「ハァ……今日も学校か……」

今日、起きてから3度目のため息をつきながら俺は自宅であるボロアパートのドアを閉める、
因みに鍵は掛けない、理由は泥棒が入ったって盗まれる物がない事と、鍵掛けるのが面倒だから。

俺の名は狭山光喜、高校生だ。去年から親元を離れ、
このボロアパート居を移した上でここから学校へ通っている。
と言っても、俺の実家はこのボロアパートから一駅分程しか離れていない、
ならば何故、わざわざ実家から通わずにボロアパートに引越して其処から通っているかと言うと
その理由は簡単、親に干渉されたく無いからだ。

どうやら元々から俺は孤独を愛する性質らしく、
幼少の頃から他人は元より親からすらも一歩距離を置いて過ごしていた。
そんな俺の事を親や親戚は変わった子だとか、
もう少し他人と係わり合いを持ちなさいとか言って居るようだが俺は全く気にせず聞き流している。

んで、そんな俺が何故ため息をつきつつ自宅を出るかと言うと、
学校に行くのが少し嫌になっている事が理由だ。

別に学校で虐められている訳ではない、
学校に居る時は自分の存在感をなるべく目立たせない事で
誰にも注目される事なく平和に”過ごしていた”からだ
無論、勉強が出来ないからと言う理由でもない、
自分でも言うのも何であるが頭は良い方だ、”程々に”であるが。
なら何故、俺は学校に行くのが嫌になるかなのだが……

「おはようっ、光喜!」

ば ち こ ん 

「……ぐぉっ!?………っっっ……」
自宅を出て、数分ぐらい歩いて俺の通う学校の校舎が見えてきた所で
おもむろに大きな声と共に後頭部に何かで叩かれた衝撃が走る。
その叩かれた衝撃と痛みの所為で俺は一瞬、その場で蹲りそうになるものの何とか気を取り直し、
叩かれ痛む頭を擦りながら俺は叩いてきた人物の方へ顔を向け

「虎姐……何時も言っているけど挨拶する時に人を叩かないでくれ……かなり痛いんだから」
「あ、スマンスマン。つい何時もの気分でやっちまった。けど軽くだから良いだろ?光喜?」

通学中の俺をいきなり後ろから引っ叩いた上に
俺の不機嫌な目線に対してちっとも悪びれない彼女は 虎山 妙(こやま たえ)
190cmと女性にして大柄な体躯に短めな金髪、
そして滑らかな褐色の肌に加えて態度と同じくらい大きな乳房
見た目から勝気な性格が窺い知れる顔立ちのその頭には黒い獣耳が小刻みに動き、
後腰からは黄色と黒の縞模様の尻尾がゆらゆらと動いている、
そう、彼女は虎系の獣人であり、その特徴と虎山と言う名、
そして姉御肌な性格から同級生は親しみを込めて虎姐と呼んでいる。
……親しむ気のない俺もそう呼んでいるのは、虎姐の方が言い易いから呼んでいるだけだ。

そして、そんな虎姐と呼ばれる彼女こそ、俺が学校に行くのが嫌になる理由だった。

「あのねぇ……軽くとか言う以前の問題で、俺は人を叩かないでと言ったんだけど?
それに虎姐にとって軽く叩いたつもりでも、やられた方にとって堪った物じゃないんだから……」
「分かった分かった、次から気を付けるって、な?」
「その「次から」って言葉を今までに何度、俺に言ったんだっけ?……虎姐?」
「アッハッハッ、忘れた」

この無神経さと鬱陶しさである、俺が嫌になるのは。
如何言う訳か虎姐のこの快活さが良いと周り(特に女子)から評判なのだが、
俺にとっては只の無神経にしか見えない。

「……ハァ……もう良い、こんな所で無駄話して居る場合じゃない。遅刻したら先生が煩いぞ?」
「あー、そうだったそうだった。遅刻したらあの狐の女センコーがうるせ―からな、ヤバイヤバイ
んじゃ、あたしは先に行くぜ!遅れるんじゃないぞ、光喜!」

俺を叩いた事に対してちっとも悪びれない虎姐に、
4度目の溜息を付いた俺は不機嫌な視線を虎姐へぶつけつつ文句を言うが
そんな俺の不機嫌さなんぞ虎姐は全く意に介せず、さっさと校舎へと走り去っていった。

