アーハート城炎上

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概要

アーハート城炎上とは、ルーイガルド10773年10月、クリート国内にてシャクティアナの属国化したル・マンティスへの対応を巡り、穏健派が非公式の会議を行っていたアーハート城を主戦派が襲った事件である。

事件の経過

この時アーハート城に集まった穏健派は、主に長く続く戦乱で手持ちの戦力が壊滅・疲弊・財政危機をむかえている諸侯や各地の有力者であった。
当時、戦争を商売にしている有力商人たちの間ですら、このまま両国が落着点を見失った戦争を続けて荒廃の一途を辿った場合、目先の利益は追えてもやがて国家ごと自分たちも破綻するのではないかという危惧があった。また、シャクティアナに戦争を仕掛ける状況になるのは、なんとしても避けたいという空気もあった。
このため、結論自体は早晩にまとまり、細かい調整をした後で他の穏健派・中立派と合流し、主戦派の一部を抱き込みつつ停戦か休戦に持っていくように政治工作していく方向でまとまりかけていた。
しかし、そこを主戦派が強襲。ろくに防衛兵力を持っていなかったアーハート城は炎に包まれ、多数の死傷者を出した。

事件の結果

強硬手段により穏健派を淘汰することで主導権を得ようとした主戦派だったが、シャクティアナとの戦争という非現実的な状況を前にしてのこの行為は、かえって日和見や中立だった諸派まで「対主戦派」という形で大同団結させる結果になった。また、それまで水面下で暗闘が繰り広げられていたル・マンティスへの対応の違いによる派閥争いが大々的に表面化した事件でもある。
これ以降、クリート国内での意見対立は先鋭化していき、武力行使もたびたび起こるようになる。この状況はシャクティアナに占領されるまで(あるいは占領された以後も)変わらなかった。

その他

  • この会議に集まった諸侯・有力者たちは、自分たちがそれほど重要な存在とは考えていなかった。諸侯・有力者とはいえ、領地等が経済的に困窮しつつある人間がほとんどだったからである。そのために防衛が薄くなっていたのが悲劇に繋がった。
  • 当時アーハート城を所有していた貴族は、立場的には中立であり、場所を提供しただけであった。しかし、そのことが陰謀論を呼び、後に凋落していく。なお、現在の研究では、本当に穏健派に貸しをつくっておく程度の意図しか持ち合わせていなかったというのが通説である。

関連項目