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#91 下柳剛
- プロ入りは福岡ダイエー。1993年・94年には50試合以上に登板、その鉄腕ぶりから、アイアンホークと呼ばれた。
- 投手は酷使せず、中継ぎローテーションを作ったことでも有名な権藤コーチ(現Dコーチ)にさえ酷使された。
- 1995年の交通事故もあり、96年からは日本ハムに在籍。
- 1997年には216打席連続無三振のイチローを三振に打ちとって、イチローキラーと話題になる。
- 1999年まで、日ハムでも、その鉄腕ぶりを見せつけた。
2000年からはチーム事情と本人の希望で先発に転向。しかし2001年から成績が低迷。
- 2003年に山田勝彦らとのトレードで星野仙一率いる阪神タイガースへ移籍する。
- 2003年には10勝をあげて1985年以来のリーグ優勝に貢献。2005年には15勝で最多勝のタイトルを獲得。
2005年から4年連続2桁勝利をあげる。- 2009年には矢野輝弘と日本プロ野球史上初の40代バッテリーを組む。
- しかし2011年は、岩田や能見、外国人右腕の台頭や自身の不振もあって、0勝2敗でシーズンを終える。
そして、チームの若返りの方針で戦力外に。
- そして、上記のようにキャンプに参加。2月5日に契約が発表された。
- 若手らが不甲斐ない投球をする中で、ストイックに練習を行い、
対外試合(対横浜DeNA戦@長崎)で2回無失点に抑える。住民からはイケるやん!の声も。- その後のオープン戦(対千葉ロッテ@QVC)でも6回をホワイトセルの1発のみに抑える好投。ローテ入りが確定。
- シーズンが始まってみると、5回途中や6回を投げて2~3失点とそこそこ安定して試合を作る。
- 若手時代は、その鉄腕と力で押す投手。阪神移籍後は、のらりくらり投法と呼ばれる130km/h代の速球と変化球で
打たせてとるピッチングに変えた。
- 阪神時代はわしや、ヨシコーチから指導を受け、復活を遂げた。
- 愛犬家でビール好き。シャイで淡白な性格。風呂には何日入らなくても平気。
- トレードマークの髭は、剃るとカミソリ負けするためにめったに剃らない。
- トレードマークのひげのせいでどうしても「浮浪者」という印象が付きがち。
- クマーが抜けて、不足気味の先発の駒を埋めてもらいたい
- 併せて、「生きた教材」として、伸び悩む若手投手達にその豊富な経験と投球術を伝授してもらいたいものである
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