キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン……

「―――――はい、今日の授業はここまで。
皆さん、明日から暫く休みだけど、くれぐれも羽目を外したりしたら駄目よ?」

ガヤガヤガヤガヤ………

終鈴のチャイムと同時に担任の結衣先生が授業の終わりを告げ
生徒達は終わったとばかりに一斉に帰宅の準備を始める。

「んん~っ、やっと授業が終わったか……。さて、明日から連休かぁ……俺は何しようかね?」

その最中、俺こと狭山 光喜(さやま こうき)は座りっぱなしだった身体をほぐす様に大きく背伸びをした後、
明日から続く連休の事に思いを馳せる。

そう、明日から創立記念日と祝日、そして週休2日も合わせて4連休も休みが続くのだ。
学校へと通っている学生にとって、春夏冬とGWの休み以外に纏まった休みと言うのは貴重な物で
既に帰宅の準備を終えた生徒の間で連休の間は何をするかの話で持ち切りであった。

ある奴は連休の間は研究に没頭するとか言っていたり、
そしてある奴は山で熊を相手に修行しに行くなどと言って友人に止められてたり、
またある奴は連休の間、ずうっと石を見続けると意味不明な事を言ったり……

まあ、上の三つの連休の過ごし方は何処か問題が有りまくるのは気の所為にしてほしいが、
大体は気の合った友人と旅行に行ったり、ゲーム三昧の連休を送ったり、部活に精を出したりなど
他の生徒はそれぞれ思い思いの連休プランを練って期待に胸を弾ませていた。

で、俺はと言うと……まだ何も決めていなかったりする、
友人と何処か旅行に行くにしても、俺の友人は既に他の人との先約が決まっていてNG、
かといって家でごろごろして過ごすにしても、折角の連休をただ寝て過ごすのは勿体無いと思いNG
じゃあ、ならば他に何するかと色々考えるが、こう言う時に限って中々良い案が思いつかなかったりする。

あれ?確か光喜はアルバイトしてなかったっけ?と思う人も居るかもしれないが
俺のバイト先の上司が気を利かせてくれたらしく、丁度学校の休みと重なる様にバイトも休みとなったのだ。
ま、そんな訳もあって、俺は明日から4日間は何にも予定がないと言う状態となってしまったのだ。
(ま、今すぐ予定を考えなくても良いか。別に今すぐ決めるべき事じゃないし、後でゆっくりと考えるとするか……)

暫く後、そうぼんやり考えつつ俺が席を立った矢先

ボ ョ ゥ ン !

「……おどぅわっ!?」

考えるのに気を取られ、前を見ていなかった俺の顔面に柔らかくて弾力のある二つの大きな物体がぶつかり、
その弾力で跳ね飛ばされた俺は思わず体勢を崩し教室の硬い床へ尻餅を突きそうになる、が

「―――っと、大丈夫か光喜?ぼおっとしてたら危ないぞ?」
「あ、虎姐、か……」

床にしりもちを突く寸前、誰かの手が俺の手を掴み体勢を立て直させる。
立ち上がりつつその手の方を見ると、俺の手を掴んだのは虎山 妙(こやま たえ)
俺の頭より頭一つ分大きな190cm以上の鍛えられた大きな体躯と、
カフェオレの様な滑らかな褐色の肌、野性的そのものに引き締まった臍周りと
筋肉質にも関わらず丸く安産型の臀部に余所見していた俺を軽く跳ね飛ばすくらい張りのある大きな乳房、
その大きな乳房と同じ位大らかで面倒見の良い姉御肌な性格、勝気ではあるが優しさを秘めた顔立ちに
短めの金髪の頭には黒い毛の獣耳がぴくぴくと小刻みに動き、
後腰からは黒と黄色の縞縞模様の尻尾がゆらゆらと動く、そんな虎獣人の特徴と虎山と言う名前、
そして姉御肌な性格から彼女の事を俺と周りの人は親しみを込めて「虎姐」と呼んでいる。
そして、そんな彼女こそ今の俺にとってはかけがえの無い人である。

