ハウンド

正式名称 / 統治体制

ハウンド族 / 民族

人口

約2000人

宗派

自然神

特徴

レヴァイア国西方、ハウンド平原に暮らす騎馬民族。部族長のフォックスバット家が、民族全体を統治している。
アウドムラ帝国建国時に、追われた人々が南方へ逃れ、興った民族といわれている。
かつては広い平原を移動しながら暮らす遊牧民であったが、1200年ごろから集落の建設を始め、定住するようになった。
主に農耕・酪農・狩猟で生計を建てている。
文明レベルは高くないが、風の精霊信仰や風法術の研究がされ、独自の文化をもっている。

締腰という文化があり、女性は15歳になると腰をコルセットで強く締め付け、腰が太くならないように矯正する人々も多い。
ウェストの細い女性が美人とされていたためだが、この文化を知ったラグライナ帝国からは、この矯正により妊娠・出産に悪影響を与えていたであろうと指摘されている。

1266年、アレシア連邦樹立により戦乱は終わっていたが、その中心人物であるルディが病没した為、過去の特権を求める旧ラグライナ帝国貴族軍が一斉に蜂起、彼らの侵攻を受けて滅亡する。このとき、略奪と虐殺が行われ、廃墟と化した集落は、草原へと埋もれていった。
約200名の生存者がラ・コリスティーへと逃れており、反乱鎮圧後に、この蛮行を強く非難した。
この生存者であるロナ・ハウンド・フリッペンは、この戦いを記したハウンド草馬伝を執筆した。

歴史

  • 902年 アウドムラ帝国建国にともない、逃れてきた人々が遊牧生活を始める。
  • 1200年頃 寒波により、約500人の人々が凍死。遊牧生活をやめ、集落を建設し、定住を始める。
  • 1228年 霧で迷った狩猟旅団が、レヴァイア国にたどり着く。これをきっかけにレヴァイア国との交易が始まる。 
  • 1247年 レヴァイア国がラグライナ帝国に大敗したことにより、ラグライナの存在が認識される。翌年から、ラグライナ帝国との交易が始まる。大都市にあこがれて移住や出稼ぎに行くものもいた。
  • 1266年 ルディ死後に勃発した、アレシア連邦に反対する旧ラグライナ帝国貴族軍が、領土を求めて侵攻してくる。わずか2000人の民族がかなうはずもなく、略奪と悲惨な虐殺が行われ、滅亡する。

主な出身者


この国を舞台とした物語

最終更新:2011年06月30日 21:23