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狐娘10」(2007/09/06 (木) 19:28:31) の最新版変更点

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 山々に囲まれた小さな村。そこには人間のほかに狸、鼬、狐のほかに多種多様な動物が住み人間と共に暮らしていた。  村にいるほとんどの人間以外の動物はヒトの姿に化けるという能力を身につける、いわば妖怪化した動物であった。  その中でひときわ大きな力を持っている狐がいる。  その名は久遠。四つの尾を持つ妖狐であり二児の母親。 「……ここか」  村を囲む山にある丘から、村の一角を見下ろす一匹の雄狐。全身真っ黒な体毛に赤い目を光らせている。  狼などより大きい体の所々には大小様々な切り傷黒狐の左目も数字の一のような大きな傷により閉ざされていた。  そして尻尾には長い尻尾が8本、ゆらゆらと動いていた。 「………確かに懐かしい気配を感じる……間違いねぇ」  8本の尻尾はビンと立ち、何かの気配を感じ取った黒狐はヒトの言葉を喋りただ笑っている。  まるで長年探していたものが見つかったかのように。 「ようやく見つけた。待ってろよ……久遠」  黒狐が捜していたのは久遠だったようだ。  感じていた気配が久遠のものだと確信するとニヤリと笑い、丘を勢いよく跳び麓の村へと急斜面の山道を駆け下りていった。  「ふわぁ~~……」  大きな欠伸を出しながら、双馬は華蓮が経営する雑貨屋へ向けゆっくりと歩いていた。  両親は相変わらず二人で旅行にいき、置き去り、いや行く気がなく家に残り学校も休みなので一人の時間をエンジョイしようとしていた。  しかし問題が発生。食料がない。よって食料を買いに雑貨屋に目指していたのだ。しかも彼女の狐娘、刹那が家に来るとあっては尚更。 「おい、そこの」 「ん? ふぁい……?」  欠伸を連発している双馬を呼び止める男の声に、欠伸の直後なので多少間抜けな声で振り向くと双馬は困惑の表情を浮かべる。  呼び止めた男は見覚えがない上に、黒髪の男からは刹那やその弟静那、そして刹那の母親久遠と同じように狐を思わせる耳、そして尻尾が目に映る。  更にいえば、尻尾の数は久遠の二倍8本である事にも少し驚く双馬。そんな彼に、黒髪の男は双馬に歩き寄った。 「ちっと聞きたいことがあるんだがな?」 「な、なんスか?」 「この村に久遠がいるって聞いてきたんだが。そいつの家知らねぇか? 俺はそいつの知り合いでなぁ」 「久遠さんの、ですか……えっと」  正直怪しい男。古びた服を着ている上に、左目には一文字の傷があることで双馬の不審も高まる。  しかし久遠の友達という男に、双馬は怪しみながらも久遠の家の場所を教えた。久遠は村でも一、二を争う強さを誇るため何とかするだろうと思ったためだ。  久遠の居場所を聞き出し、男は笑みを浮かべながら双馬に軽く手を振るとゆっくりと歩き出す。  不審がる双馬であったが、雑貨屋に行くことを思い出し再び歩き出した。 「それじゃっ、行ってくるねお母さん!」 「あぁ、いってらっしゃい」  狐親子の家では、今まさに娘の刹那が靴を履き、だいぶ人間の言葉が上達した母狐久遠が娘を見送っているところだった。双馬の家に行くということもあり、かなりのルンルン気分。  その証拠に二本ある尻尾を音を立て振り、狐耳をぴくぴくと動かしている。  白い着物を着ている久遠に見送られ、刹那がガラッと音を立て玄関の扉を開くと二人の笑顔が消えた。  驚きの表情を浮かべる久遠と刹那。しかしその驚きは大きい違いがある。  刹那は少しびっくりと言った軽い感じだが、久遠は瞳を見開き驚愕といった驚き。彼女たちの目の前には。双馬に声をかけた黒髪の男が立っている。  ぶつかりそうになった刹那を見下ろす男は、久遠の存在に気づくと口元に笑みを浮かべた。 「よう。こんな所にいたか、捜したぜ? 久遠……」 「……」 「………あのぉ」  ジッと男を睨むような視線を男に送る久遠だったが、カヤの外状態である刹那の声にハッとなり殺気を抑える。  見慣れない男だが、どこか弟や母親と同じ匂いを感じる黒髪の男に刹那も双馬同様困惑の表情で見上げていた。  刹那の視線に、黒髪の男はニカッと笑って玄関の脇に移った。 「わりぃなお嬢ちゃん」 「お母さんの、知り合いですか?」 「あぁ、そんなとこだ」 「刹那、早く双馬の所に、行かないと」 「あ、うん……いってきます」  刹那に告げる久遠の口調はいつものように感じられるが、どこか刹那を遠ざけたい感がある。  それを感じ取り、首をかしげる刹那だったが愛しの許婚との約束があるためそのまま駆け足で家を後にする。  刹那を見送る男と久遠。男は笑ったまま、久遠は僅かに殺気を帯びた視線で男を見つめていた。 「おい、何黙ってんだよ?」 「…………ここには、息子と夫もいる……場所を移そう」 「あぁ、わかった」  重い空気のまま久遠は動き出す。玄関を閉め、二人は裏の山へ向けて駆け跳んだ。  男が先行し、それを久遠が走るという形で、久遠は裸足のままだが本人は慣れてしまっているため気にもしない。  そして走ること数分、山の奥に来た二人。  久遠と男の間に流れる小さな川の音、風が吹き木々が鳴る音だけが響く山の中、やはり空気は重いものがある。  二人の尻尾がその空気を感じ取っているかのように、ゆらゆらと絶えず揺れていた。 「いつまで黙ってるつもりだ?」 「生きて、いたのか……月牙」 「まぁな」  再会した久遠と黒い妖狐 月牙(ゲツガ)。  しかし、この再会は決して喜ばしいものではなく、それと真逆で殺意がこもった空気であった。  久遠は幼い頃から妖狐となって二本の尻尾が生え、体毛は黄金色、瞳は真紅といういわゆる金狐だ。  本来狐が妖狐になるには長い年月が経たなければならない事が多いが、ごく稀に幼いことから高い妖力を持つ狐が生まれる。それが久遠だった。  しかしその妖力が久遠を孤独にさせる。  自分より強い力を持った子を親は恐れ、周りの狐なども意に嫌った。  しかしどれだけ恐れられようが嫌われようが、久遠は恨むことなく一人で親元から離れる。  久遠は山々を渡り、小さな村、大きな街を行き渡っていた。食料に困ることがあれば人間の農作物を漁ったりしていた。  そしてある夏の日、ある村に辿り着き、いつもどおり農作物を拝借しようとした時一人の少年と出会う。  その少年は久遠が今まで出会った人間とは違っていた。  人間に化けても長く二本の尻尾と狐の耳は残るため、人間にも恐れられていたがその少年はニッコリと笑って優しく接した。  少年の祖母も久遠を温かく迎え、天涯孤独に近かった久遠は何か暖かいものを感じていた。  そしてその少年が遠くに行ってしまうという事を聞き、久遠は恐る恐ると言った感じで見送りに行くと少年とある約束をした。  その約束以降、久遠は少年との再会のため村に残り移動することはなく、時折少年の祖母の家を訪れては人間の言葉を初めいろいろな事を教わってた。少しでも人間に近づく為。  そして少年との約束から数年経ったある日、久遠の前に一匹の黒い狐、いや妖狐が現れた。  その黒狐は四本の尻尾を生やし、成長した久遠の体よりも更に大きな体をしている雄。  警戒する久遠に黒狐はゆっくりと歩み寄り、自分も同じだと笑って言った。黒狐は人間のように喋り、まだ僅かにしか喋れない久遠は驚いた。  そして二匹は一緒に住むことになり、黒狐の名前が月牙だと言うこと、月牙はもう数百年生きているということ、そして、もう数え切れないほど人間を殺めてきた事をを久遠は教わった。  月牙の言った憎むべき人間ということは久遠には理解できないでいた。既に人間の温もりを知っていたから。  そんな意見の対立が月牙を苛立たせ、そして月牙は時折村人を襲った。  村人は月牙を恐れ化け物退治として人間を一人村へと招く。当然、妖狐である月牙には人間の力なんて大したものではなかったが、退治に向かった人間の中には特殊な力を持った者がいた。  