「全く、ぶつかったのがあたしの胸だったから良かったけど、壁とかだったら大変な事になってたぜ?」
「ごめん虎姐……ちょっと考え事して余所見してたんだよ」
「いやいや、あたしも光喜と同じ様に考え事して余所見してたからお互い様だ、だから気にすんなって
……で、光喜はさっき何を考えてたんだ?」

自分の胸にぶつかった事を全く気にする事無く逆にぶつかった俺の心配をしてくる虎姐に、
俺は申し訳無く思い直ぐに謝るが、そんな俺の謝罪に対し虎姐は笑顔で返した後、
唐突に俺へと質問してくる。

「いや、何……明日からの連休を如何しようかなって考えてたんだ……」
「へぇ、てっきりあたしは光喜の事だから連休の間は独りで家で閉じ篭ってるかな?と思ったよ」
「おいおい、俺は引き篭もりかっての、酷い言い様だなぁ……俺は其処まで独りに拘ったりしないっての。
じゃあ、俺も聞くけど虎姐こそ、さっきは何考えてたんだ?」

虎姐の俺に対する酷い言い様に対して少し憮然とした表情を浮べつつ、今度は俺から虎姐へ質問を聞き返す。

「あ…いや、なぁ……ちょっと後輩の事で考え事してたんだよ……まあ、その考え事って言うのが
あたしは女子レスリング部をやっているんだが、そこに獅子沢って1年下の後輩が居てな、
今日、あたしはその後輩の獅子沢からある悩みの相談を持ち掛けられたんだ
でも、その悩みって奴があたしじゃあ解決出来る問題かと困っててな……あ、そうだ」
「へえ、虎姐は女子レスリングをやってるんだ……知らなかったな……
……で?それで、何だよ?『あ、そうだ』って?」

虎姐が「あ、そうだ」と言った時、俺は脳裏に言い知れぬ嫌な予感を感じた、
だが、俺がそれに気付いた時はもう既に遅かったのであるが……

「光喜、明日お前の家にさ、その後輩の獅子沢を連れてくるから少し手伝ってくれないか?」
「……おいおい、虎姐、幾ら何でも急過ぎやしないか?んで、俺は何を手伝えば良いんだよ……?」
「その後輩の悩みって奴が料理の事なんだけどな……かなり下手糞なんだよ、その事であたしへ相談をしてきてな?
でさ、光喜は料理が上手いだろ?だからその後輩に料理を教えてくれないかなって思ってさ」

ほら来た、俺は何となく予感はしていたんだ、虎姐はこう来るだろうな、と。
しかし、今更気付いた時点でもう既に聞いてしまった訳だし「そう、関係無いね」と逃げる訳にも行かないが……
ん?でも、虎姐も確か料理ができる筈だった様な……?

「いや、でも、そう言う虎姐も料理は出来るんだし、俺が教える必要はないんじゃないか?」
「……あー、それが……あたしは料理が出来る事は出来るんだけど他人に教えるのが苦手でさ………
光喜だったら、あたしが寝てて遅れた分の勉強を教えるの上手だったからさ、
ならば料理を教えるのも出来るかなと思ったんだけど……光喜が嫌なら、嫌で良いよ。あたしで何とかするし」

と、少し寂しげな表情を浮べて虎姐は言った。
……なるほど、そう言う理由か……だから虎姐は俺を頼った訳だな……。
仕方が無い、前に俺が風邪に罹った時の礼もあるし、俺も手伝ってやるか……。

「良いぞ、明日その後輩とやらを連れてきてくれ、俺がしっかりと料理のイロハを叩きこんでやるし」
「え!?光喜、良いのか!?すまねえっ!感謝するよ!!」

俺の了承の言葉に虎姐は目を輝かせ、俺の両手を痛い位にガッチリと掴み、上下にブンブンと振り手繰る。

「ああ、だけど前みたいな事は勘弁してくれよ?」
「前?……何だっけ?」
「………をいをい、虎姐は1週間前に俺が風邪に罹った時の事、忘れたのかよ……俺に座薬を使ったアレ」
「あ、ああ!それか、それの事だったら大丈夫だって………………………多分(ボソリ)」

