今日は久しぶりに早くかえってあの人間に温かいスープをつくらせよう。
夕日が山に沈んでいくのを見て、スカートに付いたフリルを弾ませて少女は視界の隅に小さく見える街を目指して歩いていく。
金色の長い髪が風にたなびき、その寒さに背筋が思わずぴんとなった。さ、さむい。
うん、今日はいちだんと寒い。だからすぐに家にかえるのもしょうがない。寒いからかえるのであって、べつにあの男の顔が見たいわけではない。
少女は寝起きを共にする男の事を考えながら足を動かせ、やがて街の一軒一軒を区別できる程までその距離を縮ませた。
と、件の男の姿を見つけた。その姿は少女の頭の中で思い描かれたものと一辺たりとも違わない姿であったが、その顔は少女があまり目にしたことの無い表情を作っている。
男の正面には若い女がいて、その女と何やら楽しげにお喋りをしているようだ。少女は胸の辺りがなんだかむかむかしてきた。
なんだあいつは。だらしない顔して。いや、あんな男などこれっぽっちも気にとめてないが。あのふぬけたあほづらを見れば誰だっていらいらするはずだ。
やがて男がその場から立ち去ると、男と談笑していた女に向かって少女はずんずんと大股で歩きだした。

「おい女。うちの愚民に近づくと馬鹿がうつるぞ」
女の元までやってくると開口一番、子供の悪口のような事を言った。女は少女の姿を見て少しびくついたが直ぐに事の次第を察した。
「その様子だと何も知らないみたいですね?」
意味ありげに微笑む女を見て、少女のむかむかした気持ちは増すばかり。
「お前も本当に知らないみたいだから言っておくが本当に、ほんっとうに! うつるんだからな」
「ご忠告ありがとうございます。……そんなにあの人がお好きなんですか?」
きっと睨みつける少女にのらりくらりと対応する女。
なんだこの女は。わたしに対してこんな風に接するやつは見たことないぞ。女は色恋沙汰に夢中になっているだけなのだが、少女は未知の存在に恐れを抱いた。

「べつに、あんな馬鹿で能無しの間抜けの事など、これっっぽっちも気にしてない」
「そうですよねぇ。見るからに普通ですものね。悪い所もないけれど、良い所も見当たらない」
明らかな男への侮辱に少女は、自分の言動も忘れて反論した。
「あいつにだって良いところはある!」
「ふふふ……私も存じております」
それを聞いて女はまた意味ありげに笑みを浮かべる。
あいつの何を知っているというんだこいつは。少女の不快感は更に大きくなる。ふと、女は今この時間に少女が街にいる事を疑問に思った。
「そういえば、なぜこんな時間に街に?」
「それは、その……」
少女はうろたえた。な、なんて言えばいいんだ。
一つ思いついて「あっ」と声を上げ、少女ははっきりと女に告げた。
「わたしは貧弱なお前ら人間の為に街の外を回ってこなきゃならんのだ! 牛やら豚やらを狩らねばならんからな。だからこんな所でくっちゃべってる暇はないのだ!」
「自分から話しかけてきたのに?」
「え? あ、いや、……とにかく! 話してる暇などないのだ! お前もはやく家にかえんなさい」
そう言って少女は街の外へと飛び出した。
まるで自分は全部知っていると言わんばかりの女の態度に、少女の頭の中は得体の知れない感情で溢れかえっている。

あの女は信じてないようだが馬鹿は本当にうつるのだ。こんなへんな気持ちになるのは、あの男にうつされたからに違いないのだ。
だいたい、あの男の事ならわたしの方が知っている。馬鹿で、間抜けで、能無しで……
けど、あんな風に楽しげに他の人と話す姿も知らなかった。あの女と何を話していたかも知らない。
そこまで考えて少女はふと気付いた。

わたしはあの男の、一体何を知っているというのだ?

あの男が今までどんな暮らしをしていたのかも知らなければ、今何を考えているのかも分からない。
考えれば考えるほど、自分はあの男について驚くほど何も知らないという事しか分からなかった。
その事実に少女は恐怖した。自分が何故これほど身震いしてるかも分からず、ただただ縮こまった。
さむい。とてつもなくさむい。先程のものとは明らかに違う未知の感情に苛まれた少女は、暗い木々の中で震えが止まるのをひたすら待って、そのまま一睡も出来ずに次の朝を迎えた。


    知恵熱


 どんどんどんどん。
扉を叩く大きな音が寝ぼけた頭にがんがんと鳴り響き、男は否も応もなく手に持っていたパンを置いた。
いつものことだと男はあきらめ気分で扉の方へと小走りする。ここまではいつもの風景であったが、ここからが少し違った。

