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『夜戦とミミズク』」(2009/01/11 (日) 01:31:39) の最新版変更点

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 今日も男達が、真っ暗な部屋の中で一時の休息を得ている。 ある者はカードを捲りながらそこに書かれた文字を読み取り、 またある者は、窓越しに闇夜を眺めながら酒の入ったグラスを傾けている。 何をしているのかと言うと、皆、夜の闇に眼を慣らしているのだ。 何故なら、それが我らの“仕事”なのである。 「警報!警報! 北海上空に敵機侵入との報あり!」  待っていましたとばかり、警報の発令と同時に、 部屋の中から男共が飛び出してゆく。 私も、椅子にかけておいた飛行服を掴み取ると、脱兎の如く駆け出した。 滑走路の片隅には黒塗りの機体、 メッサーシュミットBf110B型(ベルタ)の夜戦使用が翼を並べ、 私は迷うことなく愛機へ飛び乗る。  機首にミミズクのノーズアートを施した気体を間違えるはずが無い。 愛機の前では、すでに整備兵が機関の始動に取り掛かっており、 コクピットに飛び乗るとパラシュートを装着し、離陸準備に取り掛かった。 「ハンス大尉、こちらの準備は完了しております。いつでもどうぞ」  後席から声が届く。 低く、凛とし、自信に満ち溢れたその声は、いつも私に勇気と活力を与えてくれる。 私の相棒、ミミズクの獣人である“ミーネ”、階級は特務少尉だ。  ミミズクの獣人といっても、翼が生えて飛べるわけでもなければ、 クチバシがあって食べ物を啄ばむわけでもなく、 見た目は普通の女性……ただ、相当の美人だと付け加えておこう。 唯一、頭の上に飛び出す2本の“羽角”が、彼女がミミズクの獣人であることを 示している。 私と同じ飛行服に身を包んだ彼女は、後席で無線機やレーダーの調整を続けていた。 「また、一日中そこにいたのか?」 「私がいると、皆さんの気分を害しますので」 「そんなことはないさ、みんな気のいい奴らばかり、美人とくれば、大歓迎さ」  ルフトバッフェ(ドイツ空軍)全体としても、獣人が所属する部隊が増えていると聞くが、 夜間戦闘機部隊に配属されたのは彼女が初めてらしい。 彼女が我々の部隊に配属されたのは、その“夜目”の能力からだろう。 夜間に侵入する敵爆撃機の邀撃を任務とする我々にとって、その能力は大きな意味を持つ。 機体にレーダーを積んではいるが、機首に取り付けられたこの装置、 皆が“ハリネズミ”と呼ぶ初歩的な機械の評判はよろしくない。  夜間戦闘において大切なのは、敵を見つける事。 敵を発見できなければ、撃墜する事も、追い散らす事もできないのである。 その点、私の場合は、彼女とコンビを組んでから、今までに52機の撃墜を記録しており、 所属する第1夜間戦闘航空団第3飛行隊の中でも、一番の数字である。 「今日も我々が一番乗りだな」  合図と共に整備兵が車止めを外すと、愛機は滑るように滑走路へと向かう。 闇夜で周囲を見渡す事はできなくとも、私が迷う事は無い。 相棒の誘導によって滑走路の始点に到達したとき、ポッと明かりが燈った。 滑走路灯が点灯し、私も目視で滑走路を確認すると、スロットルを開く。 2機のエンジンが唸りを上げると、月夜の夜空へ飛び立った。 「少尉、敵に関する続報は来ているか?」 「はい、高度は3000、数はおよそ30、機種は不明ながら、大型機との事です」 「ヤポォール(了解)、誘導は任せたぞ」 敵の位置報告と部隊の誘導は、地上の管制室から集中して行われるが、空は広い。 最終的には己の目で確認しなければならないのだ。 「そろそろ会敵地点です、注意を」 その声に促されるようにして、スロットルを絞る。 これは、排気管から出る排気炎の光によって、敵に発見されるのを防ぐためだ。 後席では、少尉がしきりに首を動かし、敵の姿を探している。 人間なら眼球を動かせばよいのだが、少尉の場合は通常のフクロウと同様に、 眼球をあまり動かす事が出来ないため、こうして首を動かさなければならない。 私も少尉も最初はレーダーを使用していたが、あまりの信頼性の無さに、 今ではまったくといって良いほど使用していない。 以前、レーダーで必死に探していたら、目の前にいた、なんて事もあったほどだ。 「見えた、右舷3時方向に並行する機影、4発機……“ハリファクス”です」 言われた方角に目を凝らすが、あいにく私には何も見えない。 だが、少尉に全幅の信頼を置いている私は、言われた方向に舵を切った。 