シンザキという人間の雄は、左手を不思議な術を使い月牙を崖まで追い詰める。下には大きな川の激流。  そしてそんな月牙を、久遠は人間に気づかれないよう木の陰からそっと見ていた。その存在に月牙も気づき助けを求めた、人間に気づかれない様狐の言葉で。 『久遠! 久遠、何をボーっと見てる!?』 『……』 『助けてくれ! その人間を殺せ! 背後からなら……』 『……できない』 『なに!?』 『私は、殺したくはない。お前は……ヒトを、殺し過ぎ、たんだ……』  久遠は静かに言い残しその場を後にする。  傍から見れば見捨てたと言われても仕方がないが、月牙と違い久遠は理由もなく人間を殺してはいけないことを知っている。  だから月牙の事も、今まで人間を殺めすぎた罰だと久遠は自分に言い聞かせた。  どんどん遠のいていく久遠の後姿を、月牙はただ見ていた。 「謹請し奉る、光臨諸神諸真人……」  そして月牙を追い詰めている男が呪文のようなものを唱え始めた直後、久遠の耳に月牙の叫びと何かが川に落ちる音が聞こえた……。    月牙はあの時川に落ちて死んだ。人間に与えられた傷も深いものがあり生きているとは思えない。  しかし、その死んだと思っていた月牙が今目の前で殺気を出しながら笑って自分を見ていることに、久遠は表には出さないが驚いていた。  そして確信していた。月牙はきっとあの時見捨てた自分を恨んでいる、自分を殺しに来たに違いないと。  しかし月牙から出た言葉は意外なものだった。 「久遠……また俺と組め」 「……なに?」 「またあの時みてーに一緒になれって言ってんだよ」  放出している殺気を静め、手を差し伸べるかのように言った月牙の言葉に驚く久遠。  しかし、久遠の言葉は決まっていて考える間もなく答えた。 「断る……」 「………ふんっ……だろうな」  久遠の答えは月牙にも予想していた事だったようで吐き捨てるように月牙は言う。  そして静めていた殺気を再び放出し、ピリピリと殺伐した空気が流れ久遠の緊張も高まった。 「だったら殺す。お前はいい女だ。一緒に来ればあの時見捨てた事は水に流してやろうかと思ったがな、残念だよ」 「……く………」 「それにお前から人間の匂いがプンプンしやがる。まったくムカツクぜッ!」  一跳びで川を飛び越え久遠に飛びつく月牙。その速さは狐とは思えないほど。  成す術がなく久遠は着ている着物を片手で掴まれ、川へと放り投げられる。  浅い川は水飛沫と共に大きな音を立て、びしょ濡れになり起き上がろうとする久遠の体の上に月牙が飛び乗った。 「あぐ……っ!」  一瞬呼吸が止まり久遠の表情が歪む。  川底は浅いので顔が完全に川の中に入り呼吸ができないということはないが、体の上に自分よりも大きい体格の男が圧し掛かっている為呼吸が困難な事に変わりはない。  何とか月牙から離れようと暴れるが所詮は力の差は歴然、左腕一本で押さえつけられる。  そして月牙は空いている右手を久遠の首へと持っていった。 「あっ……ぐっ」  千切られそうになるのではないかと思うほどの力で首を絞められ、久遠は苦痛の表情を浮かべている。  両手で絞めている月牙の手を持ち引き離そうとするが、離れるどころか呼吸困難で力が抜けていく。  意識がなくなり始め、目の前が暗くなっていく。  そんな苦しげな久遠を、月牙は笑みを浮かべながら久遠を苦しめている腕の力を更に入れた。  苦しさが増し、瞳を大きく開けて声の出ない叫びを上げる久遠。  久遠は死を覚悟した。何より月牙の瞳の中には殺意しか見えない。  そして、もう終わりにさせると言うかのように、月牙が更に腕の力を入れた時だった。 「久遠っ!」  月牙達から少し離れたところにある森から、久遠の名を呼ぶ男の声。  その声は人間の声で、聞き覚えのない声に月牙はゆっくりをその方向を、久遠は驚いた様子で横目で見る。  久遠たちの視線の先には、黒い浴衣のような物を身にまとった人間の男が少し息を切らし立っていた。  その男は、家にいるはずの久遠の夫、士郎(しろう)。 「お前っ! 久遠に何やってるんだ!!」  「……あいつは」  士郎を見る月牙の、久遠の首を絞めている腕の力は抜けていった、と言うより月牙が抜いた。  突然の人間の登場に少し困惑する月牙だったが、久遠の驚きの表情により何かを悟った。  一方の久遠は、なぜここに士郎がいるのか、この場所は誰も知らないはずと混乱していた。  それでも月牙に殺される前に逃げろと必死に告げようとするが、咽てしまって声が出なかった。 「なるほどな……。あの人間がお前が言ってた夫か……。そうか、あいつが久遠を……」 「ケホッケホッ……し、しろ、ケホッ」 「久遠から離れろっ! 離れんとただじゃ……っ!」  怒りの表情で久遠を押し倒している月牙に怒鳴り散らす士郎の言葉は中断された。  何故か……それは月牙の殺気によるものである。 「あいつが……久遠を奪いやがった人間か……っ!!」  月牙の殺意は既に物理的にまで達し、周りの石は砕け穏やかな川は激流のごとく荒れ狂い久遠を襲う。  その殺意は久遠が身動きができないほどであり、人間の士郎は声さえも出ず瞬きもできない。  月牙の体は人間から大狐に変わっていった。  体中には黒い体毛が生え、8本の尻尾はより長く鋭く伸び、瞳を赤く光らせながら本来の姿へと戻ると白い息を吐きながら士郎を睨み口元に笑みを浮かべた。 「丁度いい。あとで食ってやろうかと思ってた……ところだよっ!」  月牙が言い放った瞬間だった。  月牙が久遠の上から消え、士郎と月牙の間合いが一気に詰められた。  消えたのではない、久遠も一瞬見失うほどの高速で駆けたのだ。 「ッ!」  そして不意に目の前に月牙が現れ、士郎が驚くその前に赤い血が飛び散った。  それは無論士郎の血液であり、木や葉を赤く染め久遠の表情は驚きで満たされる。  士郎の右肩に、月牙が食いついており、右腕は既に血で赤く染まっていた。 「ぐっあああぁッ!」  士郎の悲痛の叫びが響く。  肩から口を離し月牙はその場に放り投げ、士郎は木に背中を強く打ちつけた。 「ぐっ……うッ!」  士郎の体は力なく、だらりとさせ時折ピクッと痙攣させる。  久遠は呆然として何が起こったかわからない、しかし月牙への殺意だけは増していくがピリピリとした月牙の殺意に体が動かない。 「士郎……しろ、う………いや、嫌だ……」 「ぅ……」  そんな久遠はただ、瞳から涙を流して、その光景を月牙が微笑みながら横目で眺めていた。 「お前はそこで見てろ。今殺してやるから……」  月牙の牙が再びむき出しになり、今度は士郎の喉を狙っている。  喉を食いちぎられれば今度こそ終わりだろう。  久遠の脳裏に宿るのは愛する人の死……久遠は泣き叫び月牙を止めている。  しかし、そんな言葉もむなしく月牙の牙はゆっくりと士郎に近づいていき、久遠の鼓動も高まっていった。 「やめ……やめてくれ……」 「嫌だね、しっかりと見とくんだな。この人間が死ぬところを、なっ!!」 「そうはさせないであります……」  そして、今まさに月牙が士郎に食らいつこうとした瞬間、機械的な女の声とともに月牙の体が川の向こう岸にある森まで吹き飛んだ。  叫びながら吹き飛ばされる月牙、突然のことに困惑する久遠は、月牙の殺気も消え体が動けるようになった。  すぐさま士郎に駆けよる久遠は、士郎の前に立っている妙な女に少し警戒した。  その女は見た目は人間だが、人間とは違う何かを感じ、それは自分達妖狐とも違っていたから。  それもそのはず、その女とはロボットであり、巧の家にいるグランゾンであるのだから。  そんな事は知らない久遠は警戒しつつも士郎が心配で、士郎の前にしゃがみ軽く揺すると僅かに反応があることにホッと胸を撫で下ろした。 「よかった、生きていた……」 「その肩は大丈夫でありますか?」 「……血を止めないと」 「ならばこれを飲ませるであります。博士が開発した薬であります」  グランゾンは一粒のカプセル剤を久遠に手渡した。  思いっきり怪しい物体だが、士郎が助かるなら何でもやる精神の久遠は迷うことなく薬と士郎の口に持っていく。  しかし士郎は自力で飲めないほど弱っており、久遠は口移しで薬を飲ませる。  