絶叫屋敷にいらっしゃい

「お姉ちゃん、あそこにお化け屋敷があるよ!」
 GW後半、未来と悠貴は二人だけで都内にあるとある遊園地へと遊びにきていた。本当は両親とくる
はずだったが、毎度のように両方とも急な仕事が入ってしまっていた。最初はムクれた未来だったが、
幸い、もう中学生になったこともあって、悠貴と二人だけで行くことを許され、しかもお詫び代りに
お小遣いもたっぷりとはずんでもらい、朝から様々な遊具で遊んで今はもうすっかり機嫌を直していた。
 次は何に乗ろうかと、二人が手を繋いできょろきょろとあたりを見回しながら歩いていると、悠貴が
前方にお化け屋敷があるのを見つけ、目を輝かせた。病院をモチーフにしたものらしく、古びた鉄筋
ふうの大型の建物に、おどろおどろしい看板がかかっている。お化け屋敷のシーズンにはまだ早い時期
ではあったが、入口にはそこそこの人数が入場待ちをしていた。

「ね、あれ入ろ!」
「は、お化け屋敷なんて子供騙しじゃん、バカバカしい」
 悠貴が顔をわくわくとさせながらそちらを指差して言うが、彼女の返事は冷やかだった。実のところ
結構興味をひかれていたが、言った通り、お化け屋敷なんて子供騙し・子供の入るところだという
思いこみがあり、しかし一方で少し怖くもあって、未来はいかにも興味なさげな醒めた表情を装った。
「あんた、あんなの入りたいの?」
「……」
 小バカにされた気がして悠貴は少しむっとした顔になったが、繋いでいた姉の手が、緊張でわずかに
力がこもったのに気がついた。
「…お姉ちゃん、怖いの?」
「なっ!?」
 内心を見透かされた未来の顔が真っ赤に染まった。「そ、そんなわけないじゃん! バッカじゃない、
あんた何言ってんの!?」
「え、でも…」
「わかったわよ、そんなに入りたいならいこうじゃないの」
 未来はそう言うと、悠貴の手を引いてお化け屋敷の方へ歩き始めた。本当を言えばちょっと怖い。
怖いが、どうせ子供騙しなんだから大丈夫。弟の手前もあって、未来は自分にそう言い聞かせた。
「わぁい」
 そう挑発すれば、きっと入ろうと言い出す。などという計算は悠貴にはなかった。未来が怖がって
いるならしょうがないと、素直に諦めかけていた悠貴は大喜びをする。
「でも、途中で怖くなって動けなくなっても置いてっちゃうからねー」
「え…」
 そう言って意地悪そうに舌を出す未来に、悠貴は少し不安そうな顔になったが、彼は姉の事はよく
わかっていた。口ではどう言おうと、置いてったりしないで、ちゃんと傍についててくれるはずだ。
 悠貴は未来としっかり手を握ると、二人で入場待ちの列へと加わった。

 そして…

 ガタン!
「きゃあああああああ!!!」
 暗がりの通路、曲がり角の向こうから突然現れた血みどろのナース服のゾンビに、未来が絶叫した。
ここのお化けは全て機械仕掛けだったが、登場やその奇怪な動きは実に滑らかで、まるで人が演じて
いるようだ。いや、人ではマネをできないような昆虫じみた動きをする化け物などもあり、人間が
化けているよりも数段優れているかもしれない。他にもホログラムなど最新式のギミック満載で
メイクも演出も優れていて、子供騙しとあなどっていた未来は、入ってすぐに恐怖のどん底へと
叩き落されていた。
「凄いねお姉ちゃん、本当に生きてるみたいだよ!」
 一方悠貴は、いきなり目の前に現れる化け物に驚きはするものの、その精巧な動きや造りに感動する
気持ちのほうが強いようで、興奮気味に未来に話しかける。
「ねえねえお姉ちゃん、このお化け表情まで変わるんだよ」
「そんなのほっといて早くいこ!」
 今にも噛みついてきそうなゾンビの顔を指差す悠貴に、未来は涙目で悠貴の袖を引っ張った。
「う、うん…」
 悠貴はもう少しじっくりとゾンビの仕掛けを見てたかったが、姉に促されて渋々と歩きだした。
こんなことなら、さっき言った通り自分だけ置いてさっさといってほしいと悠貴は秘かに思ったが、
怯える姉にあまり冷たくすることもできず、未来に引っ張られるようにして通路を歩いていった。

