原爆判決 軍事目標主義解説部分抜粋

東京地方裁判所 昭和38年12月7日判決
出典:下級裁判所民事裁判例集 第一四巻第一二号 (二六一 損害賠償請求併合訴訟事件) 41-84頁

(五) そこで次に、原子爆弾の投下行為について、これに関連する当時の実定国際法規を検討してみる。
 まず、原子爆弾の投下行為は、軍用航空機による戦闘行為としての爆撃であるから、それが従来認められている空襲に関する法規によつて是認されるかどうかが問題となる。
 空襲に関して一般的な条約は成立していないが、国際法上戦闘行為について一般に承認されている慣習法によれば、陸軍による砲撃については、防守都市と無防守都市とを区別し、また海軍による砲撃については、防守地域と無防守地域とを区別している。そして防守都市・防守地域に対しては無差別砲撃が許されているが、無防守都市・無防守地域においては戦闘員及び軍事施設(軍事目標)に対してのみ砲撃が許され、非戦闘員及び非軍事施設(非軍事目標)に対する砲撃は許されず、これに反すれば当然違法な戦闘行為となるとされている。(田畑茂二郎の鑑定参照)。この原則は、ヘーグ陸戦規則第二五条で、「防守サレサル都市、村落、住宅又ハ建物ハ、如何ナル手段ニ依ルモ、之ヲ攻撃又ハ砲撃スルコトヲ得ス。」と規定し、一九○七年のヘーグ平和会議で採択された「戦時海軍力をもつてする砲撃に関する条約」では、その第一条において、「防守セラレサル港、都市、村落、住宅又ハ建物ハ、海軍力ヲ以テ之ヲ砲撃スルコトヲ得ス。(以下略)」と規定し、第二条において「右禁止中ニハ、軍事上ノ工作物、陸海軍建設物、兵器又ハ軍用材料ノ貯蔵所、敵ノ艦隊又ハ軍隊ノ用ニ供セラルヘキ工場及設備並港内ニ在ル軍艦ヲ包含セサルモノトス。(以下略)」と規定していることからみて明らかである。

(六) ところで空戦に関しては「空戦に関する規則案」があり、第二四条において「1、空中爆撃は、軍事的目標、すなわち、その破壊又は毀損が明らかに軍事的利益を交戦者に与えるような目標に対して行われたかぎり、適法とする。2、右の爆撃はもつぱら次の目標、すなわち軍隊、軍事工作物、軍事建設物又は軍事貯蔵所、兵器弾薬又は明らかに軍需品の製造に従事する工場であつて重要で公知の中枢を構成するもの、軍事上の目的に使用される交通線又は運輸線に対して行われた場合にかぎり適法とする。陸上軍隊の作戦行動の直近地域でない都市、町村、住宅又は建物の爆撃は禁止する。3、第二項に掲げた目標が普通人民に対して無差別の爆撃をなすのでなければ爆撃することができない位置にある場合には、航空機は爆撃を避止することが必要である。4、陸上軍隊の作戦行動の直近地域においては、都市、町村、住宅又は建物の爆撃は、兵力の集中が重大であつて、爆撃により普通人民に与える危険を考慮してもなお爆撃を正当とするのに充分であると推定する理由がある場合にかぎり適法とする。(以下略)」と規定し、また第二二条では「普通人民を威嚇し、軍事的性質を有しない私有財産を破壊し若くは毀損し、又は非戦闘員を損傷することを目的とする空中爆撃は、禁止する。」と規定している。すなわち、この空戦法規案は、まず無益な爆撃を禁止し、軍事目標主義を規定するとともに、陸上軍隊の作戦行動の直近地域とそうでない地域とを区別して、前者に対しては無差別爆撃を認めるが、後者に対しては軍事目標の爆撃のみを許すものとしている。これらの規定は、陸軍及び海軍による砲撃の場合と比較して、厳格にすぎるような表現がとられているが、その意味するところは、防守都市(地域)と無防守都市(地域)の区別と同様であると考えられている。ところで、空戦法規案はまだ条約として発効していないから、これを直ちに実定法ということはできないとはいえ、国際法学者の間では空戦に関して権威のあるものと評価されており、この法規の趣旨を軍隊の行動の規範としている国もあり、基本的な規定はすべて当時の国際法規及び慣例に一貫して従つている。それ故、そこに規定されている無防守都市に対する無差別爆撃の禁止、軍事目標の原則は、それが陸戦及び海戦における原則と共通している点からみても、これを慣習国際法であるといつて妨げないであろう。なお、陸戦、海戦、空戦の区別は、戦闘の行われる場所とその目的によつてなされるのであるから、地上都市に対する爆撃については、それが陸上であるということから、陸戦に関する法規が類推適用されるという議論も、十分に成立し得ると考える。