するとどうだろう、肩の夥しいほどの出血はみるみるうちに治っていくではないか。  妖狐の中には治癒能力を持った狐もいるが、ここまで早く治せるものはまずおらず、久遠は驚愕するも涙を流して喜んだ。 「ぐっ……なんだ、あいつ。鉄みてーにかてぇ……」  ロボットなんだから当たり前であるが、そんな事知らない月牙はグランゾンからダメージでよろめきながらも起き上がった。  そして再び牙をむき出しにし殺気を放出するが、グランゾンはビクともしない。  その事に意識を失っている士郎を抱きながら久遠は驚いた表情で見ていた。 「ここから離れるであります、危ないであります」 「ぇ?」 「少し地形を変えてしまうことになります。ですからここから離れるであります」 「………わかった」  なんだかとても恐ろしい事を言われている様な気がして、久遠は士郎を背負いグランゾンから離れていく。 「久遠っ!」 「ここは通さないであります」  久遠の逃亡を月牙は見逃すはずもなく、数十メートル飛び上がるがほぼ同じ高さに飛んだグランゾンに阻まれる。  そしてグランゾンの蹴りを後頭部に受け、そのまま地面に叩きつけられる。  砕けた石や砂埃が舞い、血を吐き出しながら月牙はむくりと起き上がり上空のグランゾンを見上げた。  再び物理的な殺気を放出する月牙は、目を見開く。  不意にグランゾンの両手が光ったと思ったら、大きく長い銃が現れ連結した。 「ロックオン……充填完了………攻撃開始であります」  グランゾンの背中からは何故か白い羽が舞い散り、2つの銃口は月牙を狙ったまま光り出した。  グランゾンと月牙がいた川の辺りから物凄い光と爆発音に包まれた。  まるで本当に地形を変えてしまうかもしれないほどの爆発に、士郎を背負いながら村へと向かっていた久遠は、驚きつつも再び走り出した……。 「…………うわあああああああああああ!!!! ハァ、ハァ……なんだ夢か」 「ひゃっ!」  ガバッと勢いよく士郎が飛び起きた。気がつけば士郎は自分の部屋で眠っていた。  上体だけを起こし肩で息をし、士郎が急に飛び起きるものだから隣で座っていた刹那は声を出して驚く。  あれからどうなったのだろう、そんな事を思いながら右肩を動かそうとするが痛みが走り、士郎の脳裏には黒い狼に噛み付かれた事を思い出す。  あれだけの血を出しながら生きていることに不思議に思いつつ、尻餅をついたような状態の刹那の肩を士郎は軽く揺すった。 「おい、おい刹那」 「……はっ! め、目が覚めたんだ~! よかったぁ~~!!」 「ぐああああああああああああ!!!」  月牙によって死に掛けていた士郎は数日の間眠り続けていた。  肩の傷は未だ治っておらず、そんな体のまま刹那に思いっきり抱きつかれれば激痛が走るのは当たり前というものである。  士郎は自分に抱きつく刹那を何とか引き離すと、左手で刹那の脳天をポカリと叩き、狐耳を寝かせ刹那は涙を浮かばせ蹲った。 「うぅ~……っ!」 「ん? 久遠はどうした?」  少し泣いている娘など無視しつつ、士郎は刹那に尋ねる。  しばらく蹲っている刹那は涙を拭き、士郎に少し待つよう言い残すと部屋から出て行った。 「ところで、誰だ?」 「お気になさらずにであります」 「むっちゃ気になるわ」  刹那は久遠を呼びに行き、その間、自分の横に座っているロボットのような見慣れない娘の対応に迷いとりあえず無視しつつ、あの黒い狐は何だったんだろうと士郎は考えていた。 「…………士郎」 「ん? おう、久遠」  数分経ち、久遠は刹那に引っ張られる形で士郎の部屋へと入ってくる。  俯き浮かない表情の久遠を心配に思いながらも、普段どおりの挨拶を交わす士郎。  何やら気まずい空気が部屋を支配し始めていた。 「……じゃあごゆっくり~。ほら、グランゾンさんも」 「了解でありま……」  そんな空気に耐えられなくなり、刹那は無理やりな笑顔を浮かべ、正座で座っているグランゾンの手を引っ張り部屋の扉を閉める。  しかし士郎は感じていた、閉められた扉の向こうにいる気配に。 「居間でテレビでも見てなさい」  士郎が一言言うと、パタパタと掛けていく足音が鳴る。  やれやれと、四郎が軽くため息を吐くが久遠は俯き黙ったまま、空気が重い。  とりあえず立ちっぱなしの久遠を自分の隣に座るよう、士郎が言うと久遠はゆっくりとそれでいて重い足取りで士郎の隣で正座になった。 「………」 「…………」  沈黙が続く。普段明るく変なおじさんで通ってる士郎には耐えられるはずがなかった。 「えっと、どうした? 元気ないな」 「…………あの」 「ん?」 「すまない」 「はい?」  ようやくまともに出てきた久遠の言葉は謝罪だった。士郎は困惑の表情を浮かべる。  やがて何かに気づき士郎はハッとなり少し対応に困りだした。  何故なら、久遠の真紅の瞳からポタポタと涙が流れていたから。膝や手の上に落ち幾つもの小さな水溜りが出来ていた。 「ど、ど、どうした?」  普段、涙など見せない久遠。  そんな見慣れない彼女の姿に、士郎は思いっきり焦っていた。 「すまない、すまない士郎。私のせいだ」 「な、何が?」  士郎には何の心当たりもない。  あるとすればこの右肩の傷だけ……士郎は気づいた。  そう、久遠は自分のせいで最も愛する人を傷つけてしまったのを悔いていた。  グランゾンが薬を渡してくれなければ、士郎は死んでいたのかもしれない、そう思うと久遠は激しい自己嫌悪に襲われる。  実際には月牙が原因だが、士郎を傷つけたのは久遠にも非があるのだ、自分が月牙の元に行くと言っていれば……。そう思うとますます悔しさ自分への憎しみ、そして涙が溢れてきて止まらなかった。 「士郎が、死んでしまいそうになったのは、私のせいだ……すまない………」 「……」  尻尾を寝かせ、涙を流しながら謝り続ける久遠。  もしかしたら嫌われてしまうかもしれないと思うと涙が溢れて止まらず、拭っている両手は涙でぐしゃぐしゃだ。  そんな久遠の頭を士郎の手が軽く乗り、ゆっくりと撫でると久遠の狐耳が寝て尻尾もビクンと動いた。  顔を上げる久遠の瞳には、普段どおりの笑顔を見せる士郎の顔が映っていた。 「気にするな、俺は気にしてない」 「……しかし」 「俺は生きてる。だったらもういいだろ? そう自分を責めるなって、あんなとこにノコノコ現れた俺もいけないんだから」 「でも、私の、うっ……」 「でもじゃない。一番怪我した俺がいいって言うんだからいいの。妖狐の中にはああいうのも要るってわかってたしな」  久遠の頭をクシャクシャとやや乱暴に撫でた手が瞳へと移動し、涙を拭い始める。  その手を、久遠は両手で触れた。 「士郎……私を、許してくれるのか?」 「許すも何も、久遠が悪いわけじゃないしな」  士郎の手を両手で握りながら久遠は上目遣いで問い、笑顔と即答で返す士郎。  ここでようやく久遠は笑顔を見せ、涙は止まり士郎は内心ほっとした。  そして見詰め合う夫婦が、二人が唇を重ねるのは自然なことのようで、唇を重ねたまま久遠は士郎の上に跨るような格好になりゆっくりと士郎を寝かしていく。  士郎が布団の上に背中をつけると同時に、二人を塞いでいた唇が離れた。 「士郎は、怪我をしている。だから、私が上だ」 「てか、いっつも久遠が上だけどな」 「そう、だったか? 士郎に夢中だったから、気づかなかった。赤い満月の時は、自我もほとんどないし」  士郎に夢中、そんな言葉を聞いたせいだろう、士郎の顔は赤くなる。  時折久遠は聞いてて恥ずかしくなるようなことをポロっと口にし、その度に士郎をはじめ双馬君を照れさせていた。  そんな会話をしつつ、久遠はゆっくりと士郎が着ているものを脱がしていき、自分が着ている白い浴衣のような服もぬいでいく。  二人は裸になり、士郎に未だ二十代の頃のまま久遠の裸が目に入り、自分は結構歳食ったな、と思わず思ってしまう。  そして二人は再び唇を重ねる。今度は舌が入った深いものだ。 「んッ……んむッ……はぁ……ッ」  お互いは舌を絡め唾液を交換し合うが、やや久遠が攻めている状態。  塞いでいる唇の端からは二人の唾液が混ざったものが溢れ、士郎の顔を伝い布団を濡らしていた。  