扉を開けると、むにゅりと柔らかい感触がした。扉を乱暴に叩いていた主が、男にしな垂れかかっているようだ。今にも倒れそうなその身体を男は慌てて両手で肩を支えた。
心地よい感触の正体は都市部の娼館でもそうそうお目にかかれないであろう大きな乳房で、男の目は無意識のうちにそちらに吸い寄せられていく。
いやいや胸を見ている場合ではないぞと、男は視線を上に持っていった。
いやらしく丸々と肥えた胸とは裏腹に、息も絶え絶えの件の主は、どう控えめに見ても成人には達してないであろうというあどけない顔付きをしている。
金髪の長い髪が肩に添えられた無骨な手に掛かる。朝の光に反射して、寝起きの男には少々辛いが、それも影響していとけない天使が地に舞いおりて来たかのような印象を抱かせる。
その天使の表情は苦痛に歪んでいて、その痛々しさは見ているこっちまで苦しくなるほどだ。

満月が出ている訳でもないし、発情しているようにも見えない。怪我をしたわけでもなさそうだ。男は少し考えるとやがて一つの答えが頭に浮かぶ。
金の髪をかき分けその額に手を乗せると、案の定そこは異常に熱い。
男は少女を抱き上げると、男が寝起きする部屋よりも広い部屋――数年前までそこは両親の部屋だったが今では彼女が占拠している――へと連れて行き、
そこに彼女をゆっくりと下ろした。
農作業で日々身体を動かしているので子供一人を担いで運ぶ位男には文字通り朝飯前である。

ばんざーい、そう男が声を掛けると、無言で少女は両手を上げた。
そのまま裾を引っ張り、昨日から着ているフリルのついたドレス――彼女への街人からの捧げ物だ――を脱がせると、ぶるんとその存在を主張する丸々と大きな胸が揺れた。
男はごくりと生唾を飲むと、ふいに少女の声が狭い部屋に響いた。容貌に似合った、甘く通り渡る澄んだ声は聞く者の心をうっとりとさせる。

「わたしの胸を見るのがそんなに楽しいかこの変態。行動がおそい。愚図。わたしの為に馬車馬のごとく働け」
少女はまさに天使のような可憐さを備えていたが、中身は悪魔に近かった。


家に住み着いたその少女は、これといった特徴の無い小さな街一番の暴君で、毒舌の持ち主で、ぐうたらであった。
美しい容姿と難のある内面をもった存在は、外から人の訪れる事も少ない平凡な街の中で明らかに異質だ。どこに行ってもそうだっただろう。
彼女は人とは違い、甲殻類然とした鋏を両手に携えていた。
少女の種の生態はその数が少ない為にまったく解明されては無いが、ひとたび民家に住み着けばその周囲を縄張りとして襲い掛かる魔物の手から守る習性がある。
魔物から襲われないその地域では野菜や果物といった農作物が荒らされる事無く育つので、その人ならざる者を豊穣の神の使いとして崇める信仰が古くからあった。
その傾向は山間部の人里離れた村や農村地域では特に強く、首都から遠く離れたこの小さな街もその例に漏れない。
だから彼女には王室の女王の如く傲慢な振る舞いも許されていたし、男がそれを断る術もある筈が無かった。

このやどかり様の機嫌を損ねてはいけない。街の未来が掛かってる。怒るな自分。耐えろ自分。
だいたい彼女が人使いが荒いのなんていつもの事じゃないか。彼女が来てから何年になる? もう一日二日の関係じゃないんだぞ。
今日は着替えさせるのにあれだけで済んだけど、昨日なんてパンが硬いとくどくどと一時間文句を言われたじゃないか。
一昨日なんて「息をするな空気がけがれる」なんていきなり言われたり……。

……はぁ。
自分自身を励ましたつもりが逆に沈んでしまい、男は溜まった鬱憤を水に浸した布巾をぎゅっと絞る事によって少し晴らした。


「ごほっごほ。おい、のうみ゛ん。あたまがすごいずきずきするんだが」
咳き込み、声を枯らしてはいるがその横柄な物言いはいつもと変わらない。
少女の横たわるベッドの傍に椅子を置いて座っている。彼女はとても寒がりで、重ねすぎた布団は山のように盛り上がっている。
その中に潜り込む姿は、まさに殻に篭ったやどかりといったところ。
しかし弱々しく布団にくるまるその姿に、今なら日頃の反撃を出来るかもしれないと男は内心ほくそ笑んだ。
「まさかとは思いますが、その頭の痛みとは、あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか。
 もしそうだとすれば、あなた自身が仮病であることにほぼ間違いないと思います。」
「なぐるぞ」
「すみません」
きっと睨まれ、反抗心はすぐ折れた。へたれな自分が恨めしい。男は手に持っていた濡れ布巾を少女の額に乗せた。冷たさに驚き甲高い声が上がる。
「ひゃっ」
「多分風邪ではないかと。心配しなくとも寝てればその内治ります」
「うん。ひんやり。きもちい。愚民のくせしてなかなかやるな。ほめてつかわす」
言葉の中に混ぜ込んでくる毒をどうにかできないものかと男は考えたが、それは都市の学者がどれだけ集まろうが、どれだけの時間を掛けて知恵を絞ろうが無理な事に思えた。
「じゃあ俺は畑に行きますから。大人しく寝ていて下さいよ」
男は椅子から立ち上がると畑仕事に出ようとした。しかし少女の声が先に出た。

