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 朝の通学路に学生服を着た男が眠そうな眼で歩いている。
 男の名前は、高見 和輝(たかみ かずき)。
 和輝の朝は早い。
 何故なら両親が共働きで海外に行っているため、自分の朝ごはんなどを作ったり少しの家事を済ませる為だ。
 後に残してもよかったが、学生の本業は学業であり夕方にはバイトもある。
 その後は一応予習復習もしなければならないので、家事はできるときにしておくのが和輝の密かな決まりなのだ。
「ふわぁ~~……ねム」
 何度目になるだろう大きな欠伸を和輝がした時、彼の後方から音を立てて近づく一人の少女の姿。
 少女は和輝に気づくと我先にと嬉しそうに走っている。
「カズくぅ~~~ん♪!」
 和輝の愛称である名前を呼びながら、少女は和輝の胸に抱きつこうと両手を前に出す。
 しかし、その前に鈍い音と共に和輝にグーで脳天を殴られ少女はその場に蹲った。
「いだぁ……」
「カズ君と言うなと何度言えばいいんだよ? え、風美」
「だってぇ」
 少女――桜花 風美(おうか ふみ)は両手を殴られた箇所に当てながら涙を浮かべ和輝に上目遣いで見つめた。
 風美は和輝の一つ年下の幼馴染である。
 ブラウンのサラサラした長髪に真紅の瞳。
 身体つきは若干幼さを残し、女というより少女という言葉のほうが似合う女の子。
 しかし、風美は普通の女の子とは違う部分がある。
 それは、頭から生えている狼のような獣の耳、尻部から生えている狼を思わせる獣の尻尾と、言うなら獣人に似た存在なのだ。
 今は頭に手を置いているためか、獣耳は寝ていた。
「だってじゃない。ほら、さっさと立てって」
「っく……ひく……い゛だいよ~……えぐ」
 両手を瞳に移し獣耳を依然寝かせて泣いている風美に、軽くため息を吐きながら手を差し伸べる和輝。
 しかし風美は首を横に振り泣き続ける。
 このままではまるで自分が泣かせたみたい……思いっきり泣かせたわけだが世間的に自分が危ないと判断し、和輝はいつもの風美あやし法に移った。
「……風美?」
「えっく……ふぇ?」
「ごめんな、悪ぃ、すまねぇ許せ」
「……クス……そんなに言わなくていいよ」
 和輝は少し前かがみになり両手の平を合わせて謝罪を連発すると、風美は泣き止み獣耳を上げ尻尾を振り和輝に笑顔を見せる。
 彼等が幼いころから和輝がこの方法を行うと風美は必ず泣き止み、和輝も安心し風美の手を掴み立たせた。
 スカートや尻尾についた汚れを風美は手で祓っていると、和輝は先に歩き出し風美も慌てて和輝の横を歩いていた。
 朝あった何でもない出来事や、昨日見たテレビの内容などを風美は楽しそうに和輝に話し、和輝も黙っていはいるが悪くないという様子で聞いていた。
 しばらく歩いていると二人が通っている学園に近づいていき、それにつれて周りは和輝と風美と同じ服装の男女が歩いている。
 そして、和輝達にとっていつもの音、というより声が耳に入っていった。
「おい、あれ、あの子……」
「やだ。やっぱ気持ち悪い……」
 僅かに聞き取れる程度の声量で、まるで陰口のようにヒソヒソと和輝、いや風美に浴びせられる声。
 理由は風美の獣耳と尻尾である。
 中には「死ねばいいのに」等といったものまであり、風美は聞こえないよう獣耳を寝かせて尻尾も垂れ下がり俯き歩いている。
 そんな風美の頭に、和輝の手がゆっくりと乗った。
「毎度のことだ。気にすんな」
「うん……ありがとカズ君」
「カズ君言うな」
 和輝の言葉に笑顔で返す風美。
 やがて二人は校門前にたどり着くと、風美は不安なのか自然と和輝の腕を掴んでいた。
 その様子を見ながら彼らに近づく女が一人。


「あらあら、朝から熱いわね?」
「あ、柊先輩」
「おはようっす」
「はい、おはよう」