舌の入った濃厚な口付けに、二人の体も熱くなってきており、久遠の白い素肌はピンク色に火照り頬は真っ赤。  口を離すと唾液の糸が二人の唇を結び、潤んだ瞳で久遠が見るものだから士郎はドキッとしてしまった。 「やはり、士郎とのが一番気持ちいい」 「まぁ、双馬君のような若さはちょっと欠けてきているがな。俺もうオッサンだし」 「私の中ではいつまでも士郎が一番だ。それはまぁ、双馬ともしたことはあるが……あれは理性がなかったのだ、仕方がない」 「ふーん」  何とも言い辛そうに言う久遠に、士郎は目を半分閉じてジト目で久遠を見上げる。  士郎からくる視線を誤魔化すように、久遠は四本の長い尻尾を動かし始め、尻尾の先端が士郎の肉棒に触れた。 「ぅッ!」  士郎の唸りのような小さな声が久遠に聞こえ、狐耳がピクンと動いた。  肉棒は既に硬くなっており、尻尾の毛がチクリとして快感になって士郎に伝わったのだ。  久遠は微笑み士郎を見下ろしながら、尻尾を動かし二本の尻尾を肉棒に挟むように動かす。  そしてゆっくりと上下に動かし始める。  最初こそ尻尾の毛がチクチク当たり、時折士郎に少し痛みが走るが、次第に亀頭から出る透明液が尻尾の毛に染み込み滑りがよくなり動きをスムーズにさせていた。  ここまで来れば士郎には快感しか送られず、時々尻尾の先端で亀頭だけを攻めたりと久遠は尻尾を器用に動かしつつ体を寝かせていた。  そして再び二人は唇を重ね舌を絡ませていた。久遠の残った二本の尻尾は嬉しそうにパタパタ振られていた。 「んんッ……ちゅぅッ……んはぁ……あぅんッ!」 「う……ッく」  時折響く久遠の喘ぎ声。それは、怪我をして包帯が巻かれている士郎の右肩を気をつけながら、久遠が片手で自らの秘部を弄っている為だ。  中指と人差し指を出し入れしたり、豆のような部分をクリクリと動かす度に久遠は体をビクっと痙攣させていた。  そして士郎もまた、久遠の尻尾の動きに射精感がこみ上げてきていた。 「久遠……も、出るッ」  士郎は射精を訴えるが、その直後塞がれていた唇は離れ、肉棒を刺激していた尻尾も即座に離れた。  すると、刺激がなくなり士郎は達する直前で絶頂が引いていくのを感じる。  二人はそのまま何もせずに数十分ジッとしていた。  士郎はよく分からないが、久遠は士郎の射精感が遠のくのを待っていたのだ。  そして、もういいだろう、と久遠は自分で納得させ士郎の上に跨ぎ肉棒を片手に持って秘部にあてがった。 「入れるぞ……」 「あぁ」  士郎に了解を取り、久遠はゆっくりと腰を下ろしていく。  久遠の秘部は、指により十分すぎるほど濡れており士郎からは愛液が光って見えていた。  秘部は肉棒を欲しがる様にヒクヒクと動き、亀頭が膣内に入り始めると、久遠の狐耳はぴくんぴくんと何度も小刻みに動き、尻尾を嬉しそうに振っていた。 「んッ……おおきッい……ッ!」  士郎の肉棒の大きさは巨根とまではいかないがそれなりに大きい。  その肉棒を根元まで膣内に収めると、久遠は体を震わせ狐耳を立たせながら挿入の快感に浸っている。  しかし、やがて士郎の胸に両手を置くと、前かがみの姿勢で腰を上下に動かし始め部屋に喘ぎ声を響かせ始めた。 「んんんッ! あッ……ああッ、やはりいい……あぁッ、んッ……」 「くッ……!」  久遠の喘ぎ、そして肉棒を締め付けつつウネウネと動く膣内の快感に、士郎は再び迫りくる射精感に耐えている。  実際、近頃所謂ご無沙汰状態だった士郎にとっては久々の行為であり、彼は大分溜まっていたので興奮も高まっていた。 「あんッ……士郎も、うごいッ……ひあんッ!」  士郎も腰を動かし久遠を突き上げ始めた。  突き上げられる刺激に、久遠の体にはいっそうの快感が流れ腰の動きも激しくなっていく。  結合部からは既に洪水のごとく愛液が溢れ、水っぽい卑猥な音を響かせていた。  そして、士郎の我慢も限界を向かえ、体を痙攣させると士郎は精液を久遠の膣内に放出させた。 「ひああああぁぁんッ! あ、あつッ……は、はぁ………たくさん、出たな士郎……」  精液の感触に、久遠も絶頂を向かえ体を痙攣させつつ満足そうな微笑を見せる。  その笑顔を見て、士郎は怪我しているはずの右腕をも動かし久遠を抱き寄せた。  突然抱き寄せられ、久遠は少し驚いたようだ。 「し、士郎? そんなに動かして、う、腕は大丈夫なのか?」 「あぁ。なんかこうしてたら少し楽になった気がする」 「そうか……ならもっとしよう、士郎がよくなるなら何度も付き合う」  そして頬を赤らめつつ、抱き合ったまま久遠が腰を動かそうとした時、勢いよく部屋の扉が開いた。  ビクッとし驚く二人が入り口を見ると、そこには静那の姿。  しかし、何処か様子のおかしい静那の様子。普段あまり笑わない静那が、久遠の姿を見て怪しく微笑んだのだ。 『……また、会ったな久遠』 「おまえはっ………月牙か」  静那の言葉には、静那の声のほかにもう一人、月牙の声が混ざっていた。  困惑する士郎、そして一瞬で静那の中に月牙がいると確信し、なぜ静那の中に月牙がいるのか、という疑問があったものの静那を睨みつける久遠。 「お前……どうしえて静那に? 月牙、あの後どうなったんだ?」 『へっ、死んだよ。あの変な女にやられちまって。まぁ、死んだのは肉体だけだがな』 「……それで、静那に」 『あぁ、力は肉体と一緒になくなっちまったが。この体でも十分、人間を殺せる力はあるぜ……』  静那……いや月牙は怪しく笑いつつゆらりと久遠たちに歩み始めた。  そう、月牙は山でグランゾンの攻撃により死んだ、ただ魂だけを残して。  そして、魂だけとなった月牙は同じ妖狐である静那に憑依したのだ。  赤い瞳を光らせ、狐の姿になろうとする月牙に久遠も応戦体制に入ったが、士郎と繋がったままなのでうまく動けない。  その隙を月牙は見逃さず、久遠、というより士郎に再び襲い掛かろうとした。 『死……』 「何やってんのよあんたはぁ!!」 『ぐあッ!!』  しかし、横から現れた刹那の脳天パンチにより阻止され、月牙の殺気は消えうせ床に叩きつけられた。  呆然とする久遠と士郎、そして静那を怒りの表情で見下ろす刹那の怒声が家中に響いた。 「ったく! 珍しくいっぱい喋り出したと思ったら……なにお母さんとお父さんの久々邪魔してんのよ!」 『……て、てめぇ……何しやがる、いてッ!!』 「お姉ちゃんに向かって何よその口は!! あぁもう、あんたちょっと来なさい!」 『い、いてて……放せこのっ! くおーーんッ!!』 「…………」  そして恐らく親の久遠達でさえ見るのは久々であろう、双子の姉弟喧嘩が始まる。  それは力では若干上の刹那が勝利したようで、月牙の服を掴みあげると、ジタバタ暴れる月牙を引きずりその場から立ち去った。  呆気にとられる久遠と士郎の前に、刹那が頭だけを出し二人の前に再び現れた。 「そ、それじゃあ、気にせず続けていいからね?」  そして扉を閉め直ぐに戻っていった。  そんな娘の姿を、呆然と見ていた久遠たちだったが、お互い顔を見合わせ笑い出した。 「どうやら、月牙だっけ? あいつは刹那に任せときゃいいな」 「そうだな……それに力は静那のままだ。私でも対処できる」  月牙に関しては、これで少しは安心できたようで、静那には悪いが久遠は内心ホッとしていた。  そして久遠と士郎はそのまま見つめあい、再び抱き合った。 「士郎………私は、これからも士郎と共にいてもいいか? 迷惑ではないか?」 「んな事ない。俺の中でも、久遠は一番」 「士郎…………大好き」  二人は再び唇を重ね、お互いを求めあう。  まるでお互いの愛情を再確認するかのように……。 翌日になって、グランゾンの姿はどこにもなかった。  結局あの女はなんだったのかと、一家で一時話題にもなったが直ぐに忘れられた。  そして一番の問題として、静那に憑依した月牙が静那から離れず、彼は二重人格となってしまったのだった……。  一方の巧家では。 「ただいまであります」 「あぁ、おかえり。どこ行ってたんだよグランゾン?」 「春の山菜取りついでに人……狐助けであります。今日は山菜のてんぷらであります」 「わぅー♪」  こっちはこっちで楽しくやっているようだ。 ―完―
