――なんとなく予測出来てはいて、イメージトレーニングもしたのだけれど、やはり目の当たりにすると怖い、とシルスは思った。
 血色の髪を伝って、脂汗が垂れる。心臓は激しく脈動し、歯の根は少しばかり合いそうにない。
「――さて。覚悟は決まったか?この痴れ者が」
 石造りの部屋の中、そんな声と共に響く鞭のような音。 今までにあまり聞いた事のない、背筋が凍り付くような声色だった。
 部屋の隅に追い詰められながら、シルスは思う。こんな事になってしまう前の話を。
 そしてにじり寄って来るベルを見て思う。僕、死んだかな――と。


「――そもそも、召喚術と錬金術は昔から相互依存関係にありました。錬金術は物質の運搬・転送はどちらかというと苦手でしたし、召喚術はインスタントな利便性に欠けていました。そこで両者が――」
「……もうよい」
 半分以上魔術学院の講義と化している、黒髪を持つ長身の男――錬金術師ヘイルの説明を途中で遮ったベルは、窮屈そうに身を捩った。
「……ベル、本当に分かってくれた?」
 ベルの傍らに立っているシルスが、不安げに訊く。
 ベルは、シルスを鋭い眼光で睨み付け、しかし何も言う事はない。
「貴様らが先輩後輩とやらの関係にあるのはよく分かった」
「では、お見逃し願えませんか。こちらとしても、天界に喧嘩を売るような真似はしたくありませんので」
「……分かった。仕方あるまい」
「済みませんヘイルさん。ご迷惑をお掛けして」
「気にしないで下さいシルス君。こちらも討伐されても仕方のない身です」
 シルスとヘイルが互いに謝罪を交わす側で、ベルの眼光が鋭さを増す。
 二人は――少なくともシルスは――それに気付かずに続ける。
「さて、こちらが言うのもなんですが……色々あって疲れたでしょう。そろそろ夕暮れも近い。休んでいかれますか?」
「そうですね、お願いします。――ベル、いいよね?」
 シルスの問いにベルは答えない。
 シルスは仕方なさそうに、再びヘイルに一礼した。
「では案内させましょうか。ポチ!」
「只今」
 呼び掛けから応答まで一瞬の間があって、部屋に鎮座する実験器具の影から一人の猫人――つい先程、シルスにやりたい放題やっていた方――が現れた。
「お客様を空き部屋に案内してください」
「御意」
 ポチと呼ばれた猫人はヘイルに深く一礼すると、シルスに向き直り一礼した。


「――へぇ、じゃあ、シルス君はご主人様のご学友なんだ」
「ええ、まぁ」
 塔の通路を歩きながら、ポチを先頭に三人は歩いていた。
 先程から引っ切り無しにポチはシルスに話し掛け、情報収集と同時に愛嬌を振り撒いている。
「ご主人様、そんな話は滅多にしないから興味あるわ~ねぇ、後で私の部屋に来ない?お話聞きたいし、それに……」
 ポチは歩みを止め、シルスに身を寄せて、
「貴方と一緒に楽しいコトもしたいな~」
「う……」
「柔らかくて大きかったでしょ?私の胸。どう?揉んでみない?」
「あ、う……」
「誰かさんじゃ絶対に体感出来ないボリュームよ?」
 ポチはシルスの背後に視線を送りながら、誘惑を続ける。
 不意に、そんな二人に声が掛けられた。
「――部屋は、ここなのか?」
 抑揚のないベルの声。
 ポチは、ああいけない、などとわざとらしく呟き、
「そう。ここが貴方達のお部屋。夕食と湯浴みの準備が出来たら呼びに行くから、それまでごゆっくりね」
 そう言ってポチはシルスに微笑を送りながら通路の闇に姿を消した。
「ふぅ……じゃあ入ろうか」
 ベルに一言掛けて、扉を潜る。
 中はそれなりに広く、宿屋にある一通りの家具と、三人ぐらいが寝転がれる巨大なベッドがあった。
 ベッドには真新しいシーツが、天井のランタンから発される光を反射して橙色に輝いている。
「いい部屋だね。ねぇ――」
 ベル、と呼び掛けようとした瞬間、重い金具が絡み合う――まるで鍵が掛けられたような――音が響き、
「――一ヵ月と八日前だ」
 そんな意味不明の声と同時、シルスの身体は部屋の壁に叩き付けられた。
「がっ――!」
 全身が砕けるような衝撃に、シルスの息が切れる。
 激しく咳き込んだ所を、首を思い切り掴まれた。
「ぐ……ベ、ベル……何を」
「その日の行為で、貴様は私の胸に触れたな」
 親指でシルスの顎を持ち上げ、そこに小さな傷跡があるのを見付けながらベルは問うた。
「そして今日、あの下等生物の胸に触れたな」
「ぐ、あ……!」
 その傷跡を、ベルは上書きするように竜尾で切った。
 血の珠が次々と生まれ、張力で支え切れなくなった端から、赤い筋を作っていく。
 ベルはそれを、人よりも少しばかり長い舌で舐め取り、
「気持ち良かったか?あの女の胸は」
「う……」
 ――ベルの方が、そう答えようとした瞬間、身体が解放された。
 空気を求めて身体が勝手に激しい呼吸を繰り返す。
 ややあって落ち着いたシルスが見たものは、こちらを氷のような鋭く冷たい目で見るベルの表情だった。
「――嘘を吐くな」
 そんな声が聞こえて、ゆっくりとベルが距離を詰める。
 シルスは本能的な恐怖に駆られて、思わず後ずさった。
「そうだ。我が甘かった。我の下僕である貴様の全ては例外なく我のモノであり、誰であろうと触れてはならぬと――そう刻むのを忘れていた」
 そこでベルは、久々に邪悪な笑いを浮かべ――
「――さて。覚悟は決まったか?この痴れ者が」
 ――そう、宣言した。