「……今日も静かに過ごせそうにないな……ハァ……」

黒と黄色の縞縞模様の尻尾をゆらゆらと動かしながら走り去って行く虎姐の後姿を見送り、
俺は五度目のため息を付きながら校舎へと歩き出した。

先も言ったが俺は孤独を愛する性質である、それは学校であっても同じ事である。
俺は元来から人付き合いが苦手で、小学生の頃から一人で静かに過ごす事を好んでいた。
とは言え、俺は人嫌いと言う訳では無い、俺にはちゃんとした友人も居る、
ただ単に俺は一人で平穏に過ごすのが好きなだけなのだ。

その為、俺は今まで学校で授業を受けるときはなるべく目立たず真面目に授業を受け平穏に過ごし。
そして昼休みの時は必ず人気の無い場所で静かに自作の弁当を食べ、
残り時間は景色を眺め平穏に過ごしていた。
だが、半年前、虎山 妙こと、虎姐が転校してきてからその平穏は音を立てて盛大に崩れ去った。

如何言う訳か虎姐は毎日の様に俺にやたらと構って来るのだ、それも俺の否応無しにだ。
先ず、授業を受けて居る時、俺の隣に座っている虎姐はやたら俺にと話しかけてくる
例えばつまらない授業をしている教師に対する愚痴だとか、
「腹減ったー光喜ぃ、早く昼にならないかなぁ?」とかのくだらない事とか内容は様々。
そして偶に話し掛けてこなくなったと思って見てみると……

「ぐがぁぁぁぁぁぁ……んごぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
「虎山さん”また”寝てるのね?……本当に困った物ね……」
「あ、結衣先生……はい、”また”ですよ……虎姐がこうなると昼休みか終礼のチャイムが鳴らない限り、
幾ら地震が起きようが宇宙人が攻めて来ようが絶対に起きませんよ……」
「ふぅ……じゃあ狭山君、何時もの通り後はお願いね?」
「はい、虎姐が起きたら今日の授業分を書いた俺のノートを見せておきますよ、先生……ハァ……」

と、こんな調子だ。担任の結衣先生でさえ寝ている虎姐を起こすのを既に諦め切っている始末だ。
んで、そうなると決まって彼女の隣の席に座っている俺がその後始末をやる事になるのだ。
おまけにいびきがかなり五月蝿いし……
最近、いびきを聞えない様にする為に俺は耳栓の着用まで考えている、
まあ、無駄だと思ってはいるが……

それで授業が終わりやっと昼休みとなると……

「何時も思うのだが……虎姐はなんで俺と一緒の場所で弁当を食うのか分からないんだが……?」
「……んあ?ああ、そりゃあ光喜の弁当が絶品だからだな。
特にこの唐揚げ、味付けが絶妙で癖になるんだよなぁ」
「おいおい、俺の弁当が目的か!?って言うかさり気に唐揚げを盗るな!」
「良いひゃふぇふぁ?減るもんひゃねぇひ?(モグモグ)」←(訳 良いじゃねえか?減るもんじゃないし?)
「確実に唐揚げが減ってる!!つか物食いながら喋るな!食べカスがこっちに飛ぶ!!」
「ふっ、隙ありっ、御握りももらった!!、んっ!美味しっ!」
「だぁぁっ!だから俺の弁当盗るんじゃねぇぇっ!!」

と、昼休みもこんな調子だ。お陰で気の休まる暇が無い……
無論、学校からの帰り道も……

「やぁっと学校が終わったな、光喜。今日は何して遊ぶ?」
「真っ直ぐ家に帰って夕飯食って風呂入って宿題やって寝る」
「なんだよ、つまんねぇな。もう少し何かやる事あるだろ?例えば道場破りとか……」
「だから他にやる事は無いって!……つか、道場破りって何だよ!?
虎姐は学校の帰りに何時もそんな事やってんのか!?」
「んー?何時もじゃあないけど、偶にやるかな?……
にしても最近の空手道場の連中って手応えが無くてなぁ……」
「……聞いた俺が馬鹿だった……ハァ……」
「……しかもその道場の師範が、あたしのパンチ一発で沈むんだぜ?もう情けないったら……
って、光喜?何あたしの話を無視してさっさと先に行ってんだよー!?」
「もう知らん、俺は帰る……じゃあな、虎姐」