「います、前方1000メートル、単機のようです」 「私も確認した、背後からゆっくり行くぞ」  しばらく飛ぶと、私の目にも、巨大な爆撃機の姿を確認する事ができた。 だが、今の位置からでは必殺の一撃を叩き込む事ができない。 敵に気付かれぬ様にゆっくりと、しかし、照準機から敵の姿を外すことなく近寄ったが、 「発見されました! 来ます!」  私は咄嗟に、操縦桿を前に押し込んだ。 ハリファクスは、4丁の機関砲を持つ尾部銃座を私に向け、掃射すると同時に左旋回し、 速度を上げて逃走にかかる。  咄嗟に機体を下降させた愛機の真上を、曳光弾が光の筋となって駆けてゆくが、 私は臆することなく、敵機の追尾にかかった。 急速な左旋回を行った敵は、こちらに腹を見せた状態。 下方から潜り込むようにして機首を敵の腹に向けると、躊躇無くトリガーを引いた。 機首に集中配備された7.92ミリ機関砲が火を噴き、機体に振動が奔る。  放たれた必殺の一撃は、右翼の付け根から翼の先端にかけて命中し、損害を与えた。 一旦はその場から引き、様子を見る。 敵機は右翼のエンジンから火を噴いており、少尉の目を借りずとも位置が分かるのだ。 こうなれば、あとはじっくりと料理すればよい。 私は、とどめを刺すために再び操縦桿を握りこんだ、その時である。 敵機は、猛烈な光と共に大爆発を起こし、北海の藻屑となった。 あっけない最後だ。 「次は、俺達がああなる番かもしれないな」 「……」 「管制室へ、こちらハンス、ハリファクスを一機撃墜、次の敵はいずこか?」  少尉は何も言わずに、海面に出来た炎の渦を見続けている。 だが、残念な事に、これで今夜の任務が終わったわけではない。 今の敵は爆撃へ向かう途中、次は、爆撃を終えて身軽になった敵を、 送り狼として迎え撃たなければならないのだ 。  この日、わたしはさらに2機の撃墜を記録し、撃墜数を55に増やした。    基地へ帰ると、恒例の酒盛りが始まるが、そこに相棒の姿は無かった。 彼女は、いつも、愛機の後席に座り一日を過ごす。 私は、ビールを2本掴むと、愛機に向かって歩みだした。 「大尉殿……ですか?」  愛機に近寄ると、ミーネのほうから声をかけてきた。 ミーネの長所は夜目だけではなく、聴覚も常人に比べて優れている点だ。 私達が一番に出撃できるのも、ミーネが出撃の警報を愛機にいながらにして聞き分け、 事前に点検をしているおかげなのである。 また、今のように、こちらを見ずに足音だけで私と認識できるのだ。 「ほらよっ、ビールだ、冷えているだろ?」 「あっ、ありがとうございます」  地上から後席にビールを放ってやると、放物線を描いたビール瓶はミーネの手に収まる。 彼女は後席に座ったまま、私は愛機の胴体にもたれ掛かりながら、 共に天を仰ぎ、星を眺めつつ、冷えたビールを口にする。 「何故そこから出てこない、休息も戦士の義務だ、そこでは十分に休めないだろう」 「私、狭いところが好きなんです、本能ですかね、それに、知っているんですよ、 みんなが私のことを何と呼ぶのか」 「ん、そうか」 『邪眼』  その瞳に魅入られた者は生きて帰れない。 見つけた敵機を片っ端から撃墜してきた戦果があるからこそ付けられた名だろう。 確かに、部隊内でも彼女と視線をあわせた者を見た事はないし、 どこと無く避けているようにも見える。 「じゃぁ聞くが、毎日後席からお前に睨まれている俺が生きているのは、どういうわけだ」 「そ、それは確かにそうですが」 「うっ、胸が急に苦しくっ!?」 「大尉殿っ、どうしまし……」  心配したミーネが後席から身を乗り出し、顔を出す。 だが、視線の先にあったのは、後席を見上げる私の顔。 視線と視線が交差し、ミーネの大きな瞳が、驚きの表情と共にさらに膨らんでいた。 「ほらな、何も無いだろう」 「大尉殿……」  騙されたのが恥ずかしかったのか、嬉しかったのか、隠れるように後席へ身を沈める。 その仕草が、女性らしくて、可愛らしく思えた。 「大尉殿はなぜ、獣人の私にも優しいのですか」 「ん?」 「私が獣人であるせいで、大尉の戦果も、公式の記録として残されません」 「そんな事はなんでもないさ」 「部隊で一番なのに、騎士十字勲章も授与されません、それに大尉の評判も……」 「そんな言葉は気にするな、皆も悪気があって言っているわけではない」 「はい、ありがとうございます」 「見ろ、夜が明けるぞ」  美しい太陽が昇り、滑走路に靄が立ち込める頃、私達の時間は終わりを迎える。 今日一日生き残れた事を感謝しつつ、明日の生存に向けた準備をしなければならない。 訓練に訓練を重ねた者たちだけが、厳しい戦場で生き残る事が出来るのだ。 ▽△▽ 1944年も半ばを過ぎると、事態の困窮は我々にも明らかであった。 昼は米軍の昼間爆撃、夜は英軍による夜間爆撃に晒され、 ドイツの諸都市は灰燼にきそうとしていた。 