「――どう、月子さん。つらくない?」
「大丈夫だ、もう少し強くしても……待っ、つぅっ!」
「ごめんっ、大丈夫?」
「き、きにするな……続けろ」
「でも」
「我が良いと言っている」
「じゃあ、なるたけ優しくやってみるから」
「任せた。――んっ、んく、んぁっ、くうぅ……」
「な、なかなか通らない」
「いっそのこと、ひとおもいにやってくれ……」
「無理だよ、月子さん、涙目になってるし」
「これ以上、倫の手を煩わせたくない……」
「月子さん……。じゃあ、いくよ?」
「ん。――ぁっ、くうっ、くぅぅん……」



「やっぱ無理だよ。この櫛も駄目だね」

 倫太郎は月子の毛皮を梳いていた櫛を抜き取り、絡まった抜け毛をゴミ箱に捨て、その櫛をプラスチックごみの袋に入れた。



 換毛期、というものがある。漢字の意味するとおり、毛が生え変わる時期だ。
 柴犬などを飼ったことのある方はご存知だろうが、冬毛から夏毛に生え変わるときは、それはもう膨大な抜け毛が発生するのだ。
 しかも月子は狼である。より野生に近い分、過酷な自然を生き抜く為に彼女の冬毛は太い、硬い、多いの三拍子がそろっている。櫛を通そうにも、すぐに抜け毛が絡まってしまうのだ。
 倫太郎は月子の為に100均の櫛からペットショップで買い求めたものまで様々な種類を用意したが、彼女の毛皮はことごとくそれらを撥ね退けてしまった。
「すまない。それが最後なんだろう?」
 珍しく弱気な声で言いながら、座布団にころんと横になる月子。いつもは強気な眼差しも、今は少し涙を浮かべて不安げに揺れている。
「これだけは、駄目なのだ。こう、毛がぎゅうっって引っ張られると、どうにも我慢できなくて……」
 普段の勝気な性格はどこへやら、尻尾を丸めて小さくなっている月子に対し、倫太郎は「気にしてないよ」と笑いかけ、頭を撫でる。
「……でも、どうにかしないといけないよね」
 指にもっさりと絡みついた抜け毛をゴミ箱の上で払う。ゴミ箱の中は彼女の抜け毛でいっぱいだ。
「ていうか、これ、手で直接抜いちゃえば良いんじゃない?」
「ま、待て倫、はやまるな、ひゃんっ!」
 奇声を上げて飛びのく月子。
「……」
「……ごめんなさい」
 一層目を潤ませて恨みがましく睨む月子に、倫太郎は素直に謝った。換毛期といっても、すべての毛が抜けるわけではない。生きて毛根につながっている毛もあるのだ。
「……どうしたものか」
 月子の毛皮をわしわしと混ぜながら思案する倫太郎。抜け毛がどんどんと指に絡まり、一部がふわふわと漂う。こうしているだけでも抜け毛は取り除けるが、全部終わるまでに何時間かかるかわかったものではない。
「良いんだ、倫。我は街を離れる。山に籠るのも良いな。まあ毛が全部生え変わるまでの辛抱だ。我がいないからといって寂しがってはいけないぞ。我だって倫のご飯が食べられないのは我慢するから」
「なに気分出してるの、月子さん。まだ手が無いってわけでもないし」
「手があるのか?」
「……今んとこ、無い」
 半ばやけになりながら毛皮を混ぜる。倫太郎は実家でも犬を飼っていたが、田舎の屋外飼いだったので庭でブラッシングしてやるだけで良かったし、散歩の途中で多少毛が抜けても問題なかった。
 しかし街中ではそうもいかない。公共の場で抜け毛を撒き散らすのはマナー違反だ。
 気がつくと、手元に握りこぶし大の毛玉ができていた。ため息をつきながら、ゴミ箱に捨てる。
 倫太郎はふと、抜け毛に悩む友人のことを思い出した。
『頭洗うとよー、排水溝に抜け毛の塊が、マジ人間の頭ぐらいの大きさになってんじゃんねー。マジよマジ。思わず発毛クリニックに電話しちゃったじゃんねー。で、40万でどうにかなるって言われたけど、何回ローンぐらいが良いかやー』
「……倫、何が可笑しい」
 無意識のうちに笑みがこぼれていたらしく、月子に半眼で睨まれる倫太郎。
「いや、良い手があったよ」
 あいつには今度飯でもおごってやらないといけないかな、と内心付け加える。
「お風呂入ろう、月子さん」