喜ぶ虎姐に対し、俺は先に、前の「アッ―!」な事態が起きないように言葉で釘を刺しておく、
……言われるまで虎姐はその事をスッパリ忘れていた様だが……
しかも、言葉の最後に虎姐は小さく「多分」と付けた時点で思いっきし大丈夫とは思えません、ありがとうご(ry

ま、まあ、とは言え、前の時の様にはならんだろう。あれは不幸な偶然が重なった結果だし……うん。
……こうでも思わないと俺の精神が不安で押しつぶされそうだ……

「じゃあ、虎姐、明日の何時ぐらいに来るつもりだ?昼の二時位であれば準備できる筈だが……」
「あー、そうだなー……うん、だったら光喜の言う昼のニ時に来る事にするよ。
……あたしの頼みを聞いてくれて有難うな、光喜」
「礼は良いって、虎姐。前、風邪引いた時に食わせてもらった美味しいお粥の礼もあるし、俺はその礼を返すだけだ」
「はは、そう言われると逆に気になるじゃねえかぁ、光喜ぃ。
……それじゃあ、あたしはこれから部活に行くから、じゃあな、光喜!」
「ああ、また明日な、虎姐」

約束の時間を決めた後、俺と虎姐は互いに手を振り合い
俺はバイトに行くべく校門へ、そして虎姐は部室へと二手に別れ、教室を後にする。

「……にしても、虎姐が女子レスリング部をやっていたとはねぇ……?
道理で会っていない数年の間に筋肉質な身体になったなぁ?と思ったら、それをやっていた理由もある訳か。
昔の人は男子3日会わずば括目せよ、と良く言ったものだが、それは女子にも当てはまるんだなぁ……」

と、誰に向けるまでも無い独り言を呟きつつ、俺はバイト先へと急いだのであった。

《そして翌日》

「さて、食材はこんな物かな?………
後は虎姐とその後輩の獅子沢さんとやらが来るのを待つのみっと……」

安売りスーパーで大量に買い込んだ食材を目の前に、俺は一息を付く
なぜ食材を大量に買い込んだかと言うと、これから人に料理を教えるのだから
万が一の事を考えて食材は多めにあった方が良いだろうと言う俺の判断からである。
別に冷蔵庫の中身が寂しい所を女性に見られたくないと言う理由だからではない、
前に俺が風邪に罹った時、既に虎姐に冷蔵庫の中身を見られている筈だからな。

ま、それはさて置いて、時計を見ると既に二時に差掛ろうとしていた
丁度良い時間だな。良し、虎姐達が来るまでもうそろそろ、と言った所か……

《二時間後……》

……遅いなぁ……もう夕方の四時になろうとしているじゃないか……。
今一体、虎姐と獅子沢さんの二人は何をしているのだろうか?よもや約束の日時を忘れた訳無いだろうな?
虎姐の事だ、ひょっとすると何処かで道草を食っている可能性だってありうる
ったく……困った物だなぁ……

「おーい、光喜ーっ!居るかー!」
「っと、考えた矢先に来たか……遅いじゃないか虎姐、今まで何やってたんだよ?」
「あっはっはっは、ワリィワリィ、ちょいと”やる事”があって遅れちまったんだよ。光喜、鍵開いてるかー?」
「鍵は開いてる所か前に何処かの誰かさんが壊したままで修理してないっての。……ま、入るなら入って良いぞ」