ルフトバッフェも黙って見ていたわけでは無いが、昼間では敵の強力な単発機、 “ライトニング”“サンダーボルト”“ムスタング”の出現により、厳しい戦いを強いられ、 夜間においても英軍の誇る双発の長距離戦闘機“デハビラント・モスキート”の出現が、 夜間戦闘航空団に暗い影を落とし、戦死した同僚も多い。  愛機も、旧式のB型(ベルタ)から改良型のG型(グスタフ)へと機種変更したが、 増加燃料タンクや新型レーダーの搭載により、その鈍重さばかりに磨きがかかり、 対戦闘機戦闘などできるはずもなかった。  私の撃墜数も200機の大台を越え、階級も大佐となっていたが、 連夜に渡る出撃により、私も、そして、ミーネ特務少尉も、疲労を隠し切れなかった。 そんな中で、私達は運命の日を向かえる。 「警報! 敵重爆300、護衛機100、ルールの工業地帯へ向かうと思われる!」  私達も、いつものように出撃した。 爆弾を満載し、災厄を振りまこうと殺到する爆撃機の群れに突入する。 彼らも我々に対して容赦の無い攻撃を加えるが、ヒラリヒラリとそれをかわし、 急所に必殺の一撃を叩き込むと、火達磨となった機体は四散する。 「後方に敵機、モスキートッ!」 4機目のランカスターを撃墜した直後、ミーネが叫ぶように言った。 出現と同時に機銃掃射を浴びせてきたが、私は右に旋回すると同時に高度を落とし、 これを回避、そのまま一旦速度を落として敵が航過するのを待つ。 いつもであれば、ここで終わる。 我々を見失なった敵機は、諦めて飛び去るはずなのだが…… 「敵機再び旋回、まっすぐこっちに来るぞ」 「逃げ切れない、まるで我々の姿が見えているような……まさかっ!?」 こちらが考えるのと同じ事を、敵が考えるのは当然といえる。 ついに、敵側も“夜目をもつ獣人”を夜戦に投入したと考えるべきだろう。 「機首に、私達と同じフクロウのマーキングがあったし、目が合った。多分、獣人だ」 「ふんっ、逃げ切ってやるさ」  同乗者の能力が同じとなると、勝敗を決めるのはパイロットの腕と機体性能だが、 機体性能に関しては完全に分が悪い。 高度を落としつつ、鈍重な機体をなんとか動かして敵の攻撃を回避する。 今の機体では、俊敏な敵機の背後を取る事は不可能なのだ。 回避を続けて、敵が諦めるのを待つしかないが、相手は執拗に追尾を続ける。  自慢ではないが、モスキート相手にここまで逃げ切れたのは、 私の腕があったからと言っても過言ではないだろう。 だが、敵の一撃が左のエンジンを襲うと、火と煙の臭いが機内に立ち込める。 敵機もそれを見て撃墜を確信したのか、止めの一撃を加えることなく どこかへ飛び去った。 「くそっ、こりゃぁ基地まで持ちそうも無いな」 判断の遅れが死を招く戦場、私は機を捨て去る決断を下した。 「先に脱出しろ、操縦桿を放すと、高度が保てない」 「……分かりました、また後で」  言うや否や、少尉は夜の闇へと消えていった。 暗闇でパラシュートが開いたのか確認できなかったが、少尉ならば問題は無いであろう。 脱出を確認すると、私も脱出のためにキャノピーへと手をかける。  ところが、 「開かないっ、くそっ、咬みこんだか!?」  敵の掃射を受けてフレームが歪んだのか、キャノピーが開かず、脱出できない。 エンジンからは相変らず炎が上がり、いまにも機全体を包み込もうとしている。 私は、操縦管を握っていた方の手も使い渾身の力で開け放った。  火災を起こしていたエンジンが大爆発を起こしたのは、まさにその時である。 私の身体は衝撃で空中に弾き飛ばされ、意識を喪失しそうになったが、 なんとかパラシュートを開く事ができた。  幸運な事にパラシュートには火がついておらず、闇の夜空に漂う。 炎を上げて失速する愛機を目で追ってゆくと、見る間に高度を失ってゆき、 地面に激突すると同時に巨大な火球となった。 脱出が少しでも遅れていたかと思うと、冷や汗が出る。  だが、これで安心とはいかない。 パラシュートを開く事はできたが、何分高度が低すぎた。 眼下では、暗黒の支配する森が、私を呑み込もうと口を開けているように感じられが、 この森の木々が無ければ、私の命は無かったかもしれない。 猛烈な速度で落下した身体は、森の木々に衝突し、その枝を折りながら地面に落下、 落下の衝撃が和らいだ事で、私の足は無事に地面を踏みしめる事ができた。 だが、爆発の衝撃を全身で受けた影響か、それ以上動く事ができず、 地面に倒れこむと、そのまま立ち上がる事ができない。 「くそっ、このまま救援を待つしかないな、ミーネは無事だろうか?」  地面に伏したまま空を眺めるが、密生する森の木々によって月の光すら届かない。 だが、私は見た。 