その日、三姉妹の家に来客があった。
「長門いるか?」
有希の瞳が揺れた。読んでいた本を卓袱台の上にそっと伏せ、心無し速い足取りで玄関に向かおうとする。
こける。
鼻をしたたかに打ちつける。
ルリに案内された彼はちょうどに部屋の襖を開けた。
「何をしているんですか……姉さん」
「長門……」
なおも憮然とした表情で有希は身体を起こした。しかし覗かれた顔はくっきりと畳の跡が付いている。
「おいおい大丈夫か長門」
心配するというよりは呆れたような彼の声。有希は彼に事細かに状況を説明しようとしてたしなめられた。
有希は彼に聞く。
「何故」
「は?……何が……だ?」
「用件」
「へ?……ああ、そういうことか」
納得したらしい彼はおもむろにポケットの中から紙切れを取り出す。
どうやら映画のチケットのようだ。
二枚、ある。
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「ハルヒの奴がまた映画を作るとか何とか言い出して、何でも“私は先人に学ぶ事の大切さを知ったわ!”だそうな」
「それで?」
「ああ、何故か二枚渡されたからな、谷口の奴と見てもいいんだが流石に男二人で映画館もなぁって」
「それで、私」
「そういうことだ、迷惑じゃなければ……」
「行く」
「一緒に……って即答かい」
「何時」
「あ、ああ、今からなんだが……大丈夫だよな?」
「支障は無い」
「よし、じゃあ行こう」
二人は出掛ける
「行ってらっしゃい有希……」
「行ってらっしゃい姉さん……」
残されたのは二人
その日三姉妹の家に来客があった。
「アキトさん……!」
ルリは思い人が尋ねてきたのだと知るや否や飛び出して行った。レイはその姿を表情は変えずに見送る。
玄関に到着する。
ルリはまず彼に頭を撫でられた。
しあわせだ。
しあわせだ。
やっと掌が外される。ルリは少しだけ名残惜しかった。
見上げると彼の笑顔があった。
しあわせだ。
彼はルリの顔が赤いのを指摘する。そして心配する「風邪か?」と。
もちろんそんな訳は無い、ルリはさらに顔を赤くして否定する。
もちろん彼はおせっかいを焼く、ルリの額に自分の額をくっ付ける。
もちろん彼は言った「熱は……無いな」
もちろんルリは飛んでいる。精神的に。凄い勢いで。
ようやく額が離れた。
ルリは倒れ掛かりそうになる。
決死の力を振り絞る。
彼に悟られまいとする。
彼は気付かなかったようだ。
成功だ。
ほっと息を吐く。
彼に聞く。
「アキトさん、今日はどうして……?」
でも新作らしい、ぜひルリに食べに来て欲しいとのことだ。
「でもルリちゃんの体調が優れないようだったら……」
ルリには迷うことなど無かった。
ルリは着替えた。少し薄手の白いワンピース。とても良く似合っていると彼は言ってくれた。
「じゃあ姉さん、後はよろしくお願いします」
「わかったわ」
「大丈夫……ですよね」
「問題無いわ」
「そう……なら、いいですけど……」
ドアが閉まる。
「行ってらっしゃいルリ……」
残されたのは一人
その日、三姉妹の家に来客がありそうでなかった。
「……何故?」
「……これは涙?泣いているのは私?」
「そう……もう駄目なのね……」
ちなみにその頃シンジはいつものスーパーにいた。
不運にも昼の特売セールに巻き込まれ、絶対婦人艦隊の渦中で半ば屍と化していたのだった。
おわり