とまぁ、毎日がこんな調子なのだ。
この打ち砕かれた平穏を取り戻したい俺は以前、この事を他の同級生に相談したのだが
「羨ましすぎるぞ光喜!今すぐ俺とかわれ!」(男子A 談)
「俺の立場だったら、虎姐(*´д`)ハァハァなのに光喜はなんて勿体無い奴だ!」(男子B 談)
「おねえ様を独り占めしておいてその言い草……くやしぃっ!」(女子A 談)
「……憎しみで人を殺せるなら……私は貴方を憎みます」(女子B 談)
と、相談した同級生からは羨ましがられる上に何故か俺を責めてくる始末。
冗談じゃない、俺にとっては鬱陶しい事この上ないのだ。

……しかし、ただ鬱陶しいだけであれば、俺は虎姐を無視をし続ければ済む話だ
だが、俺は何度か彼女に助けられているから無視する訳にも行かないのだ。

例えば、数ヶ月前につまらない事で俺が不良に絡まれた時、
呼んでも居ないのに何処からか虎姐がやってきて
俺に絡んでいた不良を倒し、助けてくれた事があった
そしてもう一つ、3週間前の事、
俺が昼休みに弁当を食べている何時もの場所が強面の上級生に占領され、
如何した物かと俺が困っていると虎姐がやってきて、一睨みで上級生を追い払ってくれた事もあった。

俺はそんな時、何時も虎姐へ礼を言うのだが、虎姐はそれに対し
「良いって、前に光喜がしてくれた事に比べればこれくらい」と返すのだ。

はて……?俺は虎姐に恩返しされる何かをしたのだろうか?
さっぱり分からない、そもそも虎姐が転校してくる前に俺と会ったのかも思い出せない
多分、虎姐は俺を誰かと勘違いしているのかもしれない

……本当はどうなのかは虎姐に聞かないと分からないが。

キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン

(ふう、今日もまた何時もの1日が始まるのか……嫌になるなぁ……
せめて虎姐が俺の隣の席じゃなければ憂鬱さをもう少し感じないで居れるのだろうか?
いや、殆ど変わらないだろうな……何せ腐れ縁っぽいからな……この状態はまだ続きそうだ……)
学校の始鈴のチャイムを聞きながら、自分の席に座った俺は憂鬱な気分を感じていた
そして暫し考えた後、俺の隣、虎姐が居る方をちらりと見ると

「ぶぁっはっはっ、やっぱボー○ボおもしれー!アフロ最高ー!」
「……虎山さん?学校に漫画本は持ちこみ禁止ですよ?」
「げぇ!?結衣先生、何時の間にあたしの後ろに!?……出来るようになったな、ガン○ム!」
「虎山さん、冗談言って誤魔化したって無駄よ。この漫画本は没収、後で職員室に来なさい。良いわね?」
「ちっ……何時か見てろこの狐ババァ(ボソリ)」
「 何 か 言 っ た ! ?」
「ナンデモナイデース」

既に虎姐は漫画本を読んで馬鹿笑いをして早速、結衣先生に怒られていたりする。
結衣先生も大変だろう、まだ教師になって数年でこんな問題児を抱える事になるとは、
虎姐は喧嘩もしょっちゅうだからな、その後処理で頭も痛いだろうに……

まあ、授業の時以外でも毎日の様に振り回される俺の苦労に比べれば、先生のはまだまだなのだろうが……
さて、今日はどうなるのやら……また何時もの通りかな……?

と、軽く不安を感じながら俺は授業を受け始めた。

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キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン

「じゃあな、光喜!また明日」
「……ああ、また明日…………は会わないと良いな(ボソリ)」
「……?光喜、何か言ったか?」
「え?……虎姐の気の所為だろ?……じゃあな」

学校から俺の住むアパート近くまで通学路が同じ道を通る虎姐と別れを告げて
ようやく一人になった俺はアパートへと帰る。

アパートに帰った後は自分で夕飯を作り、そして作った料理を食う
自画自賛ではあるが俺が作る料理は美味い方だ

風呂に入った後、テレビをぼんやりと見ながら俺は思っていた
(明日もまた、俺は何時もの通り虎姐に振り回されてしまうのだろうか……
なんか本当に腐れ縁の関係になっているよな……一体俺が何をしたのだろうか……?)
そう思っていると溜息がまた出てしまう。

(まあ良い、今は嫌な事は考えずさっさと寝て、明日に備えるとするか……)
と、考えつつ俺は布団に横になり眠りに落ちようとする。
しかし、この時、俺は自分の身体の小さな違和感に気付く事は無かったのだった……。

