助けてやる」


保護区の森に、子猫の鳴き声と水音が響く。
「いぃ、いいぞ、お前。んく、すごいっ」
テクニックも何もない、ただひたすら肉がぶつかり合う交尾。
ヴィシュヌは欲望の赴くまま腰をくねらせ、男も負けじと下から突き上げる。
「お、大きさは、それほどでもなかったが、ぁうっ」
「そりゃ悪かったな……くぅ」
「この硬さ、たまらないっ。なかを、けずってくるっ」
男の腹を掴み、腰をぐりぐりと押し付けるヴィシュヌ。たまらず男は喉を反らせる。
「こっちをむけ」
彼女に頭を掴まれ、前を向かせられる男。
激しく揺れながらも形の崩れない胸、つんと張った先端、熱の篭った吐息を吐く唇に、快楽に揺れる蟲惑的な眼差し――男は耐え切れず、ヴィシュヌの奥に吐き出した。
「ひぁっ、でてるっ」
どくどくと、相当な勢いの奔流が彼女の奥を叩く。まるで、彼女の子宮を押し開かんばかりの勢いだ。
「ふあっ、まだでてるっ、こんな、すごっ――」
その勢いに、彼女もまた頂点に達した。
身体を反らせ、数度、痙攣させる。
「ま、さか、こんなに早くイかされるとは、思わなかったぞ」
行きも絶え絶えに呟くヴィシュヌ。男の方は返事をする余裕もない。
彼女は男の上半身を抱き起こし、乳房を胸板に押し付ける。
「すごいな、お前」
唇を寄せ、深く口付ける。
彼女は、唇は心に決めたものにだけ許そうと決めていた。
勿論今まで一度も許していない。
つまり、ファーストキス。
分け入ってくる彼女の舌の感触に、男はヴィシュヌの中でまた硬さを取り戻し始めた。
「また、硬くなった。連続してできるとはな」
「まて、少し休ませ」
「何を言っている。これからが良いところだろう」
男の顔を胸に押し付け、黙らせる。
彼女はそのまま腰をくねらせ、男をしごき始めた。一度目と同様の硬さに戻った肉棒で、自らの襞をえぐる。
「わたしの、尾をつかめっ」
男は手を伸ばすが、虚空を探る。彼女は尻尾を動かして、男につかませる。
「わたしの感じる場所だ、刺激しろっ」
男は乳肉に溺れながら、何とか尻尾を刺激する。
「もっと強くっ!」
やけくそで握り締める男。
「みゃあっ!」
一際大きな嬌声を上げ、のけぞるヴィシュヌ。同時に彼女の襞も男を締め上げる。
「くうぅ」 「まてっ、まだ――」
2度目の放出。一度目と変わらないほどの勢いで彼女の奥を叩くが、ヴィシュヌは眉を吊り上げる。
「早いっ。良いところだったのに」
「む、無理……」
もうへろへろになっている男を一瞥し、尻尾を振って男の手を払う。
友人から聞いた、雄を元気にする方法。
「ちょっ、どこに突っ込んでるっ!?」
前立腺を直接刺激し、なおかつ尻尾も締めつけられる。
「つぁ、これは堪らないな。何度でもできそうだ」
まだまだ元気なヴィシュヌ。青ざめる男。
「わたしより先に音を上げたら、喉笛を引き裂いてやる。
――さあ、わたしを愉しませろ」


意識を失った男を虎の姿で背負い、詰め所に向かうヴィシュヌ。
久々に、というか、生涯初めて満足するまで及んだ。
この男は、合格だ。
この男を監視員に推薦してやろう。そして毎晩、満足させてもらおう。
詰め所についた。どうやら中も御開きになっているようだ。
男を枕代わりに抱きかかえ、入り口の前で寝そべる。
(これからは、毎日良く寝れそうだ)
ヴィシュヌはけだるいまどろみに意識をゆだねた。