三人が住む部屋の風呂はとても広い。
王宮並みと言えば言い過ぎだが、ゆうに三人いっぺんに入れる大きさだ。
だから、とかく効率を重んじる三人にとって、一緒に入るのは当然の選択だった。
「「「……」」」
浴室の彼女たちは無言、だが、その質は微妙に異なっている。
長女であるレイはいつもの、不思議な緊張に満ちた無言。
ただ、たまに胸に手を当て目を閉じて、思い人のことを考える。
その時だけ、空気が和らぐ。
白雪の肌がほんのり色づく。
吐き出される吐息にも、うっすらと色がついていそうな切ない表情。
その吐息を形にすれば、「碇君……」という音になる。
そんな彼女を無表情に観察する次女がじっと見てるのは、長女の手……ではなく胸だった。
「……」
ぺたぺた。
確かめる。
形状が実にフラット。
余分なもののない、空気抵抗の少ない体型だ。
見て、
「……」
確かめる。
ぺたぺた。
濡れた髪からしずくが落ちる。
目を閉じて、情報統合思念体に要請する項目を思い浮かべる。
また却下されるだろうが、諦めず。
思念を込めてアクセスする。
王宮並みと言えば言い過ぎだが、ゆうに三人いっぺんに入れる大きさだ。
だから、とかく効率を重んじる三人にとって、一緒に入るのは当然の選択だった。
「「「……」」」
浴室の彼女たちは無言、だが、その質は微妙に異なっている。
長女であるレイはいつもの、不思議な緊張に満ちた無言。
ただ、たまに胸に手を当て目を閉じて、思い人のことを考える。
その時だけ、空気が和らぐ。
白雪の肌がほんのり色づく。
吐き出される吐息にも、うっすらと色がついていそうな切ない表情。
その吐息を形にすれば、「碇君……」という音になる。
そんな彼女を無表情に観察する次女がじっと見てるのは、長女の手……ではなく胸だった。
「……」
ぺたぺた。
確かめる。
形状が実にフラット。
余分なもののない、空気抵抗の少ない体型だ。
見て、
「……」
確かめる。
ぺたぺた。
濡れた髪からしずくが落ちる。
目を閉じて、情報統合思念体に要請する項目を思い浮かべる。
また却下されるだろうが、諦めず。
思念を込めてアクセスする。
そんな二人を見てるのは、年若いながらも一番の常識人である三女。
ルリにはまだ、照れとか躊躇いというものがある。
湯船に鼻までつかり、ぶくぶくとあぶくを上げる。
無言の抗議であった。
この先起こることが憂鬱だった。
「……出て」
だが、次女の有希が命じる。
わずかに肩を落としているのは、一万五千四百九十七回目の申請却下のためである。
「――」
抗議泡の勢いが増す。
眉が寄り、目が「うー」と厳しくなる。
そんな膠着したにらみ合いを続ける次女と三女を感知したのか、長女がATフィールドでお湯ごとルリを持ち上げる。
ルリは泡を上げたままで宙を浮かび、イスの上にて結合解除。
ざばー、と湯が流れ、姫の裸身があらわになる。
ちなみにレイはこの間、一度も後ろを振り返っていない。
「……」
ルリはためらいがちに、後ろの次女へ顔を向ける。
「……なに」
「やっぱり、一人で……」
「だめ」
常になく力強い否定だった。
「これは、次女である私の仕事」
前髪からぽたぽたとしずくが垂れる。
手にしたスポンジはしゅわしゅわと泡を量産する。
その奥の目は変わらず硬質だが、キョンがいれば「楽しそうだな」と指摘したことだろう。
「……」
ルリは体を縮こませる。
ちょっとばかり涙目だった。
一番の問題は、自分が次女の『仕事』を、決して嫌がっているわけではないということ。
本気で嫌なら、有希もそこで引き下がる。
「……開始」
「ひゃっ!」
さぁ――
実に微妙なチカラ加減で、次女が三女の背中を洗い出す。
力を込めたルリの両足が、ぶるぶると小刻みに震えてしまう。