「なにをいっているんだお前は。そこに座ってじっとしてろ」
男の頭も痛くなってきた。


閉められたカーテンを少しずらして外を見る。気付けば日は真上に来ていて、男はもう昼なのかと驚いた。思ったよりも時間は早く過ぎている。
少女は頭が相当痛むようで、うんうんと唸ってなかなか眠れず、結局今の今まで起きたままだ。
「もう昼ですが、おなかは空いてませんか。今日は朝から何も食べてないでしょう? 何か口にしていた方がいいですよ」
少女を労わって優しく話しかけると、すぐに返事が返ってきた。
「いもが食いたい」
「芋ですか。街の食糧庫に行けばあるでしょう。すぐに取ってきま」
「お前のつくったいもが食いたい」
「芋ですか。まだ収穫時期じゃないから、それはちょっと」
「じゃあいらない。このまま餓死する」
「そんな駄々をこねなくとも」
お前はわたしが死んでもいいのか。そんな風に「うー」と唸る少女は、とても理不尽なのに何故か年相応の可愛らしさが滲み出ていて、その場にいた男は少し和んだ。
まぁ少し取った所で収入に大差はないし別に良いか。まだ小さいけど食べられない事は無いだろう。
男はその趣旨を少女に伝えると、「いっこでいい」と彼女らしくない謙虚さを見せて、
そしてそれが失言だとでもいうかのように慌てた様子で「貧乏人の経済じょーきょーを考えた天才的なしょち」と口早に喋って布団の山に潜り込んでしまった。



男は畑からできる限り大きい芋をほじり出してきた。少女の言う通り皮すら剥いていない。土は最低限落としたが、さすがにこのまま食べるのは躊躇われる。
大きい芋といっても収穫は当分先の事なので熟してない薄茶色の玉は子供の手よりも一回り小さい位で、こんな小粒なものであの彼女が充足できるのかと男はとても不安だった。
このくらいの芋は随分と久しぶりに見るなぁと、手の平の上でころころと転がしながら男は思う。

まだ夜にオークやゴブリンが徘徊していた頃のこの街ではこの大きさの芋さえまともに取れなかった。
せっかく植えた種も、実ることなく根から食われてしまう年もあったし、収穫目前の所で掻っ攫われる年もあった。
奇跡的に襲われない時もあって、その時の収穫祭の活気や楽しさは、安定した収穫が見込めるようになった最近の祭りではもう味わう事のできない凄まじさがあった。
いつも腹を空かせてた自分は背の割にはあまりに痩せぎすで、夏の日差しにくらくらしていたっけ。皆そんな体つきなので、もやしだ何だと馬鹿にされる事は無かったが。
首都や近くの新興都市に街の男衆で赴いては、一日中大きな加工済みの石を持って行ったり来たりして、農家と大工を半々でやってたみたいなものだった。
外の世界は、荒んでいたこの小さな街より輝いて見えて、今の男の記憶に残っているものは良い思い出しかない。
綺麗な建物が立ち並び、派手なドレスを着た娼婦が夜の街を平然と歩き、パンも酒も腐るほどあったし、苦労して育てた街の芋より二回りも三回りも大きい芋が売られていた。
こちらに金は無かったので存分に楽しむ事は出来なかったが夜風を感じて星空を眺めるだけでも楽しめた。
あんまりにも上ばっかり見てるものだから一度人とぶつかって、お詫びにその子に家の芋をあげた事もあったな。ボロボロのコートを被ったあの子の食いっぷりは惚れ惚れしたな。
悪い思い出が見当たらない。本当に、何でこの街を出て行かなかったのか自分でも不思議でしょうがない。
そんな事を考えている内に家の前に辿り着いた。


土くさいそれに、少女は男の手から奪い取るようにかぶり付き、むしゃむしゃともの凄い勢いで、しかしじっくりと咀嚼した。
たまに口の中から聞こえてくる硬質な音から察するに、少女が砂も食べてしまってるのは明らかなのだがそれを気にする素振りはない。
しばらくの間、もしゃもしゃもしゃもしゃと顎を動かしていたが、やがて「まずい」だの「食えたものでない」など好き勝手に漏らし始めた。
けれどそんな事をのたまいながらも一向に飲み込む気配は無く、むしろ嚥下するのを惜しんでいるかのように見えるので男は少女の罵詈雑言も気にならなかった。
街の人から珍味や最高級の食材、他にも世界各国様々な食べ物を貢ぎ物として贈られ、それを食している彼女が、自分の育てた芋をよく味わって食べている事に感動すら覚える。
実の所、芋の収穫時期には必ずその光景に出くわしているのだが、何度見ても嬉しいものは嬉しい。と男は思う。
畑でとれた芋は、その半分が少女の小さなお腹に収まってしまうので男の貯蓄はなかなか貯まらない。

彼女の口が止まり、こっくんと可愛らしく喉を鳴らした。食事が終了したようである。
「ねる」
ぶつくさにはき捨てて布団の中に潜り込んでしまった。それきり少女も布団の中から姿を見せず、男は特にやる事もなくなった。
まぁこんな日が一日くらいあっても別に良いか。根がぐうたらな男は、ぽかぽかした陽気に誘われていつの間にか眠ってしまった。