 和輝と風美に笑顔で挨拶を交わす女の名前は、柊 蓮華(ひいらぎ れんか)。
 和輝の二年上の先輩。
 青く長いサラサラした長髪に、文武両道、容姿端麗と人気のある先輩である。
 蓮華は風美を見ても何も思わない、それどころかゆっくりと風美に笑顔で近づき尻尾を優しく握る。
 尻尾は敏感な部分なので、風美は耳をピクピクッと動かし身を震わせた。
「相変わらず、フフフ……可愛い尻尾」
「やッ……先輩、あの……」
 仕舞いには尻尾を握った手を軽く前後に動かす蓮華の行為に、風美は目を瞑り更に耳をぴくぴく動かす。
 そしてここで和輝が止めに入った。
「先輩、朝からセクハラはやめて下さい」
「あら、ごめんなさい? 可愛いからつい」
 蓮華はようやく手を止め、にっこりと笑って和輝に反省のない謝罪をした。
 風美は微妙に息を荒くしていて和輝は少し呆れ顔の中、蓮華は先生に呼び出されていると言い、先に学園に歩いて行った。
「おい大丈夫か風美?」
「う、うん……いつもの事だけど、やっぱり尻尾は感じちゃうよぉ」
「そういうこと笑顔で言うな」
 頬を赤くしながら笑って言う風美に和輝は軽くため息を吐く。
 そして二人も蓮華の後を追うように校門を抜け歩き出した。
 その途中、再び陰口が聞こえ風美は和輝の腕にしがみつき、和輝も風美の頭を軽く撫でる。
 そして二人の後方から、和輝と風美の友人、神崎 優奈も加わり三人の一日は今日も始まる。



 静かで見慣れた町並み。
 懐かしい空気に包まれている公園の中、目の前に一人の男の子が青いリュックを背負い歩いていた。
「カズくぅぅ~~ん、まってよぉ」
 その男の子の背後から女の子が一人、半分泣きながら走ってきた。
 幼い頃の風美、そして和樹。
 これは自分が子供の頃の記憶を見ているのだと、少年と少女から離れて立っていた和樹は悟った。
「あっ! わ、わ……はぅんっ!」
 振り向いた和樹に向かって走る風美は、小石も何もない所で躓き転びそうになる。
 しかしその前に、和樹が駆け寄り両手で風美の体を支えると両腕に力を込めて風美を押し戻した。
「いきなり転びそうになるなよ」
「ありがと、カズくん」
「カズ君って言うな」
 自分と風美のやり取りは何年経っても変わらない。
 そんな事を思うと、幼い二人の光景を眺めている和樹は思わず微笑んだ。
「ねー、ねー、カズくん、どこかにおでかけ?」
「……」
 和樹が着ている服を片手で掴みながら歩く風美は、黙って歩いている和樹に笑顔で問い続ける。
 風美は、『ある事情』から赤ん坊の時施設に預けられた捨て子である。
 名前もわからず、捨てられていた日に『桜の花が風によって美しく舞い散っていた』ということから 桜花風美と施設の園長に名づけられた。
 また、和樹も幼い頃から両親が仕事により居ない同然生活を送っていた為、周囲の子達からは少し浮いていた……が。
「隣町までちょっとお遣いだ」
「だったらわたしもいく~♪」
 なぜか風美だけは物凄く和樹になついた。
 風美の同行を即答で断る和樹だったが、嬉しそうに尻尾を振る風美は行くと言い張り聞きはしない。
「いくの、カズくんといっしょに……」
 駄々をこねる風美の言葉は、和樹のグーの一撃により中断された。
「いだぁ……」
 ぶたれた頭に両手を添えて涙を浮かばせながらその場に蹲る風美。
 この辺りも全然変わっていないと思うと、和樹は再び笑みを浮かべた。
 そして、夢の和樹が風美に背を向けて再び歩き出そうとして、風美はハッと立ち上がった。
「やだぁ! わたしもいっしょにいく!」
 夢の風美が泣きの入った声で叫んだとき、今まで立って見ていた和樹の意識は遠ざかる。
 周りは暗くなっていき、昔の自分の姿も風美の姿も消えていった。
「カズくんについていく!」
 そして最後に風美の言葉が聞こえた時、和樹の意識はプツリと音を立てて消えていった。


「……い……おい、かずき……」