噂すれば曹操の影ありと故事で良く言った物で、
来るか来ないか考えた矢先に来るとは話の流れ的に都合が良い様な……まあ、それは良いとして。

「んじゃ、失礼して……おい、アキラ、お前も入れ!」

ガチャリとドアが開き、タンクトップにスパッツとややラフな出で立ちの虎姐に続いて
誰かが俺の部屋に入ってくる、俺はその誰かの姿を見て少し驚いた

その虎姐に続いて入ってきた子は地味めな格好をした一見大人しげなショートボブの栗色の髪の少女で、
体型はと言うと虎姐の出ている所は出ているグラマーな体型と違って、言えばスレンダーな体型をしており
顔もまた、強気なタイプの美人の虎姐とは違うタイプの可愛らしい感じをさせる美人であった
そしてその頭には薄茶色の毛で覆われた獣耳が小刻みに動き、
後腰からは先っぽにふさふさの毛が付いた耳と同じ薄茶色の尻尾がゆらゆらと揺れており、
一目で彼女が獣人で、獅子沢と言う名前から恐らく彼女はライオン系の獣人だろうと言う事は分かった。
だが、俺が驚いたのは、獅子沢さんも獣人だったと言う事ではなく、その身長であった。

……でかい……

獅子沢さんの身長は虎姐程ではないにせよ、それでも180㎝程はあり、
日本人男子の平均身長の少し下あたりの165cmの俺から見れば見上げる程はあった。
身長が高いのは虎姐だけかと思ったら、獅子沢さんも大きいんだな……
「んじゃあ光喜、先ず先にこいつの紹介だが、こいつは……ぐぇ!?」
「虎山先輩の後輩、獅子沢 陽(ししさわ あきら)ですっ!年齢は十六歳の女です!今、彼氏は居ませんっ!!
狭山 光喜さん、先輩から貴方の事は伺っています!本日のお料理の御教授、宜しくお願い致しますっ!!」
「…………と、言う訳だ…………」

虎姐が紹介するよりも早く、
その少女もとい獅子沢さんが虎姐をドンと押し退けて元気良く笑顔から八重歯を覗かせながら自己紹介を始める。
……あ、押し退けられた虎姐の顔が引きつってら……

「……あ、ああ、宜しく……それと、俺の事は光喜と呼んで良いから……獅子沢さん……」
「私の事は獅子沢ではなくアキラと呼んでください!あ、どうせならちゃん付けでも良いです、光喜さんっ!!」
「いや、まあ、一応初対面だしなぁ……いきなり獅子沢さんの事をアキラちゃんと呼ぶ訳には行かないんだが……?」
「む~……分かりました!今は獅子沢さんでも良いです
けど、いずれは光喜さんからアキラちゃんと呼ばれる様に私、努力して見せます!」
「……あ、あははは……ま、まあ、努力してくれ……獅子沢さん……」
「はい!努力して見せます!!」

ず、随分と元気な子だな……いや、むしろこれは元気過ぎると言うかなんと言うか……
付き合っていると元気さに振り回されて疲れるタイプって感じだなぁ……

「ま、まあ、アキラはこんな奴だ……あんまり気にするなよ、光喜……」
「う、うん……気にしないでおく……」

獅子沢さんの先輩である虎姐もそれは良く分かっているらしく
やや引きつり気味な笑顔を見せながら俺の肩に手を置いた。

「それにしても先輩の話より光喜さんは男前じゃないですか?
あー、光喜さんのような人と付き合っている先輩が羨ましいです!」
「アキラ、お前は光喜に料理を教えてもらいに来たんだろ。目的を忘れるなって?」
「あ!そうでした!忘れてた忘れてた……」
「……ま、取り敢えず玄関での立ち話も何だし、二人とも中に入って話をしようか……」

なにやら目的がズレ始めた獅子沢さんへ虎姐がツッコミを入れた後
俺は二人をアパートの中へと案内する……まあ、案内する程、広くは無いのだが……

「ここが俺の住むアパートの居間兼応接間兼寝室兼の俺の部屋だ」
「……あいっ変わらず寂しい部屋だなぁ、光喜、もう少し彩りってのが無いのかぁ?」
「うわぁ……男の人の部屋って大体散らかってるって聞きましたけど、光喜さんの部屋はその逆で寂しいですね?
それに何か地震が起きたら真っ先に壊れそうですし……」
「ああ、アキラもそう思うか?……光喜、悪い事言わないからさっさと引っ越した方が良いぞ?」