 どんっ! がっしゃん!
突然の音と、こつこつと頭に何かが降りかかる感触とで男は直ぐに目を覚ました。
足元には少女が布団に巻き付かせて転がっている。その手の鋏が床に突き刺さっていて、周りに木片が散らばっていた。
彼女の寝相はあまり良くないようで、こういった事が月に一度の頻度で起こってる。その為床は傷だらけだ。今回みたいに垂直に深い所まで刺さっている事はあまり無いが。
頭に落ちてきた何かを手で落とそうとしたらチクリと痛みが走り、男がまさかと頭を上に傾けると、天井に吊り下げられたランプの硝子細工の笠が一部無くなっていた。
硝子を製造加工する技術はこの街にはない。近くの都市に行く金も男には残されていなかった。割れたままで不恰好だがしょうがないと男は諦めた。

剥がれて飛んでいった木片が飛んでいったのだろう。落ち着いて床を見渡せば、硝子の破片も床に落ちてきらきらと輝いている。
手はそこまで深く切れてなくて安心したのも束の間、視界に赤い液体が入り込む。どうやら頭皮も切ってしまったようだ。男は難なく状況を掴んだ。
こちらも傷は浅かったのだが、頭皮の怪我は痛みの割には血が出るので見た目は酷い。自分ではどうとも思ってないのに、他人の心配は集めやすい。
そに転がる少女も例外に漏れず、板から鋏を引っこ抜くと男の元に駆け寄る。が、巻きついた布団に足を取られてそのまま前のめりに倒れた。
当然床には硝子の欠片があったので少女は体のあちこちに小さな傷を作ったが、気にせずに立ち上がり男のそばに寄ってきて、しきりに声をかけた。
「だいじょぶか! しぬのか! しんじゃうのか!」
いつもの暴言がなりを潜め涙目で男を気遣う少女を抱き上げて、たいした怪我ではない事を男が説明する。
少女は安心した様子で「そうかそうか。よかった。ほんとに。」と呟きながら頭を舐めた。
傷口を舌がなぞり、男は痛みを覚えたが、悪い気はしなかった。

舐められ続けてしばらくの間が経過すると、顔には血が付いている所など無くなる。同時に、男の身を素直に案じていた少女も消えてしまったようで、
「い、いやっ、お前がしぬと、ほら、その、低脳なその頭じゃ分からんだろうから理由は言わないが、とにかく! お前の事など、これっぽっちも気にしてないぞ」
などとぶつぶつと言い始めた。そして、ようやく布団で足を滑らせた時にあちらこちらに出来た傷を見つけて驚きの声を上げる。
「はうあっ! な、なんだこれは」
腕やら膝小僧やらに点々と付いた赤い模様。少女はそれに目を向けて思案した後、はっと顔を上げて一つの結論に達した!
「お前のしわざか! 寝込みをおそうとは! いかにも小者くさいなんとも卑怯な手口だ!」
恐ろしく勘違いをした少女に苦い笑いを浮かべながら、男は両脇に手を入れてそのままベッドに寝かしつける。
「朝より熱が上がってますね。これ以上暴れたら弱った身体に響きますよ」
「たしかに。なんか、ふらふらする。……毒か?」
「どく? どいた方がいいですかね。じゃあ向こうの部屋に行ってますから」
「いや、そうじゃないしどかなくていい」
「そうですか」
「そうだ」
男は椅子に腰掛け、その姿を少女は確認するとまた布団の山に潜っていった。男は落ちた布団をその山に積み重ねると床を箒で掃除する。
寝相の悪い少女が寝床から落ちても傷つかないように。時間を掛けて。ゆっくりと。


一度箒を手に持つと普段は気にしない小さな埃も気になってしまい、男の気が済んだ頃にはカーテンの隙間から部屋へと差し込んでいた日の明かりは無くなっていた。
外からは光の代わりに扉を閉じるばたんばたんという音が漏れてきている。男はもう日没かと一息ついた。
そういえば腹も減ってきた。男は目の前の『山』を揺らした。
「もう夜ですけど、調子はどうですか?」
布団の中から少女は顔だけひょっこり出して気だるそうに返答した。
「最悪だ」
「へ?」
少女の口から発せられたとは思えない重く低い地鳴りのような声に、男の口から間抜けな声が漏れる。
「さ、い、あ、く、だ」
一音ずつ強くはっきりと少女は言った。
「頭はずきずきといたい。身体はぼーっとあつい。力はぜんぜん入らない。これを最悪と言わずして何と言う?」
と言われても。機嫌を損ねた彼女に口答えするのは危険だ。男は適当に相槌を打つ。
確かに機嫌だけでなく調子も悪そうだ。布団から出た頭はゆらゆらと揺れていて、声を出すのもつらいのか弱々しくて聞き取りづらい。
ふと、男の脳内に今朝の反抗心が蘇ってきた。しかし、風邪で弱っている彼女に何かするのも気が引ける。
頭の中で激しい葛藤があり、そして、
「わたしがこんなに弱ってるというのに、お前は何も打つ手なしか。まったく使えない」
良心が負けた。