「ん?」
 ゆっくりと瞳を開き、和輝は日の光に目を細めながらも目を覚ました。
 屋上のベンチの上で寝そべっていた和輝はだるい体に頭が少し痛む。
 上体を起こすと、自分を起こした人物、優奈に顔を向けると明らかに変な人を見るような視線を優奈に送った。
「お前、なんちゅう格好してんだ? ついにその道に目覚めたか?」
「ち、違うよ! これは、さっき演劇部の女子に……」
「あぁ、またやられたか。お前も苦労するなぁ」
 優奈の肩に手を置きながらしみじみと話す和輝に、優奈は顔を真っ赤にさせて反論する。
 彼は、男子用の制服ではなく黒くスカートの長いメイド服を着ていた。
 なぜか……それは女顔の優奈の宿命とも言え、彼はほぼ毎日学校でも弄られまくっており、コスプレなど日常茶飯事。
 それでも似合っているので、男子にも人気があったりするのが優奈君だ。
「さっさと着替えて来いよ。気持ち悪いぞ?」
「着替えたいけど……制服取られて」
「いつも持ってる刀使えばいいだろ?」
「あんなの人に使えるわけないだろぉ?」
 涙を浮かばせる優奈は他人から見れば完全な女の子ではあるが、和輝にとっては気持ち悪い対象でしかない。
 そしてまた演劇部に乗り込んで優奈の制服を取り戻さなければならないと思うと、和輝は自然とため息を吐き優奈は苦笑していた。
 その時、屋上の扉が開くと獣の耳と尻尾を生やした女の子が、獣耳を立てて尻尾を振りながら和輝達に駆け寄ってきた。
「優君、カズく……わッ! や、あ……っ!」
 そして何もない所で躓き転びそうになる。
 夢に出てきた光景と同じだと思いつつ、和輝は倒れそうになる風美を両手で支えて押し戻す。
 風美は苦笑いをし、白い布に包まれた四角い箱を二個、和樹に見せながらベンチへ行った。
「遅かったな風美、俺腹減ったぁ」
「ごめんねカズ君。ちょっと先生に呼び出されてて」
 えへへと笑いながら語る風美は白い布を解くと、そこからピンク色の弁当箱が二つ現れた。
 そう、自分と、和輝のお弁当である。
 一人で暮らしている和輝のためをと思い、風美は毎日こうして和輝のためにお弁当を作り、優奈も加わり3人で屋上で昼食をする。
 風美は楽しそうに笑いながら弁当を膝の上に乗せて蓋を開けると、中には玉子焼きやウィンナーなどシンプルなものが姿を現した。
「お、今日も美味そうだな風美」
「えへ♪ ありがとカズ君」
「カズ君と言うな」
「まぁまぁ、いいじゃない和輝。購買戦争に巻き込まれずに済むんだから」
「まっ、そうだな。で、お前のそのでかいのは何だ?」
 弁当の中身を見て、和輝は歓喜の声を上げると風美も嬉しくなり尻尾を音を立てて振りながら満面の笑顔になる。
 そして和輝は優奈が持っているドでかいお重箱クラスの箱を指摘すると、優奈は苦笑した。
「えっとその……僕の姉が……」
「姉? あぁ、この前お前にキスした角生えたお姉さんか」
 優奈が持っているのは青龍特製弁当であり、明らかに3,4人前はあった。
 それでも育ち盛りなのか、優奈は毎回何とか食べきっていた。
「優君のお姉さんはすごいね♪」
 風美の微妙に空気読めてない言葉をスルーしつつ、和輝は箸を持ち優奈も和樹が座っている隣のベンチを引き寄せ合体させた後、お重箱を開ける。
 そして、3人はいつもどおり他愛のない話をしながら昼食を開始した……。

「ふあ~~ぁ」
 いつもどおりの爽やかな朝の通学路で、和輝はいつもどおり大欠伸をしつつ歩いている。
 空は青々とした空に太陽が輝きとてもよく晴れている。
 朝の天気予報で、今夜は満月らしくとても綺麗に見えると言っていたのを何となく思い出しながら和輝はまた欠伸をする。
 そんな和輝の背後から近づく影。
「おはよー、カズ君♪」
「……風美の真似はやめてください先輩」
「あらつまらない。桜花さんみたいにチョップでもするのかと思ったのに」