 ガタッ
「嫌ぁぁぁっ!」
 ゴトッ
「きゃあああああ!!」
 ドンッ
「うきゃあああああ!!!」
 ベッドの上の血まみれの包帯男や解剖室の解剖中の死体やらが不気味に蠢きながら迫ってきて、
未来はその度に悲鳴をあげて悠貴にひしっとしがみついた。しまいにはなにもないのに、自分の足音にも
びくびくと怯え、先を急いでいた足はすくんで思うように進まなくなり、いつしか未来は顔を真っ青に
して、弟の背中に隠れるようにおどおどと歩くようになっていた。両手は悠貴の肩に乗せてしっかりと
掴み、いざとなったら弟を盾にして自分だけ逃げだそうという気が見てとれる。

「もうヤダ、帰る~! 出口どこよぉ?」
「大丈夫だよお姉ちゃん、全部作りものだよ」
 泣きごとを漏らす未来を、悠貴が時々振り返って励ましながら、二人はさらに先へと進んでいった。

「ひ!」
「わっ」
 やがて、二人が真っ直ぐ続く薄暗い廊下を歩いていると、突然左右の壁から無数の腕が飛び出し、
未来は短い悲鳴を漏らしてぴきっと固まった。悠貴も一瞬怯んだものの、こちらはすぐに歩きだす。
「あー、びっくりした…」
 だが、悠貴は数歩進んだところで、それまでしっかり肩を掴んでいた未来の手が離れたのに気付いて
後ろを振り返った。「お姉ちゃん?」
「あ…あ…」
 未来は両手を前に突き出した悠貴の肩を掴んだ恰好のまま硬直し、ぷるぷると小刻みに震えていた。
大粒の涙の浮かんだ目を見開いてどこか虚空を見つめ、さっきまで真っ青だった顔は、赤味が混じって
だんだら模様となっている。

「お姉ちゃん、大丈夫?」
 様子のおかしい未来に、悠貴が目の前まで戻って訊ねたが返事はなかった。(ん…?)
 その時悠貴は微かな異臭に気付いて、鼻をくんっと鳴らした。(この匂い…)くさいが、割と馴染みの
ある匂いだ。これは確か…。
 それがなんの匂いだったか考えながら、匂いの元を辿って視線を下に向けた悠貴は、未来の履いて
いるミニスカートの中から、水滴がぴちゃっ、ぴちゃっと滴り落ち、床に小さな水溜りができているのを
見つけた。さらに未来の太股を、滴がつぅっと伝い垂れていくのにも気が付く。

 悠貴は茫然と、姉の顔へと視線を移した。「お姉ちゃん、おしっ…」「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 悠貴がみなまで言い終える前に、未来は悲鳴をあげてその場にしゃがみこんだ。「嫌ぁぁ、うっ、
うぅっ…ひくっ、うぅっ…」
 そのまま両手で顔を覆い、声を潜めて泣きじゃくり始めた未来を、悠貴はどうしていいかわからずに
おろおろと見つめていたが、ほどなくポケットをごそごそ探ると、ティッシュとハンカチを取り出した。

「お姉ちゃん、はい。これで拭いて」
「ううっ、うっ、ひくっ…」
 悠貴がティッシュとハンカチを姉に差し出すが、未来はふるふると首を振って受取ろうとはしない。
恐怖と、中一にもなって、しかも弟の目の前でお漏らししてしまった恥ずかしさとで、未来は立ちあがる
ことも顔をあげることもできずにいた。が、
「僕が拭いてあげるね」
「!?」

 しゃがんで姉の太股を拭こうとする悠貴に、未来はびくっとして顔をあげると、慌ててティッシュと
ハンカチをひったくった。そしてしくしく泣きながら、未来は濡れた太股をティッシュで拭き始める。
弟の前でお漏らしの後始末など、年頃の少女にとってはこの上ない恥辱であったが、弟に拭いてもらう
くらいなら自分でやったほうがマシだった。それに、いつまでもこうしてしゃがみこんでいたって
しょうがない。

「うぅっ、ぐすっ…」
 鼻をすすりながら、ふくらはぎ近くまで垂れたおしっこを拭き終えた未来は、よろよろと立ち
あがった。ついでに鼻をかんで涙もぬぐい、売店で買い物をした時にもらってバッグに入れておいた、
いわゆるコンビニ袋を取り出して、そこに丸まったティッシュを突っこんだ。

「お姉ちゃん、もう大丈夫?」
「……」
 気遣わしげな顔で訊く悠貴に、未来はとまらない涙を拭いながら、無言でこくりと頷いた。まだ
怖いし、恥ずかしい。しかし、一刻も早くここから立ち去りたかった。
「いこ、お姉ちゃん。僕がついてるから大丈夫だよ」
「うう…」
 悠貴に励まされるが、未来は逆に情けないやら恥ずかしいやらで、さらに涙が溢れてきてしまう。
それでも彼女は悠貴に手を引かれつつ、涙を拭き拭き先へと歩き始めた。