「なるほどー、こーゆーてが、あったなー」
 倫太郎に泡だらけにされながら、蕩けるような感嘆をもらす月子。
「はい月子さん、流すよー」
「んー」
 先ほどのナーバスな様子はどこへやら、月子は倫太郎に丁寧に体を洗われて至極満足な様子だ。
 泡とともに流れ、排水溝にたまった抜け毛をつまんで取り除く倫太郎。
「あと1回くらい洗わないといけないかな」
「我はかまわないぞー」
「大丈夫? のぼせてない?」
「我はかまわないぞー。あと10回くらいは大丈夫だー」
「や、そんなにはやらないよ?」
「我はかまわないぞー」
「大体セパレートといってもそんな広い風呂でもないんだから、狭いでしょうに」
「我はかまわないぞー」
 極楽気分の月子と会話することは諦め、倫太郎は作業を続けることにした。
 ボトルから出したシャンプーを泡立て、月子の体を丁寧に洗っていく。最初は排水溝が詰まるくらいの抜け毛が流れ出たが、3度も洗ったので流石に少なくなった。
 狭い風呂場に、毛皮の洗われる音。月子の鼻歌と、時々もれる「こーゆーてがあったなー」という独り言。
「月子さん、その歌は?」
 月子の鼻歌が気になった倫太郎は月子に尋ねてみた。
「母上が教えてくれた子守唄だ。ずいぶんと古い唄で、歌詞の意味はさっぱりわからない」
 やっと意識が現実に戻ってきたようだ。月子は子守唄をもう一度繰り返す。
「きれいな唄だね」
「我の一族は、皆これを聞きながら育ったものだ」
 そこで言葉を切り、振り向かずに続ける。
「倫は、我の身の上を全く問いたださないな」
 つとめて平静を装っているような、少し緊張した声。
 倫太郎は少し手を止め、うーんとうなって考える。
「――そうだっけ?」
「そうだっけ、って……」
 月子、絶句。
「我が言うのも何だが、倫はもう少し物事を注意深く考えたほうが良い」
「……なんかそれ、普段何にも考えてないみたいじゃん」
「時々、そうでないのかと疑う時がある」
 散々な言われようだが、倫太郎はさほど気にする様子もない。
「まあ、話してないんじゃなくて、話せないんでしょ? 話せるようになってから話してくれれば良いから」
 倫太郎とて全く気にしていなかった訳ではない。月子との出会いが特殊(倫太郎のバイクとの接触事故)だったとはいえ、傷だらけで疲労しきっていた月子の様子は尋常ではなかった。
 だからといって、無理に聞き出すこともはばかられる。なんとなくだが、月子が話さないことは訊ねないほうが良いことではないか、と感じられるのだ。
 だったら、月子さんが話すまで待とう――それが倫太郎の出した結論だ。
「――ふん」
 つまらなさそうに鼻を鳴らし、黙り込む月子。しかし尻尾がぱたぱたと揺れているのを見ると、倫太郎の言葉に照れているようだ。
「はい月子さん、流すから目つぶって」
 シャワーのお湯が月子の泡を流していく。
「……うん、もう抜け毛は全部洗い流せたみたいだね」
 排水溝にほとんど毛が溜まっていないのを確認した倫太郎は、月子を拭く為にタオルを取ろうと手を伸ばす。が、
「待て、次は倫の番だ」


