真田弥生


基本情報


略歴

後に月風麻耶の後を継いでクレアムーン国主となる巫女。
麻耶を人間的に慕っているが、基本戦略は、外征に傾いた麻耶とは異なり、内政と防衛に特化していた。

聖都の変で麻耶が行方不明になると、神官たちに担ぎ出されてクレアムーン国主である神威巫女となるが、彼女の内気な性格は、まさに神官が求めていた「傀儡」としての存在になる筈だった。
だが、前線から戻ってきた柊飛鳥たちによって神官は一掃され、弥生は自らの意思で国をまとめることとなる。
しかし、その後も彼女の役割に変化はなく、結局は新たに任命された神官や、柊飛鳥たちが作り出した戦略を、「私が神託を受けました」と変換して国民に発表させられるだけの存在となるが、最大の違いはそれを「やらされている」ではなく、「自らすすんで行った」という点である。
だが、弥生の祈りでは戦局が動くことはなく、1255年、聖都クレアの戦いで首都にまで帝国軍は接近する。この戦いは突然の猛吹雪に仲裁され、かろうじてクレアムーンは滅亡を免れた。

ラグライナ帝国が、セルレディカの死後内乱状態となった為、これに乗じてクレアムーンは麻耶時代以上に外征を繰り返し、ガルデス共和国を滅亡寸前まで追い詰め、当時のガルデスでは弥生は悪魔の象徴として恐れられていた。
しかし、その胸に宿した平和への想いは強く、ルディレディス、弥生によるバスティアの会談に、周囲の反対を振り切って出席し、武力ではなく話し合いでの戦乱終結を実現させた。

ルディが提唱したアレシア連邦への参加にもいちはやく賛同、彼女は生まれて初めて、誰にも相談せず、精一杯の大声で、「連邦に参加せよとの神託を受けた」と叫び、反対派も付け入る隙を与えない間に、連邦へ参加した。
結果的にアレシア連邦が繁栄の時代を迎えた為、弥生のこの行為は功績として残り、弥生は1272年、後進に神威巫女の地位を譲って隠居した。
その後は、各地を回り、民衆の生活を見て、不満等を聞いて回っていたが、1291年に建築現場視察中に事故に巻き込まれ、その怪我が元で落命した。

関連項目



最終更新:2011年04月22日 17:57