 山々に囲まれた小さな村。そこには人間のほかに狸、鼬、狐のほかに多種多様な動物が住み人間と共に暮らしていた。  村にいるほとんどの人間以外の動物はヒトの姿に化けるという能力を身につける、いわば妖怪化した動物であった。  その中でひときわ大きな力を持っている狐がいる。  その名は久遠。四つの尾を持つ妖狐であり二児の母親。 「……ここか」  村を囲む山にある丘から、村の一角を見下ろす一匹の雄狐。全身真っ黒な体毛に赤い目を光らせている。  狼などより大きい体の所々には大小様々な切り傷黒狐の左目も数字の一のような大きな傷により閉ざされていた。  そして尻尾には長い尻尾が8本、ゆらゆらと動いていた。 「………確かに懐かしい気配を感じる……間違いねぇ」  8本の尻尾はビンと立ち、何かの気配を感じ取った黒狐はヒトの言葉を喋りただ笑っている。  まるで長年探していたものが見つかったかのように。 「ようやく見つけた。待ってろよ……久遠」  黒狐が捜していたのは久遠だったようだ。  感じていた気配が久遠のものだと確信するとニヤリと笑い、丘を勢いよく跳び麓の村へと急斜面の山道を駆け下りていった。  「ふわぁ~~……」  大きな欠伸を出しながら、双馬は華蓮が経営する雑貨屋へ向けゆっくりと歩いていた。  両親は相変わらず二人で旅行にいき、置き去り、いや行く気がなく家に残り学校も休みなので一人の時間をエンジョイしようとしていた。  しかし問題が発生。食料がない。よって食料を買いに雑貨屋に目指していたのだ。しかも彼女の狐娘、刹那が家に来るとあっては尚更。 「おい、そこの」 「ん? ふぁい……?」  欠伸を連発している双馬を呼び止める男の声に、欠伸の直後なので多少間抜けな声で振り向くと双馬は困惑の表情を浮かべる。  呼び止めた男は見覚えがない上に、黒髪の男からは刹那やその弟静那、そして刹那の母親久遠と同じように狐を思わせる耳、そして尻尾が目に映る。  更にいえば、尻尾の数は久遠の二倍8本である事にも少し驚く双馬。そんな彼に、黒髪の男は双馬に歩き寄った。 「ちっと聞きたいことがあるんだがな?」 「な、なんスか?」 「この村に久遠がいるって聞いてきたんだが。そいつの家知らねぇか? 俺はそいつの知り合いでなぁ」 「久遠さんの、ですか……えっと」  正直怪しい男。古びた服を着ている上に、左目には一文字の傷があることで双馬の不審も高まる。  しかし久遠の友達という男に、双馬は怪しみながらも久遠の家の場所を教えた。久遠は村でも一、二を争う強さを誇るため何とかするだろうと思ったためだ。  久遠の居場所を聞き出し、男は笑みを浮かべながら双馬に軽く手を振るとゆっくりと歩き出す。  不審がる双馬であったが、雑貨屋に行くことを思い出し再び歩き出した。 「それじゃっ、行ってくるねお母さん!」 「あぁ、いってらっしゃい」  狐親子の家では、今まさに娘の刹那が靴を履き、だいぶ人間の言葉が上達した母狐久遠が娘を見送っているところだった。双馬の家に行くということもあり、かなりのルンルン気分。  その証拠に二本ある尻尾を音を立て振り、狐耳をぴくぴくと動かしている。  白い着物を着ている久遠に見送られ、刹那がガラッと音を立て玄関の扉を開くと二人の笑顔が消えた。  驚きの表情を浮かべる久遠と刹那。しかしその驚きは大きい違いがある。  刹那は少しびっくりと言った軽い感じだが、久遠は瞳を見開き驚愕といった驚き。彼女たちの目の前には。双馬に声をかけた黒髪の男が立っている。  ぶつかりそうになった刹那を見下ろす男は、久遠の存在に気づくと口元に笑みを浮かべた。 「よう。こんな所にいたか、捜したぜ? 久遠……」 「……」 「………あのぉ」  ジッと男を睨むような視線を男に送る久遠だったが、カヤの外状態である刹那の声にハッとなり殺気を抑える。  見慣れない男だが、どこか弟や母親と同じ匂いを感じる黒髪の男に刹那も双馬同様困惑の表情で見上げていた。  刹那の視線に、黒髪の男はニカッと笑って玄関の脇に移った。 「わりぃなお嬢ちゃん」 「お母さんの、知り合いですか?」 「あぁ、そんなとこだ」 「刹那、早く双馬の所に、行かないと」 「あ、うん……いってきます」  刹那に告げる久遠の口調はいつものように感じられるが、どこか刹那を遠ざけたい感がある。  それを感じ取り、首をかしげる刹那だったが愛しの許婚との約束があるためそのまま駆け足で家を後にする。  刹那を見送る男と久遠。男は笑ったまま、久遠は僅かに殺気を帯びた視線で男を見つめていた。 「おい、何黙ってんだよ?」 「…………ここには、息子と夫もいる……場所を移そう」 「あぁ、わかった」  重い空気のまま久遠は動き出す。玄関を閉め、二人は裏の山へ向けて駆け跳んだ。  男が先行し、それを久遠が走るという形で、久遠は裸足のままだが本人は慣れてしまっているため気にもしない。  そして走ること数分、山の奥に来た二人。  久遠と男の間に流れる小さな川の音、風が吹き木々が鳴る音だけが響く山の中、やはり空気は重いものがある。  二人の尻尾がその空気を感じ取っているかのように、ゆらゆらと絶えず揺れていた。 「いつまで黙ってるつもりだ?」 「生きて、いたのか……月牙」 「まぁな」  再会した久遠と黒い妖狐 月牙(ゲツガ)。  しかし、この再会は決して喜ばしいものではなく、それと真逆で殺意がこもった空気であった。  久遠は幼い頃から妖狐となって二本の尻尾が生え、体毛は黄金色、瞳は真紅といういわゆる金狐だ。  本来狐が妖狐になるには長い年月が経たなければならない事が多いが、ごく稀に幼いことから高い妖力を持つ狐が生まれる。それが久遠だった。  しかしその妖力が久遠を孤独にさせる。  自分より強い力を持った子を親は恐れ、周りの狐なども意に嫌った。  しかしどれだけ恐れられようが嫌われようが、久遠は恨むことなく一人で親元から離れる。  久遠は山々を渡り、小さな村、大きな街を行き渡っていた。食料に困ることがあれば人間の農作物を漁ったりしていた。  そしてある夏の日、ある村に辿り着き、いつもどおり農作物を拝借しようとした時一人の少年と出会う。  その少年は久遠が今まで出会った人間とは違っていた。  人間に化けても長く二本の尻尾と狐の耳は残るため、人間にも恐れられていたがその少年はニッコリと笑って優しく接した。  少年の祖母も久遠を温かく迎え、天涯孤独に近かった久遠は何か暖かいものを感じていた。  そしてその少年が遠くに行ってしまうという事を聞き、久遠は恐る恐ると言った感じで見送りに行くと少年とある約束をした。  その約束以降、久遠は少年との再会のため村に残り移動することはなく、時折少年の祖母の家を訪れては人間の言葉を初めいろいろな事を教わってた。少しでも人間に近づく為。  そして少年との約束から数年経ったある日、久遠の前に一匹の黒い狐、いや妖狐が現れた。  その黒狐は四本の尻尾を生やし、成長した久遠の体よりも更に大きな体をしている雄。  警戒する久遠に黒狐はゆっくりと歩み寄り、自分も同じだと笑って言った。黒狐は人間のように喋り、まだ僅かにしか喋れない久遠は驚いた。  そして二匹は一緒に住むことになり、黒狐の名前が月牙だと言うこと、月牙はもう数百年生きているということ、そして、もう数え切れないほど人間を殺めてきた事をを久遠は教わった。  月牙の言った憎むべき人間ということは久遠には理解できないでいた。既に人間の温もりを知っていたから。  そんな意見の対立が月牙を苛立たせ、そして月牙は時折村人を襲った。  村人は月牙を恐れ化け物退治として人間を一人村へと招く。当然、妖狐である月牙には人間の力なんて大したものではなかったが、退治に向かった人間の中には特殊な力を持った者がいた。  シンザキという人間の雄は、左手を不思議な術を使い月牙を崖まで追い詰める。下には大きな川の激流。  そしてそんな月牙を、久遠は人間に気づかれないよう木の陰からそっと見ていた。その存在に月牙も気づき助けを求めた、人間に気づかれない様狐の言葉で。 