「へ、僕?! 僕はいいって」
 倫太郎は月子を洗うだけの予定だった。現に彼はTシャツにハーフパンツという格好だ。
 そんな消極的な倫太郎の様子を察した月子は、いつものように強硬手段に出る。
 ぶるぶるぶるぶる。
「ああ、すまない倫。いつもの癖で」
「……月子さん、絶対にわざとでしょ」
 月子が思い切り体を震わせたため、飛び散った水滴が倫太郎の服を水びたしにする。
「風邪を引く前に脱がなくてはそうだついでだから体も洗っていけ」
「月子さん何その棒読み、って、ちょっと狭いってば!」
 器用に倫太郎の後ろに回りこみ、人に姿を変える月子。
「そら脱げ倫。また破いてしまうぞ」
 安物の衣類とはいえ、そうしょっちゅう破かれてはかなわない。倫太郎はしぶしぶ月子に脱がされるままになる。
「ふふ、女と2人、浴室で裸になって。ナニをするつもりなんだか」
「うわ、自分で裸に剥いといてそんなこと言いますか」
 倫太郎の抗議はさらっと流し、ボトルからボディーソープを手のひらいっぱいに出す。
「ちょっと、そんないっぱい出さなくても……って、まさか」
「たくさん使わないと洗えないではないか」
 案の定、大量のボディーソープを泡立てて自らの体に塗りたくる。
「月子さっ、えっちなことはいけないとおもっ」
「逃がすか」
 慌てて立ち上がろうとする倫太郎、逃がすまいと掴みかかる月子。そう広くもない浴室なのであっという間に決着がつく。
 ぬるんっ。
「っ!」
「捕まえた」
 身体能力のずば抜けて優秀な月子にかなうはずがない。あっという間に抱きつかれ、月子の小ぶりだが弾力のある胸が倫太郎の背中に押し付けられる。
「こ、こら月子さん、やめなさいってば……」
「はてさて、本当に止めてほしいのかなー?」
 意地悪く問い返しながら、指を倫太郎の胸に這わす。
「こんなの、どこで、覚えて……」
「机の引き出し、一番下」
 表情が引きつる倫太郎。最近はとんと出番がなくて存在を忘れていたが、一番下の引き出しといったら成人指定の漫画本がしまってある場所だ。倫太郎の気づかないうちに月子に見つかっていたようだ。
「あまりに見つけやすいところに隠してあったから、気を利かせて違う場所に隠しておいた。感謝しろ」
 遠まわしに没収したことを伝える月子。そして、耳元に囁く。
「いろいろと勉強になったぞ。いろいろとな?」
 右手で胸の先端を責め、左手は内股を撫でさする。倫太郎の肉棒は既に立ち上がっているが、決して刺激しない。
 鈍い快感に腰がくだけそうになる倫太郎だが、壁に手をついてどうにか持ちこたえる。
「ほら、倫、我慢してもしょうがないだろ? いい加減あきらめろ」
 必死に抵抗する倫太郎を陥落させるべく、胸を愛撫していた右手を倫太郎のあごに当て自分のほうに振り向かせ、唇を重ねた。
「んぅっ!」
「んっ」
 ぬる、と舌を潜り込ませ、倫太郎のそれとこすり合わせる。舌から伝わるざらついた感触と断続的に生じる粘性の音が、否応なしに倫太郎の興奮を煽る。
 そんな倫太郎の様子を見て、月子は最後のダメ押しに出る。内股をやわやわと這っていた左手を、性器へと伸ばした。
「ふぁっ!」
 月子に支えられながら、ついに腰がくだけて座り込んでしまう倫太郎。
「ん、最初から大人しくしておけばよかったのだ」
 めろめろな様子の倫太郎を熱っぽい視線で見つめながらそう言い、今度は彼の正面へと移った。


「よっと」
 倫太郎の膝の上に座り、思い切り抱きつく。彼は決して体格が良い訳ではないし、身長だって月子と大して変わらない。しかし、それでも月子はこうしている間、倫太郎に包み込まれているような感覚を覚えた。
「ま、まったく、月子さんはいつも強引なんだから」
「倫が奥手だから、ちょうど良い」
 そのまま自らの身体を倫太郎にすり合わせる。よく泡立ったボディーソープと、月子の人としての身体を縁取る毛皮が、倫太郎にやんわりとした快楽を伝える。
「どうだ、良いであろう。我にぴったりの手管だろ?」
「うぅ、反論できない……」
 人の姿でも残る毛皮が泡を含み、絶妙な感触を伝え、硬く尖った乳首が良いアクセントとなっている。
「我慢できないか」
 充血しきった肉棒に秘所をこすりつける。しかし挿入はしない。
 真綿で締め上げられるような快感に、倫太郎が音を上げる。
「つきこさ、もう……」
「イきそうか」
 少し腰を浮かせ、今度は亀頭にすりつける。
「あ、いきそ――」
「イっていいそ、倫」
 そこで月子は手を伸ばし、
「イけるものならな」
 肉棒の管を締め上げた。
「あっ――、くうっ!」
 戒めから逃れようと脈動する肉棒だが、月子は巧みにいなして射精を許さない。
「あは、倫、良い表情だ」
 やるせない感覚に苦悶する倫太郎を愛おしそうに見つめる月子。
「こ、これは……あんまりな仕打ち……」
「何を言う、倫」
 月子は意地の悪い笑みを浮かべ、腰をゆっくりと沈め始めた。
「これからが本番であろう」
 倫太郎は根元をせき止められたまま、月子の狭い膣内で締め上げられることとなった。