 肉棒が捩じ切られる程に締め上げられ、シルスは朦朧とした意識を僅かに回復させた。
「――はっきりしたか?まだ夕餉も終わってはいない。就寝には早いぞ?」
 シルスの上で腰を振っているベルが言う。
「ふふっ……っ、ふ、くっ、イくぞ……!」
「ぐ、ああッ……」
 ベルの笑いを含んだ嬌声とは裏腹に、シルスからは苦悶の声が上がる。
 それもその筈だ。
 行為が始まってから早数時間。ベルはその間に自らの指やシルスの肉棒を使って幾度となく達しているが、シルスは未だ一度も精を吐き出してはいない。
 原因は、肉棒の根元に巻き付いた竜尾のせいだ。
「ぐあ……ッ!」
 シルスが達し、精を吐き出す脈動の音が響く。だが、実際にはベルの胎内に白濁液は一滴たりとも出てはいない。
「ふふ……苦しいか?我の胎に出したい、ぶち撒けたいか?我の高貴な身体を、下賤な貴様の精で汚したいと――そう思わないか?」
「あ、ぐ、ぎっ……!」
 ベルの細く柔らかな外見からは想像出来ない程の力で締め上げられ、苦痛と快楽に苛まされるシルス。
 ベルの淫らで甘美な問いに激しく首を縦に振るうが、しかしベルは邪悪な笑みを崩さずに、
「だが、まだだ。貴様に我を刻み込むにはまだ足りぬ」
「ぐ、そ、そんな――」
「黙れと言ったろう」
 ベルがシルスの胸板に手を着き、腰を捻る。
 子宮口を限界まで腫れた亀頭が擦り、再びシルスが苦悶の声を上げる。


 行為はまず、シルスとの数分に渡るディープキスに始まり、次に胸板の上での愛撫、手淫が終わったら挿入、という流れで来ている。
 ベルの頭の中に響くのは、あの猫人の声。
 自分には出す事の出来ない、酷く官能的な声。
 あんな下等で下衆な生物に自分の所有物であるシルスを弄られた事もそうだが、何よりベルには一つだけ気掛かりがあった。

「そもそも、だ。何故貴様が奴に謝る?それも『ご迷惑をお掛けしました』だと?それではまるで、貴様が我の主人のようではないか」
「く、あ……ご、ごめん……」
「貴様と我の主従契約など、あんなモノは形だけの物だ。我はいつでも契約を破棄し、貴様を殺して天界に帰る事が出来るのだぞ?その事を忘れてはいないだろうな?」