(うう、気持ち悪い…なんか痒い…)
 だがしばらくも行かないうちに、濡れて股間に張り付くパンツに、未来はまだ涙の止まらない顔を
嫌悪感に歪めて足を止めた。それにこのままだと、今は無事なスカートまで濡れてしまうかもしれない。
どうにかしないと…。

「お姉ちゃん?」
 また立ち止まってしまった姉に訝しげな顔をする悠貴に、未来は少し怒ったような声で言った。
「悠貴、ちょっとあっち向いてて」
「?」
 未来の意図がよくわからないままに、悠貴が姉の指図に従ってくるりと背中を向けると、未来は
きょろきょろと辺りを見回し、監視カメラの類がない事を確かめてから、スカートのなかに手を入れた。
そして濡れてしまった下着をするっと引き下ろし、脱いでしまうと、さっきティッシュを入れた袋に
一緒にしまい込んだ。股間がすーすーして無防備になった気分だが、おしっこで濡れた下着を
つけたままにしているよりはいいだろう。
「もういいよ。さ、いこう悠貴」
「え? あ、うん」
 未来が何をしていたのか気付かないまま、悠貴は姉に背中を押されるように歩きだした。どこか
吹っ切れたのか、未来は悠貴の背中に隠れて登場するお化けに怯えつつも、もう足は止めることなく
先へ先へと進んでいった。そして数分も歩くと、ようやく通路の先に『EXIT』の表示のある扉が
見えてきた。

「あ、出口だよお姉ちゃん」
「あ…」
 悠貴が前方の扉を指差すと、未来は顔を輝かせた。よかった、ようやくここから逃げ出せる…。
自然と早足となり、未来は悠貴の背中を押すように出口に向けてどんどん歩いていった。

 しかし未来は知らなかった。お化け屋敷というものは、出口が見えて客がほっと安心したところに、
最後のドッキリを仕掛けてあることが多々あるということに。

「ひゃあっ!」
「うわっ」
 出口目前で、二人の前に天井からいきなりフリークスじみた化け物が目の前に降ってきた。驚いて
情けない悲鳴をあげ、思わず悠貴の肩を手放して身体をのけ反らせた未来は、バランスを崩して
どすんと派手に尻もちをついた。
「痛っ!」
「お姉ちゃん、だいじょう…」
 お尻をしたたかに床に打ちつけ、顔をしかめる未来に、悠貴が振り向いて手を差し出しかけたが、
彼は不意に目を真ん丸にしてその手を止めた。
「あ痛たたた……はっ!?」
 お尻の痛みに気を取られていた未来は、悠貴に少し遅れて、自分が大股を広げた格好になっている
ことに気がついた。短いスカートは捲れ上がってしまい、自分からでもその中が見えてしまいそうだ。
当然、悠貴からなら…

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」

「な、なんだ…?」
 出口の中から聞こえてきた絶叫に、順番待ちをしていた客がどよめいた。しかし、それが恐怖の悲鳴
ではないことに気付く者はなかった…


 ※おまけ※


「~♪」
「う~……」
 お化け屋敷を出て、妙に上機嫌な悠貴の後ろを、未来は顔を真っ赤にしてその背中を睨みつけながら
歩いていた。手はスカートの前と後ろを押さえ、万が一にもめくれたりしないようにしている。もっと
長いスカートにしておけばよかったと思っても、今さらどうしようもない。早くどこかで替えの下着を
見つけないと、うかつにしゃがむこともできないし、階段だって使えない。
「あ…!」
 未来がそんな事を考えながら歩いていると、前を行く悠貴が不意に足を止めて振り返った。
「ねえお姉ちゃん、あそこにパンツがあるよ!」
「え?」
 悠貴の指さす方を見ると、売店の中に、マスコットキャラのイラストの入ったTシャツなどに混じって
下着が並べられている。よかった、助かった…
「よかったねお姉ちゃん、パンツ売ってて」
「い!?」
 大きな声で言う悠貴に、安心しかけていた未来の顔が引きつった。周りの人々の視線が自分に
集まっているような気がする。
「きっとみんなもおしっこ漏らしちゃうんだね、お姉ちゃんだけじゃないんだ」
 屈託のない笑顔でさらに続ける悠貴に、未来は他人のふりをすることに決めてスタスタと早足で
弟の横を通り過ぎた。
「あれ、お姉ちゃん、パンツ買わないの? ねえお姉ちゃん、パンツは……」
 ほとんど駆け足となって遠ざかる未来に、悠貴も駆け足で追いかけ始めた。
「お姉ちゃん、パンツ、パンツ! パンツ売ってるよお姉ちゃんってば……」
 顔を真っ赤にして走る少女と、その後を追いかけながらパンツという言葉を連呼する少年を、
周りの客たちは不思議そうに眺めていた。


 おしまい
最終更新:2010年03月11日 17:48
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