 和輝の背中を軽く叩き、風美と同じ愛称で呼んだのは風美ではなく蓮華だった。
 風美と同じ名前で呼ばれるも、先輩である蓮華に手は出せず、和輝は露骨に嫌な表情だけを浮かべた。
「先輩にそんなこと出来るわけないじゃないですか」
「遠慮しなくてもいいのに」
「そこは遠慮します」
 和輝と蓮華は並んで歩き、蓮華は和輝を少しからかうような口調で話している。
 周りの生徒は風美と仲の良い和輝にも近寄ろうとはしないが、蓮華は何も気にせずに気楽に話しかける。
 そんな先輩に和輝が胸の中で密かに感謝していた。
 昨日見たテレビの内容など話すにつれ、蓮華は風美がいない事に気づいた。
「ねぇ? 桜花さんはどうしたの?」
「あぁ、風美ですか? 今日は休みなんですって。何だか体調が悪いとかみたいで……」
「………そう」
 風美は今日体調が悪いと、和輝は珍しく風美が住んでいる施設に迎えにいくと言われていた。
 その事を蓮華に話すと、蓮華は少し俯き何かを考えている。
 和輝は何を考えているかと蓮華に問うが、何でもないと返されては何も言えなくなっていた。
 そしてしばらく沈黙が続き、二人は学園にたどり着き、下駄箱で分かれようとする和輝を蓮華呼び止めた。
「高見君、あとで風美さんの施設の場所教えてもらっていいかしら?」
「? 別にいいっすけど、何でまた?」
「お見舞いよ、お見舞い……フフフ」
 和輝から風美がいる施設の居場所を聞き出すと、蓮華は若干妖しく微笑む。
 その微笑を和輝は少し不審に思うが、あまり気にせず二人はそれぞれの教室へと向かっていった……。


 その日の深夜、もうすぐ日にちが変わろうという時間帯。
 町は静まり返っている中、高見家の和輝の部屋では部屋の明かりは消され勉強机の明かりだけが照らされている。
 家事労働が終わり、和輝は予習復習中なのだ。
「……あれ?」
 ノートを鞄から取り出そうと、鞄を漁っていた和輝は何かに気づいた。
 鞄の中に入っているはずのノートがない。
 鞄の中に無いとなると、ノートがある場所で考えられる所は一つしかなかった。
 学園だ。
「………仕方ないか」
 めんどくさいと思いながらも、和輝は上着を手に取り羽織る。
 明日の朝も平日なので当然学園に行くのだが、生憎明日、和輝のクラスでは小テストがあり学園に置いて来てしまったノートがどうしても必要だった。
 しかもそのテスト言うのが一限目にあるからたちが悪い。
 重い足取りで玄関の扉を開けると風が吹き体が震え、和輝は玄関の扉を閉めポケットに手を突っ込みながら学園に向かって歩き出した。
 和輝がふと空を見上げると、朝の天気予報どおり確かに雲も少なく満月が綺麗に輝いていた。
 そんな満月を見上げながら、学園にたどり着くと手馴れた様子で閉まっている正門をよじ登り校舎へと走り出した。
 無論、校舎にたどり着いても扉は閉まっており入れないが、和輝は知っている。
 足早に後者の裏に回ると、化学実験室の一番端の窓に手をかけた。
「よっと……」
 少し力を入れると、窓は音を立てて開き和輝はよじ登るように校舎内に侵入する。
 この、化学実験室の一番端の窓の鍵は壊れており、誰もがどんな時間にでも入れるのだ。
 暗く寒いとも言える空気の中、和輝はさっそく自分の教室へと警備員に気づかれないように向かった。
 和輝の教室は2階にあり、自分の教室にたどり着くと自分の机に行きノートを回収する。
 夜の学園は不気味としか言いよいうが無く、和輝も長居はしたくないのでさっさと帰ろうと廊下に出た。
「ん? なんだ……?」
 しかし和輝の足は止まった。
 何か、声のようなものが聞こえるからだ。
 上の声から聞こえるようだが、静まり返った校舎内で二階にいる和輝の所まで聞こえていた。
 和輝は気にせず帰ろうとしたが、怖いもの見たさゆえかその足は確実に声のする場所に近づいていた。
