テセウスの船


概説

テセウスの船(英: Ship of Theseus)とは「同一性」についての思考実験。テセウスのパラドックスとも呼ばれる。ある物体を構成する部分が徐々に置き換えられ、やがて全てが置き換わったとき、以前の物体と同じであると言えるのか、という問題である。

同じ川に2度入ることはできないというヘラクレイトスの主張も類似の問題である。またデレク・パーフィットは人格の同一性の問題において、人間の脳細胞を他者の脳細胞と徐々に置き換えていくという同型の思考実験を行っている。(この場合はテセウスの船と異なり自己について重大な問題が派生する)

プルタルコスは以下のようなギリシャの伝説を挙げている。
テセウスがアテネの若者と共にクレタ島から帰還した船がある。アテネの人々はこれを後々の時代にも保存していた。このため、朽ちた木材は徐々に新たな木材に置き換えられていき、やがて元の木材はすっかり無くなってしまった。
テセウスの船は哲学者らにとって恰好の議論の的となった。すなわち、ある者はその船はもはや同じものとは言えないとし、別の者はまだ同じものだと主張したのである。
プルタルコスは、全部の部品が置き換えられたとき、その船が同じものと言えるのかという疑問を投げかけている。また、ここから派生する問題として、置き換えられた古い部品を集めて何とか別の船を組み立てた場合、どちらがテセウスの船なのか、という疑問が生じる。

ジョン・サールの解答

ジョン・サールは「船」という概念は「機能」についての概念であるため、船としての機能が時間的空間的に継続していれば、それが同一であるとするのに十分だという。また、船に使われていたオリジナルの板のみを組み合わせて、新たな船を建造したとする(ただしその船は材料が古いため機能が劣る)。この場合、どちらがテセウスの船であるかと問うのは間違いであり、どちらがテセウスの船であるかは「私たち次第」だという。アリストテレスの分類でいえば「形相因」の同一性で判断するか、「質料因」同一性で判断するか、ということになる。

サールは人格の同一性の問題については、テセウスの船のような三人称的な現象と異なり、一人称的な経験こそが本質だという。


※アリストテレスやロバート・M・パーシグらの解答はWikipediaを参照されたし。


  • 参考文献
ジョン・R・サール『MiND 心の哲学』山本貴光・吉川浩満 訳 朝日出版社 2006年
  • 参考サイト