「なぁ、こんなんで、ほんとに良くなるのか?」
疑い深げな少女に、男はこれでもかという位に自信に満ち足れた笑みを返す。
「なりますとも。」
ベッドの上、少女がお行儀良く正座して、男は椅子に座って足を広げている。男は下に何も身につけておらず、外に出ている股間のそれに少女は小さな口を近づけた。


ほんの数分前のこと。神妙な顔で男は少女に提案した。
「……一つ、方法があります。それはフェラチオ」
「知ってるのか愚民」

フェラチオ……
古来よりその存在が知られており、そして今もなお伝え受け継がれている伝統的な治療法。
とある錬金術師が人の精子からホムンクルスを作り出したことでも知られているように、
精子とは生死、つまり生命の根源であり、それを嚥下して身体に直接取り入れる事により様々な病や傷を治す事が出来る。
元々は、痛みを取り除く(切り倒す)という意味の「fell ache」が長い時を経ていく内に現在のフェラチオに変化していった。
余談であるが、精液の効能は凄いがとても苦く飲みづらい。「良薬口に苦し」とはここから発する。

「よくしってるなぁ」
少女は熱で頭が回っていないのか、男の説明を鵜呑みにし、男の嘘の知識に感心してしまったようだ。
「では試してみましょう」
その男はうれうれと下を脱ぎ捨て、そして現在に至る。


「舐めればいいのか?」
男が縦に頷くと、少女は舌を伸ばして男の肉棒へと這わせた。恐る恐る、といった感じに舌を動かす少女の姿はなかなか新鮮だ。
ぺろぺろと献身的に舐める姿は昼間の少女と重なって、騙してこんな事をさせている罪悪感が男の脳裏を掠める。
しかし、いつもは舐められるよりも舐める側であり、それは今の今まで変わることは無かったので、初めての快感をもう少し味わいたい男の煩悩の方が大きい。
少女は男に促され、口に唾液を含め、そして男の肉棒に垂らした。ぴちゃぴちゃと音を鳴るようになり、男は官能的に響くその音を楽しんだ。
「ひゃっ」
皮を被っていた男のそれはむくむくと起ち上がり、少女の鼻にぶつかった。幼いながら鼻筋の通ったそれに男の肉棒が当たって横にそれる。
可憐な少女の頬に浅黒い己の一物が埋まるその光景に、男は背徳的な欲情を覚える。
「おっきくなった。……こんなに、まじかで見たのは、はじめてだ」
少女が独り言のように呟きながら、皮の剥けたそれにまた舌を差し出す。が、直ぐに引っ込めた。
「うぇ、なんだか、白いカスみたいなものが、この上なくにがくて、まずいぞ?」
「さっき説明したでしょう。良薬です。」
「でも、とてもそうには」
「良薬です」
「……なめなきゃだめか」
「駄目です」
「どうしてもか?」
「どうしても」
はぁと少女は溜め息をついて、雁首に付いた恥垢を舌で舐め取っていく。臭いのか少女の鼻がひくひくと動いている。
まずい、まずいとしきりに呟きながら、しかし舌を動かす事は止めない。男の肉棒は少女の舌で掃除するように丁寧に舐められた。
何度も舌が這った男のそれは少女の唾液でてかてかと光っている。
 ぺろぺろぴちゃぴちゃ。
「袋を口で揉むと精子がたくさん出るんですよ。噛まないように」
裏筋につーっと伝っていき、少女の舌は亀頭から袋へと移っていく。玉を口に含み、歯を立てないように気をつけながらもふもふと甘噛みする。
「どうだ、きもちいか? でそうか?」
まだまだ出そうにない。舐められるだけでは飽き足りなくなった男は新たな刺激を求める事にした。
「今思ったのですが、口を離していたら精液を全部飲むことは出来ません。いつ出てもいいように咥えておきましょうか?」

桃色の可愛らしい小さな口をめいっぱい大きく開けて、少女はびくびくと屹立する肉棒を咥え込んだ。
熱で体温の高い少女の口の中は、膣とはまた違った快感がある。男が促すと少女はゆっくりと顔を前後し始めた。
「んっ、ふっ、んんっ、むっ」
初めての体験で息苦しいのか少女の大きな瞳には涙が溜まっている。何度か咽せながらも次第になれていき、舌を動かす余裕も出てきた。
「んっ、れろ、んむっ、あむっ、ぷはあっ……どうだ? わたしの口は?」
「気持ち良いです」
「そうだろ。わたしがやってるんだ。気持ちよくないわけがない」
誇らしげに胸を張り、そして気分を良くした少女は元気良く男の肉棒を口に入れる。


