ルネ・デカルト


概説

ルネ・デカルト(仏: Rene' Descartes, 1596年3月31日 - 1650年2月11日)は、フランス生まれの哲学者であり、数学者でもある。近代哲学の父とも称される。1637年の著作『方法序説』によって、真理を探究するための方法としての懐疑主義を透徹し、精神に現れた全ての事象が疑いうるものだと仮定しても、その疑っている何かが存在することは否定できないとし、「我思う、ゆえに我あり(コギト・エルゴ・スム、Cogito ergo sum)」という根本的な原理を導き出す。デカルトの方法は、もっぱら数学・幾何学の研究によって培われた明晰・判明さに依拠し、その上に哲学体系を構築しようとするものであった。それゆえ彼の哲学体系は人文学系の学問を含まない。

Cogito ergo sumはフランス語で書かれた『方法序説』の「Je pense, donc je suis(私は考えるので、私はある)」の、ラテン語訳である。デカルトはその決して疑えない「私」の存在から、神と霊魂の存在についてまで演繹し、さらに精神と身体(延長)を二つの実体と考えて実体二元論を主張した。

デカルトの哲学は「精神」と「延長」である身体を分けるものであり、そしてその延長に対する機械論的世界観という側面がある。これは当時支配的だった神学的な世界観に対し、力学的な法則の支配する客観的世界観を展開したもので、ガリレオやニュートンと並んで近代科学の発展に重要な貢献をしている。デカルトは動いている物体は抵抗がない限り動き続けること(慣性の法則)、一定の運動量が宇宙全体で保存されること(運動量保存則)などをいち早く主張していた。

レナトゥス・カルテシウス(Renatus Cartesius)というラテン語名から、デカルト主義者はカルテジアン(仏: Carte'sien; 英: Cartesian)と呼ばれる。

心身二元論

「我思う、ゆえに我あり」という結論からは、必然的に「その〈我〉とは何か」という問いが生じる。デカルトが出した最終的な答えは「私は本質的には考えるものである」というものだ。そして自分は本質的に心・魂であるなら、身体が存在しなくなったとしても自分はなお存在し続けることができるだろうと考える。ここから心と身体のあいだには実在的な区別があると論じ、心身二元論(実体二元論)を展開することになる。しかし心身二元論は、心的なものと物理的な肉体(延長)とが因果的にどのように作用しあっているのかという重大な問題を生じさせ、彼自身も回答に苦慮し、後の哲学者たちもさまざまな説を主張することになる。今日においてもこの問題には科学的に明確な結論はなく、心身問題心的因果として活発な論議の対象となっている。

デカルトの実体二元論後世に大きな難問を残したが、当時――十七世紀において、科学の領域と宗教の領域を分離したという功績があった。十六世紀から十七世紀における科学上の新発見はキリスト教の世界観を脅かしているという危惧があり、信仰と科学の間で激しい論争があった。「それでも地球は回っている」という名言を残したコペルニクスは十六世紀の人物であった。デカルトは科学者に彼が延長と呼ぶ物理的な世界を与え、神学者に心的な世界を与えてこの対立を緩和させたのである。

「我思う、ゆえに我あり」についての解釈と批判

ラテン語のCogito ergo sumを英語に置き換えると、cogito=I think、ergo=therefore, sum=I am.となり、英語では I think therefore I am.となる。

スピノザは、コギト・エルゴ・スムは三段論法ではなく、コギトとスムは単一の命題を言っている(「我思う」と「我あり」は同一とみなす)のであり、「私は思いつつ、ある」と同義であると指摘した。そのスピノザの指摘からカントはエルゴを不要とし、コギト・エルゴ・スムは経験的命題であり自意識によるものだとした。

デカルト自身もコギトについての自分の結論があらたな問題を生じることは自覚していた。自分が疑っているから自分は存在するということは、自分が疑うこと、考えることをやめても自分は存在しうるかという問題である。デカルトは、考えることをやめれば存在しなくなることがありうると結論した。したがってコギト・エルゴ・スムをより慎重に言い換えると「私は今考えている、ゆえに私は今存在している」となる。

