バスティアーナ要塞

概要

バスティアーナ要塞とは、ルーイガルドフェルトビーン帝国が所有していた難攻不落の代名詞的存在の要塞である。
フェルトビーン帝国の建国直後に建造がはじまり、護国の象徴として存在していたが、フェルトビーン帝国が自国の危機に陥ることはほとんどなかった為、実戦を経験したことは少なく、その堅固さを世に知らしめたのは、7785年に勃発したフェルトビーン帝国を二分する内乱であり、堅固さに舌打ちをしたのは他国ではなく、同国の将兵という、失笑すべき皮肉な歴史を背負っている。

しかし、六界連合軍によるルーイガルド侵攻作戦がはじまると、フェルトビーン帝国ははじめて外敵から「亡国の危機」と言える侵入を許し、17328年皇帝チカをはじめとする主力部隊をこの要塞に集結させ、連合軍の侵攻を見据えながら、決戦のために出陣した。

しかし、カルダザルスの戦いにてフェルトビーン帝国軍は大敗し、残存軍が要塞に帰還、難攻不落の名の下に、ここで連合軍を迎え撃つつもりであったが、バスティアーナ要塞攻略戦において、ダルスバードの攻撃によりわずかな戦力の前に陥落する。

六界戦争終戦後、要塞は復興されたが、これ以後は軍事というより、商人が各国へ移動する拠点として使われることとなる。

関連項目


最終更新:2011年04月22日 18:06