「勘違いするなよ……ぺろっ、こんな、くつじょくてきな、んっ、こと、ちゅっ、お前のために、あん、やってるんじゃ、んん……ないんだからな」
頭を下げて肉棒を咥え男を喜ばせる為だけに自らを捧げるようなこの行為はなるほど女にとって屈辱的かもしれない。
そんな事を言いながらも、少女は男の陰茎を舐め、咥え、愛おしそうに口付けをしているのだが。
「んっ、んっ、あんっ、んんっ、わたしのしたはどうだ? きもちいいか?」
男のグロテスクな肉棒を口全体で擦り上げ、舌で愛撫する少女が上目遣いに男に尋ねる。
こくりと男が頷くと、少女のくりくりと愛らしいその瞳が細まり、犬が喜び駆け回るように舌が動く。
自分を顎で使っている少女が自分の言う事に従って献身的に奉仕する姿に男の目元が緩む。
それが不満なのか、少女は威厳を取り戻すべくいつもの偉そうな口調で男に喋る。
「べつに、おまえの、言うとおりにひてる訳れも、お前をよろほんだ顔が見らいとか、そんあことは、ぜんぜん、ないろっ、」
肉棒を咥えこんだまま発せられた言葉は間抜けた調子になってしまっていた。だがよほど男の肉棒に夢中なのかその事には全然気付く様子もない。
「お前は、わたひに、おかされている、というほとをだな、わすれぬように」
なおも威張り散らしている少女は、せいいっぱい背伸びをする幼い女の子に見えて、そんな娘に自分の物を咥えさせている状況に男はこの上ない快感を覚えた。
「んんんっ!! んぐ、んぐ……えほっ、けほっ」
精液がどくどくと少女の口に注がれ、そのあまりの勢いに少女は全てを嚥下できずに肉棒を口から離してしまった。
男の射精はなおも止まらず少女の美しい顔を汚していく。少女は放心したように顔を火照らせた。
少女の顔に手を滑らせて精液を取っていくと、少女は粘液のたっぷり付いた指をかぷりと咥え込んだ。
「にがい。こんなににがくて、くさくて、まずいものははじめてだ。けど良薬なのだから、しょうがない。うん。しょうがない」
そう言いながら、ちゅぱちゅぱと男の指を一本一本口に含んで舐めていく。
指はすっかり綺麗に舐め取られて、少女の唾液以外についているものは何もなくなった。

興奮した男は少女を押し倒し着ていた服を脱がせると、その大きな胸を掴んで谷間に肉棒を挟んだ。
「な、なにをするんだ?」
「さすがに一度だけじゃ不安なのでもう一杯飲んでおきましょう。さっきのように咥えてください。この手は気にしなくて結構です。」
「気にするなと言われても気になうぶっ!」
少女の抗議を、開いた口に肉棒を押し込むことで遮った。男は少女の柔らかな両の胸を肉棒に押し当て、口の奥に向けて腰を突き動かす。
ふくよかな胸がどうしても少女の顔と男の体の間に挟まれるので、口にねじ込むのははかなり無理やりだ。豊かな乳の圧迫と狭い口内に刺激されてとても気持ちいい。
「んぶっ、えぐっ、んんっ、ううっ」
奥を突く度に苦しそうな声が漏れるが興奮した男の耳には届かず、激しい抽迭を繰り返した。大きな乳房が男の腹を叩きぱんぱんと音が鳴る。
少女の乳房をこね回し、乳首を摘み、その丹念に磨かれた大理石のようにきめ細やかな白い肌に赤い手の平型の痣が出来る。
そんなに乱暴にされても少女は健気に男の肉棒に舌を絡めた。
熱を帯びた少女の中は火傷する位に熱く感じられ、それが気持ちいい。快楽を求めて男はより早くより激しく突き入れていく。
「やめ、んぐっ、ひぐ、いだ、いっ、」
少女がたまらず咽び泣き、はっと男は我に返った。が、その瞬間に射精感が男を襲う。
びくんびくんと脈を打ち少女の喉奥で男は今日二度目の射精をした。

「げほっ、えほっ」
瞳から大粒の涙をこぼし、咳が止まらない少女の背中を撫でて、自分はなんてことをしてしまったんだと後悔の念に満たされる。
日々のぞんざいな扱いを受けている事など男の頭の中にはすっかり抜け落ちていた。
ようやく咳が止まり、少女が男に顔を向けた。

「お前は、本当に最低だな」


少女の罵る声は終わらない。
「こんな幼い娘を騙して己のその醜い棒を咥えさせて、あげくの果てに欲情して我を忘れるとは」
男は死刑を宣告された加害者の如くその言葉を聴いた。
「お前はさぞ気持ちよかっただろうな。苦しむ声も聞こえないくらいだものな。……気持ち悪い」
蔑む声は狭い部屋に良く響いた。男の顔は真っ青だ。陰茎もすっかり萎えて縮こまっている。
顔を見れば少女は怒っているというよりも、むしろ男を加虐する快感に酔いしれているのは明らかだが、男はじっと下を向いて押し黙っていたので気付きようが無かった。
「そんな異常性癖の持ち主がよくもまぁ今まで問題を起こさずに暮らせたものだ」
股間に温かい感触が伝わってきた。何かと思って目を向けると、少女が男の肉棒をまた咥えていた。
さっきとはうってかわって、淫靡に、男に魅せつけるように舌を這わせる。行為自体は変わらないのに、男には全く違ったもののように思えた。
「きもちいだろ? さっきのお前は、こうやってわたしに咥えさせて、みっともなくその顔をゆるませていたからな」
自分のそれがむくむくと膨れ上がっていく感覚に、男は本当に情けなくなった。