 階段を一歩一歩、音を立てず慎重に登り終え音の方向に曲がろうとした。
「っ!」
 しかしすぐに戻って隠れてしまった。
 そして恐る恐るゆっくりと、曲がり角から顔だけを出して覗くように和輝は見た。


「ひゃぁんッ……んああぁッ、また……あんッ、おおきくなった……また、はんッ、でるのねぇ……ッ!」
 驚きに開かれた和輝の瞳に移るのは、男に跨り淫らに上下に動いている女の姿。
 喘ぎ声を上げ、腰を振っている女の青く長い髪の毛は月明かりに照らされ、汗が飛び散っているのか輝いて見え美しいと思えるほどだ。
 和輝は生唾を飲む。
 彼が驚いたのは学園で行われている官能的な光景だけではない。
 淫らに腰を振っている女の頭にも、風美と同じく狼を思わせる獣の耳とお尻からは尻尾が生え、尻尾を嬉しそうに振るっている。
 そして、長い青髪に見覚えのある後姿、聞き覚えのある声に和輝は混乱していた。
「ぐあっ……ぁぁ……ッ!」
「んああぁッ! たッ……くさん、出てる……熱いのが………フフ、溢れちゃった」
 女に圧し掛かられている男が弱く低い唸り声を上げて体を痙攣させた時、和輝から僅かに見える結合部から白い液体が飛び散った。
 男が射精したのだ。
 女は射精の感覚に、肉棒を根元まで咥えこみ溢れる精液を指ですくい、妖艶な笑みを浮かべて舌で舐め取る。
 そして射精が終わると男は白目をむいて気絶し、それを確認すると女は片腕を上げ指をそろえる。
 月明かりで妖しく光る女の刃のように鋭い爪が和輝の目に移った瞬間、女の手は振り下ろされた。
「それじゃあ、さようなら」
 女は笑顔でそう言いながら男の喉に爪を突き刺した。
 男の叫びが校内に響き渡り、女の頬や体、廊下には血が飛び散り赤く染める。
 男の体は少しピクピクと動いていたが、やがて動かなくなり女は頬や口周りについた男の血液を美味しいものを舐めるかのように指ですくって舐めたりしていた。
「な……ぁ、うそ、だろ……そんな」
 和輝の表情は恐怖に染まった。
 一瞬何が起こったのかわからなかったが、頭が理解したと思ったら体が震えていたのだ。
 そしてもう一度、和輝が少しだけ覗き込んだ時女は男から離れ立ち上がっている。
 ピチャピチャと音を立てて血を舐め取っており、震える和輝の手からは持っていたノートが落ちてしまった。
 パサッと音を立てるノート、しまったという表情を浮かべる和輝。
 そして、誰かいることに気づき獣の耳を立たせて顔を少し動かし横目で見る女。
 その女の横顔を見たとき、和輝は更に驚愕した。
「先輩……柊……せん、ぱい?」
「あら、高見君」
 和輝の目に映ったのはよく見る仲がよく優しい先輩、蓮華。
 しかし和輝を見つめながらゆっくりと和輝に近寄る蓮華の表情はとても妖しい。
 ペタペタという足音から裸足……という事は理解できていた和輝だったが、頭は依然混乱している。
 ただ、頭は混乱していても体は勝手に動き、和輝はノートを回収せず走って逃げた。
「あらあら、夜なのに元気ねぇ」
 逃げる和輝の足音を聞き、蓮華は笑みを浮かべて少し前かがみになり、真紅の瞳を光らせ和輝の後を追う。
 そして、和輝が化学実験室の入り口付近へと到達した時、和輝は蓮華に追いつかれてしまい頭を押さえられてその場に押し倒された。
「がっ!」
「ほらっ、つかまえたぁ」
 無理やり仰向けにされた和輝は目を開けると、赤い瞳を光らせて笑って自分を見ている蓮華の顔が映った。
 何とか振りほどこうと和輝は暴れるものの、両肩を尋常ではない力で抑えられ足を空しく振るうしかなかった。
 それでも和輝は抵抗を続け、それに嫌気がさした蓮華は両手の腕を揃えると、殺した男のように腕を上げ振り下ろした。
「ちょっと、黙ってね?」
 蓮華の鋭い爪は上着を貫通し和輝の両肩に突き刺さり、血が流れる。
 血は蓮華の頬や腕に飛び散り、暗く誰もいない校内に和輝の悲鳴が響き渡った……。