闇夜の木々の中、木の枝の中でギラリと光を放ち、私を見つめる2つの瞳を。  その、闇夜に浮かぶ怪しげな光を見た瞬間、私は背筋に冷たい物が走るのを感じ、 獲物を狙う猛禽類のような瞳は、歴戦の戦闘機乗りである私を恐怖させた。 しかも、木々の上にあったその瞳が、私めがけて飛び込んでくるではないか。 「うっ、うわぁぁっ!」  恥ずかしながら、私は思わず目を瞑っていた。 自分に何も起こらないので、恐る恐る目を開くと、眼前にあったのは見慣れた相棒の顔。 しかも、私の顔から数センチというところまで顔を寄せ、私の様子を伺っていた。 「ハンス大尉、無事で何より」 「あ、ミーネ少尉か、君も無事だったのか、よくここがわかったな?」 「私の夜目をお忘れですか、なかなか脱出せぬので心配しました」 「痛うっ、すまないな、全身を打ったらしくて動けんのだ」 「そうですか、なら、私が介抱しましょう」  私の身体を抱き起こしたミーネは、所々焼け焦げた飛行服をゆっくりと脱がした。 上半身が全て脱がされると、爆発と着地の衝撃で痣だらけになった体が現れる。 日々の戦闘で鍛えぬいているといえ、痛いものは痛い。  ミーネのしなやかな指が痣に触れると、身体がビクリと反応してしまう。 こんな弱弱しい姿をミーネには見せたく無かったが、こうなっては仕方が無い。 「はっ、ハンスぅ」 「ミーネ、いったいどうし……」  今まで聞いた事の無い、相棒の熱っぽい言葉に疑問を投げかけると同時に、 抱き起こされていた私の身体が、地面に叩き付けられた。 後頭部を打ち付けて痛みに耐える私の顔を、ミーネは瞳を外す事無く見続ける。 そして、 「大尉、私、大尉のそんな姿を見せられたら、我慢できません」  寝転がる私の両側にミーネが手を付くと、そのまま顔を寄せ、唇を奪った。 跨るような形で口付けを交わすと同時に、彼女は私に跨り、腰を落とす。  私は、自分が猛禽類に襲われる哀れな小動物のように感じていた。 「ハンス、私の気持ちを、受け入れてください」 「だけどお前、この状況でする事じゃないだろう」 「この状況だからこそできるんです、闇夜の森だからこそ、私……」  即ち、己の“本能”に従った行動が取れるという事なのだろう。 上半身を持ち上げようとしても、痛みに耐えるので精一杯の身体はいうことを聞かない。 さらに、 「私の下で、ハンスのモノが大きくなっています、準備が良いという事ですね?」  事実、死への恐怖で萎縮していたはずの私の分身は、ズボンの下で膨張を見せていた。 だが、男が女に跨られ、扇情的な瞳で見つめられたらこうなるのは当然であろう。 私の下半身に自分の股を擦りつけ、興奮から息を荒げるミーネ。 その白い吐息が、寒空の森の中に溶けていった。 「下も脱がしますよ、私も、全部脱ぎますから」  ミーネが着込んでいた分厚い飛行服を脱ぎ捨てると、 弾力を持った二つの大きなふくらみと、その先端にあるピンク色の突起が露になり、 下の服を引き下げると、美しい体のラインが全て現れる。 私のズボンも下着ごと力任せに引っ張られ、いきり立った分身が晒された。 「これがハンスのモノなんですね、愛おしいです」  跨りながら、素手で私の分身を擦る。 不思議な事に、ミーネの体から発する臭いを嗅ぐたびに異様な興奮に駆られ、 握られた分身からは、早くも先走りが溢れる。 ミーネはそれを潤滑剤とし、腕の動きをさらに早めてゆく。 さらに、ミーネは空いたもう片方の手を私の胸へと運んだ。 「痛うっ」 「あっ、すいません」  ミーネの長く伸びた爪が、私の傷をガリッと引っかいた。 機体の爆発に巻き込まれた際に出来た傷は私の上半身全体に渡り、 切り傷や痣にまみれていたが、ミーネの指が引っかけた瞬間、私の体はビクリと反応した。 その様子を見ていたミーネは、不思議そうな顔で私を眺め、 「ハンス、引っかかれると、気持ち良いのですか?」 「そんなわけないだろ、うっ」  再び、私の胸を引っかく。 偶然ではなく、故意に。 「わかりました、ハンスはこうされると感じるのですね、もっとして差し上げます」  片手は私の分身を扱きながら、もう片方の手が私の胸を弄る。 長く伸びた爪が無残な傷を引っかき、その度に私は体を反応させてしまう。 「あっ……」  ミーネの言葉に、快楽と苦痛に悶えていた顔を自分の体に向けると、 彼女の爪の傷痕から、血がにじみ出ていた。 ミーネもそこまで傷を付けるつもりは無かったようで、困惑の表情を見せていたが、 直ぐに元の冷静な表情に戻ると、口の端から真っ赤な舌を出して上唇に沿えると、 そのまま口を一周するように舌なめずりを見せた。  さらに、そのまま顔を私の胸に寄せると、 「なっ、なにをするんだ」 「……」  私の問いに答えることなく、伸ばした舌を、血の滲む傷痕の真上に寄せた。 