『久遠! 久遠、何をボーっと見てる!?』 『……』 『助けてくれ! その人間を殺せ! 背後からなら……』 『……できない』 『なに!?』 『私は、殺したくはない。お前は……ヒトを、殺し過ぎ、たんだ……』  久遠は静かに言い残しその場を後にする。  傍から見れば見捨てたと言われても仕方がないが、月牙と違い久遠は理由もなく人間を殺してはいけないことを知っている。  だから月牙の事も、今まで人間を殺めすぎた罰だと久遠は自分に言い聞かせた。  どんどん遠のいていく久遠の後姿を、月牙はただ見ていた。 「謹請し奉る、光臨諸神諸真人……」  そして月牙を追い詰めている男が呪文のようなものを唱え始めた直後、久遠の耳に月牙の叫びと何かが川に落ちる音が聞こえた……。    月牙はあの時川に落ちて死んだ。人間に与えられた傷も深いものがあり生きているとは思えない。  しかし、その死んだと思っていた月牙が今目の前で殺気を出しながら笑って自分を見ていることに、久遠は表には出さないが驚いていた。  そして確信していた。月牙はきっとあの時見捨てた自分を恨んでいる、自分を殺しに来たに違いないと。  しかし月牙から出た言葉は意外なものだった。 「久遠……また俺と組め」 「……なに?」 「またあの時みてーに一緒になれって言ってんだよ」  放出している殺気を静め、手を差し伸べるかのように言った月牙の言葉に驚く久遠。  しかし、久遠の言葉は決まっていて考える間もなく答えた。 「断る……」 「………ふんっ……だろうな」  久遠の答えは月牙にも予想していた事だったようで吐き捨てるように月牙は言う。  そして静めていた殺気を再び放出し、ピリピリと殺伐した空気が流れ久遠の緊張も高まった。 「だったら殺す。お前はいい女だ。一緒に来ればあの時見捨てた事は水に流してやろうかと思ったがな、残念だよ」 「……く………」 「それにお前から人間の匂いがプンプンしやがる。まったくムカツクぜッ!」  一跳びで川を飛び越え久遠に飛びつく月牙。その速さは狐とは思えないほど。  成す術がなく久遠は着ている着物を片手で掴まれ、川へと放り投げられる。  浅い川は水飛沫と共に大きな音を立て、びしょ濡れになり起き上がろうとする久遠の体の上に月牙が飛び乗った。 「あぐ……っ!」  一瞬呼吸が止まり久遠の表情が歪む。  川底は浅いので顔が完全に川の中に入り呼吸ができないということはないが、体の上に自分よりも大きい体格の男が圧し掛かっている為呼吸が困難な事に変わりはない。  何とか月牙から離れようと暴れるが所詮は力の差は歴然、左腕一本で押さえつけられる。  そして月牙は空いている右手を久遠の首へと持っていった。 「あっ……ぐっ」  千切られそうになるのではないかと思うほどの力で首を絞められ、久遠は苦痛の表情を浮かべている。  両手で絞めている月牙の手を持ち引き離そうとするが、離れるどころか呼吸困難で力が抜けていく。  意識がなくなり始め、目の前が暗くなっていく。  そんな苦しげな久遠を、月牙は笑みを浮かべながら久遠を苦しめている腕の力を更に入れた。  苦しさが増し、瞳を大きく開けて声の出ない叫びを上げる久遠。  久遠は死を覚悟した。何より月牙の瞳の中には殺意しか見えない。  そして、もう終わりにさせると言うかのように、月牙が更に腕の力を入れた時だった。 「久遠っ!」  月牙達から少し離れたところにある森から、久遠の名を呼ぶ男の声。  その声は人間の声で、聞き覚えのない声に月牙はゆっくりをその方向を、久遠は驚いた様子で横目で見る。  久遠たちの視線の先には、黒い浴衣のような物を身にまとった人間の男が少し息を切らし立っていた。  その男は、家にいるはずの久遠の夫、士郎(しろう)。 「お前っ! 久遠に何やってるんだ!!」  「……あいつは」  士郎を見る月牙の、久遠の首を絞めている腕の力は抜けていった、と言うより月牙が抜いた。  突然の人間の登場に少し困惑する月牙だったが、久遠の驚きの表情により何かを悟った。  一方の久遠は、なぜここに士郎がいるのか、この場所は誰も知らないはずと混乱していた。  それでも月牙に殺される前に逃げろと必死に告げようとするが、咽てしまって声が出なかった。 「なるほどな……。あの人間がお前が言ってた夫か……。そうか、あいつが久遠を……」 「ケホッケホッ……し、しろ、ケホッ」 「久遠から離れろっ! 離れんとただじゃ……っ!」  怒りの表情で久遠を押し倒している月牙に怒鳴り散らす士郎の言葉は中断された。  何故か……それは月牙の殺気によるものである。 「あいつが……久遠を奪いやがった人間か……っ!!」  月牙の殺意は既に物理的にまで達し、周りの石は砕け穏やかな川は激流のごとく荒れ狂い久遠を襲う。  その殺意は久遠が身動きができないほどであり、人間の士郎は声さえも出ず瞬きもできない。  月牙の体は人間から大狐に変わっていった。  体中には黒い体毛が生え、8本の尻尾はより長く鋭く伸び、瞳を赤く光らせながら本来の姿へと戻ると白い息を吐きながら士郎を睨み口元に笑みを浮かべた。 「丁度いい。あとで食ってやろうかと思ってた……ところだよっ!」  月牙が言い放った瞬間だった。  月牙が久遠の上から消え、士郎と月牙の間合いが一気に詰められた。  消えたのではない、久遠も一瞬見失うほどの高速で駆けたのだ。 「ッ!」  そして不意に目の前に月牙が現れ、士郎が驚くその前に赤い血が飛び散った。  それは無論士郎の血液であり、木や葉を赤く染め久遠の表情は驚きで満たされる。  士郎の右肩に、月牙が食いついており、右腕は既に血で赤く染まっていた。 「ぐっあああぁッ!」  士郎の悲痛の叫びが響く。  肩から口を離し月牙はその場に放り投げ、士郎は木に背中を強く打ちつけた。 「ぐっ……うッ!」  士郎の体は力なく、だらりとさせ時折ピクッと痙攣させる。  久遠は呆然として何が起こったかわからない、しかし月牙への殺意だけは増していくがピリピリとした月牙の殺意に体が動かない。 「士郎……しろ、う………いや、嫌だ……」 「ぅ……」  そんな久遠はただ、瞳から涙を流して、その光景を月牙が微笑みながら横目で眺めていた。 「お前はそこで見てろ。今殺してやるから……」  月牙の牙が再びむき出しになり、今度は士郎の喉を狙っている。  喉を食いちぎられれば今度こそ終わりだろう。  久遠の脳裏に宿るのは愛する人の死……久遠は泣き叫び月牙を止めている。  しかし、そんな言葉もむなしく月牙の牙はゆっくりと士郎に近づいていき、久遠の鼓動も高まっていった。 「やめ……やめてくれ……」 「嫌だね、しっかりと見とくんだな。この人間が死ぬところを、なっ!!」 「そうはさせないであります……」  そして、今まさに月牙が士郎に食らいつこうとした瞬間、機械的な女の声とともに月牙の体が川の向こう岸にある森まで吹き飛んだ。  叫びながら吹き飛ばされる月牙、突然のことに困惑する久遠は、月牙の殺気も消え体が動けるようになった。  すぐさま士郎に駆けよる久遠は、士郎の前に立っている妙な女に少し警戒した。  その女は見た目は人間だが、人間とは違う何かを感じ、それは自分達妖狐とも違っていたから。  それもそのはず、その女とはロボットであり、巧の家にいるグランゾンであるのだから。  そんな事は知らない久遠は警戒しつつも士郎が心配で、士郎の前にしゃがみ軽く揺すると僅かに反応があることにホッと胸を撫で下ろした。 「よかった、生きていた……」 「その肩は大丈夫でありますか?」 「……血を止めないと」 「ならばこれを飲ませるであります。博士が開発した薬であります」  グランゾンは一粒のカプセル剤を久遠に手渡した。  思いっきり怪しい物体だが、士郎が助かるなら何でもやる精神の久遠は迷うことなく薬と士郎の口に持っていく。  しかし士郎は自力で飲めないほど弱っており、久遠は口移しで薬を飲ませる。  するとどうだろう、肩の夥しいほどの出血はみるみるうちに治っていくではないか。  妖狐の中には治癒能力を持った狐もいるが、ここまで早く治せるものはまずおらず、久遠は驚愕するも涙を流して喜んだ。 