俺の仕事は……戦闘機に乗り、敵兵を蹴散らす事。
基本的に、休みの日なんかは街に買い物に行ったり、公園でのんびりしたりと、一般人なんかと変わらない平穏な1日を過ごすのが好きだ。


それなのに、なんだこの状況は。



両手を上げるムサイ男二人組に、銃を向けている自分。
その二人が担いでいた、人一人ぐらい入りそう、と言うか、実際に入っている檻。カゴか?

そして、その檻の中から、不思議そうな顔をして俺の顔を大きな瞳で見つめてくる少女。

穏やかな昼下がり、まさに白昼堂々と人拐いをしてる現場に出くわすとは、思わなかった。



先日の男二人と、可愛い女の子を、警察に引き渡してから3日が経った。

「やぁ、中尉。先日はお手柄だったな。」

軍の本部でデスクワークをしていると、もう初老に届こうかというような、年寄りの上司が肩を揉みながら話しかけてきた。

嬉しくないサプライズでしたよ、と苦笑しながら答えると、その上司はニヤニヤしている。
この野郎、人の休みが潰れた事を笑いに来たのか?と思っていると、急にニヤケ面が消え、変わりにどこか困ったような顔になった。

「それにしても、あの女の子も災難だなぁ。誘拐されるなんて」

「そうッスねぇ。そういやあの子、ちゃんと家に帰れたんですかね? なんかキョトンとしてましたけど」

そう言った時だ。
上司が、待ってましたと言わんばかりに顔を近づけてくる。
俺が「近いですよ」と言う前に口を開いた。

「身元不明だ。」

「はっ?」

間抜けな声漏らしたの誰だ。……俺か?

「例のレディだが、ショックで記憶喪失にでもなったのか、身元が良く分からないらしい。」

んな馬鹿な。

「捜索願いとかは?」

「……届いて無いらしい」



マジかよ、と呟いた俺に、更に顔が近づいてくる上司。

「なんかの事件の香りがしますね。そして顔近いんですが……」

「それはドラマの見すぎだ、中尉。そして件のレディは、第一発見者の君が保護せよとの事だ」


……空耳だよな。
今、明らかに厄介な問題が俺に降りかかってこようとしてる気がする。

「いや、俺、軍人ですよ? しかも死亡率高い空軍」

被害者の保護とかって、警察の仕事なんじゃないのか?と俺は眉間に皴を寄せながら考えたが、軍と警察では体制の違いがあるので、さっぱり分からん。

「まぁ…なんだ、その……」

言いづらそうな上司の態度に、何かあったな、と睨む。
こういう時の俺の勘は当たる。

「面倒だからほっぽりだしたんすかねぇ。」

「ああ、きっとそうじゃないかな?!」

助け船を出してやると、アッサリ食いついてきた。
何かあるのは確定だな。まぁいいか。

「はぁ、分かりました。で、その迷子の子猫ちゃんはどこに?」

後ろ暗い奴らの所に置いて置くより、自分の手の届く範囲に居てくれた方がいい、と思っての事だった。
べ、別に下心があるワケじゃないんだからね!


「そうだな、今頃は君の家にいる事だろう」


……そうですか。要するに俺の意見は最初から無視って事ね。

「…了解しました」


と、その時、都合よく終業時刻になったので今日は早く帰る事にした。

帰りは際に上司が「……の希望は…が……だぞ」と言ってたが、良く聞こえなかったし聞く気にもならなかった。


「……」

「帰ってくるのが遅い。お腹すいた」

俺の目の前には、結構……と言うか、かなりの美少女がいる。
それはいい。むしろ大歓迎だ。

ただ問題は、何故か家に帰ってきた瞬間に、この娘に投げられ(多分ジュードーとか言う流派の技だ)、あまつさえ馬乗りにされていると言う事だ。

改めて見ると、ロングストレートの金髪、エメラルドのような瞳と筋の通った高い鼻、ちょっと不機嫌な表情。
実にイイな、などと思った時、思い切り胸を叩かれた。

「ごはん」


色々とツッコミたい事がある。

「あのな、ここは俺ん家」

「知ってる」
さいですか。

「なんで君はそんなに偉そうにしてんだよ…?」

ちょっと呆れながら言うと、彼女はキョトンとした表情で首をかしげた。ちょっと可愛い。
が、発言はショッキングだった。

「人間なんかより龍の方が偉いから…だろ?」

いや、だろ?ってアンタ。
じゃなくて!