デカルトのコギトは後の哲学者たちによって批判的に読みかえられていく。主要な説に以下のようなものがある。

  • スピノザは上述のようにコギト・エルゴ・スムは三段論法でないと指摘する。そしてデカルトのいうように疑っている何か、「思う」ものが在ることは真理としても、「ゆえに我あり」との結論は誤りだという。つまり「思う」と「我」を分離し、「我思う」と考えているものが本当に「我」なのかわからないということである。むろん、スピノザの形而上学においては、個別の人間たちの自我は神の部分的な観念に過ぎないのだから、「我思う」という思惟は唯一の実体である神の観念ということになる。なおスピノザのように、「思う」と「我」とを分離する解釈は哲学者に少なくない。(無主体論も参照のこと)
  • デイヴィッド・ヒュームはデカルト批判を透徹し、コギト=自我そのものの存在を解体した。ヒュームの方法はバークリーの経験論を継承して極限まで進めたものだ。バークリーによれば存在するものは全て、実在でなく自我の中における感覚・表象の束にすぎない。ヒュームは更に懐疑する。その自我なるものは存在するか? そう問うのは一体何なのか? 自我という感覚・表象は実際に無い。「自分」と呼ばれるものの中を詳しく見ればわかる。そこにあるのは個別的な感覚や観念だけである。その個別的な感覚や観念なしには決して「自分」と呼ばれるものを捉えることはできない。つまり自我というものはさまざまな感覚・観念の経験によって構成された、さまざまな観念の束にすぎないのだ。水面に現れては消える泡のような個別的な感覚・観念たちが、「私の感覚」「私の観念」とすり替えられ、個別的体験の結果に過ぎないものたちから原因、すなわち「主体」となるものを想定した結果、作られたのが自我という抽象概念なのである。
  • カントはデカルトのコギトが実体概念であることを否定する。「全ての表象に『我思う』が伴いうるのでなければならない……私は直観において与えられた多様な表象を一個の意識において結合することによってのみ、これらの表象における意識の同一性そのものを表象できるのである」という。これは「我思う」は反省的自己意識――「私」を多くの思惟を一つにまとめている統覚とは言えるが、実体と解釈することは、概念を実在と見なすことになると考える。物自体は認識できないとするカントの認識論からすれば、「我思う」という概念に対応する対象も我々に直接与えられていないゆえ、実体ではないということになる。
  • フッサールは自我を経験的自我と超越論的(現象学的)自我に分ける。つまり自我自体をさらに見ている自我の存在を想定する。「自然的見方をする自我としてのわたしは、同時につねに超越論的私でもあるが、しかしわたしは、現象学的還元をおこなうことによってはじめてそのことを知るのである」とフッサールはいう。すなわち、経験的自我と、それを超越論的に還元することによって見出された現象学的自我があるということだ。これはデカルトが同一視した「私は疑う」と「私は考える」を区別し、超越論的還元を行う「疑う私」と、そのような還元によって見出される超越論的主観の区別である。なお、フッサールの「自我」の概念は人間の経験を可能にする原理という意味であり、デカルトがコギトを実在だとしたのと全く異なっている。
  • バートランド・ラッセルは、コギトを単なる意識内容(コギタティオ)の告知とみなし、「I think therefore I am.」を「It thinks within me」と言い換える。
  • ウィトゲンシュタインは、デカルトの「我思う」を、「思うということが我なのである」と言い換える。つまり「我」とは考えることそれ自体を指す(同時性)という解釈である。フッサールやヒュームと異なり、ウィトゲンシュタインにとって現れては消える感覚・表象は全て「私」なのである。これは経験と、それを成り立たせる主体とは不可分であるということだ。その独我論的解釈は「世界は私の世界である」、また「私には最も重要な意味で同類がいない」という言葉で表現される。ウィトゲンシュタインと同じ解釈の哲学者に永井均がいる。