こうなっては、この後の行動は、聞かずとも想像できる。 大きく舌を出した口からは、熱い吐息が私の胸に吹き付けられていた。 “ペロリ”  唾液の溢れた長い舌を切り傷の始端に添えると、そのまま終端に向けて嘗めあげる。 舌の表面を血の滴る傷にしっかりと貼り付け、滲んだ血を掬い取ると、 口の中に含み、しっかりと味わう。 「あはっ、血の味、初めてのはずなのに、なんだろう、覚えがある」  口に含んだ血をゴクリと音を立てながら飲み下すと、再び私の胸に、 いや、血の滲む私の傷痕に視線を向け、 「はっ、むぅ」  一気に顔を寄せ、口を胸へと密着させた。 口の中で舌を丹念に動かし、傷を嘗め回し、血を吸い上げる。 恐怖と快感に駆られた私は、軍人ではなく、ただの餌と化していた。 (俺、喰われているんだなぁ)  このまま肉まで喰いちぎられてしまうのではないかという恐怖と、 口の端に見える嘗め残しの血が、私をそんな気持ちにさせた。 「なんだろう、私の‘ココ’が、凄く切ないです」  気が付くと、ミーネの秘所からは愛液が滴り落ちていた。 そこに手を当てると、指で開くような動作を見せつつ、私の分身に添えた。  傷を弄られて痛みに耐えていたはずだというのに、熱い滾りを失う事の無いソレは、 待ちに待ったその時を迎え、怒張を最大限に強めた。 そんな私の気持ちを察してか、ミーネは自分の腰をゆっくりと落とす。 「はっ、はぁぁぁっ……ああああっ」  完全に挿入しきっていない段階で、ミーネがあげた奇妙な呻きにその顔を覗くと、 顔を苦痛にゆがめているように感ぜられた。 まさかと思い結合部に目を向けると、ミーネの秘所から私の分身に沿って 血が滴っているではないか。 「ミーネ、お前」 「あくぅぅぅっ、痛い、けど……気持ち良い」  生憎、私は女性との行為を何度も経験している。 軍の所属にあっては、仲間達と連れ立って街の娼館へ出かけるのは良くある事だ。 だが、常に落ち着いた表情を見せ、冷静な判断を示す相棒が生娘だったとは、 今の今まで気が付かなかった。 「あっ!? はぁぁっ、私の中で、大きくぅっ」  処女を奪ったという興奮は、私の分身をさらに肥大させた。 今回のような場合は、‘奪った’というより‘貰った’の方が正しいかもしれないが…… 完全に腰を落とし、自分の膣にある異物の感覚に意識を集中する。  しばらくは身体を痙攣させたまま動こうとしなかったが、 落ち着きを取り戻すと同時に、身体をゆっくりと上下させる。 「ハンス、気持ち良いですか?」 「ああ、とても良い、今までに抱いたどの女よりも」 「今までに……抱いた……?」  言った瞬間、ミーネの動きがピタリと止まる。 ジッと私の瞳を睨みつけ、視線を外さない。 「他の女とは、どこのだれですか?」 「いや、誤解するな、街の娼婦だよ、お前が考えているような女じゃない」 「娼婦ごときと比較するとは、不愉快です、私は……」 「私は……?」 「私は、初めて対面したその時から、純潔をハンスに捧げようと心に決めていたのです」  褒め言葉で言ったつもりが、逆に怒らせてしまったようだ。 腰を動かし、私の分身を咥えながらも、ミーネの視線は私の瞳を捉え続ける。 「ミーネ、退くんだ、もう……我慢が……」 「かまいません、ハンス、さぁ、私の中に出してください、私も一緒に……」 「くっ、あぁぁっ」 「はぁぁぁんっ」  結局、自分の身を一度も動かすことなく、ミーネの膣に放出してしまった。 ミーネも私と同時に絶頂を迎え、身体をビクビクと震わせ、胎内に迸る熱を感じると、 私の胸に倒れこみ、寄り添う。  荒げる息を私の胸に吹き付けるミーネにぬくもりを感じつつ、彼女の髪を撫でると、 頭を私の胸に押し付け、甘えるような仕草を見せた。 「なぁ、ハンス」 「なんだ」 「ハンスは女と寝るとき……その、何度くらい射精するのだ」 「へ?」  頭を胸に押し付けつつ、触覚のように飛び出た耳角を私の体に擦り付ける。 私は冗談のつもりで、 「ま、10回位じゃないか?」 と、言ったのだが、 「そうか、なら、あと9回は射精できるわけだ」 「はぁ!?」 言うや否や、腰のピストンを再開する。 萎えかけていた私の分身も、激しい締め付けによって復活していた。 「ちょっと待て、10回というのは冗だ……ひぃ」 「ふふっ、ハンスの弱点を、しっかりと責めて差し上げます」 私の胸に両手を添えると、今度は全体重をかけるように力を込め、掌全体で弄る。 「待ってくれ、ちょっ、本当に……」 「私が満足するまで、絶対に放しませんからね」  その夜、木々の隙間から朝日が差し込むまで犯された私は、 10回どころか20回近くミーネの中に白濁した液体を注ぎこみ、 脱出の際に被った傷よりも、深い疲労のなかで眠りに付いた。 