ラケイトの戦い

概要

ラケイトの戦いとは、蜉蝣時代の戦乱の中で、アルファ698年9月、シャリアル国軍とフェルスデッド国軍の間に起きた戦いである。

戦闘に至るまでの背景


▲698年5月における勢力図

リューグ国を乗っ取ることで生まれた、新興国フェルスデッド国は、数々の難題を抱えていたが、ベルザウスの才気により国は着実に強国へと進んでいた。
そんな中、シャリアル国がフェルスデッド国に、かつてない大軍勢を差し向ける。これまでの国境攻防戦とは違い、国主メスロー、軍師ケリスを引き連れ、自らの出陣であった。

両軍の戦力

攻撃側 守備側

シャリアル国軍
軍勢
フェルスデッド国軍
総兵力78000 兵力 総兵力38600
メスロー 総指揮 ベルザウス
ケリス 軍師
主要参戦者

メスロー

ケリス

ガルダ



ベルザウス

グフス

エルドス
#ref error :画像を取得できませんでした。しばらく時間を置いてから再度お試しください。

シリナ

※ただし、ベルザウスと兵力3万は、後続部隊であって、最初からは参戦していない。

戦闘経緯


シャリアル国軍は、10倍近い兵力でラケイト城を包囲し、断続的に攻撃を仕掛けた。しかしこの城を守るのはベルザウスからも一目置かれているグフスエルドスであった。
彼らは篭城戦の基本に乗っ取り、決して自分たちから討って出ず、守りを固めてシャリアル国軍の攻撃を何度も迎撃した。もともと、この城は、フェルスデッド国攻略のはじまりに過ぎなかった。にも関わらず苦戦を強いられ、出鼻を挫かれたシャリアル国軍は、兵の士気を上げる為、ラケイト城を放置して周辺の小砦を陥落させ、そのまま軍勢を東へと向けさせた。
だが、ラケイト城が時間を稼いでいる間に、ベルザウス自らが3万の軍勢を率いて援軍として到着、両軍は10月14日に再びラケイト城にて激突する。
しかし、援軍をあわせても兵力はシャリアル国が倍近くあり、ベルザウスの軍勢も押されていく。
翌日の総決戦に備えて一旦軍勢を引く両軍、だが、ベルザウスがこの戦いの始まる前に打っておいた策は、静かに、しかし確実に進んでいた。

10月15日、メスローは本国での異変を知らされる。
かつてシャリアル三牙王を率いてロードレア国と戦いながら、ヴェリアの策によって反乱の疑いをかけられて投獄されていたディグドが、何者かの手によって脱獄、兵を集めて本国にて反乱を起こしたというのだ。
何者か……それは問うまでもなくベルザウスの手によってであった。その証拠に、この反乱に呼吸をあわせてフェルスデッド国軍は、シャリアル国軍に攻撃を仕掛け、更にラケイト城グフスエルドス部隊も城から出陣、挟み撃ちの体制をとる。

メスローは本国へ撤退するためにこの包囲網を中央突破で抜けようとするが、そこに現れた第三の軍勢に我が目を疑う。それは、フェルス城を奪取して、そのまま南下してきたロードレア国軍の旗を掲げたバイアラス部隊であった。
ベルザウスの才能を昔から警戒していたヴェリアは、この戦いの勝者はベルザウスであろうと睨み、撤退するメスロー軍に横槍を入れて壊滅させるべく、バイアラス部隊を密かに派遣していた。
バイアラスの奇襲に加えて、ベルザウス部隊、エルドスグフス部隊、そしてディグド部隊までも加わり、シャリアル国軍は完全に崩壊した。
この包囲網は、同盟関係でも何でもないロードレア軍、フェルスデッド軍、シャリアル反乱軍の三軍が、互いの利害により、何の打ち合わせもなく自然と「連合軍」を組んでいるところが興味深い。
この戦いにより、ケリスも戦死し、10月17日、最後の突破を図ったメスローも、ベルザウスの火計によって焼死した。

戦いの結末

この後シャリアル国は、メスローの長男が継ぐものの、幼い国主の下、それぞれの将が国を守り立てるのか、保身に走るのか、勝手な行動をとりはじめ完全な混乱状態となり、実質的にはこの時点で滅亡したといっていい。
ロードレアは北から、ベルザフィリス国は西から、次々と城を陥落させる。その一方で、最大の勝利者であった筈のフェルスデッド国は、国力の違いから、撃退に精一杯で、大きな領土拡大には至らなかった。これも全ては、ヴェリアの遠謀により、ベルザウスのクーデターが数年遅れたことに原因があったといってもいい。

なお、ディグドは、反乱者として討伐されることを危惧して、ベルザフィリス国へ逃れ、ルーディアと会見し、その幕僚となる。
また、ガルダロー・レアルス国へ逃れ、メファイザスに見出されてロー・レアルス国将軍となる。
シャリアル国は、これより2年後、地図からも完全に姿を消すこととなる。

最終更新:2011年12月13日 19:56