《翌朝》

「うぅ……体がだるい、頭が痛い……」

朝、目が覚めた時に感じた身体の感覚は不快な物だった。
そう言えば寝る時に少し寒気がした気はあったが、まさかこうなるとは思っても居なかった。

「うぇ……38度5分……完璧風邪じゃねぇか……」

鉛の様に重い身体を布団から引きずり出し、何度か倒れそうになりながらも何とか体温計を探し出した後、
体温計を脇にはさみ自分の熱を測ってみたら予想通り、見事なまでな高熱を出している事が判明した。

やれやれ、この風邪になったのは何処かで風邪のウィルスを感染(うつ)されたのが原因だろうか?
それとも見たいテレビがあった為、風呂を中途半端に上がって湯冷めしてしまったのが原因だろうか?
まあ、原因がどっちであれ、この調子では今日は学校に行くのは無理そうだ。

「……はい、どうやら風邪を引いてしまったみたいで、今日は休んで家で寝ています……
はい……それでは……(ガチャン)……はぁ、これで今日は休み決定、と……寝るか……」

電話で俺が風邪を引いて休む事を学校へ連絡し、受話器を置いた後、
俺は重い身体を引きずって布団へと戻り横になる。
やれやれ、困った事になったな……まさかこう言う事になるとは……
……これから如何したものか……
もし、他の奴がこんな状況になれば身近に居る親や家族が看病してくれたかもしれないが
生憎、俺は親元から離れて一人で住んでいるから看病してくれる者なぞ望める筈も無い。
かといって、風邪を引いたから看病してくれと親に助けを求めるのは俺のプライドが如何しても許さなかった。
実は言うと、俺は以前、親と大喧嘩して飛び出したまま仲直りもしていない状態なのだ。
俺が実家に居た中学3年の頃から何かと俺の行動に口出ししてくる親に対し、
俺は干渉されたくないと反発していた。
とは言え、親が息子の行動に干渉してくるのは親の愛情とも俺は取っており、ある程度は我慢していた
だが、高校に入って1ヶ月も経ったある日、俺は偶然にも自分の部屋に仕掛けられた盗聴機を発見してしまう
直ぐにその事を両親に問い詰めると両親はさも当然の様に、
いや、それ所か「息子の部屋に盗聴機を仕掛けて悪いのか?」などと言い放ったのだ。
無論、その余りにも身勝手な親の態度に俺は憤慨し、売り言葉に買い言葉と怒りが収まらないまま家を飛び出し。
着の身着のまま友人の親が大家をやっているアパートへと移り住み、
其処で学費と生活費を稼ぐ為にアルバイトをしながら学校へ通う生活を始めたのだ。
(ちなみに、俺の通っている学校はアルバイトを禁止していない、校則は余り厳しくないようだ)
俺がアパートに住み始めた最初の頃、両親は週に何度か俺に「帰って来い」などと言いに来ていたが、
半年も経つ頃になると俺を連れ戻す事を諦めたのか偶に手紙を送る程度になっていた。

今の所、俺はまだ実家に戻る気は無い、
恐らく向こうから謝ってこない限り、俺は顔を合わせようともしないだろう。
そして向こうもまた、俺が歩み寄らない限り態度を変える事は無いだろう。

……結局、これは両者の意地の張り合いでしかないのは俺自身、良く分かっている事なのだが……

しかし、この状況は参った。何せ風邪を治そうにも俺は風邪薬を家に置いていないのだ、
こんな状態になるとは全く予測してなかった俺は、買う金が勿体無いと風邪薬をケチってしまった上
風邪の時に食えるようなレトルトのお粥や、水分補給の為の清涼飲料水等も買わずに居たのだ。
今考えれば、何て考え無しだったのだろうかと後悔しても、最早後の祭なのだが……

布団に横になった後、俺はやる事も無く天井を眺め、
下手するとこのまま衰弱死かな?なんて不吉極まりない想像をしながら俺は眠りの闇に落ちていった……

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何時間か経ち、俺は何かの食い物の匂いで目が覚めた。
かすかに独特の匂いを感じる……これはお粥と言ったところか?

……はて?誰かお粥を作っているのだろうか?俺の部屋の隣の人が作っているのか?
いや、待て、隣の部屋に作っているにしてもここまで匂いは感じない、まるで俺の部屋で作っている……
更に待て、俺は一人暮しの上、俺の為に態々料理を作ってくれる様な親しい隣人などはいない筈だ。

……なら、誰が作っているんだ?