(七) それでは、防守都市と無防守都市との区別は何か。一般に、防守都市とは地上兵力による占領の企図に対し抵抗しつつある都市をいうのであつて、単に防衛施設や軍隊が存在しても、戦場から遠く離れ、敵の占領の危険が迫つていない都市は、これを無差別に砲撃しなければならない軍事的必要はないから、防守都市ということはできず、この場合は軍事目標に対する砲爆撃が許されるにすぎない。これに反して、敵の占領の企図に対して抵抗する都市に対しては、軍事目標と非軍事目標とを区別する攻撃では、軍事上の効果が少く、所期の目的を達することができないから、軍事上の必要上無差別砲撃がみとめられているのである。このように、無防守都市に対しては無差別爆撃は許されず、ただ軍事目標の爆撃しか許されないのが従来一般に認められた空襲に関する国際法上の原則であるということができる。(田畑茂二郎、高野雄一の鑑定参照)
 もちろん、軍事目標を爆撃するに際して、それに伴つて非軍事目標が破壊されたり、非戦闘員が殺傷されることは当然予想されうることであり、それが軍事目標に対する爆撃に伴うやむをえない結果である場合は、違法ではない。しかしながら、無防守都市において非軍事目標を直接対象とした爆撃や、軍事目標と非軍事目標の区別をせずに行う爆撃(いわゆる盲目爆撃)は、前記の原則に照し許されないものということになる。(田畑茂二郎の鑑定参照。)
 ところで、原子爆弾の加害力と破壊力の著しいことは、既に述べたとおりであつて、広島、長崎に投下された小規模のものであつても、従来のTNT爆弾二 ○、○○○トンに相当するエネルギーを放出する。このような破壊力をもつ原子爆弾が一度爆発すれば、軍事目標と非軍事目標との区別はおろか、中程度の規模の都市の一つが全滅するとほぼ同様の結果となること明らかである。従つて防守都市に対してはともかく、無防守都市に対する原子爆弾の投下行為は、盲目爆撃と同視すべきものであつて、当時の国際法に違反する戦闘行為であるといわなければならない。

(八) 広島市及び長崎市が当時地上兵力による占領の企図に対して抵抗していた都市でないことは、公知の事実である。また両市とも空襲に対して高射砲などで防衛され、軍事施設があつたからといつて、敵の占領の危険が迫つていない都市である以上、防守都市に該当しないことは、既に述べたところから明かである。さらに両市に軍隊、軍事施設、軍需工場等いわゆる軍事目標があつたにせよ、広島市には約三三万人の一般市民が、長崎市には約二七万人の一般市民がその住居を構えていたことは明らかである。従つて、原子爆弾による爆撃が仮に軍事目標のみをその攻撃の目的としたとしても、原子爆弾の巨大な破壊力から盲目爆撃と同様な結果を生ずるものである以上、広島、長崎両市に対する原子爆弾による爆撃は、無防守都市に対する無差別爆撃として、当時の国際法からみて、違法な戦闘行為であると解するのが相当である。

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最終更新:2011年05月05日 08:33
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