所々が崩れそうなやや草臥れた壁紙に、ちゃんと閉まらないのでガムテープで隙間を塞いだ窓、やや黒味がかった柱
箪笥一つテレビ一つとちゃぶ台、そして部屋の片隅にゴミ箱があるだけの俺の部屋を見て二人はそれぞれ感想を漏らす
つか、人の部屋見て寂しいとかボロイとか言うなっ!!気にしているんだから……orz

「あれ?この写真立て、なんで倒したまんまなんですか?……光喜さんと……誰でしょうか?」
「こら、アキラ!勝手に光喜の部屋の物を見るなって、失礼だろ?」
「あ、すみません先輩、それと光喜さん、勝手に部屋の物を見てしまってごめんなさい……」
「いや、良いよ……兄貴と俺が一緒に映ったつまらない写真だし、見られて困るような物じゃないから」

俺の部屋を見回していた獅子沢さんがテレビの上に置かれた前向きに倒された写真立てに気付気、手に取る
だが、直ぐに虎姐に注意されて元の位置に戻した後、獅子沢さんは俺と虎姐に謝る。
……ったく、嫌な事を思い出しちまうな……と、そんな事はさて置いて。

「まあ、そんな事やっているより、先ずは獅子沢さんの料理の腕を見たいんだが、良いかな?」
「え?あ、はい……えーっと……料理は何処でやるんです?」
「……普通、料理は台所でやるんだけど……?」
「あ、そうでしたね!私、緊張してド忘れしてました!」
「何か、先行き不安だなぁ、あたし……」
「虎姐、先行きに不安を感じるのは俺も同じだ……」

時折ボケる獅子沢さんに虎姐と俺が突っ込みつつ台所に移動し……

「じゃあ、早速獅子沢さん、先ずは獅子沢さんのやり方でカレーを作って見せてくれ。
俺はそれを見て、如何するか判断するから」

鍋やらボウルなどの様々な調理器具が並ぶ台所を指し示し、俺は獅子沢さんに料理を始めるように言うのだが、

「うわぁ……色んな調理器具が一杯ありますねぇ!光喜さんはプロの料理人ですか?先輩」
「ああ、光喜はこう見えて料理だけは煩いからなぁ。弁当を作るにしても態々朝の四時から下拵えを……」
「……無駄話してないでさっさと始めてくれ……」
「あ、すみません、今すぐ始めます!」

何やら台所を見て虎姐と無駄話を始めた獅子沢さんに、
俺は呆れつつツッコミをいれ、やっと調理を始めさせる。さて、どれくらいの腕なのやら……?

「それじゃあ、最初はお野菜を切るんですね!……いきます!」

ズコン ガコッ ズドン

「……なあ、虎姐、如何見ても野菜を包丁で切ると言うより野菜を包丁で割ってるんだが……?
しかもぶつ切りの上に皮も剥いてないし、おまけにまな板も一緒くたに叩き割ってる様に見えるんだが……?」
「そ、そうだな……光喜もそう見えるか……?」

「お野菜の後はお肉も切らなきゃ……あれ?切れにくい………う~、もう面倒臭い!これの方が早いです!!」

ザシュッ ズバッズバッ 

「遂に包丁で切るのを止めて爪で引き裂き始めたが……」
「……言うな、光喜、それはあたしも分かってるから……」

「うん、材料を切った事だし、早速鍋で煮ます!」

ごろごろごろボチャボチャボチャ 

「おいおい、炒めずにいきなり水にいれて煮るのかよ……しかもまな板の破片が入ってる!?」
「……あは、あはははは……そ、そうだなぁ………」

「カレーの味付けはカレー粉をいれれば良いと聞きました。だからカレー粉を入れます!」

カパッ ドバァー

「……一気にカレー粉の缶の中身を全部入れてる………」
「…………」

《一時間後》

「出来ました―!」
「……………」
「……………」

獅子沢さんの元気の良い声の出来あがりの合図を聞く頃には、
俺も虎姐も只黙ってちゃぶ台の前に座っているしか出来なかった。
この時ほど、俺は死刑を受ける寸前の死刑囚の気持ちが理解できたと言っても良いだろう、
何せ、獅子沢さんが持って来た鍋の中身は、最早カレーとは言わずカレーに似た何かの物体だったからだ。