少女がそのぷるんと柔らかい形の良い唇を男のそれから離すと、肉棒は先程と変わらぬ様相を取り戻していた。血色の良い健康的な色である。
「大きくなってきたぞ。さっき顔を青くしていたと思ったら、ここはもう真っ赤だ。お前の頭に反省という言葉はないのか?」
少女はぴちゅぴちゅといやらしい音を奏でながら男の肉棒を咥える。と、途端に電撃が走った。
かぷりと、雁首に少女の白い歯が食い込んでいる。
「馬鹿で能無しの、このへんたいが」
噛まれてはいるが痛みは無く、むしろ絶妙な刺激となって男を襲った。一定間隔を置いてやってくる快感に合わせて男の肉棒がぴくんぴくんと震える。
「へんたい、へんたい、へんたい、へんたい。お前はどうしようもない変態なんだ」
ほんの少し肌に残った歯形をぺろぺろと労わる様に舐めるかと思うと、また噛み付く。そして出来た噛み跡に舌を這わせる。それを何度も何度も繰り返す。
少女はふと昨晩男と話していた女の事を思い出した。ぎちっと今までより深く歯が食い込む。痛みのあまり男もうめき声を上げた。
「いいか? 馬鹿で鬼畜で変態のお前の相手なんかするやつなんて、このわたしくらいなものなんだからな」
疲れたのか彼女が口を一旦遠ざけた。浅黒い男根と可愛らしいその唇に粘り気のある細い糸がつーっと張られ、少女が舌でぺろりと舐め取る。
端から端へ唇の上を舌を走らせるその顔は獲物を狙う肉食獣そのものだ。
「ん……はぁ……んん……ぇろ……ぺろっ……」
じっくりと舐めまわされているのだが、要所要所をわざと外されて男は中途半端な快感しか得られない。
焦らされて身悶えする男を見やり、少女は満足そうに微笑んだ。

「くわえてほしいのか?」
こくりと頷くと少女は「しょーがないな。お前のくさくて、きもちわるいちんぽを咥えるのはいやだけど、けどわたしは心やさしいから」となんだか嬉しそうに男の醜い男根を咥え込む。
「んっ……んっ、んむっ……んっ……あむっ……」
口の中の男根を甘噛みして美味しそうに目をとろんとさせる。少女は昼間の芋を食べた時と同じように、丹念に男の肉棒を味わった。
「おまぁが……あむ……ろえあしそうなほろに、ひっいらったから……んぐ……しからなく、やっへるらへなんらからな」
お前が土下座しそうなほどに必死だったから仕方なくやってるだけなんだからな。口に物を含んだまま喋っているので訳が分からない。
少女の言葉と表情は全く正反対でもっと訳が分からない。
「おまえの嘘はわかりやすいな。目を見ればいっぱつだったぞ。なんだあれは? せーえきが良薬? あんな嘘でこのわたしがだまされるとでも思ってるのか?」
賢いわたしはお前の嘘なんかすぐに分かるぞ。と口に男の雁首を深く含んだままふんぞりかえった。
嘘だと知ってたなら何で咽ながらも自分の精液を舐め取っていたのか。男は息絶え絶えにその事を訊ねると少女の顔が真っ赤になった。
「そ、それはあれだ……えーと、そう、お前の騙し方があまりにも滑稽だったから、騙されてあげなければかわいそうだと思ったんだ」
本当に滑稽だったぞ、けどわたしは博愛主義だからなと少女は続ける。うまく返せたと思っているのだろうか、心なしか口の中の男根を舐める舌が踊るように動いている。
なんだかそれ以上追及するのが男はかわいそうになって、男根を舞台に華麗なステップを踏む少女の舌の感触に没頭した。