まるで熟達した職人が行う壁塗りのように、的確で、無駄の無い動き。
まだ幼い柔肌を傷つぬよう、スポンジ本体はなるべく接触させず、それでいてしっかり汚れは落とす。
まさに有希以外にはできない、至高の職人芸である。
問題は、なぜか手が動くたびに三女が痙攣することだろう。
「……手、上げて」
「あ――」
もはやルリはなすがまま。
荒い呼吸で泡だらけ。
背中から前へと、洗う箇所が移動する。
有希の手が、殊更ていねいに体を洗い、ルリはなおさら体を震わす。
「……足、開けて」
「ダメ……!」
拒否の言葉は通じなかった。
まったく見事な職人芸であった。
「~~~!!」
無音の絶叫がバスルームに木霊した。
ルリにはまだ、照れとか躊躇いというものがある。
湯船に鼻までつかり、ぶくぶくとあぶくを上げる。
無言の抗議であった。
この先起こることが憂鬱だった。
「……出て」
だが、次女の有希が命じる。
わずかに肩を落としているのは、一万五千四百九十七回目の申請却下のためである。
「――」
抗議泡の勢いが増す。
眉が寄り、目が「うー」と厳しくなる。
そんな膠着したにらみ合いを続ける次女と三女を感知したのか、長女がATフィールドでお湯ごとルリを持ち上げる。
ルリは泡を上げたままで宙を浮かび、イスの上にて結合解除。
ざばー、と湯が流れ、姫の裸身があらわになる。
ちなみにレイはこの間、一度も後ろを振り返っていない。
「……」
ルリはためらいがちに、後ろの次女へ顔を向ける。
「……なに」
「やっぱり、一人で……」
「だめ」
常になく力強い否定だった。
「これは、次女である私の仕事」
前髪からぽたぽたとしずくが垂れる。
手にしたスポンジはしゅわしゅわと泡を量産する。
その奥の目は変わらず硬質だが、キョンがいれば「楽しそうだな」と指摘したことだろう。
「……」
ルリは体を縮こませる。
ちょっとばかり涙目だった。
一番の問題は、自分が次女の『仕事』を、決して嫌がっているわけではないということ。
本気で嫌なら、有希もそこで引き下がる。
「……開始」
「ひゃっ!」
さぁ――
実に微妙なチカラ加減で、次女が三女の背中を洗い出す。
力を込めたルリの両足が、ぶるぶると小刻みに震えてしまう。
まるで熟達した職人が行う壁塗りのように、的確で、無駄の無い動き。
まだ幼い柔肌を傷つぬよう、スポンジ本体はなるべく接触させず、それでいてしっかり汚れは落とす。
まさに有希以外にはできない、至高の職人芸である。
問題は、なぜか手が動くたびに三女が痙攣することだろう。
「……手、上げて」
「あ――」
もはやルリはなすがまま。
荒い呼吸で泡だらけ。
背中から前へと、洗う箇所が移動する。
有希の手が、殊更ていねいに体を洗い、ルリはなおさら体を震わす。
「……足、開けて」
「ダメ……!」
拒否の言葉は通じなかった。
まったく見事な職人芸であった。
「~~~!!」
無音の絶叫がバスルームに木霊した。
(ちょっと、もれた……)
情けなさと共に思う。
なにが、とは聞かない。
明らかに気づいてる次女も知らないふりをする。
「……交代」
「――」
その代わり、二番手にその座を譲る。
有希がいた場所に、長女のレイが陣取った。
「だいじょうぶ?」
「……」
分かっているなら止めてくれと、赤い顔で見上げるが、レイは母性あふれる笑みで受け流す。
それは、ルリが思わずそっぽを向いてしまうくらい、実に優しい笑みだった。
「――」
レイはシャンプーを取り、中の液体を手にこぼす。
白乳色のそれをあわ立て、ルリの頭に載せてやる。
最近になってシャンプーハットは卒業した。
それを少しばかり誇らしく思うルリだが、この長女の仕事ぶりは、ある意味、次女以上にやっかいなので気は抜けない。
「――」
しゃわりしゃわり。
細くて長い手が、繊細な動きでルリの頭をあわ立てる。