「ぐっ……なんだ、あいつ。鉄みてーにかてぇ……」  ロボットなんだから当たり前であるが、そんな事知らない月牙はグランゾンからダメージでよろめきながらも起き上がった。  そして再び牙をむき出しにし殺気を放出するが、グランゾンはビクともしない。  その事に意識を失っている士郎を抱きながら久遠は驚いた表情で見ていた。 「ここから離れるであります、危ないであります」 「ぇ?」 「少し地形を変えてしまうことになります。ですからここから離れるであります」 「………わかった」  なんだかとても恐ろしい事を言われている様な気がして、久遠は士郎を背負いグランゾンから離れていく。 「久遠っ!」 「ここは通さないであります」  久遠の逃亡を月牙は見逃すはずもなく、数十メートル飛び上がるがほぼ同じ高さに飛んだグランゾンに阻まれる。  そしてグランゾンの蹴りを後頭部に受け、そのまま地面に叩きつけられる。  砕けた石や砂埃が舞い、血を吐き出しながら月牙はむくりと起き上がり上空のグランゾンを見上げた。  再び物理的な殺気を放出する月牙は、目を見開く。  不意にグランゾンの両手が光ったと思ったら、大きく長い銃が現れ連結した。 「ロックオン……充填完了………攻撃開始であります」  グランゾンの背中からは何故か白い羽が舞い散り、2つの銃口は月牙を狙ったまま光り出した。  グランゾンと月牙がいた川の辺りから物凄い光と爆発音に包まれた。  まるで本当に地形を変えてしまうかもしれないほどの爆発に、士郎を背負いながら村へと向かっていた久遠は、驚きつつも再び走り出した……。 「…………うわあああああああああああ!!!! ハァ、ハァ……なんだ夢か」 「ひゃっ!」  ガバッと勢いよく士郎が飛び起きた。気がつけば士郎は自分の部屋で眠っていた。  上体だけを起こし肩で息をし、士郎が急に飛び起きるものだから隣で座っていた刹那は声を出して驚く。  あれからどうなったのだろう、そんな事を思いながら右肩を動かそうとするが痛みが走り、士郎の脳裏には黒い狼に噛み付かれた事を思い出す。  あれだけの血を出しながら生きていることに不思議に思いつつ、尻餅をついたような状態の刹那の肩を士郎は軽く揺すった。 「おい、おい刹那」 「……はっ! め、目が覚めたんだ~! よかったぁ~~!!」 「ぐああああああああああああ!!!」  月牙によって死に掛けていた士郎は数日の間眠り続けていた。  肩の傷は未だ治っておらず、そんな体のまま刹那に思いっきり抱きつかれれば激痛が走るのは当たり前というものである。  士郎は自分に抱きつく刹那を何とか引き離すと、左手で刹那の脳天をポカリと叩き、狐耳を寝かせ刹那は涙を浮かばせ蹲った。 「うぅ~……っ!」 「ん? 久遠はどうした?」  少し泣いている娘など無視しつつ、士郎は刹那に尋ねる。  しばらく蹲っている刹那は涙を拭き、士郎に少し待つよう言い残すと部屋から出て行った。 「ところで、誰だ?」 「お気になさらずにであります」 「むっちゃ気になるわ」  刹那は久遠を呼びに行き、その間、自分の横に座っているロボットのような見慣れない娘の対応に迷いとりあえず無視しつつ、あの黒い狐は何だったんだろうと士郎は考えていた。 「…………士郎」 「ん? おう、久遠」  数分経ち、久遠は刹那に引っ張られる形で士郎の部屋へと入ってくる。  俯き浮かない表情の久遠を心配に思いながらも、普段どおりの挨拶を交わす士郎。  何やら気まずい空気が部屋を支配し始めていた。 「……じゃあごゆっくり~。ほら、グランゾンさんも」 「了解でありま……」  そんな空気に耐えられなくなり、刹那は無理やりな笑顔を浮かべ、正座で座っているグランゾンの手を引っ張り部屋の扉を閉める。  しかし士郎は感じていた、閉められた扉の向こうにいる気配に。 「居間でテレビでも見てなさい」  士郎が一言言うと、パタパタと掛けていく足音が鳴る。  やれやれと、四郎が軽くため息を吐くが久遠は俯き黙ったまま、空気が重い。  とりあえず立ちっぱなしの久遠を自分の隣に座るよう、士郎が言うと久遠はゆっくりとそれでいて重い足取りで士郎の隣で正座になった。 「………」 「…………」  沈黙が続く。普段明るく変なおじさんで通ってる士郎には耐えられるはずがなかった。 「えっと、どうした? 元気ないな」 「…………あの」 「ん?」 「すまない」 「はい?」  ようやくまともに出てきた久遠の言葉は謝罪だった。士郎は困惑の表情を浮かべる。  やがて何かに気づき士郎はハッとなり少し対応に困りだした。  何故なら、久遠の真紅の瞳からポタポタと涙が流れていたから。膝や手の上に落ち幾つもの小さな水溜りが出来ていた。 「ど、ど、どうした?」  普段、涙など見せない久遠。  そんな見慣れない彼女の姿に、士郎は思いっきり焦っていた。 「すまない、すまない士郎。私のせいだ」 「な、何が?」  士郎には何の心当たりもない。  あるとすればこの右肩の傷だけ……士郎は気づいた。  そう、久遠は自分のせいで最も愛する人を傷つけてしまったのを悔いていた。  グランゾンが薬を渡してくれなければ、士郎は死んでいたのかもしれない、そう思うと久遠は激しい自己嫌悪に襲われる。  実際には月牙が原因だが、士郎を傷つけたのは久遠にも非があるのだ、自分が月牙の元に行くと言っていれば……。そう思うとますます悔しさ自分への憎しみ、そして涙が溢れてきて止まらなかった。 「士郎が、死んでしまいそうになったのは、私のせいだ……すまない………」 「……」  尻尾を寝かせ、涙を流しながら謝り続ける久遠。  もしかしたら嫌われてしまうかもしれないと思うと涙が溢れて止まらず、拭っている両手は涙でぐしゃぐしゃだ。  そんな久遠の頭を士郎の手が軽く乗り、ゆっくりと撫でると久遠の狐耳が寝て尻尾もビクンと動いた。  顔を上げる久遠の瞳には、普段どおりの笑顔を見せる士郎の顔が映っていた。 「気にするな、俺は気にしてない」 「……しかし」 「俺は生きてる。だったらもういいだろ? そう自分を責めるなって、あんなとこにノコノコ現れた俺もいけないんだから」 「でも、私の、うっ……」 「でもじゃない。一番怪我した俺がいいって言うんだからいいの。妖狐の中にはああいうのも要るってわかってたしな」  久遠の頭をクシャクシャとやや乱暴に撫でた手が瞳へと移動し、涙を拭い始める。  その手を、久遠は両手で触れた。 「士郎……私を、許してくれるのか?」 「許すも何も、久遠が悪いわけじゃないしな」  士郎の手を両手で握りながら久遠は上目遣いで問い、笑顔と即答で返す士郎。  ここでようやく久遠は笑顔を見せ、涙は止まり士郎は内心ほっとした。  そして見詰め合う夫婦が、二人が唇を重ねるのは自然なことのようで、唇を重ねたまま久遠は士郎の上に跨るような格好になりゆっくりと士郎を寝かしていく。  士郎が布団の上に背中をつけると同時に、二人を塞いでいた唇が離れた。 「士郎は、怪我をしている。だから、私が上だ」 「てか、いっつも久遠が上だけどな」 「そう、だったか? 士郎に夢中だったから、気づかなかった。赤い満月の時は、自我もほとんどないし」  士郎に夢中、そんな言葉を聞いたせいだろう、士郎の顔は赤くなる。  時折久遠は聞いてて恥ずかしくなるようなことをポロっと口にし、その度に士郎をはじめ双馬君を照れさせていた。  そんな会話をしつつ、久遠はゆっくりと士郎が着ているものを脱がしていき、自分が着ている白い浴衣のような服もぬいでいく。  二人は裸になり、士郎に未だ二十代の頃のまま久遠の裸が目に入り、自分は結構歳食ったな、と思わず思ってしまう。  そして二人は再び唇を重ねる。今度は舌が入った深いものだ。 「んッ……んむッ……はぁ……ッ」  お互いは舌を絡め唾液を交換し合うが、やや久遠が攻めている状態。  塞いでいる唇の端からは二人の唾液が混ざったものが溢れ、士郎の顔を伝い布団を濡らしていた。  舌の入った濃厚な口付けに、二人の体も熱くなってきており、久遠の白い素肌はピンク色に火照り頬は真っ赤。  口を離すと唾液の糸が二人の唇を結び、潤んだ瞳で久遠が見るものだから士郎はドキッとしてしまった。 