初挑戦

「あ、悠貴! おかえり~」

 学校から帰宅した悠貴を出迎える未来。なんだかいつもよりテンションが高い。
あの地震以来、未来は以前よりずいぶん悠貴に優しく接するようになった。
 以前の未来は帰宅の挨拶もおろそかにするような性格だったのだが、あの日を境に
家族に対する挨拶を欠かしていない。悠貴に対しては構い過ぎるぐらい構っている
ぐらいだ。ただ、そのことを差し引いても、今日の未来はテンションが高めだった。
 何か企んでいるのだろうか。ほんの少しの警戒心を抱きつつ未来を観察すると、
どうやら後ろ手に何か隠しているようだった。

「あ、うん。ただいま」
「へっへー、悠貴ー。いいものあげようか?」

 未来の様子は楽しげだ。正直言って、不気味だと思う。友達からは、
「お前の姉ちゃん、ブラコン?」などと言われる始末だった。もちろん最初は
姉の変化は素直に嬉しかったのだけれど、小学生の頃ならともかく、悠貴も
もう中学生である。家の中にいると隙を見ては抱きついてくるし、いい加減
弟との距離に気を使ってくれても良いんじゃないかと思う今日この頃だった。

「……何?」
「じゃーん!」

 未来が見せたのは、手編みのものとおぼしき毛糸のマフラーだった。

「そろそろ寒くなってくるからね、悠貴にあげようと思って真理さんに
教わって編んでたんだー」
「最近あんまりウチにいないと思ってたら、そんなことやってたんだ。
てっきりまたテストの補習受けてるのかと思ってた」
「ちょっ、しっ、失礼ね! あたしそんな毎回補習受けるほど頭悪くないもん!」

 悠貴の冷めた返答に憤慨する未来。最近の悠貴はこんな調子だった。
小学生の頃はこんな皮肉を言う子じゃなかったのに。姉として少し悲しい。

「お姉ちゃんさ、『もん』とか言うのいい加減やめたら? 子供じゃないんだから。
もういい歳でしょ」
「っ、もおおおおおっ、ほんっとアッタマくるわねー、かわいくなーい!
花の女子高生に向かってそういうこと言う、フツー!?」

 悠貴は姉の手編みのマフラーなどには全く関心のない様子で、冷蔵庫の中身などを
漁っている。めぼしいものは何もないと悟ると、冷蔵庫をパタンと閉じて、
スタスタと自分の部屋に向かって歩き出した。

「ゆ、悠貴! ちょっと待ってよ! マフラー巻いて見せてよ、絶対似合うから!」

 あわてて悠貴を引きとめる未来だが、悠貴の態度は相変わらずそっけない。

「えー、いいよ、いらないよー」
「悠貴、冷たい……お姉ちゃんの、せっかくの編み物初挑戦なのに」
「だって恥ずかしいよ、そんな赤いマフラー巻いて学校行けないよ、恥ずかしくて
外歩けないよ」

 確かに言われてみると、男の子に赤はなかったかもしれない。姉バカ視点で
深くは考えていなかったのだが。真理さんも、全然気にしてなかったし……
こういうところは抜けてるんだよなぁ、あの人……などと、真理に小さく逆恨み
する未来だった。

「う……、そ、そうかなぁ……そんなに恥ずかしいかなぁ……」

 すっかり自信をなくした様子で、しょんぼりと肩を落とす未来。ここにきて、
ちょっと言い過ぎたかな、とバツの悪い表情を見せる悠貴だが、未来にはそんな
悠貴の表情に気が付いている様子はなかった。

「……セーターとかなら良かったのかも」
「え?」

 ボソッとつぶやく悠貴に、未来が反応する。

「いや、だから、セーターとかなら、ウチの中だけでなら、着てても、別に
恥ずかしくないからさ」

 それを聞いて、表情に明るさを取り戻す未来。

「そっか! そうだね! ウチの中なら恥ずかしくないもんね! わかった!
今度はセーターにするね! お姉ちゃんまた頑張って編んであげるからね!」
「いや、そっちの方がマシって言っただけで、別に欲しいとか言ってないから!」
「もおおお、照れちゃって~、ほんっとかわいいなぁ、悠貴は~」
「だーっ! いちいちくっつかないでよ! 鬱陶しいなぁ、ホントにもう!」

 スキンシップを求める姉をなんとか振り払い、自室にこもってバタン!と
音を立てて戸を閉める悠貴。居間に取り残されて、一人寂しげに佇む未来だった。

「はぁ……ちっちゃい頃はお姉ちゃんお姉ちゃんて、かわいかったのになぁ……」

 ソファーに腰をおろしつつ、小学生の頃の悠貴を思い起こし、アンニュイな気分に
浸ったりしてみる。確かに自分でもちょっと構い過ぎかもしれない、とは思う。

 あの日から、「優しい良いお姉ちゃんになろう」って決めたけど、どんなお姉ちゃんが
「良いお姉ちゃん」なのか、今でもよくわからない。

 そろそろ、構い過ぎない方が良い時期なのかな。
 一人で悩んだり、一人で考えたり。
 悠貴にも、そういう時間が必要な時期なのかな。




 ねえ、悠貴。あたし、良いお姉ちゃん、ちゃんと出来てるかな?









 唐突に、ふと、思い出したことがあった。


「……あれ。そういえば、マフラー、ない。……あれ? あれ? やだ。
マフラー、どこいったの!? マフラー、どこおおおお!?」









 一方、自室の悠貴は、ベッドの上に仰向けになって、姉の手編みのマフラーを
手に取って眺めていた。どう見ても編み目が粗い。どう考えてもこういう地味な
手作業が得意とは思えない。まったく、これを完成させるのにどのぐらい時間を
かけたのやら。


「……ヘタクソ」



おわり
最終更新:2010年03月14日 18:49
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