「ハンス、愛しています、ハンス……」 眠りに付く前、私に寄り添うミーネが、呟いた気がした。  翌日の昼頃であろうか。 我々は、捜索に出た部隊に救助され、原隊に復帰する事ができた。 復帰といっても、無傷のミーネとは違い、私は2週間ほど後方の野戦病院で 入院する羽目になってしまった。 その間、ミーネは別の誰かとコンビを組むとばかり思っていたが、 「私は、ハンス大尉の乗機以外、乗る気はありません」 と、私以外とコンビを組むのを拒んだらしい。 嬉しくもあるが、わがままがよく通ったものだと、感心してしまう。 結局、私が入院している間、ミーネはそばで看病してくれた。 「私以外の女と、ハンスが一緒に居てほしくない」  私の瞳をじっと見据えて言うミーネの言葉は、私の心を激しく燃え上がらせる。 入院中で無ければ、そのまま襲ってしまいたいほどだ。  だが、それ以来は彼女と行為に及ぶような事は無く、退院後は日々の戦闘に明け暮れた。 ミーネも、あのときの行為を忘れてしまったのだとばかり思っていたが、実は、別の理由があったのである。 ▽△▽  1944年も暮れの頃、私とミーネは召喚を受けた。 呼び出されたのは、ベルリンのとある場所、「獣人の館」と呼ばれ、 ドイツ軍に所属する全ての獣人を管理、掌握している部隊の司令部である。 突然の呼び出しに困惑する私に対し、ミーネはやけに冷静であった。 「ハンス中尉、ミーネ特務少尉、出頭いたしました」 「ご苦労、まぁ、かけたまえ」  案内された部屋に入ると、漆黒の軍服に身を包んだ軍人が私達を迎えてくれた。 驚いたのは、それが女性であった事と、美人であった事。 漆黒の軍服から覗く見事な金髪と青い瞳が印象的である。 最初は笑顔で迎えてくれた司令だが、キッと目つきが鋭くなると、私に詰め寄った。 「ハンス中尉、率直に聞くが、ミーネのことをどう思っている?」 「は?」 いきなりの質問に、困惑を隠せない。 「頼もしい相棒と、そう考えておりますが?」 「それだけか?」 「ええ」 「本当にそれだけか?」  本当のところはどうなのか、日々の戦闘による緊張感と忙しさに、 そこまで考えたことがなかった。 ふと、先日の行為が頭をよぎるが、それ以来は一度も交わっていない。 「ならば、先の行為の事についてはどう釈明する?」 「え……」 「貴様、ミーネと寝たであろうが、それについてはどう言い訳をするつもりか? ミーネの腹にいる子については、どのように責任を取るつもりだ?」 「えっ……ええええっ!?」  ミーネとの行為を知られていた事にも驚いたが、腹の子については一切知らず、 その時の驚きようは口で言い表す事ができない。 隣に座るミーネの方を振り向くが、彼女は恥ずかしそうに俯いてしまった。 「さて、どうなのだ、ハンス中尉、責任は、とるのだろうな?」 「せっ、責任といいますと」 「決まっておろう、ミーネを妻として迎える覚悟があるのかということだ」  身体を交えるまでは、腕の良い相棒としか考えていなかった。 身体を交えてからは女という事を意識し、それからも影ながら淡い感情を抱いていたが、 まさか、いきなり結婚話が持ち上がるとは思ってもいなかった。 「私もミーネも、いつ死ぬとも知れない飛行気乗りである事に変わりはありません それでも、それでもよいというのなら……」 「ハ、ハンス、本当にいいのか?」 「勿論だ、ミーネ、戦争が終わったら、おなかの子供と3人、幸せな家庭を築こう」 「あぁ、ハンスぅ」 「おやおや、お熱い事、これにて万事解決という事かな?」  基地へ戻ると、今度は戦友たちの手荒い歓迎が待っていた。 どこで聞きつけたのか、ミーネが員妊娠していることもすでに皆の知ったことであり、 兵員宿舎に入った瞬間、お祭り騒ぎとなった。 「夜戦の神様と女神様が結婚とは、こりゃぁ敵もたまったもんじゃないぜ」 「中佐殿、我らに悟られること無く手をつけるとは、見直しました」 「なんでも一発で命中させたとか? そっちの腕もたいした者ですな」  共に酒を飲み交わし、歌い、踊り、戦いの無いわずかな時間を楽しむ。 そして、あちらこちらで始まった金品の授受。 不謹慎なことに、基地にいる戦友共のほとんどは、 私とミーネが結婚するかしないかで、賭けをしていたらしい。 ミーネの耳が届くこの基地内でこっそり賭け事を行うとは、侮れない奴らだ。  その後、戦友たちに見送られながら、私とミーネは一時的に部隊を離れた。 ミーネは療養施設へ、私は新鋭機の試験飛行を勤める後方部隊へ転属となった。 戦時下にこれだけ長い休息を取るのは、仲間たちに申し訳が無かったが、 試験飛行を終えた私は真っ先にミーネの元へと向かい、 膨れてゆく腹を愛おしい思いで撫でたり、耳をつけたりしていた。 