そう思いつつ、俺は恐る恐る台所でお粥を作っている何者かの方へと顔を向けた。
大きい、恐らく身長は190cmはあるだろうか?
一瞬、その身長の高さから男だと思ったのだが男にしては物腰に女性っぽい所を感じる。
だがしかしオカマではなさそうだが、なら一体何者?泥棒?

……と言うか、この後姿は何処かで見たような……?
ああ、そうだ、後姿の頭に獣耳と、腰に黒と黄色の縞縞模様の尻尾があるから……って、何?
……おいおい、まさかとは思うが

「……虎姐!?」
「あ、光喜、今起きたのか?………光喜、体の調子は如何だ?風邪だって聞いたけど……」
「あー、あんまし良くない……って言うか何で虎姐が俺の部屋にいるんだ!?」

俺が驚きの余り上げた声で、虎姐は俺が起きたのに気付いたらしく、鍋掴みで鍋を持った状態でこちらへ振り向く
見るとその姿は制服の上にエプロンを掛けた姿で、それが妙に似合っていたりする。

……と言うか、虎姐に合うサイズのエプロンがあったとは……意外だ。

――――――――――――――――――

「取り敢えず、光喜の為にお粥作ったんだけど……食うか?」
「ああ、済まんな、頂くよ……って、虎姐、この部屋のドアは鍵掛けているのに如何やって入ったんだよ!?」
「……う……い、いや、まあ、その……そんな事気にすんな、それよりお粥を食えって?な?」

俺の疑問に対して妙に言葉を濁す虎姐の後の方を見ると、ドアノブが無残な状態になった半開きのドアが見えた。
こいつ、間違い無く力任せにドアノブを捻って壊しやがったな……

「…………」
「あは、あはははは……ゴメン、ちょっと力入れたらボロって取れて……」

ドアの方を見た後、俺は無言で虎姐を睨むと、虎姐はあっさりとドアを壊した事を白状する。
……やっぱりか、やっぱりやりやがったのか、こやつは!
しかもボロとは言えちょっと力を入れた位でドアノブを壊すとは一体、どれ位のバカ力なのやら……

まあ良い、ドアの件で虎姐を責めるのは後にするとして……今の問題は虎姐の作ったお粥だ。
見た目はまともそうだが、今の虎姐の料理の腕が分からない以上、食うのは余りにも危険過ぎる、
下手すると俺の今の病状をより悪化させる可能性だってありうるのだ……さて、如何した物やら……

と、俺がお粥の方を見て色々と思案していると

「ま、まあ、とにかくこれを食えって!ほらっ!」
「……ふごっ!?っっっっっ!!!!」

無言で見るだけの俺に対し、ついに痺れを切らした虎姐がお粥をスプーンですくい、
無理やり俺の口に押し込んできた。

……しまった、安全なのかを判別する前にお粥を食わされてしまった!
仕方が無い、口に入れられてしまった以上は覚悟を決めてお粥を味わって見るとしよう……
幾ら不味かったとしても死ぬ事は無いだろうし……多分

最初こそは唐突に口に入れられた事と冷ましていないお粥自体の熱さの所為で味が分からなかったが
さほどお粥が熱くなかった事もあって徐々に舌が慣れ、味が分かってくる……そして

「…………あ、あれ?……美味い?」
「そ、そうか?良かったぁ……光喜に不味いと言われたらあたしは如何しようかと思ったよ」

意外だった、俺の予想の斜め上を行く位に意外だった。
程よい塩加減とかすかに効かせた梅干の酸味がいい按配で全く嫌な味がせず、
そして香り付けの紫蘇の風味が効いていて米の味を更に引き立たせている。
俺は虎姐の作った料理だからさぞ凄まじい代物かと思っていた、
だが、そんな考えを持った俺の方が馬鹿だった、このお粥は間違い無く美味かったのだから。
「意外だな……虎姐にこんな才能があったなんて……(モグモグ)」
「悪かったな、あたしが料理上手くてよ……一応あたしも女やってんだぞ?
料理くらい勉強しててもおかしくないだろ」
「ああ、俺が悪かった。素直に虎姐の料理が美味いと思えたからな。
正直言って不味いかもと思ってたが、その考えをした俺が間違ってた様だ。
……で、それにしても何で虎姐が俺の家に?」