「さぁ!先輩も光喜さんもどうぞ!」
「\( 'A` )/ 」
「\(`^o^´)/」

それぞれの絶望の表情を浮べ、黙りこくっていた俺と虎姐の様子を気にかける事なく、
獅子沢さんはカレー?をそれぞれの前に置かれた皿によそわれた御飯の上に掛ける
因みに、ご飯もまた獅子沢さんが作った物で、既にご飯とは思えない七色に光る不定形な物体に仕上がっている。

「う、刺激臭が鼻に……あたし駄目だ、これ食えない……」
「いや、俺は試食してから全てを判断する、俺は奇跡を信じる!」
「こ、光喜!?だ、駄目だ、無茶するな!」
「……南無三!(ハクリッ)」

湯気と共に鼻を突く刺激臭を放つ目の前のカレーライス?に対して、
既に逃げ腰になっている虎姐を横目に、俺は勇気を振り絞ってカレーライス?をスプーンでひと掬いし口に運ぶ。
その時の俺は奇跡を信じていた、ひょっとすれば何かの偶然で美味しくなっているのではと言う奇跡を信じた。

そして次の瞬間、俺は奇跡と言う物はそうそう起きない物だと思い知った、

「―――――――――――――――」
「………光喜さん、私の作ったカレーは如何ですか?」
「……光喜?具合が悪かったら無理せず直ぐにあたしに言え……………って気絶してる!?」

後に虎姐から聞いた話によると、
俺はカレー?をスプーンで口に運び入れた体勢のまま、気絶していたそうだ。
そう言えばカレーを食べた後、急に何処かの川岸に居て、其処で死んだ筈の祖母と出会って話した様な気がしたが……
……いや、これはただの気の所為だろう……そうだと思いたい……

(数十分後)

「光喜ぃ?本当に大丈夫か?本当に身体の具合は悪くないのか?」
「あぁ……俺は何とか大丈夫っぽい……食べたのがほんの少しだけだったのが良かったようだ……」
「あぅ……すみません、光喜さん。まさか私の料理がここまで破壊力があるとは思いませんでしたぁ」
「……後悔しているより、先ずはやるべき事をやるんだ……毒物を2度と作らない為にな……」

俺は何とか気絶から立ち直り、カレー?もとい毒物を厳重に処分した後、
俺と虎姐と獅子沢さんの3人は再び台所へと立っていた。
そう、これから俺による獅子沢さんの料理特訓が始まるのだ。

「さて、獅子沢さん、これから俺が美味しいカレーの作り方と同時に料理のイロハを教えてやる!覚悟しろ!」
「え、えっと……光喜さん、なんか目が恐いですけど?……なんか目が据わっていると言うか何と言うか……」
「……気絶するほどマズい料理を食ったからな……料理に煩い光喜が恐くなるのも当然だとあたしは思うぞ……」

今の俺を鏡で見れば、さぞかし負のオーラで包まれている事が分かっただろう
それぐらい俺は怒っていた、それは獅子沢さんにではなく、
獅子沢さんに毒物を作らせ、食材を無駄にしてしまった俺の不甲斐なさに怒っていたのだ。
毒物へと変えられてしまった食材達の犠牲を無駄にしない、そしてもう、2度とこの様な事はさせない、
そう心に誓った俺は心を鬼に変える、

「さあっ、包丁を手に取れ、食材を並べろ!美味しい料理作りは正確さと素早さと味覚センスが命だ!!
そして無駄口を叩くな余所見するな泣くな逃げるな投げ出すなぁっっっ!!」
「ひッ、ひぇぇぇぇぇっ………」
「光喜、おたまをつき付けても緊張感が無いような……」

手の中でおたまをくるくると廻した後、ピシィッて感じに獅子沢さんにつき付け、
何処かの鬼軍曹の如く命令をする。さり気に虎姐がツッコミを入れているようだが俺は無視する。