だが、その間にも、祖国ドイツは窮地へ追い詰められていくのである。 ▽△▽  1945年の初旬、ミーネは無事に出産を果たした。 玉のような可愛らしい女の子だ。 私も妻も共に喜んだが、戦局の逼迫は私達から喜びの時まで奪っていく。  産後の休暇を取る事も無く、原隊への復帰を命じられた私達は、 ベルリン防衛の前線基地へ派遣されると、戦友達からの手厚い歓迎を受けた。 今までは私以外との交流を避けがちだったミーネも、 可愛らしい笑顔を振りまくようになり、同僚からの受けも良い。 着任翌日には、私達の新しい愛機を受領する事になった。 「この機体は……見た事の無い機体だけれど?」 「こいつはな、いままでの鈍重なBf110やDo217とはわけが違うぞ」  新鋭機、“ハインケルHe219 ウーフー” ウーフーとはワシミミズクの事であり、私の相棒……もとい、妻にぴったりの名前だ。 獣人というだけで差別され、古い機体しか与えられなかった我々にも、 よくやく新鋭の機体が与えられるようになったのである。 これには、ベルリンの後押しがあったとも聞く。 「こいつとお前さえいれば、再びヤツらと合間見えても、十分に遣り合えるさ」  私達は、煮え湯を飲まされた敵、英国紳士とその相棒の獣人を見つけたら、 まさに、猛禽類の如く駆けつけ、仕留める覚悟であった。 数日間の慣熟飛行を済ませた私達は任務を再開し、 かつてと同様の過酷な夜間戦闘任務を果たす。  現在の私に与えられている任務は、敵爆撃機の撃墜ではない。 爆撃隊の護衛を勤める敵長距離戦闘機部隊にのみ狙いを定め、 他の味方機が爆撃機に対する攻撃を行いやすくする事を目的とした。 対戦闘機戦闘は復帰前の爆撃機に対する任務よりも過酷であったが、  これによって味方の戦果は上がるし、例の獣人をおびき寄せることも目的であり、 緊張の毎日は我ら夫婦の愛をさらに深めた。 夜の営みが充実していた事は、言うまでもあるまい。  疫病神と仇名され、今まで散々に苦しめられてきたモスキートといえど、 愛機の性能と妻の能力が合わされば、もはや敵ではない。  イギリスの誇る、“対ドイツ夜戦用第100集団”(部隊名は戦後に知った)であったが、 我ら夫婦の活躍により、その部隊の大半を叩き落された結果、その活動範囲を狭めた。 こうした戦局に敵も我々の復活を知ったのか、ついに、復讐の時が訪れるのである。 「我々は敵戦闘機を狙う、爆撃機は任せたぞ」 「了解、上空は任せたぞ、女神様によろしくなっ」  対戦闘機用にエンジンを高馬力のものに換装し、軽量化のためにレーダーも外した。 さらには、試験的に採用された‘秘密兵器’も搭載している。  レーダーが無い分、敵の位置を知るにはミーネの能力だけが頼りであるが、 深い絆で結ばれた我ら二人の前にあっては、見えぬ敵などいない。 今夜も、爆撃機を狙う戦友達を返り討ちにするべく爆撃隊よりも高い高度に 護衛の戦闘機部隊がいた。 私達はそれよりもさらに高い位置へ付けると、獲物に狙いを済ましたミミズクのごとく 敵機へ向かって急降下し、狙いすましてトリガーを引くと、 機関砲弾の雨に撃たれた敵機は、一瞬で火達磨と化した。  我らの奇襲に度肝を抜かれた敵機の群れは、編隊を崩して散り散りとなり、 一機、また一機と、我らの爪の餌食となったが、最後に残った一機を見たミーネが 叫び声をあげた。 「見つけた、あいつだ」  私は、倒すべき仇敵にめぐり合えた喜びを噛み締めつつ、操縦桿を操り、 銃撃を加える敵機の攻撃をヒラリヒラリと回避する。 ミーネはしきりに敵の位置を報告し、私に回避の方向を指示した。  獣人の能力も、機体の性能も同じであれば、パイロットの腕が勝敗を決する。 私は戦士として、この敵とめぐり合えた事を戦いの神に感謝した。 「ちいっ、相手も素晴らしい戦士だな、興奮してきた」 「私もだよハンス、向こうの獣人と視線を交えるたびに、私の心が燃え上がる」  一対一のドッグファイトは、終わる気配を見せず、時間だけが刻々と過ぎる。 意を決した私は操縦桿を引いて急速な上昇をかけると、そのまま月に飛び込んだ。 「ハンス、何をする気だ」 「心配するな、俺に任せろ、お前は目を瞑っているんだ」  本来、夜戦において月に入る事は死を意味する。 真っ暗な闇の中に浮かぶ月は、機体の姿をしっかりと浮かび上がらせるからだ。 だが、私はそれを利用して敵をおびき寄せると、作戦どおりに敵は背後に着いた。  おそらく、敵の照準器の中には、月の光に浮かび上がる私の機体が映っているだろう。 そして、敵がトリガーを引くか引かないかの瞬間、私は機体のスロットルを絞り、 操縦桿を引いて、機体を急激な速度で落下させた。  月の光に目を慣らされた敵は、私の機を見失う。 