「あ、いやなぁ。教室で光喜の姿を見ないもんだから、結衣先生に聞いたら風邪で休んでると聞いてよ
光喜の事だ、多分一人で寝込んでいるんだろうなと思って心配になってな、
結衣先生に断わって授業を早抜けして、急いで光喜の家に来て見たら案の定、一人で寝こんたもんだから……
あ、それとドア壊して済まんな光喜、幾らチャイム鳴らしても出てこないもんだからドアを開けようとして……」

「いや、もう良いよ。虎姐の俺を、思う気持ちはわかったし、ドアの事はもう怒ってないよ。
……でも、虎姐、なんで俺なんかにここまでしてくれるんだ?
俺は別に虎姐に感謝されるような事は何もしてない筈だが……?」
「あれ?憶えていないのか光喜?…仕方が無いなぁ、あたしが教えてやるよ。
それはあたしが小学校に通っていた頃だ、光喜、お前も同じ小学校に通ってた筈だ、たしかOO第2小学校」
「あ、そう言えば俺も中学生の頃に引っ越す前はOO第2小学校だったな……で、それで」

「あたしはその頃、こんなもんだから周りから苛められててなぁ……」

虎姐はそう言いつつ自分の獣耳を指差す。
その時の虎姐の顔は何時もの勝気な表情が消え、その代わりに悲しげな物に変わっていた。

「………」
「あたしはその頃、何度か「死にたい」とまで考えてたんだよ……
けどよ、光喜と会ってからもう「死にたい」と思う事も無かったし、強くもなれた
だって、光喜が何時も泣いているあたしを励ましてくれたからな……」

……思い出した、確かその頃、
俺は昼休みは何時も他の子と遊ばないで人気の無い校庭の隅に良く居てたんだっけ
そして其処には何時も泣いている獣耳の女の子が居たんだよな……
俺は気になってその獣耳の子になんで泣いているか聞いてみると
「あたしは獣人だから皆に苛められるんだ」って泣いて居たんだよな……

俺はそれが見ていられなくて、何度か
「獣人とか言って苛めるような奴は心が弱い奴だ、だから君の心を強くすれば勝てる筈だよ
それでもそいつらに負けそうな時は俺が味方になってやる、獣人とかそんなの俺には関係無い、
何かあっても俺が味方になってやるから大丈夫、大丈夫だよ?」
とか言ったんだっけ……今思うと凄く恥かしい事を言えたもんだ
んで、その後、俺がその獣耳の子の前面に立って苛めてた連中と大喧嘩して、
結局、先生に大目玉を食わされて……そして有耶無耶の内にその獣耳の子が引っ越す事になって……

「あたしはあの後、光喜の言う通り心と体を鍛えて、自分自身でいじめっ子に勝てるようになった。
その頃にはあたしも光喜も離れ離れになっちまったけどな……。
で、高校生になって親の都合でこの街に引っ越して、今の高校に通い始めた時
其処に光喜が居るのを見つけた、見間違え様が無かった、あの時から全く変わっていなかったからな。
何時も一人で居る事を好んで、そのくせ寂しがり屋で負けず嫌いで人情家で……あの時の光喜のままだった
あたしは強くなった自分を光喜に見てもらいたいと思った、そして光喜にお礼がしたいと思った、
だから何時も光喜に話しかけたり、光喜が不良に絡まれた時に助けたりしたんだ、
けど、ちょっとばかしやり過ぎっぽくなっちまったけど……其処はゴメンな……?」

「そうだったのか……。虎姐、俺こそ悪かった、虎姐があの時の子だったとは知らずに邪険に扱ってな……
俺が虎姐の事を憶えていたのなら、虎姐と仲良くしてたのに……馬鹿だな、俺は……」

「いや、あたしも馬鹿だよ……あたしが転校して来た時、直ぐに光喜へあたしの事を教えていれば
こんな面倒な事にならずに済んだんだから……」

「……って、事はお互いに馬鹿だな、馬鹿は馬鹿同士で今から仲良くすれば良いじゃないか」
「あっはっはっはっ、それは言えてる、今から仲良くしようか?馬鹿同士で」
「「はっはっはっはっはっはっ」」

暫くの間。俺と虎姐は本気で笑いあった
長い間、想いの行き違いがあったけどようやく二人はめぐり合えたのだ。
本当に長い間のすれ違いだった、けど、まだ先は長いのだ、だから其処から始めれば良いだけなのだから。