「龍?……って、あの空飛ぶ龍?」

俺が聞くと、ちょっとムッとして彼女は答えた。

「それ以外に無いだろ」

「…ですよねー」

なんとなく、「警察がほっぽりだした説」が有力になってきてしまった。

「まだ私だって成体になってないとは言え、お前一人くらいなら…」



「まっ……待て待て!」

俺が慌てて口を挟むと、なんだ、と不機嫌に言い放った。精神的にはまだ子供っぽいな。

「いやさ、龍って……そんなおとぎ話じゃないんだから。」

もうちょっと現実見ようぜ? と言おうと思ったが、彼女の苛立ちは最高潮に達したらしく、頬を膨らませて睨んでくる。
クールビューティが台無しですよ、お嬢さん。

「お前、私の言葉を信じてないな」

そりゃ、ねえ。最近ではおとぎ話でも聞かなくなってきた存在を信じろなんて言われても。
ところでさっきからずっと同じ態勢なんですが……。


「ならば、証拠を見せてやる」



その言葉が聞こえた瞬間、彼女が淡い光を纏い始めた。
その光は、一瞬で目も開けてられない程になる。

「うおっ、まぶしっ!」


やがて、光は収束していき、何か硬い物が首に当たった。

「……嘘だろ…」

今、俺の目の前には間違いなく『龍』がいる。
羽がある爬虫類のような姿。白銀の鱗に金のたてがみ。
首に当たったのは切れ味良さげな爪でした。ヤバい。マジヤバい。

龍は鋭い眼光で俺を見つめてくる。サイズ的には全長2mってとこだな。


『これで信用したか』

頭に響く声。次はテレパシーですか。

『お前とは波長が合う。相性がいいと言う事だ。光栄に思え』

「嬉しくねぇ……」

実際、余裕は無かった。未知の存在だけに、既にのしかかられている、この状況で襲われればマジで死…

『さぁ、どうする?』

またしても頭に響く声。

「な、何が……」

『私に、ごはんを作るか、この場で死ぬか』


コ…コイツ、メシ作って欲しくて龍の姿を見せるのか?

「いや、メシ作るのはいいけどさ…」


すると、彼女はパッと人間の姿に戻って、告げた。

「ん。はやく」


…どっと疲れた。


食卓には、パンやスープ、他にも適当に作ったオカズが何品か。
そして、対面にはかなりの美少女が、それらを怒涛の勢いで、その口の中に掻き込んでいる。
ぶっちゃけて言うと、この細い体のどこに入るのか聞いてみたいくらいだ。



「つまり、君は人里に降りて来た所を、あの二人組みに誘われてホイホイ着いていったと?」

「ん」


目の前で夕食を貪る彼女に、少しずつだが話を聞き、やっと状況が把握出来てきた。

世界には、龍の巣…と言うより、村が幾つかあるらしい。
で、最近、戦争の被害を避ける為にこの国に逃げて来たらしい。

「つーか、ウチの国も戦争中なんですケド」

「そうか」

とにかく食事に夢中らしい。今は何を聞いても、ロクな返事が帰ってこなさそうなので、食事が終わるのを待つとしよう。


しかし…意外と、出るとこは出て……って何を言ってるんだ俺は。
これだから23歳にもなって独身男ってのは困る……。


「ふぅ…中々美味だった。お前、料理上手だな」

「それはなにより。」

食事が終わった彼女は、厚かましくも紅茶を要求してきた。
仕方なく茶を注ぎながら、俺は何をしてんだ?と思った。

「で、これからどうすんだい?」

「なにが」

無愛想、と言うよりは単に人間の言語に関する知識が乏しいのだろうか。

「だから、ずっと俺ん家にいるワケじゃ無いんだろ?」

帰る所あるんだし、と言おうとすると、またあの顔だ。
キョトンと首をかしげ、口を開く。

「ずっといるぞ?」

何言ってんの、この人?いや、この龍?

「おま……待て、ずっと居座るつもりか?」

驚きから反射的に答えると、彼女はなんとなく悲しそうな顔になった。

「…ダメか?」

上目使いで聞かれ、思わず「いいよ」と言いそうになるが、ぐぐっと踏みとどまる。

「俺は軍人だからなぁ……いつ死ぬか分からんし」


もし自分が死んだらどうなるのか。
多分何も変わらないだろう。
だが、この少女が家に一人残され、飢えるのも可哀想な話だ。

「…うな…」

「ん?」

彼女の呟きが聞こえ、思わず聞き返す。


「簡単に、死ぬとか、言うな…」


お前、さっき俺の事殺そうとしてたろが、と言う言葉は出なかった。
それでも、皮肉っぽい言葉が変わりに出てくる。俺はひねくれたガキか、クソ。

「そうは言うがね、こちとら人殺して金貰ってんだ。自分が殺される可能性だって十分あるし、覚悟も出来てる」

じゃなきゃ空軍なんてやってませ~ん、と茶化すと、彼女はこう言った。
それは予想GUYな一言だった。


「空軍とはなんだ?」


「…読んで字の如く。戦闘機に乗って空を飛ぶ」

「ほう、最近の人間は空も飛べるのか……」

感心したように呟く彼女に、俺は少し調子に乗って話を続ける。

「今度戦闘機に乗せてやろうか? 気持ちいいぞー、空は」

遥かなる蒼穹を駆ける、そのロマンが分かるか!と言わんばかりの俺に、しかし彼女はあっけらかんと言葉を返す。

「落ちたら、死ぬだろ。それに、私は自分で飛ぶからいい」

「……ロマン台無し…」

俺が呆れて突っ伏すと、彼女がふふっと笑った。
しんみりとした空気はどこかに行ってしまったようだ。

食費はかかるが、彼女とこんな他愛ない話しをして過ごすのも、案外悪くない。

この時、俺は既にそんな事を思っていた。