これは、以前に出会った日本人から教わった技で、‘コノハオトシ’と呼ぶそうだ。 妻が療養施設にいる間、この日のために練習を重ねていた技である。 「ミーネ、目を開け、敵はどこだっ」 「敵影は……真上だっ、真っ直ぐに飛んでいる」 「ほぉ、敵さん、こちらを見失って困惑しているようだな」  高度差が大きかったため、下方の死角からゆっくりと接近し、 500メートルほど下方につけた。  普通の機体であればこの位置から斜め上方の敵を攻撃することはできないが、 私達の機体は秘密兵器を搭載していた。  秘密兵器、それは、胴体に装備し、斜め上方に向けられた機関砲である。 本来は対爆撃機用に開発された装備であるが、我々はそれを応用したのである。 キャノピー上部に取付けられた斜め銃用の照準器の中心に、 モスキートの胴体がピタリと収まる。  ここでトリガーを引けば、憎きモスキートは、パイロット諸共炎に包まれただろう。 だが、トリガーを引くと同時に下方から掬い上げるように打ち込まれた機関砲弾は、 光の帯を描きながら敵機に向かうと、左翼に直撃し、翼を半分吹き飛ばした。 バランスを失ったモスキートは急速に高度を失いながら落下、 深い森の奥地へ吸い込まれると、地面に直撃し、炎の渦を上げた。 「見ろ、パラシュートだ」 「数は?」 「二つだ、パイロットも相棒も、脱出に成功したようだな」  上空を旋回しながら様子を伺う。 私には見えなかったが、パラシュートは二つとも森の奥へ着地したようだ。 おそらく、数日のうちに友軍に救出されるだろう。  ミーネの目でそれを確認すると、私は基地への帰路に付く。 本来であれば続けて敵爆撃機の迎撃を行いたいところだが、 予想以上に燃料を消費しており、基地へ帰るので精一杯である。 勝利に酔いしれ、上機嫌の私に、ミーネが尋ねた。 「なぁ、ハンス」 「ん?」 「なぜ胴体を狙わなかった、そうすれば、パイロットも獣人も、殺せたろう」 「お前の目は誤魔化せないな、まぁ、この前我々を見逃してくれた礼……かな」 「それだけか?」 「くくくっ」 「なっ、何がおかしいのだ」 「いやな、相手のペアも、俺達のように愛し合っているかもしれないと思ったらさ」 「情が湧いたか?」 「ま、そんなところさ」  こうして我々は、借りを返す事ができた。 だが、強力な敵とはいえ、一機落としたところで戦局に変化は無く、 命をかけた我々の戦いは、終戦と共に終わりを迎えるのである。 ▽△▽ 「あの、ハンスさんのお宅はこちらでよろしいで?」 「はいはい、何か御用でしょうか」  戦後1年ほど経過して、混乱の続くドイツ暮らす我々に、来客があった。 イギリス紳士と、可愛らしい赤子を連れた獣人と思われる女性。 初めて見た顔だが、初めて会った気がしない相手、 誰とも知らずに部屋へあげると、顔を出した妻が驚きの声を上げ、 それと同時に、お客人の女性も同様の反応を見せる。 「あっ、あなた達はモスキートのっ、無事だったのですか?」 「あなたは私達を撃墜した……生き延びていたとは」  そう、彼らは、あの日に撃墜した英軍のパイロットとその相棒だったのである。 しかも、抱いている赤子の事を訪ねると、これまた驚いたことに、 我々と同じく、撃墜された夜に、闇夜の森で行為に及んだ結果だそうだ。 彼らも、私達の馴れ初めを聞き、同じ境遇で夫婦になった事に驚きを隠せないでいた。  どうやら、“獣人の夫婦”がいるというだけで訪れたらしく、 私が空軍のパイロットであったとは知らなかったようだ。 しかもその用件というのが…… 「獣人の地位向上、ですか?」 「ええ、私達のように戦争のどさくさにまぎれて夫婦になった者達は多いと聞きます」  戦前から続く獣人に対する迫害は、今も終わる事が無い。 ミーネを正式な妻とすることが出来たのは、軍人であり、戦時であったという点が大きく、 一般の獣人は、人権が確保されていない限り難しいであろう。 どうしようかと尋ねるように妻の方を向くと、 私の好きにしろと言いたげな笑顔を見せ、ニッコリと笑う。 「分かりました。私達夫婦も、できる限り協力いたしましょう」 「本当ですか、ありがとうございます!」  後に、私達はこの夫婦と共に“獣人の地位向上”を求め戦い抜く事になる。 戦争は終わっても、戦いの日々が終わらないが、充実した日々を過ごした。  国連で『獣人の地位向上と戦時保障』に関する案件が採択されてからも、 世界的に残る獣人に対する不信を払拭するための活動を続けた。  今では、森の奥深くで妻と暮らし、5人の愛する娘達や、その孫達が訪れるのを 唯一の楽しみとしている。 ―――

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