頭皮と髪についた汚れを落とすための、現実的な理由であるはずの動きが、なぜかとても心地いい。
碇シンジ風に言うのなら「お母さんみたいな感じがする」動きであった。
(……)
ルリは、いつもこの時、泣きたくなる。
とても気持ちいいし、とても嬉しいはずなのに、鼻の奥がつんとして、自然に涙が溢れてしまう。
言葉にならぬ思い。
まるでくだらないワガママをいっぺんに叶えてくれたような、情けなさと心地よさの入り混じった不思議な気持ち。
声を殺して膝抱え、涙を流しているルリを、レイは変わらぬ顔で、いや、ことさら優しい笑みで洗う。
そうしていながらルリは、最初に髪を洗ってもらった時のことを思い出していた。
あまりに異質で、あまりに知らないものだったので、反射的に拒否反応を起こしてしまったのだ。
体が受け付けなかった、と言ってもいい。
レイのその動作が、とてもとても怖かった。
浴室の隅で青ざめ、唇を奮わせるルリを、レイはその腕に抱き、ゆっくりと時間をかけて洗ってくれた。
あの時、別のものも綺麗にしれくれたのだとルリは思う。
きっと大切な何かだ。
「はい、終わった」
長女の合図と共に、ざー、っと次女が無言で桶内の水をそそぐ。
ルリはさっぱりした顔を上げる。
そのうち、アキトさんの髪も洗って上げようと思う。
それは、きっと大切なことだ。
見上げると長女と次女の顔。
三人は家族なんだと、とても当たり前のことを確認した。
情けなさと共に思う。
なにが、とは聞かない。
明らかに気づいてる次女も知らないふりをする。
「……交代」
「――」
その代わり、二番手にその座を譲る。
有希がいた場所に、長女のレイが陣取った。
「だいじょうぶ?」
「……」
分かっているなら止めてくれと、赤い顔で見上げるが、レイは母性あふれる笑みで受け流す。
それは、ルリが思わずそっぽを向いてしまうくらい、実に優しい笑みだった。
「――」
レイはシャンプーを取り、中の液体を手にこぼす。
白乳色のそれをあわ立て、ルリの頭に載せてやる。
最近になってシャンプーハットは卒業した。
それを少しばかり誇らしく思うルリだが、この長女の仕事ぶりは、ある意味、次女以上にやっかいなので気は抜けない。
「――」
しゃわりしゃわり。
細くて長い手が、繊細な動きでルリの頭をあわ立てる。
頭皮と髪についた汚れを落とすための、現実的な理由であるはずの動きが、なぜかとても心地いい。
碇シンジ風に言うのなら「お母さんみたいな感じがする」動きであった。
(……)
ルリは、いつもこの時、泣きたくなる。
とても気持ちいいし、とても嬉しいはずなのに、鼻の奥がつんとして、自然に涙が溢れてしまう。
言葉にならぬ思い。
まるでくだらないワガママをいっぺんに叶えてくれたような、情けなさと心地よさの入り混じった不思議な気持ち。
声を殺して膝抱え、涙を流しているルリを、レイは変わらぬ顔で、いや、ことさら優しい笑みで洗う。
そうしていながらルリは、最初に髪を洗ってもらった時のことを思い出していた。
あまりに異質で、あまりに知らないものだったので、反射的に拒否反応を起こしてしまったのだ。
体が受け付けなかった、と言ってもいい。
レイのその動作が、とてもとても怖かった。
浴室の隅で青ざめ、唇を奮わせるルリを、レイはその腕に抱き、ゆっくりと時間をかけて洗ってくれた。
あの時、別のものも綺麗にしれくれたのだとルリは思う。
きっと大切な何かだ。
「はい、終わった」
長女の合図と共に、ざー、っと次女が無言で桶内の水をそそぐ。
ルリはさっぱりした顔を上げる。
そのうち、アキトさんの髪も洗って上げようと思う。
それは、きっと大切なことだ。
見上げると長女と次女の顔。
三人は家族なんだと、とても当たり前のことを確認した。