「うあ、ああぁ……」
「んん、相変わらず硬いな」
 悶える倫太郎の姿ですっかり発情していたため、月子の中はすっかり準備できていた。
「む、むりむり、月子さん勘弁して」
 弾力に富む月子の襞が容赦なく倫太郎を責めあげる。しかし快楽のはけ口はせき止められたまま。
「何を言う、倫。いま放したら出てしまうではないか」
「いい加減出させてよっ」
「ならば我をイかせろ。話はそれからだ」
 倫太郎の懇願を冷たく突っぱね、上下運動を始める。
「いいぞ、いつもより雁首が張っている感じがするっ」
「……っ、……!」
 声を出す余裕さえなくなる倫太郎。
「んっ、はあぁ、良いぞ、この調子でがんばれ」
 必死に耐える倫太郎の様子を恍惚の表情で見つめながら、月子はどんどんテンポを上げていく。
「あぁ、また、でそうっ」
「だから、だめだと言っておろう」
 2度目の絶頂も、月子の手によって握りつぶされる。むなしく月子の中で跳ねるのみ。
「あと少しだ、もう少し我慢できんのか」
 さんざん我慢させてこの言葉。さすがの倫太郎も耐えられない。一刻も早く月子をいかせなければ、発狂してしまう。
 倫太郎、起死回生の反撃。月子の濡れそぼった尾をつかみ、その根元をぐりぐりとこね回した。
「きゃんっ! こら倫っ、そんなこと許可した覚えは――」
 月子の抗議は無視し、尻尾をしごくようにすりあげる。
「くうっ、わ、我が先にっ、イかされるとは――!!」
 一気に急激な快感が加えられ、否応なしに高みに押し上げられる月子。負けじと腰の回転を上げるが、それが裏目に出た。倫太郎により強く膣内を擦り上げられる。
「――っ!!」
 我慢が限界に達し、倫太郎より先にオルガスムスを迎えてしまう。
 月子が気をやったため、ようやく戒めを解かれた倫太郎は、溜まりに溜まった精液を月子の中に迸らせる。
 一瞬の静寂。
 その後、浴室の中は2人の吐息だけが響く。
 先に言葉を発したのは月子であった。
「り、りん、よくも我の弱点を……」
 ふるふると拳を震わせる月子。
「ま、まった月子さん、話せばわかるっ」
 聞く耳持たない月子は、若干硬さを失った肉棒を掴み、精液であふれた膣にもう一度それを押し込む。
「こんなにあの手この手で良くしてやってるのに、なにが不満なんだ」
 卑猥な音を立てて、ゆっくりと月子の中に沈んでいく。結合部から2人の体液が押し出される光景は、肉棒に硬さを取り戻させるのに十分な淫靡さだ。
 恐る恐る月子をうかがう倫太郎。彼女の目は完全に据わっていた。倫太郎への最大限の奉仕が倫太郎自身によって無碍にされた、と月子は受け止めたのだ。過激すぎた月子の愛情表現にも問題があったのだが。
「そんなにイきたいなら、すきなだけイってしまえ」
 両足を倫太郎の胴に回し、肉棒をより奥へといざなう。射精直後の敏感な亀頭を容赦なくこすられながら、(明日が休みでよかった……)とぼんやり考える倫太郎であった。



「その、だな。我は少しでも倫に良くなってほしくてだな」
 長時間浴室で激しい運動をしたため、すっかりのぼせてしまった倫太郎。真っ赤な顔でベッドに横たわる彼に対し、月子は必死に言い訳を続ける。
「そもそも、倫は性交に関して我に遠慮しすぎなのだ。もっと乱暴に扱っても我は対応できるし、たまにはそういう趣向もやぶさかではないというか」
 うだうだと言葉をつなげる月子に、倫太郎は手を伸ばす。すでに狼の姿に戻っていた月子の頭を撫で付ける。冬毛とは違った、柔らかな感触。
「いつまでも月子さん任せじゃ駄目だ、とは思ってるよ。僕ももっと頑張らないと、ってね」
「倫……」
 優しく語り掛ける倫太郎を、潤んだ瞳で見つめ返す月子だが、
「ま、それはそれ、これはこれ。無茶しすぎた罰に、ダッヅ一週間抜きね」
「な゛っ――」
 急に素に戻った倫太郎に突き放される。流石に自覚があるため、月子は彼の決定に反対することもできない。
「しかた、が、ない。受け、入、れ、よう……」
 壊れた機械のような声を出し、ベッドに突っ伏す月子。耳を伏せて尻尾を丸める姿は哀愁漂うものがあるが、流石の倫太郎も今回は妥協する気は無い。
 が、
(僕も甘いかなあ)
 ベッドの端に寄り、開いたスペースをぽんぽんと叩いて月子を誘う。おずおずとベッドにあがって寄り添ってくる彼女を抱き枕に、倫太郎は睡魔に身を委ねていった。









「……なまごろしだ」
 さんざやっといて、まだ足りんのかい。