「やはり、士郎とのが一番気持ちいい」 「まぁ、双馬君のような若さはちょっと欠けてきているがな。俺もうオッサンだし」 「私の中ではいつまでも士郎が一番だ。それはまぁ、双馬ともしたことはあるが……あれは理性がなかったのだ、仕方がない」 「ふーん」  何とも言い辛そうに言う久遠に、士郎は目を半分閉じてジト目で久遠を見上げる。  士郎からくる視線を誤魔化すように、久遠は四本の長い尻尾を動かし始め、尻尾の先端が士郎の肉棒に触れた。 「ぅッ!」  士郎の唸りのような小さな声が久遠に聞こえ、狐耳がピクンと動いた。  肉棒は既に硬くなっており、尻尾の毛がチクリとして快感になって士郎に伝わったのだ。  久遠は微笑み士郎を見下ろしながら、尻尾を動かし二本の尻尾を肉棒に挟むように動かす。  そしてゆっくりと上下に動かし始める。  最初こそ尻尾の毛がチクチク当たり、時折士郎に少し痛みが走るが、次第に亀頭から出る透明液が尻尾の毛に染み込み滑りがよくなり動きをスムーズにさせていた。  ここまで来れば士郎には快感しか送られず、時々尻尾の先端で亀頭だけを攻めたりと久遠は尻尾を器用に動かしつつ体を寝かせていた。  そして再び二人は唇を重ね舌を絡ませていた。久遠の残った二本の尻尾は嬉しそうにパタパタ振られていた。 「んんッ……ちゅぅッ……んはぁ……あぅんッ!」 「う……ッく」  時折響く久遠の喘ぎ声。それは、怪我をして包帯が巻かれている士郎の右肩を気をつけながら、久遠が片手で自らの秘部を弄っている為だ。  中指と人差し指を出し入れしたり、豆のような部分をクリクリと動かす度に久遠は体をビクっと痙攣させていた。  そして士郎もまた、久遠の尻尾の動きに射精感がこみ上げてきていた。 「久遠……も、出るッ」  士郎は射精を訴えるが、その直後塞がれていた唇は離れ、肉棒を刺激していた尻尾も即座に離れた。  すると、刺激がなくなり士郎は達する直前で絶頂が引いていくのを感じる。  二人はそのまま何もせずに数十分ジッとしていた。  士郎はよく分からないが、久遠は士郎の射精感が遠のくのを待っていたのだ。  そして、もういいだろう、と久遠は自分で納得させ士郎の上に跨ぎ肉棒を片手に持って秘部にあてがった。 「入れるぞ……」 「あぁ」  士郎に了解を取り、久遠はゆっくりと腰を下ろしていく。  久遠の秘部は、指により十分すぎるほど濡れており士郎からは愛液が光って見えていた。  秘部は肉棒を欲しがる様にヒクヒクと動き、亀頭が膣内に入り始めると、久遠の狐耳はぴくんぴくんと何度も小刻みに動き、尻尾を嬉しそうに振っていた。 「んッ……おおきッい……ッ!」  士郎の肉棒の大きさは巨根とまではいかないがそれなりに大きい。  その肉棒を根元まで膣内に収めると、久遠は体を震わせ狐耳を立たせながら挿入の快感に浸っている。  しかし、やがて士郎の胸に両手を置くと、前かがみの姿勢で腰を上下に動かし始め部屋に喘ぎ声を響かせ始めた。 「んんんッ! あッ……ああッ、やはりいい……あぁッ、んッ……」 「くッ……!」  久遠の喘ぎ、そして肉棒を締め付けつつウネウネと動く膣内の快感に、士郎は再び迫りくる射精感に耐えている。  実際、近頃所謂ご無沙汰状態だった士郎にとっては久々の行為であり、彼は大分溜まっていたので興奮も高まっていた。 「あんッ……士郎も、うごいッ……ひあんッ!」  士郎も腰を動かし久遠を突き上げ始めた。  突き上げられる刺激に、久遠の体にはいっそうの快感が流れ腰の動きも激しくなっていく。  結合部からは既に洪水のごとく愛液が溢れ、水っぽい卑猥な音を響かせていた。  そして、士郎の我慢も限界を向かえ、体を痙攣させると士郎は精液を久遠の膣内に放出させた。 「ひああああぁぁんッ! あ、あつッ……は、はぁ………たくさん、出たな士郎……」  精液の感触に、久遠も絶頂を向かえ体を痙攣させつつ満足そうな微笑を見せる。  その笑顔を見て、士郎は怪我しているはずの右腕をも動かし久遠を抱き寄せた。  突然抱き寄せられ、久遠は少し驚いたようだ。 「し、士郎? そんなに動かして、う、腕は大丈夫なのか?」 「あぁ。なんかこうしてたら少し楽になった気がする」 「そうか……ならもっとしよう、士郎がよくなるなら何度も付き合う」  そして頬を赤らめつつ、抱き合ったまま久遠が腰を動かそうとした時、勢いよく部屋の扉が開いた。  ビクッとし驚く二人が入り口を見ると、そこには静那の姿。  しかし、何処か様子のおかしい静那の様子。普段あまり笑わない静那が、久遠の姿を見て怪しく微笑んだのだ。 『……また、会ったな久遠』 「おまえはっ………月牙か」  静那の言葉には、静那の声のほかにもう一人、月牙の声が混ざっていた。  困惑する士郎、そして一瞬で静那の中に月牙がいると確信し、なぜ静那の中に月牙がいるのか、という疑問があったものの静那を睨みつける久遠。 「お前……どうしえて静那に? 月牙、あの後どうなったんだ?」 『へっ、死んだよ。あの変な女にやられちまって。まぁ、死んだのは肉体だけだがな』 「……それで、静那に」 『あぁ、力は肉体と一緒になくなっちまったが。この体でも十分、人間を殺せる力はあるぜ……』  静那……いや月牙は怪しく笑いつつゆらりと久遠たちに歩み始めた。  そう、月牙は山でグランゾンの攻撃により死んだ、ただ魂だけを残して。  そして、魂だけとなった月牙は同じ妖狐である静那に憑依したのだ。  赤い瞳を光らせ、狐の姿になろうとする月牙に久遠も応戦体制に入ったが、士郎と繋がったままなのでうまく動けない。  その隙を月牙は見逃さず、久遠、というより士郎に再び襲い掛かろうとした。 『死……』 「何やってんのよあんたはぁ!!」 『ぐあッ!!』  しかし、横から現れた刹那の脳天パンチにより阻止され、月牙の殺気は消えうせ床に叩きつけられた。  呆然とする久遠と士郎、そして静那を怒りの表情で見下ろす刹那の怒声が家中に響いた。 「ったく! 珍しくいっぱい喋り出したと思ったら……なにお母さんとお父さんの久々邪魔してんのよ!」 『……て、てめぇ……何しやがる、いてッ!!』 「お姉ちゃんに向かって何よその口は!! あぁもう、あんたちょっと来なさい!」 『い、いてて……放せこのっ! くおーーんッ!!』 「…………」  そして恐らく親の久遠達でさえ見るのは久々であろう、双子の姉弟喧嘩が始まる。  それは力では若干上の刹那が勝利したようで、月牙の服を掴みあげると、ジタバタ暴れる月牙を引きずりその場から立ち去った。  呆気にとられる久遠と士郎の前に、刹那が頭だけを出し二人の前に再び現れた。 「そ、それじゃあ、気にせず続けていいからね?」  そして扉を閉め直ぐに戻っていった。  そんな娘の姿を、呆然と見ていた久遠たちだったが、お互い顔を見合わせ笑い出した。 「どうやら、月牙だっけ? あいつは刹那に任せときゃいいな」 「そうだな……それに力は静那のままだ。私でも対処できる」  月牙に関しては、これで少しは安心できたようで、静那には悪いが久遠は内心ホッとしていた。  そして久遠と士郎はそのまま見つめあい、再び抱き合った。 「士郎………私は、これからも士郎と共にいてもいいか? 迷惑ではないか?」 「んな事ない。俺の中でも、久遠は一番」 「士郎…………大好き」  二人は再び唇を重ね、お互いを求めあう。  まるでお互いの愛情を再確認するかのように……。 翌日になって、グランゾンの姿はどこにもなかった。  結局あの女はなんだったのかと、一家で一時話題にもなったが直ぐに忘れられた。  そして一番の問題として、静那に憑依した月牙が静那から離れず、彼は二重人格となってしまったのだった……。  一方の巧家では。 「ただいまであります」 「あぁ、おかえり。どこ行ってたんだよグランゾン?」 「春の山菜取りついでに人……狐助けであります。今日は山菜のてんぷらであります」 「わぅー♪」  こっちはこっちで楽しくやっているようだ。 ―完―

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