「お前、なんだその目は。しんじてないだろ! このやろっ」
気付かぬ内に哀れむような視線を送ってしまっていたようで少女に感づかれてしまった。
「もうっ、おあえは、ばかなくせしてっ、このっ」
少女の顔が激しく上下し、金色の長い髪は乱れ、大きな胸も好き放題に暴れ回る。その激しさに男は直ぐに本日三度目の射精をした。
「んんぐっ、んっ、ごくっ、んっ、……はぁっ」
今度は咽る事もこぼす事もなく全て綺麗にその喉に受け入れた少女の口には、猛りを失った肉棒がいまだ落とされずに咥えこまれている。
「くっさい。三回目だというのに、ほんとに、どれだけ出せば気が済むんだ? 能無しのくせに、種だけは馬鹿みたいにあるんだな。」
口や雁首に絡みついていた精液を舌で掃除し、くちゃくちゃと味わいながら咀嚼する。
「こんなにたくさんの量なら、まんこに注ぎ込まれなくとも孕んでしまうんじゃないか?」
達したばかりの男根をまた舐め始めて、そして何を思ったのか一気に吸い込んだ。
じゅるじゅると精管に残っていた精液が吸いだされる。精液が無理やり捻り出される感覚に、思わず男は腰を浮かした。
「まだこんなに残ってる。この変態」
亀頭に吸い付かれる快感は、射精したばかりの敏感な肉棒には強すぎる刺激だった。
「出したばかりなのに、さっきよりおっきくなってるぞ。そんなにこれはきもちいのか?」
ちゅうちゅう少女の唇がすぼめられる。再び屹立した男根を少女はまた深く咥え込んだ。
口の中でしごかれ、舐められ、噛まれて、吸い付かれて。やりたい放題に少女は男の肉棒を蹂躙する。
男を弄ぶ悦びに、丸々と大きな乳房の頂点はぴんと立ち上がり、触られてすらいない少女の恥丘は愛液を滴らせていた。
「いいように弄ばれておちんぽをぼっきさせて、ほんとうに最低だな」
恥ずかしげもなく淫らな言葉が聖歌隊の歌声のような旋律に乗せられる。男の肉棒はどくんと脈づいた。
「おちんぽ」
びくん。
「おちんぽと言っただけでよろこぶのかお前は」
天使すら跪く可愛らしい幼女に蔑まれて背徳的な欲情が男を煽る。はにかみながら少女は玩具で遊ぶかの如く楽しげに肉棒を口の中でいじる。
「えへへ……おちんぽ、ほーら、おちんぽ。なめなめしてあげるー。どうですかー、おちんぽきもちいですかー?」
少女の言葉にいちいち反応して震える肉棒。少女はゴミを見るような目で男を睨む。
「変態」
その視線すらも今の男には快感だった。少女は罵りながら男根を咥え続ける。
口の中の動きは単調や粗雑といった言葉とは無縁の熱心さや献身さを持っていた。飽きない刺激に男は四度目の射精感に襲われた。
「またしゃせーするのか。この変態ちんぽは。ほんとにだらしないちんぽだ」
ちゅうぅぅと吸い付く少女の口からぼたぼたと涎が垂れて、まるで男の精液が欲しくて堪らないかのようである。
四度目だというのに男の精液は勢いよく口の中を一杯にした。
こぼさない様に少女は上を向いたが、小さな口の端から過去三回のどれよりも多くて濃厚な白濁がたらりと顎を伝った。
男を見つめてその愛らしい口を開けると、むわっと生臭い匂いが辺り一面に広がる。少女の口の中には舌が見えなくなるほどの黄ばんだ白い海が出来ていた。
少女は何度も顎を上下させ、舌で転がし、その味を十分に味わった後、ごくんごくんと飲み干した。
とても美味しそうに飲むその姿から、少女が飲んでいたのはホワイトシチューか何かだったのかと錯覚してしまうほどだ。
四度も短時間の内に搾り取られて男は極度の脱力感に襲われた。
「最低のおまえは、おちんぽから出すものも最低だな。あんなくさくてまずいものを飲める人間なんていないぞ」
やっと終わりかと男がぐったりしていると、少女が不思議そうな顔をこちらに向けた。

「なにをやすんでる? ただ口に咥えるだけでまんぞくするとおもってるのか?」
死ぬかと思った。


全てが終わると、もう夜は大分更けていた。今日は何もする気が起きない。ふらふらと覚束ない足取りで男は寝床に就いた。
少女のあの言葉で男は死の危険を感じたが、言った本人がいきなりぱたんと死んだように眠りについた。
布団を何枚も掛けて、少女の寝息を聞いて安心して自分の部屋に戻って来た。

男が布団にもぐって、そろそろ眠りに落ちるかという時、きぃきぃと木の床が鳴る音が聞こえてきた。
夜盗か何かかと緊張する。足音は男の方へとどんどん近づいて来る。
そして足音が止まった。


足音の主は男の布団に入り込んできて「さむい」と一言漏らした。
「街の人から貰った布団があれだけあるじゃないですか」と男が返すと、少女はそれを聞いているのかいないのか、
「お前は何かわたしによこしはしないのか」と返してきた。言葉面は疑問系だが、実際の所「くれ」と言ってるのと変わりない。
男は目をうようよと動かした後、「誰かさんの所為で金がないですからね」と返した。
真っ暗だが人ならざる少女は、うろつくその目を見て「お前、わたしに何か隠し事してないか」と問い詰めるが、布団の中の温かさに答えを聞く前に深い眠りについてしまった。
冷や汗をかいた男は隠し事をするのは自分には向いてないなと思った。しかし何とか隠し通したい。あの人に聞いて対策を立ててみようかと明日の予定を決める。
すぴーすぴーと可愛らしい寝息を聞きながら、少女の頭を撫でて男も眠りについた。


この男は何か隠し事をしているようだけど、こうやって寄り添って眠るとそんな事も気にならなくなった。
男について分からない事だらけだけど、昨日のさむさはどこにもない。
べつに知らなくてもいいじゃないか。分からなくてもいいじゃないか。
こうやってわたしたちはちゃんとふたりで暮らせてる。いままでも。きっとこれからも。

少女はすやすやと眠りについた。
男の身体は供え物の布団を何枚重ねたものよりもぽかぽかと温かくて、花の咲き乱れる野山で昼寝した春の事を夢に見た。



(知恵熱/了)