そして、俺による厳しい料理特訓は幕を開けた……

「まず、材料を切る際だがジャガイモやニンジンは皮をしっかり剥く事、難しいならそれ用の道具もあるからな」
「え、えっと……こうやって切るんですか?」
「身と一緒に皮を削って如何する!そんなんじゃ皮を剥き終わる頃に無くなってしまうぞ!」
「ひ、ひぇぇぇぇぇぇ………」

「こらこらこら、また力任せに材料を切ろうとしてるな!?それじゃあ叩き割っているような物だ!
切る時は包丁を引く様にして切れば、肉を切る時も野菜を切る時も力はあんまり使わなくて済むんだ!」
「わ、分かりましたぁ………」

「材料を切り終わったら、先ずは鍋に入れた玉ねぎをバターで炒める事からはじめる!
そして玉ねぎはあめ色になるまで炒めるんだぞ?」
「こ、焦げちゃいましたぁ……」
「火が強すぎるんだ!中火で炒める材料の状態を見ながら炒めるんだ!
それであめ色になったらジャガイモとニンジンと肉も入れて炒める!こら、グズグズしてるとまた焦げるぞ!!」
「は、はいぃぃぃっ!」

「調味料を入れる時は決して思い込みで入れるな!!その料理に合った適正な調味料を適正な量で使う事が大事だ!!
コラッ、調味料のラベルを見ずに入れようとするな!料理が台無しになるぞ!!」
「ふ、ふぇぇぇぇぇぇ……」

「す、スパルタ教育だ……光喜が、鬼になってる……」

そんな最中、虎姐は鬼と化した俺による特訓の様子を見て、恐れ戦くしか出来なかった……

《そんなこんなで一時間後》

「良し、完成だ……」
「は、はい……ようやく出来ましたね……でも、本当に美味しいかどうかは……」
「ま、まあ、取り敢えず先ずは食べて見るか、前とは違って見た目も良いし刺激臭もしないから大丈夫だって、
それに色々やってて光喜もアキラも丁度腹も減ってると思うしよ、な?」
「そ、そうですね!私もお腹も空いて来た事です、不安がる前に食べてみましょう!」
「そうだな、俺も皆と同じく腹が減ってるし、食って見るか」

俺の料理特訓によって出来あがったカレーライスを前にして、
さっきの毒物を作ってしまった事からか、獅子沢さんは未だに不安になっていた
だが、虎姐の一言により不安がる前に先ずは食って見ようと言う事になった。

「い、頂きます!(パクリ)」
「それじゃあ……頂きます(パクリ)」
「いっただきまーす(パクリ)」


食事の前の礼をした後、皆一斉に目の前のカレーライスをスプーンで掬い、口に運ぶ

「…………おいしい!これが私の作ったカレー!?信じられない!」
「そりゃあそうだろう、ちゃんとした材料でちゃんとした作り方をやれば美味しくなるのは当前だ」
「ん~…美味しっ!やっぱ料理に煩い光喜が手伝っただけあるなぁ(バクバクモグモグ)」

カレーの味は特訓の甲斐もあって取っても美味しい物に仕上っていた
獅子沢さん自身、今まで自分の料理が不味いと思ってたのか今食っているカレーの美味しさに驚きを隠せないでいる
それは虎姐の食いっぷりから見ても美味しい事は十分に分かる事であった

「光喜っ、あたしの分のお代わり頼む!」
「おいおい、虎姐、もう自分の分を食っちまったのか?……ったく、自分でやれっての……」

そして数分も経たない内に、カレーを綺麗に平らげた虎姐からお代わりのカレーライスを要求され
まだカレーを食っている最中の俺は渋々、席を離れて虎姐の分のカレーライスをよそい始める。

「……………」
「……………(サッ)」

その際、虎姐と獅子沢さんが互いに目配せをした後で、
虎姐が隠し持っていた何かを俺の分のカレーに入れていたとは、俺は全く気付く筈も無かった……