 ――そんな事は有り得ないという事を、ベルは知っている。
 シルスの記憶力がいいとかそういう問題ではなく、自分がそんな事をする事自体が有り得ない。
 未だ自らの口から好きだとシルスに告げていないベルは、互いの接点がその主従契約一つに全て掛かっているという事を十分に理解していた。
 故にそれが無くなれば、シルスがベルの手許にいる理由も無くなってしまう。
 シルスは新たな相棒を――自分などよりもっと扱い易く、頼りになるかも知れない相手を――召喚して、それで終わりだ。
 自分にはシルスの代わりなどいないし、考えられない。

「ふ、ふ。せいぜい苦しむがいい。我が受けた屈辱はこんなものではないぞ?」
「ぐ、うぅ、ごめん、ごめん……」
 ベルの胎内で再びシルスの肉棒が脈動するが、やはり精は出ない。
 自らが課した仕打ちとは言え、胎にシルスの精を注がれない事はベルにとってももどかしくあった。

 縛り付けるモノが欲しい、とベルは思う。
 同じ竜相手ならば、自分の高い身分が鎖になったのだろうが、異種族であるシルスには自分の身分などあまり意識しないだろう。
 それではベルという個に残るのは、竜故の高い戦闘能力と、無駄に高いプライドだけだ。
 そんなモノで――何か些細な事で切れてしまいかねない線で、この男を引き止めておける筈がない。
「ぐ、ぎっ……ベルっ、許してッ……」
「駄目だ。貴様のような浅ましい男には、この程度ではまだ足りぬ」
「ぐ、あ……そんなっ……」

 自分の想いを洗いざらい吐き出して、それをシルスに認めて貰うという事も考えた。
 だが、そうしてもし拒絶の言葉がシルスの口から出てしまったら?
 ――ベルは思う。それは単に契約を解除される事よりも怖い、と。
 それに、絶対に拒絶されるだろうという、確信に近い思いがベルにはあった。
 最初の出会いからして最悪で、自分の想いが好きだと確定するまでに色々と酷い仕打ちをしたし、シルスの――そしてベル自身の初めての時も相当な物だった。
 そして今なお、こうして不必要な苦痛と屈辱を強いている。
 これで好いてくれる道理などある訳がない。

「あ、ぐうっ!う、うああっ!」
「んっ、ふっ、あ、は……!ふふ……いいぞ、貴様のモノは……!」
 そう言いながら、ベルはシルスの睾丸を撫で上げた。
 作りはされども出はしないせいで、そこは痛々しいほどに腫れ上がっていた。

 ――これ程の量があれば、我でも身籠もる事が出来るだろうか。

 考えた末の結論は、子供だった。
 竜が人の子を成す可能性はあまりにも低いが、完全なゼロではない事をベルは竜の知識で知っている。
 それがもし、成れば。

 ――この男を、我に縛り付ける事が出来るやも知れぬ。

 あまりにも下衆な考えである事は分かっていた。
 しかし、ベルにはシルスの好意をあまり損なわない方法で、それ以外を思い付かなかった。
 だからこうして――

「ふ、ふふふ……もういいだろう」
「あ、が、ベ、ベルっ……!」
「さあ、我の前で下衆らしく、浅ましくイってみせろ!汚してみろ、貴様の精で!」
 竜尾の拘束を解くと同時、シルスの肉棒を強烈に締め上げる。
 ――刹那、凄まじい精の奔流がベルの胎内を満たした。
「う、ああああああああっ!」
「……っっ!」
 愛しい男の精が流れ込む、その感覚だけでベルは数度の絶頂を迎えながら、シルスの脈動する肉棒を締め上げ続けた。
 肉棒から子宮へと直接流し込まれる精を一滴たりとも逃さぬ為に。
 不確かな、まだ絆とは到底呼べるモノではないそれを、僅かでも確かなモノへ近付ける為に――


 少年の、悲鳴に近い嬌声が聞こえるに当たって、ポチは扉を叩く手を止めた。
 声を出さずに笑い、何処からともなく取り出したメモに、
「夕食の準備が出来ました」
 そう記して、扉に挟み込む。
 そのまま笑いながら、ポチは再び通路の闇へと姿を消した――